開会式 - 水瀬 友紀⑦
獅子王「これより、球技大会の開会式を始めます」
球技大会当日、朝礼台に立った生徒会長の陽がマイクを持ってそう言った。
球技大会に参加する人や、チームを応援する人全員が休めのポーズをして彼に注目している。
球技大会に出る人は自分たちのユニフォームや体操服を、観戦する人たちは制服か体操服を着るように言われた。
ついに、この日がやって来たんだ。
僕の後ろに並んでいる慶や皇、チームのみんなもそう思っているはず。
血が滲むような練習……はしてないけど、みんなにしてはよく頑張ったと思う!
サッカー自体はあまり知らないけど、特質ありきの戦術はちゃんと考えて皆にも伝えた。
必ず優勝しよう。ここで勝てないと、凶悪な敵を倒すのは絶対に無理だ。
そう思った僕の拳には、自然と力が入る。
獅子王「最後に、サッカー部の監督であり、本日の球技大会でサッカーの審判をしてくださる五十嵐先生に激励の言葉を頂きます」
生徒会長の話を終えた陽はそう言って、朝礼台から降りた。
パチパチパチッ
だらしない拍手が響く中、名前を呼ばれた五十嵐先生が朝礼台に上がる。
サッカー部の監督になる人ってみんなこうなんだろうか?
身長はそれほど高くないけど、骨太でマッチョな体型。海外のサッカー選手がしてそうなモヒカンヘア。
かなりの癖っ毛なのかパーマを掛けているのか、頭の上に乗せられた髪はうねっている。
男虎『儂は戻る! 何かあったらこのホイッスルで呼んでくれ!』
戦いの後、笑顔で墓に入っていった男虎先生を思い出した。
生きたまま墓に帰った男虎先生ほどじゃないけど、彼の身体もガッチリしている。
そんな彼は、松坂先生同様、新しくやって来た保健体育の先生。
そして、いま吉波高校のサッカー部の監督をしている、五十嵐 富貴先生だ。
服装はサッカーの練習着っぽい。
五十嵐「楽しむのは良いことだ。元気なのもな。だが、お前らに1つ注意事項がある!」
マイクを持った先生は、人差し指を立てながら声を張り上げた。
周囲はピリッとした空気に包まれ、やる気のない拍手はぴたりと止む。
静かになった僕らを見て頷きながら、先生は話を続けた。
五十嵐「怪我をするな。ルールを守れ。あ…、やっぱり2つだああぁぁ!」
慌てた様子で中指も立てて、ピースサインを突きつける五十嵐先生。
サッカー部の監督は、みんな声が大きくて元気なんだろうか…?
でも、男虎先生よりは厳しそうな人だ。
彼はお茶目な言い間違いをしたけど、笑える雰囲気ではない。笑うと普通に怒られそうだ。
不知火「アハハッ♪ 面白~い!」
そんな中、僕のチームの列の後ろの方に並んでいた不知火が無邪気に笑った。
マジかよ。そこは堪えてくれよ。
五十嵐先生は、球技大会の審判だ。素行の悪さを理由に出場停止にさせられるかもしれない。
五十嵐「なぜ笑う? 先生は真剣に話をしているんだ」
先生の冷ややかな目は、不知火を捉えている。
不知火「1つって言ったのに、2つになってんじゃん!」
明らか怒っている先生に対し、彼は笑いながらそう言った。
どういう神経をしているんだ? 不死身で恐怖や緊張というものを感じないのか?
五十嵐「開会式が終わったら、お前の頭を真っ二つに…いや、頭ごなしに怒ってやる!」
野蛮なことを言いかけた五十嵐先生が握るマイクには力がこもっていた。
五十嵐「良いか、お互い試合相手をリスペクトし、スポーツマンシップを心がけるんだ。ファウルでもないのに、痛いふりして転がるのは止めろ! 以上だ!」
そう力強く言い放ち、イライラした様子で朝礼台を降りていく先生にパラパラとした拍手が送られる。
ただ怒られただけで済んで良かった。出場できないなんてことになると本末転倒だから。
獅子王「い、以上で開会式を終わります。参加チームは、各自試合時間を守って集合場所に集まってください」
再び朝礼台に立った陽は戸惑った様子で、僕らの方を何度か見ながらそう伝えた。
そして、陽はすぐ僕らの元へやって来る。
これで、サッカートーナメントに出場するメンバーが揃った。五十嵐先生にどこかへ連れていかれた不知火を除いては…。
多分注意されるだけだから、彼もすぐ帰ってくるだろう。
「みんな、手を合わせよう。絶対に勝つんだ」
出場はしない慶を含んだメンバーに、僕はそう呼びかける。
文月「あぁ、必ず勝て。収穫のある1日にしよう」
それぞれ思うことはあるかもしれないけど、みんな円になって手を重ね合った。
11人全員が“BREAKERZ”ってわけじゃない。足りない人数は別の人が入ってくれたんだ。
サッカー経験者がどうかはわからないけど、本当にありがたい。
皇「今日は校長も教頭も、政府の用事で不在だ。チャンスがよりチャンスに…。派手にやれるぜぇ♪」
嬉しそうな表情を浮かべる皇。彼は彼で別の目的がある。
皇の言うとおり、2人は今日学校にいない。
自警部を復活させようとしている彼にとっては好都合かもしれないけど…。
もし襲撃を目論む敵がいるとしたら、手薄になった今日やって来るのでは…?
…………。
ダメだ、ちょっと気を張りすぎだ。
今日はもう楽しもう。
そういった襲撃に備えて、僕らは今日を戦うんだ。
慶がチームプレーを必要とするサッカーを選んだのは、僕らに足りない連携を補うためだと思う。
勝ち上がっていくごとに、それを高めていけると僕は信じてる。
「絶対、優勝しよう!」
おぉーー!
僕らは声を上げながら、重ねていた手を空に掲げた。
「やぁ、文月くん。まさか、本物だとは思わなかったよ。あのメッセージ」
盛り上がっているところに、ある人の声が僕の後ろから聞こえてくる。
誰なのか何となくわかった僕は、振り返った。
全校集会とかで何度か聞いたことあるこの声は…。
生徒会副会長、京極 瞬介のものだ。
猿渡と景川が転校した後で、副会長になった内の1人。
直毛で前髪が目に掛からないくらいの髪型は、爽やかさとかっこよさの両方を兼ねている。
つぶらな瞳であっさりとした顔立ちの彼からは、どこかあどけなさを感じるけど…。
彼は陸上部のキャプテンも務めていてしっかり者だ。
校内で彼よりも速く走れる人はいないだろう。陸上の県大会では難なく優勝し、地方大会に出場を果たしている。
え、もっと速いのもいるじゃないかって? いや、彼らは違うよ…。
怜は確かに速い。明らかに車よりも速いし、急に止まったり曲がったりもできるけど…。
あれは走ってるんじゃなく、滑っている。その上、唾液を使っているから陸上競技的に見たらズルだ。
朧月くんもぱっと見速いけど、彼のは神憑の能力だし時間イジってる系だからまた違う。
日下部の空飛ぶオナラも速かったけど、あれくらいなら京極の方が速いんじゃないかな?
文月「誰だ? こいつらの知り合いか?」
ずっと学校に来てなかった慶は、誰が副会長かなんて知らないんだろう。
そして、僕らとの間柄を尋ねられた京極の隣には、もう1人の副会長がいた。
礼儀正しく手を前に組んでいる彼女の名前は、美澄 恵璃紗。
透き通った白い肌、芸能界にいそうなほど綺麗な顔立ちをしているお淑やかな彼女は、男女問わず皆から慕われている。
そして、完璧なのは見た目や性格だけじゃない。
勉強は、常に学年2位。
部活は、女子テニス部やダンス部、吹奏楽部を掛け持ちしていて、それぞれでキャプテンや部長を務めているらしい。
そして、土日や部活のない日は、ピアノと書道に通っている。
入学式や卒業式などで歌う校歌や合唱曲の演奏は、1年生の時から彼女がやっていた。
才色兼備という言葉は、美澄さんのためにあるようなものだ。
そんな彼女は副会長になる前から大人気で、景川たちの後任になるのは間違いないと誰もが思っていた。
余談だけど、美澄さんの彼氏の噂はいっさい流れない。というより、流してはいけないんだ。
彼氏と噂された人は、美澄さんを慕う過激派に消されるという話がある。
吉波高校の七不思議みたいな感じかな。多分、みんな鵜呑みにはしていない。
彼女が高嶺の花すぎて、みんな付き合いたいとか告白しようとか思わないから誰も噂にならないんだと思う。
美澄「知らない人はいないと思うわ、文月さん。私たち皆、人質に取られているから」
知り合いかどうかを京極に尋ねた慶に対し、彼女は微笑みながらそう言った。
陸上部のキャプテンと、才色兼備な彼女の上には生徒会長の陽がいる。
そう考えると、やっぱり陽って凄いよな。
本人は会長やるのずっと乗り気じゃなさそうだったし、美澄さんが会長に成り代わるって皆思っていたのに。
何だかんだ今も会長は陽がやっている。みんなをまとめる才能がハンパないんだろう。
文月「あぁ、そういうことか。で、この期に及んで文句でも言いに来たのか?」
慶は眉をひそめて、2人を睨みつける。
京極「それは違う。俺は尊敬しているんだ。生徒全員を人質に取るなんて、考えたらできるってものじゃない。あの最強の鬼も君が作ったんだろ?」
美澄「私も悪く言う気はないわ。何か大変なことでもあったんでしょう? 皆を人質には取ったけど、誰も傷つけてはいなかった。人質の部屋も快適に過ごせたわ。貴方は優しい人よ」
興味津々な様子の京極と、微笑みを崩さない美澄さん。
美澄さん、たぶん慶が優しいんじゃなくて、貴女が優しすぎるんだ。
文月「そうか、なら良い」
彼らの発言に対し、不思議そうに首を傾げる慶。
まさか自分が起こした鬼ごっこを、肯定されるとは思ってなかったんだろう。
京極「期待しているよ、文月くん。皆の健闘も祈っている。助手の彼が言っていた超能力とやらをぜひ見せてくれ」
皇「おい、誰が助手だってぇ? お前の黒目は節穴かぁ? 俺は“BREAKERZ”のリーダー。自警部の部長だぜぇ? こんな奴の助手なわけねぇだろぉ?」
京極が右手で皇を指しながらそう言うと、彼は不機嫌そうに言い返した。
京極「なるほど、リーダーは君か。すまない、謝るよ」
リーダーと名乗った皇に、どこか関心のある様子の京極。
美澄「獅子王会長もサッカーに出るんですか?」
獅子王「うん、友紀に頼まれて」
美澄さんに尋ねられた陽は返事をしながら、後ろからやって来る。
美澄「頑張ってくださいね! 会長の超能力、期待しています!」
両手に拳を作って、陽を鼓舞する美澄さん。
獅子王「いやぁ、いやぁ、僕は……しがないただの人間です。ゴリラじゃありません」
それに対し、陽は動揺を隠せず自身の特質を自白する。
まぁ、大丈夫だろう。ゴリラに変身するなんて、真剣に言っても信じないと思うから。
美澄「うふふ…、何それ」
案の定本気にしてない彼女は、口元を両手で覆ってクスッと笑う。
美澄「では、そろそろ行きます。皆さん頑張って」
そして、もうすぐ自分の試合が始まるのか、美澄さんは体育館の方へ歩いていった。
京極「サッカーの方も1回戦の第1試合が始まるな。君たちは2試合目か。それまで他を見てくるよ」
そう言って、京極も体育館の方へ。
そして、僕らはグラウンドに引かれたサッカーコートの近くにある観戦用のベンチに座った。
第1試合に出るチームの人たちがコートに入る中、何事もなかったように不知火が戻ってくる。
「大丈夫だった?」
不知火「うん、痛くはなかったよ」
僕の質問に、平然と答える不知火。
たぶん怒られたんだと思うけど、本人が平気そうなら良いか…。
コートに入った両チームは真ん中で整列し、お互い頭を下げてから、各自のポジションに着いた。
そして、審判の五十嵐先生が笛を鳴らすと共に試合は開始する。
初心者が参加するのも考慮してか、数十分程度で試合は終了。
ただサッカーボールをパスして、シュートを決め合う普通の試合だった。
五十嵐「はい、次! 第2試合! チーム“自警部”と“ベースボウズ”、入れ!」
ポケットから小さく折った紙を取り出して広げ、チーム名を読み上げる五十嵐先生。
第1試合が終わってすぐに、僕らは呼ばれた。
野球のトーナメントをやっている所から“ベースボウズ”と思われる人たちがサッカーコートにやって来る。
みんな野球のユニフォームを着ているということは、野球部や野球経験者の集まりなんだろうか?
僕らはお互い顔を見合わせた。
文月「さぁ、お前らの能力を見せてやれ」
制服のポケットに手を入れ、コートを見据える慶。
皇「よし、行くぜぇ♪」
自称リーダーの声で僕らはベンチから立ち上がり、コートに足を踏み入れた。




