チーム結成 - 水瀬 友紀⑥
文月「久しぶりだな、お前ら。元気そうで何よりだ。球技大会について話がある」
どこか疲れた様子の慶が僕らに向かってそう言った。
何かあったんだろうか? そもそも、学校に来ること自体珍しい。
通学の許可が下りているとは言っても、何の理由もなく自ら進んで来るようなタイプじゃない。
球技大会…、新学期に入って1番最初にある学校行事だ。
そろそろ開催されるから、各クラスの黒板には参加希望者やチームを募るプリントが貼られている。
確かクラスのグループチャットにもそういった通知が来てたっけ。
「球技大会の話って?」
テロリストと思われている慶の登場でクラスがザワつく中、僕は彼に質問した。
文月「水瀬、お前も知っているだろ。もうすぐ球技大会が始まる。その中のサッカー大会に参加して、僕らで優勝を勝ち取るんだ」
いつも通り淡々とそして冷たく話す彼だけど、その口から出た内容には違和感しかない。
彼の言う“僕ら”とは、多分“BREAKERZ”のみんなのことだ。
このメンバーで優勝を目指せと彼は真剣に言っている。
なんだか慶らしくない。いつもの彼なら、球技大会や他の学校行事を茶番だと言って遇うはずだ。
何か狙いがあるに違いない。
単純に球技大会を自分たちで楽しもうなんてことは思ってないだろう。
「慶、何が目的なんだ?」
僕が慶の目を見据えてそう聞くと、彼はふっと笑った。
別の目的があること自体は良い。ただ、彼の目的にいつも僕らは巻き込まれているんだ。
鬼ごっこの時は人質に取ろうとし、当時の御影率いる生徒会が学校を支配しようとした時はそれに加担した。
今回は大丈夫だという確証はどこにもない。
文月「よくわかってるじゃないか。僕の計画を阻止しただけはある。“超能力を使ってサッカーで優勝しよう”なんて子供じみたこと、僕は言わないからな。運にしか頼れない誰かと違ってな」
彼はいつになく…、いやいつも以上に辛辣で嫌みったらしい。
いつもなら、彼の発言にむっとしたり、ちょっと落ち込んだりするけど、今日に関しては心配の方が勝る。
見るからに疲れているし、嫌なことでもあったんだろうか?
それとも、単に別の目的があることを気づかれたのが嫌だった? だとすれば、僕らをまた巻き込むつもりなのかもしれない。
皇「いやに疲れてるなぁ、文月ぃ♪ 親友の俺に当たりたくなる気持ちはわかるが、まぁ落ち着けよ♪」
文月「チッ、クソが…!」
両手でどうどうと宥めるジェスチャーをしながら煽る皇に対し、彼はどこか辛そうな顔をしつつ舌打ちした。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
ここで、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。
文月「まぁ良い。水瀬、話は放課後だ。ここに来るから待っていろ」
彼は一方的にそう言って、ザワつく人混みを掻き分けてどこかへ行った。
皇「お前ら、邪魔が入ったから決闘はまた今度だ。帰るぜ」
そして、皇が引き連れてきたギャラリーも教室へ戻っていく。
日下部「しまった。パンを食べきれなかったよ。誰かさんのせいでね」
剣崎「私もだ。母親が早朝から起きて作った御弁当を完食できなかった。日下部氏が挑発してきて、それどころではなくなったからな!」
チャイムが鳴ってもまだいがみ合っている2人。少しは落ち着いたみたいだけど…。
まぁ、僕も食べ切れてない。今日に限らず、最近は残すこともあるけど。
鬼塚「僕も食べきれなかった…。お父さんに怒られる…」
ハイテンションの面影はなく、消沈している琉蓮。
彼に言うのは悪いけど、こっちの暗いテンションの方がしっくり来るよ。
獅子王「ごちそうさま。ふぅ、何とか食べ切れた。席に戻るよ」
そして、みんなが訳あって残している中、陽だけは完食していた。
あの雰囲気の中、黙々と食べていたのか? 生徒会長の度胸はすごい。
もうすぐ午後からの授業が始まる。
みんなそれぞれ思うことはあるけれど、自分の椅子を持って席に戻っていった。
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【放課後、水瀬の教室にて】
今日最後の授業が終わり、クラスのみんなは何事もなかったかのようにぞろぞろと帰っていく。
あんなことがあったのに、みんな大して気にしていないみたいだ。
まぁ、みんなは僕らの能力を知らないから、そこまで気にはならないか。
剣崎「日下部氏、取り乱して済まなかった」
日下部「いや、僕もごめんね。少しばかり動揺してしまったんだ。君が……僕のことをモテないみたいな言い方をしたからさ」
昼休みに殺気立っていた2人も、時間が経って落ち着いたのかお互い謝っていた。
剣崎「それは私もだ。皆の衆の前で私自身の特質を語られて、冷静ではいられなくなってしまったのだ。本当に済まなかった。日下部氏、あれは言葉の綾だ。君はモテる! 君はお洒落だ、ファッションセンスが素晴らしい」
日下部「いや、そんなことはないよ。ただコーディネートに少し興味があるだけさ。君の剣技も美しいよ。美しい上に強い、そして速さも兼ね備えている。努力の賜物だね」
彼らはお互い照れながら褒め合って、仲直りをしたようだ。
そんな2人は穏やかな表情で話しながら、教室を後にした。
ちなみに、陽と琉蓮はとっくに帰っている。
陽はいつも通り帰っていったけど、弁当を残してしまった琉蓮は少し怯えていた。
みんな、やっぱり警戒心が足りない。
今日は慶が学校に来たり、皇がギャラリーを引き連れて殺し合いの決闘をさせようとしたりといったことがあった。
こういう非日常なことに対してもう少し敏感になった方がいいと思う。
それを気にせずいつも通り過ごしている彼らは、気が抜けているというか…。
いや、僕が気にしすぎなんだろうか? 今まで色々あった分、気にせずにはいられない。
能力を持った敵がいつ仕掛けてきたとしても、もう不思議なことではないんだ。
コツコツコツ……
みんなが教室から出ていってから数分後、1人の足音が廊下から聞こえてきた。
多分、僕が1人になるまで待っていたんだろう。
文月「さぁ、続きを話そう」
慶はそう言いながら、開いたドアから教室に入ってきた。
文月「お前は目的がどうとか言っていたが、あまり詮索はしないでもらいたい。単純に、彼ら“BREAKERZ”を鍛えておきたいのと、彼らの能力が球技大会でどこまで通用するのか気になるだけだ。もう人質を取ることはない」
やつれた彼の発言を、僕は信じたい。
だけど、慶は時々突っ走ってしまうところがあるんだと思う。そうなった彼は、目的を達成するための手段を選ばない。
嘘を吐いたり、僕らを裏切ったり…。敵側に加担することもまたあるかもしれない。
彼らを鍛えたいというのには、僕も賛成だ。敵の襲来に備えられるから。
「僕は君の言うことを信じたい。友達を疑いたくはないから。だから、これからは何でも相談してほしい。鬼ごっこの時も生徒会との戦いの時も、君はいつも1人で戦っていた。できることがあるなら力になりたいんだ。1人でするより、みんなで協力した方がずっと楽だと思うから」
僕がそう話すと、慶は難しそうな顔をして考え込んだ。
本当の目的を話そうと迷っているのだろうか?
少し間が空いた後で、彼は顔を上げて僕を見据える。
文月「安心しろ、もう君らを巻き込むつもりはない。基本的には1人でやるが…。それが難しい時は要請しただろ? “EvilRoid”と戦った時とかな」
どこか納得のいかない返事だったけど、あまり疑うのも良くはないか。
彼の言った“EvilRoid”との戦いや、第二次学生大戦の時は…。
僕らが本当に危ない時、彼は協力してくれたんだ。僕らを守ろうと頑張ってくれていた。
「わかった、信じるよ。でも今度嘘吐いたら、流石にキレるかも」
僕は彼に手を差し出しながらそう言う。
文月「ふっ…、それでこそ友達だ」
それに対し、慶はニヤリと笑いながら僕の手を取った。
ガタッ…
握手をしたと同時に、僕の後ろから物音がする。
文月「なんだ?」
手を離し警戒している様子の慶。僕も警戒しながら振り返り、彼の視線を追った。
ガタガタガタガタ……!
物音を立てたのはあれで間違いない。
教室の後ろの隅っこにある縦長のロッカーが激しく揺れ始めた。
ドン! ドン!
ガタガタと揺れる音と一緒に、中から扉を叩くような音もしている。
きっと中に何かがいて、出てこようとしているんだ。
今ここには、丸腰の慶と僕の2人だけ。
使えるか…? 水を操る力…!
文月「水瀬、お前は逃げ…」
ドンッ…!
彼が僕にそう言おうとした瞬間、ロッカーの扉が勢いよく開いた。
敵じゃなかったことに安心したのと同時に、中から出てきた彼のことが心配になる。
皇「クソ…、暑すぎるぜ…」
ドサッ
汗だくな皇は、空っぽになったコーラのペットボトルを片手に、開いたロッカーの前に倒れ込んだ。
「す、皇…! 大丈夫か!」
僕は名前を呼びながら、彼の元へ駆け寄った。
てか、いつからロッカーに? 放課後、慶が来るまで僕は教室を離れてない。
それよりも前から、ずっと入っていたのか?
皇「話は……聞かせて貰ったぜ」
うつ伏せに倒れている彼は、掠れた弱々しい声でそう言う。
「なんで隠れてたんだよ! 普通に聞けば良いだろ?!」
皇「ヒャハッ…」
心配で思わず声を上げた僕に対し、彼は小さくいつものように笑った。
そして、焦点が定まってなさそうな彼の黒目は、近づいてきた慶の足を捉える。
皇「こいつが……俺に……気前よく………話すと……思うかぁ?」
言葉が途切れ途切れだ。もう死んでしまうかもしれない。きっと脱水症状を起こしている。
僕は教室の開いたドアに向かって、手を伸ばした。
こういう時に、あの力が使えれば…!
「水よ、どうか彼に水分を与えて下さい…!」
清らかな心で訴えかけるんだ。
大丈夫だ、僕は自分のエゴで力を使おうとしているわけじゃない。
あくまで人のため。だから、きっと応えてくれるはずだ。
皇「水は……いらねぇ。コーラを頼んでくれ…」
そんなこと言うなよ、皇。水が機嫌を損ねてしまうじゃないか。
文月「どうやら動けないようだな。皇、校章の場所を素直に教えろ。どのポケットに仕舞ってある?」
僕が手を伸ばして訴えかける中、ポケットに手を入れた慶は、皇を見下ろしながらそう言った。
皇「ヒヒヒ…」
何も答えずただただ小さく笑う皇。水も僕に応えようとしてくれない。
ていうか、校章まだ返してなかったんだ…。もう年度変わってるのに。
文月「早く答えろ、お前も弄られたくはないだろ?」
微かに笑い続ける皇に、続けてそう話す慶。
水は……来ない。多分、コーラの方が良いと言ったせいだろう。
乾燥していて近くに水が全くない可能性もあるけど、そこら中に水道管が来ているからそれはないと思う。
数秒ほど小さく笑い続けた皇は、彼にこう返した。
皇「校章ってのは……ブレザーに着けるやつだよな♪ 今は暑い。つまり、ブレザーは家……、校章も……俺の家にある。残念……だったなぁ♪」
文月「この…、クソ野郎…!」
今取り返せないと知った慶は、大きく舌打ちをして悔しがる。
もう新しい校章、買ったら良いんじゃない? 改造して専用の機能か何か着けているのかもしれないけど、それでも君ならすぐ造り直せるだろ?
文月「まだ4月だぞ。なのに、ここ最近猛暑が続いている。そのせいで全員半袖に…。地球は一体どうなっている? 政府は何をしているんだ? この環境問題を解決しようと、なぜ動かない…?」
彼は眉間にしわを寄せ、地球環境問題についてぶつぶつ言い始めた。
いま校章を取り返せなかったことを、環境問題や政府のせいにしている。
彼にとって、校章はそれくらい重大なことなんだろう。まぁ着けてないと、村川先生にめちゃくちゃ怒られるから…。
また人質取ったりしないよね?
今度は地球温暖化どうにかしろとか言って。如何にもそう考えてそうな顔なんだけど…。
皇「というわけで……、俺も……球技大会優勝計画に……参加させろ。校章を捨てられたくなかったらな♪」
今にも死にそうな皇だけど、ご満悦な表情を浮かべている。
文月「…………。好きにしろ」
慶は小さく溜め息を吐いた。
やっぱり、どこか疲れている感じがする。
文月「水瀬、大会当日までにメンバーを集めてくれ。できるだけ“BREAKERZ”の中からな。11人集まり次第、練習と戦術について考える。頼んだぞ」
彼はまた一方的にそう言って、教室から出ていった。
「皇、立てるか? 本当にコーラで良いのか?」
僕は、倒れている皇の身体を起こして肩を組む。
僕の質問に対し、弱った彼は頷いているけど。脱水症状にコーラって大丈夫なんだろうか?
皇「これは絶好のチャンスだ。必ず自警部を取り戻す。廃部のままだと面白くねぇからなぁ♪」
僕と肩を組んでフラつきながら歩く彼は、楽しそうに笑った。
球技大会をきっかけに、どう復活させる気なのかは検討つかないな。
「僕はとりあえず、サッカーに参加するメンバーを集めるよ。皇、人を危険に晒すようなことは止めてくれよ」
皇「あぁ、わかってるぜ。そこは任せろ」
決闘で殺し合わせるとか言ってた彼の発言だから怪しいけど、目は真剣だった。
自分たちの能力と向き合う機会を増やしたい僕と、“BREAKERZ”を鍛えたい慶。
そしてこの機会を活かし、自警部を復活させようとしてくれている皇。
3人の利害は一致し、僕らは球技大会優勝に向けての準備を始めた。
よし…。
まずは、この干からびた人にコーラを奢ろうか。




