決勝戦 - 水瀬 友紀⑩
藤原「的場ああぁぁ!!」
倒れた琉蓮の頭を蹴って、的場は倒れた。
真っ赤に腫れた右足を抑える彼に駆け寄る藤原くん。
一瞬の出来事で、あまり理解が追いついてない。
琉蓮がそこにいるってことは、動いたってこと?
鬼塚「ごめんなさい! 僕が動いたからこんなことに…!」
藤原「おい、的場…。また大会出れないのか? また俺たちは負けるのか?」
涙目で謝る琉蓮と、今にも泣きだしそうな顔で的場を見下ろす藤原くん。
「え、何? 怪我したの?」
「あの足、結構ヤバくね?」
そして、観客席にいた人たちも的場の怪我に気づいてざわつき始める。
藤原「ふざけんなよ、お前!」
藤原くんは怒鳴りながら立ち上がって、隣にいた琉蓮を睨みつけた。
藤原「お前の危ないヘッドスライディングのせいで…! なんで、お前は平気なんだ? 普通、怪我するのはお前だろ!」
鬼塚「ごめんなさい。僕が……僕が動いたからこんなことに…」
感情任せにまくし立てる藤原くんの前に、琉蓮は顔を覆って項垂れる。
さすがに言いすぎだ。元はと言えば、的場が寝返ったからこうなったんじゃないか。
きっと琉蓮も、みんなと同じようにサッカーがしたかったんだ。
みんなを危険に晒さないために、彼は右の端っこでじっとしていた。
周りの安全に気を遣ってスポーツを心から楽しめない彼の気持ち、君にはわからないだろ?
皇「興味津々だなぁ♪ なんでか教えてやろうか?」
怒りと哀しみに満ちた表情をしている藤原に、皇はそう言った。
超能力の話をするんだろう。
「鬼塚くん、イケメンじゃないけど、何か沼らせたい」
「言いたいことはわかるわ。ただの石頭じゃない。絶対何か持っている」
ロベリアたちもみんなと同じく、何か話をしている。
皇はざわつく観客席をチラッと見てニヤリと笑い、話を続けた。
皇「これが、超能り…」
獅子王「わかった! 兵器って言いたいんだろ? 平気だけに」
冷たい風が僕の頬を掠める。
陽の発言を皮切りに、観客席のざわつきはぴたりと止んだ。
陽、君はなんて優しいんだ。自分が矢面に立つことで悪目立ちしていた琉蓮を庇ったんだな。
今、彼はとても傷ついている。注目を浴びることは、彼の傷口を深く抉ることになるだろう。
それを陽は防ごうとしたんだ多分。
皇「黙れ、即席冷凍ゴリラ。あぁ、最悪な空気だぜ…」
横やりを入れた陽に悪態をつく皇。
自警部を復活させたい気持ちは僕も同じだけど、落ち込んだ琉蓮を利用するのは良くないよ。
「皇、君の気持ちもわかるけど、琉蓮は今落ち込んでいるんだ。この状況を利用するのは違うと思う」
皇「あぁ? 鬼塚はいつもあんな感じだろ。良いのか? このまま何もなく大会が終われば、自警部も終わるぜ」
僕の発言に対し、皇は真剣な口調でそう言った。
確かに廃部になるのは嫌だけど…。だからといって、何をしても良いわけじゃないと思う。
僕らが話をしている最中に、怪我をした的場は担架で保健室の方へ運ばれる。
これ以上怪我人が出たら、ベッドが足りなくなるかもしれないな。
試合が一時的に中断されたため、コートの真ん中から再開することになった。
僕らはお互い自分の陣地へ戻る。
文月「鬼塚、あまり気にするな。的場は足を負傷しただけだ」
鬼塚「で、でも…」
狼狽える琉蓮の肩に、慶は手を置いて話を続けた。
文月「無意識かもしれないが、加減できていたと思うぞ。君は地球を破壊する力を持っているんだ。そんな君の頭を蹴ったあいつが、あの程度で済んだのは君の力量だ。本来なら、的場の身体は原子レベルに崩壊していてもおかしくはない」
彼は凄いスケールの話をしている。
いや、凄いスケールなのは話じゃなく、琉蓮の特質か。慶の発言が全く大げさに聞こえなくて怖い。
鬼塚「そうなのかな…? 確かに最近、加減できるようにはなってきてるけど…」
文月「鬼塚、もっと自信を持て。そして敵が来たら、その力で仲間を守ってくれ」
そう言って琉蓮の目を見据える彼の表情は、どこか切なく感じた。
慶、君は何を抱えているんだ?
僕の考えすぎか?
文月「で、僕はまだキーパーをさせられるのか?」
彼はボランチにいる僕を見て、気怠そうにそう言う。
「原子レベルだって。ガチだったらヤバくない?」
「いや、さすがに…。でも、超能力って言ったらそんなもんかもな」
まるでぼそぼそと聞こえてくる雑談を掻き消すかのように…、
「いや、俺が行く!」
1人の男子生徒の声が観客席から木霊した。
ベンチに座るみんなの前に、彼は堂々と立っている。
声の大きさに比例して、身体もかなり大きい。普通に2メートルくらいあるんじゃないか?
これだけ大きければ、キーパーを任せられる。運動音痴じゃないことを祈るだけだ。
岡崎「岡崎泰都だ、よろしくな!」
岡崎と名乗る背の高い彼は、僕らの返事を待たずコートに足を踏み入れる。
文月「そうか。なら僕は出るぞ」
慶はそう言って岡崎くんとすれ違い、ベンチに戻っていった。
もちろん僕は彼を歓迎する。
岡崎くんがゴール前に立つだけで、シュートが入る隙間がほとんどないように錯覚した。
それくらい彼の体格は恵まれているんだ。
「岡崎くん、全部止めてくれ! 僕ら全員素人だから、シュート打たれまくると思うけど!」
素人な上に人数が欠けている。
日下部は、オナラを無茶振りに使って足を負傷した。
グリムのぐっさんも、ボールが足にちょこっと当たって痛めたらしく出ていった。
そして、僕らの希望だった的場は裏切って足を怪我して保健室へ…。
つまり、いま僕らのチームはキーパーを入れて9人しかいない。
対して、相手チームはサッカー部。
控え選手もいて、怪我をした的場の代わりに別の選手が入ったから人数は11人のまま変わってない。
サッカー部11人と、素人9人の戦い。
実力でも数でも不利な絶望的状況の中、岡崎くんは笑顔でこう言った。
岡崎「任せろ、全部止めてやる! 決勝まで登り詰めた強豪チームのキーパーができて、俺は最高だ。やりらふぃー、やりらふぃー、やりらふぃー!!」
何かよくわからないけど、ハイテンションだ。よっぽど自信があるらしい。
仮に彼が絶対に破られないキーパーだとすれば、まだ勝機はある。
1点返せば延長戦、2点取れたら逆転勝ち。
ピピーー!!
五十嵐先生のホイッスルで、試合は相手ボールから再開された。
僕らは人数の足りない素人チーム。
きっと彼らは油断している。僕らを見くびっているはずだ。
慢心から生まれた隙を突いて、まずは1点を取り返す!
自分たちの特質を最大限発揮できれば不可能じゃない。
「みんな! 死ぬ気で守るんだあぁ!」
そんな僕の掛け声は虚しく、簡単にパスで崩されてしまった。
残るはセンターバックの2人。
「不知火、朧月くん! 止めてくれ!」
僕はまだ勝つことを諦めてなかった。
特質を活かし、みんなで連携を取って優勝する。
それを達成できたら、みんなの成長に繋がると信じていたから。
成長し連携を覚えた僕らは、強大な敵ともっと戦えるようになる。
でも、そう思っていたのは僕だけなのかもしれない。
不知火「えぇ、もう顔殴るの飽きたよ!」
朧月「…………。」
僕の指示に対し、不知火は駄々をこね、朧月くんは静かに欠伸をした。
2人にもう戦意はない。いや、戦意がないのは彼らだけじゃない。
皇「早くボール取って、俺に回せ。俺はゴール前で待ってるぜ」
相手のゴールにもたれかかって、ダルそうにそう言う皇。
皇、そこはオフサイドだ。そこでボールを貰っても反則行為で、相手ボールになるんだよ。
最初から点を決めることしか頭になくて、守備を放棄してた皇だけど、今は攻撃すら放棄している。
樹神「パチンコ、行きてぇ…」
左サイドハーフの樹神は、明後日の方向に向いてぽつりと呟いた。
右サイドハーフの琉蓮は、もうコートの中にはいない。
白線の外側で体育座りをして、自分の太ももに顔を埋めている。
怪我をさせてしまったこと、よっぽどショックだったんだろう。
國吉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
変わらず絶叫を続ける國吉。
彼だけは最初から何も変わらない。戦力になっていないところも含めて。
僕は周りを見渡してから、隣にいる陽を見つめた。
彼も同じように、戦意をなくしたみんなを見ていたようだった。
そして、僕の目を見て辛そうに首を横に振る。
「チームのために、ゴリラになって戦ってくれる?」
陽「嫌だ」
即答だった。
獅子王『と、とりあえず頑張ろう! 最悪の場合、僕もゴリラになってサッカーするよ』
決勝戦前に言ったあの発言は何だったんだ?
気づけば、相手チーム全員が僕らのゴール前に立っていた。
横並びにずらりと並ぶ列の真ん中には、ボールを足の裏で止めて腕を組んでいる藤原がいる。
こんな状況でも、誰も守りに行かない。
岡崎「これが、やりらふぃーの陣か。大丈夫、俺が全部止めてやる」
立ちはだかるサッカー部を、真剣な顔で見据える岡崎くん。
彼だけはやる気満々だ。もう僕も皆に釣られてほとんど諦めていた。
別に優勝できなくたって、連携は別の機会で高められるし、成長する方法だっていくらでもあると思う。
これに全ての情熱を注ぐ必要は全くないんだ。
岡崎「止めたらさ、スマートに決めてくれよ。相手の陣地はガラ空きなんだから」
岡崎くんはそんな僕をしっかり見て、無邪気な笑顔でそう言った。
純粋な彼の笑顔は、みんなの心にも響いたんじゃないだろうか。
「わかった。君が止めたら、絶対に決める!」
諦めていた僕の口から思わず出た言葉だった。
僕は振り返り、相手のゴール前にいる皇を呼びかける。
「皇、君が決めるんだ! カウンターに備えてくれ!」
白けた顔からいつもの狂気的な笑顔に戻る皇。
皇「何言ってんだ? ずっとそのつもりだぜぇ♪ さっさと止めて、俺にボールを献上しろ!!」
少しばかり、僕らのチームに活気が戻った気がする。
「みんな、ハーフウェイラインまで上がるんだ! ゴールは岡崎くんに任せよう!」
やる気が戻った彼らは僕の言うとおりに、コートの真ん中に引かれた線、ハーフウェイラインの近くに移動した。
サッカーができなくても、運動が苦手でも移動することなら誰でもできる。
後は岡崎くんが止めるだけだ。
ちなみに、この状況ではオフサイドは適用されない。
オフサイドとは簡単に言えば、ゴール前での待ち伏せを禁止するためのルールだ。
つまり、ゴールにもたれかかっていた皇はどう頑張っても反則になりゴールは決められない。
しかし今回のように、相手チームの選手が全員、コートの真ん中を超えている場合は少し違ってくる。
この場合、自分の陣地でボールを受ければオフサイドにはならない。
僕が相手の陣地じゃなく、ハーフウェイラインまで上がるように言ったのは、オフサイドになるのを避けるため。
シュートを止めた岡崎くんからハーフウェイラインの手前でパスを受け、全員で相手のゴール前まで走り出す。
これが今回の作戦だ。
僕らは彼がシュートを止めてくれることに賭けて、守備を完全に放棄した。
さぁ、岡崎くん。シュートを……止めてくれ…!
ダンッ!
最初のシュートが藤原の右足から放たれる。
岡崎「ぐあっ!」
ボールはゴールに向かって真っ直ぐ飛び、岡崎くんの顔面に命中した。
だけど、頑丈な岡崎くんは倒れない。
「止めた…! 良いぞ、次はキャッチしてくれ!」
僕はシュートを顔で止めた彼にそう言った。
体格も良いし、彼はキーパーのセンスがある。
最初はそんな風に思っていた。
ダンッ!
岡崎くんの顔面から跳ね返り、転がってきたボールを別の選手が蹴ってシュートを放つ。
岡崎「あぁっ…!」
今度は彼のお腹に当たった。
3回目も同じように、帰ってきたボールをまた別の選手がシュートする。
岡崎「ぐはっ!」
威力のあるシュートが岡崎くんの顔面に命中した。
ちょっと待て。わざと当てているのか? 慶を狙った時のように。
岡崎「がはっ…! お母さん、俺、ちゃんと守れているよ」
藤原「いやいや、皆わざと当ててんだよ。このマザコンが…!」
お腹を押さえて苦しそうにそう言った岡崎くんに対し、藤原は吐き捨てるようにそう言ってシュートを放った。
ボールは彼のお腹に命中する。
やっぱり、わざとやっているのか…!
なんでこんな惨いことをする? スポーツマンシップの欠片もないじゃないか!
岡崎「お前ら、そこにいろよ! 絶対止めてやるから。やりらふぃーの精神で……ぐはっ!」
僕らを指さしてニコリと笑う岡崎くんに無慈悲なシュートが放たれた。
奴らはお腹と顔面を交互に狙っている。倒れる気配はないけど…。
どんなに丈夫な人でも、痛みは絶対に感じる。
こんなこと、やめさせないと…!
岡崎「がはっ…! ディスコにハマってるお母さんが言っていた。苦しい時こそ楽しめって」
ボールを当てられながらそう言う岡崎くん。
岡崎「今がその時だ。フォーー! フォーー! やりらふぃー! さぁ、みんなも一緒に~? ぐはあぁっ!」
どうやらボールをぶつけられすぎて、おかしくなったらしい。
奇声を上げ始めた彼にも、無惨にシュートは放たれ続ける。
皇「あぁ、嫌な記憶が甦るぜ…」
手で頭を押さえて、眉をひそめる皇。
よくよく考えたんだけど、これって…。
オフサイドだよな?
僕らは全員ハーフウェイラインの手前まで上がっている。
ゴールと彼らの間には誰もいない。
そして、オフサイドは味方からのパスだけじゃなく、相手キーパーが弾いたボールを触った際にも適用されるってルールブックに書いてあった。
「五十嵐先生、笛を吹いて下さい。あれは完全なオフサイドです!」
僕はすぐ後ろにいる審判の五十嵐先生に訴えかける。
なんで、すぐに気づけなかったんだ。
早く気づいて抗議していれば、ここまでボコボコにされることはなかったのに。
サッカー部の監督とは言っても、五十嵐先生も人間だ。うっかりすることもあると思う。
五十嵐「よく見ろ。ゴールポストの近くにいるあいつは、お前のチームメイトだろ」
ゴールポストとは、ゴールを支える縦の左右2本の柱のこと。
先生の発言を聞いて、僕は自分のゴールのポストに目をやった。
僕らと同じ体操服を着ている人物が、ゴールポストに手をかけて嬉しそうに笑っている。
確かに、彼は紛れもないチームメイトだ。
「何をしているんだ! グリムのぐっさん!」
さっきコートの外に出ていった志鎌緑夢は、いつの間にか帰ってきていた。
「試合に参加するなら、こっちに来てくれ!」
志鎌「ふははっ!」
僕の頼みに対し、彼は目を見開いた不気味な表情で大きく笑う。
大人しくてマイペースなイメージがあった彼の大声に、僕は少し戸惑った。
志鎌「これはね、水瀬くん。君に対する復讐だよ」
その発言に、僕は更に戸惑う。
復讐ってどういうことだ?
僕と君はほとんど初対面。恨まれるようなことをした覚えはない。
「な、何のことかわからない! 話は後で聞くから、今はこっちに来てくれ!」
志鎌「わからない…。そうやって人は業を重ねるんだ。君が蹴って僕に当たったボール、とても痛かったよ?」
彼はゴールポストから動こうとしない。
僕らが話している間にも、岡崎くんはシュートの嵐を浴びている。
彼に当たったボールって、僕が出したパスのことだよな?
グリムのぐっさんは大げさだ。ちょこっと当たっただけだろ…。
志鎌「君のお友達には、僕と同じ思いをしてもらうよ。僕がここにいることで試合は続行され、大きなお友達は犠牲になるんだ」
彼はシュートを浴びる岡崎くんを眺めながら、嬉しそうにそう言った。
「いや、友達ていうかさっき名前聞いたばっかりなんだけど…。でも、こんなことは間違ってる! 後で謝るからこっちに来るんだ。ぐっさああぁぁぁぁん!!」
両手を伸ばして名前を叫ぶ僕の想いは、彼には届かない。
彼は不気味な表情のまま、僕らとボコられている岡崎くんを交互に見て愉悦に浸っている。
岡崎「俺は大丈夫だ! やりらふぃモードに入っているから……ぐはっ!」
鼻血で顔が血塗れになっている岡崎くんは、僕らを見てそう言った。
全然大丈夫じゃない。
やりらふぃモードが何か知らないけど、特質とかじゃなくただの痩せ我慢なのはわかる。
岡崎「ディスコでフォーー! ごふっ…!」
心配する僕の気持ちとは裏腹に、彼は両手を広げて甲高い元気な声を上げた。
ちょっと巫山戯てない?
楽しむ余裕があるなら、早くキャッチしてくれ。こんな惨たらしい光景、もう見るに堪えられない。
岡崎「オフサイドって難しいよな。俺もよくわかってない」
今にも倒れそうなくらい弱っている彼は、近くにいるグリムのぐっさんを見て優しくそう言った。
もうそろそろ限界が来ている。僕らはここにいて良いのか?
でも素人の僕らが守備に戻ったとして、本気を出されてもう1点取られるのがオチだろう。
勝つためには、ここに留まるしかないんだ。
どっちか選ばないといけない。
優勝を諦めて岡崎くんを助けるか、岡崎くんを犠牲にして勝ちにいくのか。
岡崎「大丈夫、不安ならそこにいてくれても俺は良い。お母さんに言われたんだ。丈夫な身体に産んであるから、みんなを守れって!」
ゴールポストに手を掛けているグリムのぐっさんに、彼は力強くそして優しくそう言った。
岡崎くん、彼はめちゃくちゃ良い人だ。
ぐっさんのゲスい発言は多分、聞こえてなかったんだろう。聞こえていた上でのあの発言なら良い人すぎる。
志鎌「君、舐めてるの? 僕が怖くてコートに入れないとか思ってる? コートに入って、お友達とコミュニケーションが取れないとか思ってる? 僕が人見知りの根暗だって、そう言いたいんだね」
グリムのぐっさんは、現在進行形でシュートを浴びている彼の優しい発言を悪く受け取った。
もしかしたら僕のあのパスも、悪意を持ってボールをぶつけてきたって思われたのかな。
だとしたら誤解だ。彼は色々と誤解している。
「ぐっさん、それは違う! 岡崎くんは君のことを想って言ったんだ! 僕もあれはパスのつもりだった。痛かったなら謝るよ。だから、もう彼を苦しめないでくれ!」
僕がそう言うと、グリムのぐっさんは冷ややかな目でこちらを見据えた。
志鎌「言葉では何とでも言えるよね。ふふっ…、決めたよ。僕はいつの日か君達を殺す。それも残忍かつ残酷にね」
ぐっさん、なんでそうなるんだ。君はネガティブを極めすぎているよ。
岡崎「ぐはっ! がはっ! ディスコ! お母さん! やりらふぃ!」
シュートを喰らうたび、言葉を発し始めた岡崎くん。
藤原「はぁはぁ。こいつ、しぶといな。早く倒れろよ。蹴ってる方も疲れるんだよ!」
そんな彼に対し、藤原率いるサッカー部は疲労しイライラし始めた。
岡崎くん、絶対楽しんでるじゃん。キャッチできるけど、しようとしてないよな。
「お前らあぁ! 何をしているんだ!」
聞き覚えのある先生の声が校舎の方から聞こえてくる。
いつも優しくてハキハキしている松坂先生が、もの凄い剣幕でこちらに走ってきていた。
藤原たちはシュートを止めて、ゴールの後ろからやってくる松坂先生を見つめて硬直する。
松坂「これはイジメだ! 親御さんにも連絡する。1人1人三者面談だ。イジメは絶対ダメだ。わかったか!」
普段優しい先生ほど怒ると怖い。彼らサッカー部もそう感じているだろう。
それを証拠に巫山戯たり、言い返したりする人はいなかった。
「確かにそうだが、ルールを破るのも同じく許されない」
僕らのすぐ後ろから声が聞こえた。
間違いなくサッカーの審判をやっていた五十嵐先生の声だ。
でも、なんだろう。どうしてか身体が強ばって動けない。
違う何かがいるって言ったら良いんだろうか?
「…………! 早くあいつを沼らせて!」
「うん? あぁ、藤原くんのこと? 紫苑、好きなの?」
ロベリア2人の会話が観客用のベンチから聞こえてきた。
紫苑と呼ばれた焦った様子の彼女に対し、ふんわりとした雰囲気のもう1人はよくわからないといった様子で首を傾げている。
「何言ってるの! あいつよ! あの雰囲気は普通じゃない」
紫苑という名前の彼女は、僕らの後ろにいる五十嵐先生を指さしていた。
ごおおおぉぉぉぉ!!
その直後に、猛獣が唸るような音と共に強風が吹き荒れる。
五十嵐「ま~~つ~~さ~~か~~!!」
低くて威圧感のある声で松坂先生を呼ぶ五十嵐先生。
彼は両手を前に出し、指を少し曲げた状態で松坂先生に手の平を向けていた。
ごおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!
「う、うわっ!」
吹き荒れる強風は更に強くなり、五十嵐先生の前にいる僕らはバランスを崩して転倒する。
そして…、
松坂「な、なんだこれ? うわあああぁぁぁぁ!」
僕らのゴール前にいた松坂先生は、その強風に吸い込まれるかのようにこちらにやって来た。
先生の身体は完全に浮いていて、風に抵抗する術はなさそうだ。
僕らも風が強すぎて立ち上がれないでいる。先生が吸い寄せられる姿をただ見ることしかできない。
ガシッ
そして、五十嵐先生は、強風によって目の前にやって来た松坂先生の首を右手で掴んだ。
これは、ただの風じゃない。
作為的に操られている風だ。
松坂「がっ……! あ゛ぁっ!」
首をガッツリ掴まれた松坂先生は、息ができずに苦しんでいる。
風のせいで立ち上がれない…!
僕は何もできないのか? せめて水の力を使えたら…!
何もできないまま突っ伏して、ただただその光景を眺めていると…、
五十嵐「試合に乱入するのはルール違反。大罪だ、松坂先生」
バキッ
彼は、苦しむ松坂先生をもう片方の手で殴り飛ばしたんだ。
地面に叩きつけられた松坂先生は、気を失ったのか動かなくなった。
それと同時に風はやみ、辺りは静かになる。
敵の襲来はある程度予想していたし、警戒もちゃんとしていた。考えすぎじゃないかって自分でも思うくらいに。
だけど、外からの襲来じゃなく、既に校内にいるとは思いもしなかった。
神憑の御影教頭は、同じく神に憑かれている人を認識できるから。
神が憑いている人を先生や生徒として学校には迎え入れないはずだ。
仮に彼女が見落としたとしても、日下部や朧月くんが気づくと思う。
複数の神憑の目を掻い潜って、彼は学校に潜入していたんだ。
五十嵐「サッカーを散々貶しやがって。もう許さん。先生が全員殺してやる」
五十嵐先生の声はいつもと違って聞こえた。
どこか禍々しいというか。でも、それがこの人の本性なのかもしれない。
五十嵐「この場にいる全員、死を享受しろ」
早くみんなを避難させて、この人を止めないと…。
僕ら自警部は、立ち上がり五十嵐先生を見据えた。
五十嵐「志鎌、お前は気に入った。お前の望む残忍かつ残酷な死を魅せてやろう」
その発言に対し、皇は今日1番嬉しそうな笑顔を見せてこう言う。
皇「全員、安心しろ。俺たち自警部が、悪を超能力でぶっ倒す。もう一度言うぜ。こいつを倒すのは、俺たち自警部だ♪」
決勝戦は中断され、別の戦いが始まろうとしていた。




