依頼:政府のお使い - 鬼塚 琉蓮④
うっ…………!
足が痺れた…!
ヒリヒリと痺れる他に例えようがない不快感に堪えられず、僕は背中から地面に倒れ込んだ。
戦車から放たれた砲弾を、たまたまイナバウアーのように避けれたお陰で服は無事だ。
「はっ、なんだ弱ってたのかよ」
ロケラン男の安堵したような声が聞こえる。そして、僕を殺せたと確信したのか集中砲火が止んだ。
これはラッキーな状況だ。自分の力を完全にコントロールする方法をゆっくりと考えられるから。
御影『鬼塚、今度は何? 早く起きなさい。情緒不安定にも程があるわよ』
1人ちょっとうるさい人がいるけど、気にしないようにしよう。
よくよく思えば、僕はいつも加減しようとはしていた。だけど、思った以上の力が出てしまう。
しかも、それはいつもなんだ。“今回はちゃんと加減できた”なんてことは1度もない。
強いて言うなら…。いつもよりはまだ加減できていたっていう時があったとするなら…。
それは、相手が人間じゃなかった時だ。
御影教頭の能力で作り出された黒い巨人や無数の隕石。特質を使う殺戮兵器“EvilRoid”。
元々加減しなくて良かった相手ではあるけど、これは戦いに限ったことじゃない。
むしろ加減することを意識してなくても大丈夫だったことがある。
7才の頃によく手伝っていた引っ越し作業だ。当時の僕に手加減なんて概念はなかっただろう。
なのに、なんで1度も失敗してないのか。今の僕ですら、手を滑らせて家を落としまくっていてもおかしくない。
答えは意外と簡単なものだと思う。
今の僕が失敗しそうなのに、子どもの僕が失敗しなかった理由。
それは……、
“緊張”。
今の僕は良くも悪くも昔と比べて、緊張しているんだ。失敗しそうで、人を傷つけてしまいそうで、恐くて恐くて…。
文月くんを粉砕するまでは、のびのびとしていた。ヒーローになるとか言ってたくらいだ。
自分の力の強さと不器用さを理解していなかったからそんなことを軽々しく言えたんだ。
だったら、なんで文月くんの前でミスってしまったのかって?
それも理由は同じだよ。
初めての場所、初めての体験、初めて会うたくさんの人。
無意識の内に緊張して力んでしまったんだ…。
言葉で説明するのはとても簡単だ。
拳を突き出すとき、一切緊張せず、冷静に思ったくらいの力を出せばいい。
だけど、緊張しないなんてことはそう簡単にできるものじゃない。緊張していることに気づいてない時だってあると思う。
御影『鬼塚くん、貴方はヒーローなのよ。ヒーロー』
わざとらしく“ヒーロー”という言葉にアクセントをつける御影教頭。
多分、さっきのヒーローという発言でやる気になったと思っているんだろう。間違ってはいないけど…。
「ふんっ…!」
僕は鼻から強く息を吐き、勢いよく跳び起きた。
地球に異変はない、大丈夫そうだ。そもそも地面にヒビすら入らなかった。
緊張を抑えたり、無理やりリラックスするのは難しい。だけど、加減できる方法や手段を徹底することならできると思う。
それは、毎日やっている習慣や練習で、より精度を高められるだろう。
え、僕はずっと逃げてばかりで、サボっていたじゃないかって?
「おい、からかってんのか?」
物凄い剣幕で睨みつけてくるロケラン男。
確かに自分からは何もしなかったよ。でも、お父さんに言われたことは逆らわずに毎日こなしてきた。
だって、怒られるの恐いから…。
「手合わせ…、いや、できればそこでじっとしていてください」
相手にこの言葉が聞こえたかはわからない。
僕は小さくそう呟き、拳をゆっくりと後ろに引いた。
「はぁ? 何してんだよ。そんなところで構えても恐くねぇよ」
ロケラン男は呆れたような声を出す。
警戒されて集中砲火を喰らうかと思ったけど、その心配はなさそうだ。素っ裸にならなくてすむし、なにより自分に集中できる。
拳を引き切った僕は、自分にこう言い聞かせた。
リラックス、緊張、失敗、責任、恐怖。
今そんなことは一切考えるな。考えれば考えるほど、身体が強ばって力んでしまうんだ。
考えるな、考えるな、考えるな…!
ただ前を見るんだ。空を覆う無人の戦闘機を…。
戦闘機だけをこの一撃で消し飛ばす!
思い出せ、いつものあの感覚を…。
全身の力を抜いて、音を出さずに口へ運ぶ…、
“鬼塚家の静かな食卓”を…!
「王撃」
僕はいっさいの音を立てずに、拳を戦闘機へ突きだした。
…………。
ドオオオォォォォン!
ほんの僅かな沈黙を経て、全ての戦闘機が木っ端微塵に爆発する。
「は……? いったい……何が……?」
ロケラン男は、戦闘機がいなくなった空を見上げて茫然と立ち尽くしていた。
できた、ちゃんとできた。
力加減のコツは、無駄な音を立てないこと。
鬼塚家に代々引き継がれてきた音をいっさい立てずに食べるという風習は、このためにあったんだ。
お父さん、お爺ちゃん、ご先祖様、ありがとう。
お陰で僕も戦える…!
「戦闘機は、今僕が壊しました。腹が立つなら、かかってきてください」
僕は仁王立ちでそう言って、彼らを挑発した。
御影『攻撃の合言葉、“ヒーロー”に変えた方が良いわね』
そんな僕に対し、御影教頭は感心したような声でそう話す。
そして、眉間にしわを寄せたロケラン男は手を振り上げた。
「余裕ぶりやがって…! 舐めてんじゃねぇぞおおぉぉ!」
怒号を上げながら、怒り任せに手を下ろすロケラン男。
その合図を皮切りに、全ての戦車から砲弾が放たれた。
僕は迫り来る砲弾を見据えて、今度は左腕をそっと払う。もちろん無音の動作を意識して。
さっきと同じように、腕を払ったときに発生した風で全ての砲弾は左方向に逸れて爆発した。
そして、払った左腕を下ろしながら右手に拳を作り、右端にある戦車に向けて拳を突き出す。
ドオォンッ!
その直後、狙った右端の戦車1台だけがパンチの風圧によって爆発した。
よしっ、ちゃんとコントロールできている。
「クソッ…! 怯むなぁ! 撃ち続けろおぉ!」
ロケラン男の叫び声、再び放たれる十数個の砲弾。
僕のすることは同じだ。
軽く上に左腕を振り上げて真上に軌道を逸らし、次は左端の戦車を狙って右手の拳を前に突きだした。
ドオォンッ!
大丈夫…。狙った戦車しか壊してないし、端っこだから爆発に巻き込まれた人もいない。
持っていた銃の弾を切らしたのか、テロリストたちは真ん中にいるロケラン男の近くに集まっている。
一気に破壊して戦いを終わらせたいけど、あの人たちを怪我させてしまうからそれはできない。
後10メートルくらい後ろに下がってくれたら巻き込まずに壊せそうなんだけど…。
「クッソ…」
戦意喪失したのか、ロケラン男は攻撃の指示をしなかった。
「退きましょう。ここは捨てる。あの生物兵器はあれで…」
隣にいた目つきの悪い女性の言葉に頷くロケラン男。
「チッ…。全員撤退だ! ここは捨てる。装甲部隊は全弾撃ち尽くせ!」
彼は舌打ちをしてからそう言って、後方にあるアジトの方へ走っていった。
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
僕はダメ押しに発射され続ける戦車の砲弾を手で払いながら、彼らを確認する。
彼らの姿は見えなくなった。
それくらい離れてくれたら大丈夫だろう。
戦車はマシンガンのように連続で弾を撃つことはできないみたいだ。
そう思った僕は発射された砲弾を払って、次の攻撃が来る前に拳を前方向へ突き出した。
さっきよりも、ほんのちょっと強めに…。
ドオオオオオォォォォォォン!!
心なしか地面が少しばかり揺れ、前方にあった全ての戦車は爆発し、大きな炎が立ち上った。
あ、ちょっと…、力んでしまったかもしれないな。
人質を助けたい焦りから、早く終わらせたいと思ってしまった。
彼らは完全に撤退し、燃え盛る炎の音だけが砂漠を木霊している。
「教頭先生、終わりました。人質は無事ですか?」
御影『いいえ、まだよ』
僕の質問に対し、すぐにそう返す彼女。
そんな彼女の声は、いつになく何かを恐れているような感じがした。
御影『これは予想外ね。奴ら、あんなものまで所有していたなんて』
続けてそう話す御影教頭。
あんなものって…?
彼女の声から感じられる緊張が、僕にも伝わって身体が強ばった。
御影「鬼塚くん、落ち着いて聞いて。今あなたは…」
御影教頭はそこまで言って、ひと呼吸置いた。
御影『今あなたは…、核を搭載したICBMに捕捉されている』
…………ん?
「あいしーびー…。テレビに繋ぐケーブルか何かですか?」
御影『大陸間弾道ミサイルのことよ!』
僕はどうやらお門違いすぎる発言をしてしまっていたみたいだ。
彼女はそんな僕に声を荒げてそう言った。
「なんだって!? “かく”って核爆弾のことですか?!」
僕は冷静さを完全に失ってしまう。
核爆弾の恐ろしさは、小学生の頃からよく聞かされていたから。
そんなものが僕に直撃するということは…、
素っ裸じゃすまないということだ。普通に死ぬ…!
「嫌だああぁぁぁぁ!! 人質の方ぁ! いたら助けてくださああぁぁい!!」
今の僕は、自分の人生史上1番情けなくダサいことをしている。
甲高い声で絶叫しながら、立ち上る炎の先にあるアジトを目指して走り出した。
御影『鬼塚! 落ち着きなさい! 貴方なら大丈夫よ!』
だからその漠然とした“大丈夫”って何なんだよ…! 何を根拠に言ってるんだ、この人は…!
御影『奴らは貴方を完全に消し去るために奥の手を使った。核の威力はおわかりよね? ここら一帯、人質諸共消滅するわよ』
あぁ、そんなことわかってるよ。授業で習ったから。
問題は、そのヤバいのが僕に降ってくるということだ。
御影『後3秒。真上から来るわよ!』
彼女の言葉に、僕は足を止めた。
え、早くない…? 割と近所から発射したのかな? 大陸間弾道ミサイルなのに…。
そんなことを考える暇はなかった。
真上から、2,3メートルほどある三角錐の形をした物体が降ってくる。
パシッ
僕はそれの先端を両手でキャッチして、地面に置いてから隈無く観察した。
金属製っぽいこの物体は、ミサイルの先っちょみたいだ。
「これってもしかして、新手のUFO?」
御影『この筋肉馬鹿…! それが核よ! 核弾頭! すぐに爆発す…』
荒い声を上げる御影教頭がそう言い終える前に、僕の身体は動き出した。
死にたくないから? 人質を助けたいから?
理由は自分でもよくわからない。
ほとんど反射的に動いたと思われる僕は、核弾頭を両手で持ち、ふわりと上に投げる。
そして、右足を後ろに軽く上げ、重力に従って地面に落ちていく核弾頭を見据えた。
「爆発するなら、宇宙でやってくれ!」
僕は核弾頭に、上げた右足の甲を勢いよく持っていった。
ピタッ…
思い切り蹴り上げると絶対に爆発する。
そう思った僕は、当たる寸前のところで足を止めたんだ。
力加減を少しでも間違えたら、みんな死んでいたかもしれない。
ドオオオォォォォン…
分厚く鈍い強風の音。
核弾頭はこの場で爆発することはなく、僕のキックの風圧で真上に飛んでいった。
後から聞いた話。僕が蹴り上げた核弾頭は大気圏を突破し、宇宙の何もないところで爆発したらしい。
人質は政府の軍によって、みんな無事に救出された。
“助けが遅い”。
“エアコンがなかったから暑かった”。
“ゲーム実況を早く投稿させろ”。
などという愚痴を零していた野渕英王を除いては、みんな感謝をしてくれていたらしい。
人質たちに顔を見せてやれと言われたけど、僕は断ったよ。
大勢の視線を浴びるのは、人見知りの僕にとっては眩しすぎるから。
軍の戦闘機で家まで送ってもらった僕は、吸い込まれるように布団に入って眠りについた。
何か…、お父さんとお母さんが軍の人と言い合っていた気がするけど、あまり覚えていない。
目が覚めたのは、次の日の夕方だった。疲れているだろうからとお母さんは敢えて起こさなかったらしい。
これからは僕もボランティア活動に参加したい。学校に行ったら友紀くんにそう伝えようと思っていたのに…。
彼に学校で会った時、僅か1週間で廃部になったと辛そうに言われたんだ。
【 自警部•設立編 ー 完結 ー 】
【 自警部•球技大会編 】
始動。




