依頼:政府のお使い - 鬼塚 琉蓮②
御影『この後も引き続き、着けてもらったイヤホンと小型カメラを通じて指示を送るわ』
強風を感じながら雲を見下ろす僕に、御影教頭はそう言う。
目に見えない小型カメラで様子を把握するんだろう。
その小型カメラって、もしかして文月くんから借りてるのかな?
「あ、わかりました…」
僕の小さな返事は、風の音に掻き消された。
御影『さっさと飛び降りて、片付けてきてちょうだい』
若干気怠そうにそう言う彼女。
めちゃ当たり前みたいに言うけど、普通に怖いからね…? 高いところから飛び降りるのって。
御影教頭は、バンジージャンプとか平気なタイプなのかな?
こちとらそれよりも遥かに高いところから命綱なしで飛ぶ感じなんだけど…。
しかも、僕はジェットコースターですら怖すぎて死にそうになるくらい苦手なんだ。
御影『…………。固まってないで早く行きなさい! 人の命が危険に晒されているのよ!』
ちょっとそれはズルいっすよ先生。
そんなごもっともなことを言われて、怖くて飛べなくて人質が死んだら……、
「僕が全部悪いみたいになるじゃないですかあぁぁ! う、うわああああぁぁぁぁぁ!」
僕は珍しく男気のある雄叫びを発しながら戦闘機を蹴り、雲に向かってダイブした。
ドオォンッ!
それと同時に、戦闘機は大きな音を上げて木っ端微塵に爆発する。
思わず力んで強く踏み込みすぎてしまったんだろう。
「ひ、ひえええぇぇぇぇぇぇ~…!」
そんなことを考える暇なんてあるわけなく、僕は首を絞められた鳥のような情けない声を上げながら落ちていく。
身体が不恰好にくるくる回るせいで余計にスリル満点だ。
御影『あぁ、戦闘機が…! やってくれたわね、鬼塚!』
勿体ない主義の御影教頭が声を荒げたということは、そんなに安いものではなかったのかな?
あれにいくら税金を使ったんだろう?
御影「まぁ、良いわ。金が足りなくなったら国債と税を増やすだけよ」
絶賛落下中でパニクってるからか、彼女の言葉はあまり聞き取れなかったけど…。
国民や僕らにとって、良くないことを言っている気がした。
僕は謎の不安と落下の恐怖に駆られながら、雲の中に吸い込まれていった。
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「ひえええぇぇぇぇぇぇ~…! じ、地面が……当たるううぅぅぅ~!!」
ズドオオオオオォォォォォォン!!
体感数分くらい経った頃、砂漠の地面が見えてきた。
そして僕は恥ずかしいことに、甲高い声で絶叫しながら頭から砂に突っ込んだんだ。
爆弾でも落ちたんじゃないかってくらいの爆発音と、広く大きく舞い上がる砂塵が僕を包む。
ズボッ!
僕は地面に両手を着き、突き刺さった頭を引っこ抜いた。
僕を中心に、それなりに大きな亀裂が入っている。
砂埃でまだ周りは見えないけど、案の定、僕に怪我はない。
御影『貴方、マシンガンも壊したのね』
そして、怒りのこもった冷たい声がイヤホンから聞こえてくる。
え、どこにあるんだろう? 持っていたこと、怖すぎて忘れていたよ。
あ……。
僕の足元に、フニャフニャになったマシンガンが転がっていた。
きっと落ちたときに、身体で押し潰してしまったんだろう。
これは使い物にならないな。てか、人を殺す気ないから元々使うつもりはなかったけど。
御影『まぁ、素手で大丈夫でしょう。早速来たわよ、雑魚共がね』
彼女のその言葉と同時に、大きく舞っていた砂埃が晴れていく。
あれがテロの人たち?
僕の視界の先には、迷彩服を着て顔を布で覆っている人たちがマシンガンなどの武器を持って並んでいた。
その後ろには、アジトのような少し古臭い建物が見えている。
人質になった人や、野渕英王もあそこにいるのだろうか?
「何者だ! 手を上げろ!」
ロケットランチャーを担いだ1人の男が、僕の方に銃口を向けてそう叫ぶ。
使う言語は同じなのか。結構珍しいな。いったいここは何て国なんだろう。
御影『言葉は同じだけど、話せばわかるなんて思わないことね』
イヤホンから聞こえてきた彼女の言葉には返事をせず、僕は黙って手を上げた。
御影『何をしているの? どうせ手を上げても撃ってくるわよ。さっさとあの一撃を放ちなさい』
僕は多分、イエスマン気質なんだ。頼みの内容を聞く前に、二つ返事で答えてしまうし…。
だけど、今は僕の生死が懸かっている。
もし、あのロケットランチャーに身体が耐えられなかったら…?
御影教頭の言うことを聞いて、手を上げずに前へ進めば、僕は死ぬかもしれないんだ。
だから、今回に関しては口が裂けても“はい”とは言えない…!
「降参です! 許してくださあぁぁい! たまたま落ちただけなんです! 家に帰りたい!」
僕は手を上げたまま、敵意はないということをテロリストたちに示した。
なんて僕は情けないんだ…。
家に帰って、僕はお父さんに顔向けできるのか?
人質の救出よりも自分の命を優先したなんて言ったら、きっと失望される。
御影『なるほど、良い作戦ね。あえて弱いフリをして捕まれば、人質の元へ無難に行ける。そして、安全に逃がした後、奴らを蹂躙するわけね』
僕の行動に対し、嬉しそうに話す御影教頭。
いや、ただ怖くて普通に帰りたいから手を上げたんだけど。
御影『だけど、現実はそう簡単にはいかない。あのテロ集団は残忍よ』
彼女の言ったことを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「どうせ殺すのに、手を上げさせる必要なんてあるのかい?」
ロケットランチャーをこちらに向けている男の隣で、同じ迷彩服を着た目つきの悪い女性が嫌な笑顔を浮かべる。
そう聞かれて、ニヤける男はこう言った。
「動かない方が狙いやすいだろ? まずは右脚から。じわじわと殺してやる」
ドンッ!
そして、ロケットランチャーの先端に着いているロケット弾を僕に向けて発射した。
もの凄い速度で迫ってくるロケット弾。
「り、理不尽だあぁぁ!」
ドオオォォォン!
反応なんてできなかった。
手を上げたのにニヤニヤしながら撃ってくるって、なんて理不尽で残酷なんだ。
これが御影教頭の言う“残忍”なのか。
放たれたロケット弾は、僕の右脚近くで爆発したように思えた。
当たったかどうか微妙だけど、痛くないから外れたのかも。
爆発の衝撃で舞った砂煙が晴れてきて、再びテロリストたちと対峙する。
「ん? 外したか。もう一発…」
何ともなってない僕を見て、ロケットランチャーに弾を装填し始めるテロリストの男。
ずっと手を上げているのに、まだ撃ってくるつもり?
もしかして文化の違いかな? 手を上げるのは降参のジェスチャーじゃなかったりする?
「あの…、テロリストさん。これこっちの国では降参的なポーズなんですけど。僕、やり返したりしないんで、もう撃つの止めてもらっても良いですか?」
僕は、学校で人と喋る時よりも大きめの声で彼に話しかけた。
いつも慣れてない人と話すときは、小さくてもごもごとした声になってしまうのに。
きっと成長したんだ。留学すると色々と一皮むけるって言うし。
それに近いことが僕の中で起きているのかもしれない。学校に戻ったら、パリピの陽キャラもビックリなハキハキビッグボイスで話ができるかもしれない…!
「あぁ? お前が降参するとかどうとかは関係ない。俺は遊んでるんだよ。お前の命でな!」
ドンッ!
ロケラン男はそう言い捨て、装填したロケット弾を再び右脚に撃ってきた。
「り、理不尽かつ残忍だあぁぁ!」
ドオオォォォン!
やっぱり反応なんてできなかった。
銃の弾は想像以上に早くて、そもそも目で追えない。銃弾避けまくるみたいなかっこいいシーンは、アニメかマンガでしか見れないと思う。
ちなみにまた外したのかは知らないけど、右脚に全く痛みはなく、ただ砂煙が舞っているだけだ。
あの人、ノーコンなのかな?
さっきと同じように砂煙は晴れてくるけど、テロリストたちは怪訝な顔をしている。
「当たってない…? クソ、もう頭に喰らわせてやる。こいつらの前で恥かかせやがって…!」
僕に当たらなくてイライラしているのか、乱暴に弾を装填するロケラン男。
御影『ふふっ、とんだ茶番ね。余興としては悪くない』
何か面白いのか、御影教頭は口調からして上機嫌なようだ。
僕は今度こそ顔面に弾が当たって死ぬかもしれないのに…!
「ちょっと…! 本当に当たってないだけなの? あいつおかしいわよ」
手を上げたまま1歩も動いてない僕の顔を見て、不気味そうな顔をする女性。
あの…、僕からすると貴方たちも頭おかしいですよ。人殺すとか人質捕るとか普通しないから。
あ、人質捕った友達ならいるか…。
まぁ、頭おかしいとか言ったら、絶対怒るだろうから言わないけど。
目つきの悪い女性の隣にいたロケラン男は、話を聞かずにロケットランチャーを僕に向ける。
僕を指さしながら、話を続ける彼女。
「外したとしても目の前で爆発しているのに…。あいつ、あそこから1歩も動いてない」
ドンッ!
彼女の発言と同時に放たれたロケット弾は、僕の顔に向かって来た。
「ひっ…!」
バシッ!
多分、偶然だろう。だって、弾を目で追うなんてことできないから。
自分の顔を反射的に庇おうとして動いた両手で、たまたまロケット弾を掴んでしまったんだ。
ホッとしたのも束の間。
元々力加減が下手くそな僕が何も考えずに物を掴むとどうなるか。
答えは簡単でシンプル。
“超握りつぶしてしまう”…だ。
ドオオォォォン!
握りつぶされたロケット弾は、僕の顔の前で大爆発を起こした。




