チーム結成 - 水瀬 友紀⑤
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った。
松坂「よし、今日はここまで! みんなお疲れさん、昼休みゆっくりするんだぞ!」
優しくてハキハキしている僕らの担任で、数学を教えている松坂先生はそう言う。
まだ来て間もないけど、生徒のみんなからは好評だ。
僕らはいつものように立ち上がって礼をした後、各自散らばっていった。
教室で弁当を食べようとしている人。
購買や食堂に行くために、教室を出ていく人。
それぞれが自分なりの昼休みを過ごそうとしている中、僕は自分の席に座り込んだ。
廃部を言い渡されてから数日、いまいちやる気が出ないんだ。
剣崎「水瀬氏、今日も私たちと御弁当を食べるのだ」
虚ろに自分の机を見つめていた僕の前に、今日も彼らはやって来た。
可愛らしいアニメのキャラクターシールが貼られた無機質な弁当箱を持っている怜。
全身肉離れはもうすっかり治ったらしい。
その隣には、申し訳なさそうに僕の顔色を窺っている生徒会長の陽がいる。
そして、もう1人。
鬼塚「友紀くん! みんな! 今日も昼休みがやって来たね! ご飯を食べようか! 元気いっぱい、音を立てずに!」
何か良いことがあったのか、ここ数日ハイテンションな琉蓮は、自身の弁当箱をがさつに置いた。
若干跳ねながら物音を立てる自身の弁当箱を見て微笑む琉蓮。
鬼塚「完璧な力加減。いつもこうでなければならない……なんてね!」
それ、みんなで食べ出してからずっと言ってるよね。
日下部「やぁ、今日は僕もご一緒させてもらうよ」
購買から帰ってきた日下部はパンを持って、僕らの元へやって来た。
みんな、落ち込んだ僕や廃部になったことを気にかけてくれている。
「みんな、ありがとう。じゃあ、食べようか」
僕が低い声でそう言うと、みんな持ってきた自分のイスに座って手を合わせた。
僕も母さんが毎日作ってくれている弁当を机に出して口に運ぶけど、何だか味気ない。
剣崎「鬼塚氏、最近元気な様子だが、何か良いことでもあったのか?」
みんなが黙々と食べている中、怜が口を開く。
確かに、それは結構気になるかも。いつもどこか暗い雰囲気の琉蓮がこんなに元気なのは珍しい。
むしろ、ここ数日は僕らの方が琉蓮みたいだ。
鬼塚「まぁそうだね。色々あって…。新しい自分に出会えたというか、ひと皮剥けたって感じかな?」
怜の質問に対し、彼は口をもごもごさせながらそう答えた。
ガタッ
すると、怜は真剣な表情ですっと立ち上がり、琉蓮を見据える。
そして、一呼吸置いてからこう言ったんだ。
剣崎「まさか…、致したのか?」
致すって何をだろう? わからない上に、丁寧な言い回しに違和感を覚える。
鬼塚「ん? 何の話?」
ご飯を頬張りながら返事をした琉蓮も、意味がわからないといった様子で首を傾げた。
剣崎「それが大人の余裕か、鬼塚氏」
怜はそう言いながら、座って弁当を食べている彼に詰め寄る。
剣崎「良き友人として話を聞きたい。それはいつ…、そして相手は誰なのだ?」
いったい何の話をしているんだろう?
顔は超真剣だから、怜にとってはかなり重要なことなのかもしれないけど…。全く話が読めない。
日下部「剣崎、その質問はデリカシーに欠けるね。僕も気になる……じゃなくて、みんなお食事中なんだ」
日下部も、食べかけのパンを机に置いて立ち上がった。
真剣な表情で見つめ合う2人。
彼は、怜の言っていることがわかるのか?
僕と陽と琉蓮は、弁当を食べながら向き合う2人を交互に見つめる。
剣崎「日下部氏、これは私にとって重要な話だ。ようやく私の知人から経験者が輩出された。私も助言を頂き、二次元から脱却するのだ」
日下部「ちょっと待った。その言い方は気になるね。僕に経験がないとでも言いたいのかい?」
話し合う2人の声は割と大きく、教室にいた他の人たちが僕らに注目し始めた。
気まずいな、変に目立っている。
鬼塚「視線が…視線が眩しいよ。でも、もう大丈夫だ。完璧な力加減、強固な精神力…、いつもこうでなければならない! ワッハッハ!」
腕を組み、変にハイテンションな琉蓮。
きっと痩せ我慢をしているんだ。僕も変な意味で注目されるのは嫌だからわかる。
獅子王「わかった! 宇宙が何次元かについて話しているんだろ?」
何かを閃いたように人差し指を立てて、いつもの調子で話す陽。
さすが生徒会長だ。人目なんて気にしてたら、みんなの前に立てないよな。
剣崎「はははっ、日下部氏…」
珍しく怜が声を上げて笑う。
剣崎「オナラの君が経験済みなら、世も末であるぞ。経験者とは到底思えない」
笑いを堪えられない様子の怜に対し、日下部は一瞬眉をひそめた後で穏やかに微笑んだ。
日下部「そうかい。なら、よだれの君が経験するようなことがあれば、宇宙は跡形もなく消滅するだろうね」
獅子王「ほら、やっぱり宇宙の話だ!」
陽はさっきよりも強く人差し指をぴんと立てた。
男子生徒の怪訝な目線、女子生徒のひそひそ話がどんどん強くなっている。
一旦、怜たちを落ち着かせないと。でも、彼らの間に割って入ることはできそうにない。
剣崎「公共の場で私のコンプレックスを語ったな。それも愚弄の意を込めて。私を社会的死に追い込むつもりなら、己の命と引き換えだ」
なんでかわからないけど、彼らが怒っているからだ。仲裁に入れる程度の怒りじゃない。
日下部「君の発言も頂けないね。命と引き換えか。ふっ、良いね。お昼ご飯を終えたらグラウンドで決闘しようか。物理的な力を自在に加えられる名も無き放屁、燕脂蒙昧屁で瞬殺さ」
剣崎「先に私の斬華繚乱が君を襲うだろう」
睨み合う2人。止まない周囲のひそひそ話。
そして、どうやって聞き付けたのか、廊下側にも人が徐々に集まってくる。
確かに2人は怒っているけど、教室の外に響くような怒鳴り合いや大喧嘩をしているわけじゃない。
なんで、こんなに注目されているんだ?
その理由は、すぐにわかった。
「そう、こいつら2人が決闘するんだよ。どっちかが死ぬまで終わらねぇ、ガチの決闘をなぁ♪」
飄々としたいつもの口調でそう語る彼は、人混みの中から姿を現した。
人混みを背に開いたドアの前に立つ彼の名前は、皇尚人。
いつもの笑顔で注目の的になった僕らを見据える。
怜と日下部のちょっとした言い合いを、大げさに言って広めたんだろう。
多分、彼が原因でみんな集まってきているんだ。
「マジか、結構ガチなのか?」
「あの立っている2人がやるのか? てか、あいつら誰だ?」
集まってきている生徒や元々教室にいた人たちがざわつき始める中、皇は続けてこう言った。
皇「そう、あの2人だ。だが、ただの殴り合いじゃねぇ。あいつら…いや、俺たち自警部は皆、普通じゃないものを持っている。それを使って殺り合うんだ」
彼は僕らの特質や神憑の能力をバラす気だ。
まぁ、隠しているつもりはなかったし、その必要もないから僕は良いんだけど。
そう思いながら、僕は怜の方へ視線を移した。
彼は自分の特質にコンプレックスを抱えている。
間違っても怜の唾液について話すなよ、皇。ほんとに殺されるかもしれないから。
「普通じゃないものって何だ? ナイフとか持ってんのか?」
皇「ヒャッハッハッハァ♪」
廊下側から聞こえてきた疑問の声に対し、彼は狂気的な声で高らかに笑った。
皇「そんなちんけな物じゃねぇよ♪ 何も知らないお前らにわかりやすい言葉でいうとすれば…、まぁ超能力って奴だなぁ♪」
“超能力”という言葉が嘘っぽく聞こえたのか、ざわつきが止んで辺りはしーんとする。
「なんだよ、嘘かよ。しょうもね…」
確かに、子どもっぽい幼稚な嘘にしか聞こえない。
その生徒の発言を皮切りに、集まってきた彼らは自分たちの教室に戻り始めた。
皇「屈強な校長を吹き飛ばした鬼塚のパンチ、あれを普通だと思うか?」
白けた彼らに対し、皇は真剣なトーンでそう言う。
聞き流して帰っていく人もいたけど、何人かは足を止めて彼を見た。
そして、皇は話を続ける。
皇「鬼塚も自警部の1人だ。鬼塚のお陰でお前らは解き放たれたんだ。恐怖心を煽り服従させる超能力からな。あぁ…、後、お前らが見た黒いデカいのや世間で言われている緑の災害も全部、超能力だ」
再びざわつき始める生徒たち。
「確かにあの時なんでか逆らえなかった。怖かったんだ」
「あれ、そうだったの? 夢かと思ってた」
「緑の災害、あれまだ原因わかんないんだよな。超能力の仕業って言われても否定はできねぇ…」
話に夢中になっている彼らを見て、彼はニヤリと笑い口調を強めた。
皇「嘘かどうかはすぐにわかるぜぇ♪ こいつらは飯を食った後、すぐに殺し合う。自分たちの超能力を使ってなぁ♪」
勝ち誇った顔をして、2人を指さす皇。
皇「俺たちで奴らを応援してやろうぜ! 決闘♪ 決闘♪」
そして、指さした手を開いて、みんなを煽るかのように手拍子を始めた。
彼はいつも笑っていて、何を考えているかわからない。
でも、今回の行動に関しては思い当たるところがあるんだ。
皇『まだ出すんじゃねぇぞ。催促されてもできる限り引き伸ばしてチャンスを待て』
廃部を言い渡された日に、彼が言った言葉が頭を過る。
そして、廃部になった自警部の名前を節々に出しているということは…。
彼は、自警部を何かしらの手段で復活させようとしているのかもしれない。
だけど、そのために本気で殺し合いをさせようとしているのなら、僕は彼を止める。
「「「決闘!! 決闘!!」」」
「えぇ、ちょっとヤバくな~い?」
「オタクの人、よく見たらイケメンじゃない? ハーフみたい」
皇の手拍子に乗っかる男子生徒に、クスクスと笑いながら密かに盛り上がる女子生徒。
ニヤけが止まらない皇を見た感じ、彼的には上手くいったようだ。
お互いに睨み合ったままの怜と日下部。
獅子王「え、やっぱり違う話?」
この異様な盛り上がり方には、流石に戸惑っている様子の陽。
そして……、
鬼塚「ぬわああああぁぁぁぁぁぁ!! 視線が、歓声が凄まじいよ友紀くん…! 落ち着くんだ、僕はヒーロー。完璧な力加減、強固な精神力。完璧な力加減、強固な精神力。完璧な力加減、強固な精神力……」
パニックに陥った琉蓮は頭を抱えながら、お経のように同じことを呟き始めた。
琉蓮、彼はやっぱりどこかが変わった。元々目立つの自体は苦手そうだったけど、テンションが違う。
何かあったのは間違いなさそうだ。
「「「決闘!! 決闘!!」」」
手拍子が大きくなる中…、
『決闘も悪くないが、もっと良いのもあるぞ』
聞き覚えのある声が教室のスピーカーから流れてくる。
この声を知っているのは、僕だけじゃない。この学校の生徒なら多分忘れもしないだろう。
スピーカーから流れてきたその声を聞いて、みんなはまた静かになった。
『静粛に感謝する。僕は君らの後ろにいる。道を開けてくれ』
皇の後ろにいた人たちは左右に分かれて、人が通れるようなスペースを作っていく。
彼らは誰の声かわかっている。恐怖か怒りからか、顔を強ばらせながら道を空けた。
皇「チッ…、間が悪いな」
舌打ちをする皇の背後の廊下にはスペースができ、そこに彼は立っている。
そんな彼に対し、皇は振り返りながら気怠そうにこう言った。
皇「邪魔すんじゃねぇよ、クソ文月ぃ」
制服姿の彼を見るのは、かなり久しぶりで新鮮だ。
青白さはなく鮮明に見える辺り、今回はたぶん実物だろう。
「文月って鬼ごっこの…?」
「なんで、ここに…? 確か収監されてるんじゃ…」
「あ、あの人が文月? え、イケメンじゃん!」
違う意味でみんながざわつき始める中、慶は皇に対してこう言った。
文月「邪魔をしたつもりはない。ただ、僕は用があってここに来たんだ」
そして、彼は手に持っていた1枚の紙を僕らに見せる。
文月「久しぶりだな、お前ら。元気そうで何よりだ。球技大会について話がある」
元気そう…。
その言葉とは対照的に、彼はやつれているような気がした。




