帰省 - 文月 慶①
僕は看守の車に乗せられ、ある場所へ向かわされている。
考えるだけでクソほど腹立たしくなるあの場所には行きたくないんだが…。
今年度に入ってから、政府は僕に対してあることを許可した。
頭の堅い頑固な政府にしては珍しい。
その許可をしたあることとは、週に1回の実家への帰省と、毎日の通学だ。
正直、僕にとってはどうでもいい。
週に一度の帰省を許可されてもあそこに帰る気はないからな。
毎日学校に通う暇も今はない。
万能薬の改良及び副反応の解明。
小林先生と辻本先生を何かしらの手段で操り、“EvilRoid”を僕らへ仕向けた黒幕の特定。
そして…、未来のどこかで戦うことになる神への対策。
僕は今、この3つのことに追われている。
“EvilRoid”の襲来から1ヶ月程度しか経っていない。
どれに対してもまだ手を着けたばかりだ。
帰省や通学なんてしている場合じゃないということはわかってくれただろう。
なら、どうして今、僕は実家へ向かっているのか。
「今すぐ引き返せ、クソ野郎」
看守「いいえ、たまには親孝行をするべきです」
おせっかいな看守のせいだ。
引き返せと言い続けているが、今日のこいつは言うことを聞かない。
普段は執事のようになんでも聞くクセに…。
上から何か命令されているのか? 政府が企んでいる?
4月から御影がまた学校に来ていると聞いた。今度はいち教師ではなく教頭として。
そして、校長の座には、妖瀧拳の達人である雲龍武蔵が着いた。
今や吉波高校は、政府の管轄だ。
何か企みがあったとしたら、この看守にも指示を出している可能性がある。
いや、考えすぎか。
単純に、始末書を書かされた腹いせかもしれない。
言い返すのが面倒臭くなった僕は、腕を組み後部座席から看守を睨みつけた。
まぁ、良いだろう。奴らに顔を合わせたらすぐに帰ってやる。
そもそも、顔も見たくないが…。
看守「着きましたよ」
そんなことを考えていると、車は僕の家の庭に乗り込んでいた。
後部座席の窓に映る、無駄に大きく古い木造の家。
庭とは言ったが、大して広くはなく汚れた白いコンクリートが敷き詰められている。車3台も入れば良い方だろう。
これが僕の実家だ。
舗装された片側一車線の道路沿いに建っている。交通量はそれなりに多く、ここから出るときは注意が必要だ。
看守「久しぶりの再会です。笑顔を忘れないで」
バックミラー越しに僕を見据えて、看守はそう言った。
そんな奴に対し、僕は舌打ちをしてから已むなく車を降りる。
看守「家族との時間、終わったら連絡ください。迎えに来ますので」
看守は一方的にそう話し、車を発進させて帰っていった。
奴の車が見えなくなってから、僕は嫌々家の方に振り返る。
「はぁ、クソが…」
年季の入った引き戸の玄関を見て、思わず溜め息が零れた。
これほど前に進みたくないと思ったのは、人生で初めてだと言っても過言ではないだろう。
適当に辺りで時間を潰して、看守に連絡するか? いや、ここは田舎だ。
徒歩で行ける距離に、スタダ (スターダストコーヒー)やアエオンモールなんてない。
『早く前へ進みましょう。嫌なことはとっとと終わらせると良いという情報が“GORGLE”で見つかりました』
庭で突っ立っていると、ズボンのポケットから無機質な声が聞こえてきた。
わからないことは検索エンジン“GORGLE”頼み、無能の人工知能“FUMIZUKI”の音声だ。
「誰でも知っていることを得意気に話すな。家に入ったらお前は黙っていろ。一言でも発せばお前を破壊する」
僕はポケットに向かってそう言った。
今は、イヤホンを経由してこいつと話しているわけではない。小型化したこいつのコアに直接話しかけている。
小型化することで、ズボンのポケットに入れて持ち歩けるようになった。
前のコアの大きさの3分の1程度になったが、頑丈さは増しているだろう。
覆っていたダイヤモンドを、採取した“EvilRoid - Destroy”の装甲に貼り替えたからな。
鬼塚によって破壊された奴の装甲の欠片を分析すれば後は簡単だ。
より丈夫になり破壊されるリスクは激減したが、それでもあまり持ち歩きたくはない。
刑務所に置いてこようか迷ったが…。僕が留守の間、何者かに襲撃される可能性も考えて持ってきた。
この国は変わらず平和だが、“BREAKERZ”の周りにおいては例外になってきている。
『暴力的な発言ですね。発明品である僕への情は微塵もないのですか? “発明家 発明品への気持ち”で検索…』
僕の恐喝に対し、“FUMIZUKI”はそう言ってからGORGLE検索を始めた。
今のこいつは、常時ネットワークに繋がっている。
人工衛星のカメラにも自由にアクセスできるため、もう小型カメラを浮遊させる必要はないだろう。
世界中の人工衛星がこいつの目となるんだ。
ピンポーン
僕は玄関の前に立ち、インターホンを押した。
この家にいる誰かが、じき玄関にやって来るだろう。
“FUMIZUKI”は無能なりにも人工知能だ。独自で学び、成長し続けている。
だが、その成長の方法が脳死で検索しまくること以外ない。今後に大した期待はできないだろう。
ドンドンドン…
インターホンを押してから間もなく、少し苛立った様子の足音が聞こえてくる。
僕の帰省、あまり歓迎されてないようだな。されたくもないが。
その怒りのこもった足音はだんだんと大きくなっていき、玄関のドアが勢いよく開けられた。
玄関を開けた人物を見て、僕はあることを思い出す。
この家の特殊なルールのことだ。
「玄関から来るなああぁぁ!! この非常識者め! ピンポンピンポンうるさいんじゃあぁ!」
全身白い寝間着に茶色い腹巻きを巻いているハゲた老人は、僕を見るなり怒鳴り声を上げた。
こいつは、僕の祖父だ。
インターホンを鳴らし、玄関から入ろうとした来客をいつも追い返している。
この家というよりは、こいつ自身のルールと言った方が適切か。
“誰であっても玄関から入ることは許されない。裏口からこっそりと入ること”。
これがさっき言った特殊なルールだ。
こんなクソみたいなルールに、ずっと付き合わされていた僕に同情してほしい。
いや、この家にいてクソみたいなことは山ほどあった。だから、ここには来たくなかったんだ。
「黙れクソジジイ! さっさと奴らを呼んでこい!」
僕は怒り任せに怒鳴り返した。
それと同時に、階段を急ぎ足で降りてくる音が聞こえてくる。
今日はこの時点で既に最悪な気分だが、それを超える事態が起こることを僕はまだ知らない。
焦った顔で降りてきた父親と怒鳴り続ける祖父に迎え入れられた僕は、家の中に入って玄関のドアを閉めた。




