依頼:お餅配り - 皇 尚人①
【次の日の放課後】
はぁ……だりぃな。
日下部と不知火と共に、自転車で移動している俺は溜め息を吐いた。
このメンツに割り振ったのは、昨日俺に依頼の連絡を寄こした水瀬のバカヤローだ。
依頼を受けるのがダルかった俺は奴のチャットを無視していたんだが…。
不知火「君は皇の“ともだち”?」
日下部「まぁ一応、そういうことになるだろうね」
両脇で自転車を漕いでいるこいつらは、俺を挟んで会話を始める。
俺が下らねぇ依頼に付き合ってるのは、全ては日下部、こいつのせいだ。
放課後、黙って自転車に跨がって帰ろうとした俺に対し、奴は校門の前でケツを向けていた。
ただの脅しだとわかっていたんだが、何故か身体がビビって奴に従ってしまったんだ。
1週間前のあの時…、職員室から連れ出されて何かされたのかぁ? 笑いすぎてて記憶がねぇ。
不知火「じゃあ、“ともだち”の“ともだち”は、“ともだち”だね! 名前を教えて!」
日下部「悪いね、小さな殺人鬼。名を名乗る気にはならないよ」
不知火が日下部の横顔をガン見しているのに対して、こいつはただ前を見据えてそう返す。
水瀬、このメンツで組んだのは終わってるぜ。
お前は多分、俺と日下部に仲良くなってほしかったんだろ? そのために、俺と一緒にいるパシリの不知火に間を取り持たせようとした。
残念だが、この2人の間にも因縁がある。
こいつらは、あのキモい世界で一度殺し合っているんだぜ。
不知火「えぇ、なんで?! 何か悪いことした?」
日下部「まさか、覚えてないのかい…? それとも悪気はなかったとでも…? これ以上…、話すのはやめておこう。お互いのためにね」
きょとんと首を傾げる不知火と、自転車のハンドルを強く握り締めて眉をひそめる日下部。
あぁ、悪気はなかったかもしれねぇな。
こいつにとっては、“ともだち”である俺の言うとおりにしただけって感覚なんだろう。
キキィ…
日下部「さて、1軒目に着いたよ。スマホのマップはこの家を指している」
俺たちは自転車を止め、目の前にある一軒家を確認した。
自転車を降りると、日下部から自身の自転車の籠に入っていたあるものを渡される。
俺たちに割り振られた依頼は…、“一人暮らしの老人への餅配り”だ。
ちなみに、この餅は町内会の連中がわざわざ搗いて作ったものらしい。
あぁ、何も言うな。俺にとやかくツッコまないでくれ。
これは、町内会から水瀬が受けた依頼だからな。
俺だって色々言いたいぜ。一人暮らしの老人に餅を配るって、殺しにかかってるだろ。
依頼先は町内会となってるが、この依頼を持ってきたのは、政府の人間である御影だ。
少子高齢化をゴリ押しで改善するための陰謀かって疑ってしまうぜ…。
日下部「さぁ皇、渡してきてくれ。僕は道案内をするから、君には餅を渡す役をやってほしい」
何も考えてなさそうなこいつは、餅が入った袋を持つ俺にそう言う。
まぁ、良いぜ。俺たちが言われてるのは、餅を配ることだけだ。
喉詰まらせて死んでも責任は取らなくていい。ゆっくり食べろと注意を促しておけば問題ねぇだろう。
俺は1軒目の庭に足を踏み入れ、玄関のドアの前にあるインターフォンを押した。
ピンポーン
インターフォンの音が鳴り、ゆっくりとした足音を立てながら、こちらにやって来る。
「はいはい、今開けますよ~」
そして、玄関の中からしゃがれた声が聞こえてきて、ドアが開かれた。
腰が曲がっていて杖を着いている白髪のじいさんが姿を現す。
俺はこのじいさんに、餅が入った袋を差し出した。
「これ、町内会からです。一人暮らしの年配の方に配ってくれと…」
怪訝な反応を示すかと思ったんだが…。
「おぉ、旨そうなお餅じゃないか」
袋の中を確認したじいさんはそう言って、満面の笑みを浮かべる。
それを見てほっとしたのも束の間、じいさんは笑顔のままで続けてこう言った。
「つまり、儂に死ねと言うんじゃな?」
この人、笑ったままキレる1番ヤベぇタイプかぁ?
危険を感じた俺は、即座に手でゴマをする。
「いやぁ、お爺さま、凛々しい白髪だぁ♪ ブリーチ何回したんですか? 焼けるように痛いらしいじゃないですかぁ♪」
ここは、皇流話術・高揚誘発社交辞令“いやぁ褒め殺し”で切り抜けるぜぇ。
これで宥められなければ、相当お怒りってことだろうよ。
俺の話術を聞いて、じいさんは若干俯きはするものの笑顔は崩さなかった。
「儂も町内会の意向には同意じゃよ。儂ら高齢者は生きすぎておる。自ら命を絶つという道を選ばなければ、この国に未来はない。高齢者社会は、高齢者が一斉に自害することでしか解決できないんじゃよ」
どうやら、俺の話術は効いたようだぜ。褒められて気分が良くなったこのじいさんは、初対面で素性のわからない俺に本音を語り出したってわけだ。
この町には、町内会の陰謀やそこらのイキッた神憑より、もっとヤバいのが潜んでそうだな。
話を終えたじいさんは、俺に背中を向けた。
「少年、この餅は美味しく頂こう。お礼と言ってはなんだが、いつか老人を斬り殺すために毎晩研いでいる日本刀を特別に見せてやろう」
「あ、いや、結構です。餅、気をつけて食べてくださいね」
俺は玄関のドアを速攻で閉めて、この庭を出た。
日下部「大丈夫だったかい? 何か話していたみたいだけど」
あのじいさんのヤバさを感じ取っていたのか、俺をガチで心配している様子の日下部。
俺は庭の奥に見える玄関を見据えてこう答えた。
「いや、大丈夫だろう。まぁその内、結構ヤバい依頼も来るかもなぁ♪ よし、2件目行くぞ」
日下部「了解、ちょっと待ってね」
日下部はスマホを取り出し、2軒目の場所を調べてから、自転車を漕ぎ出した。
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日下部「ふぅ、次の家で最後だね」
溜め息混じりに疲れた顔を見せながら、スマホを取り出す日下部。
もうそろそろ、日が完全に沈んで夜になる。
水瀬…、あの野郎、クソだるい依頼を押しつけやがったな。部長なのに全然顔出さなかった当てつけかぁ?
日下部「よし、場所はわかった。行こう、最後の家に」
俺と不知火は、自転車を漕ぎ出す日下部の後に続いた。
1軒目以外は、普通のじいさんばあさんだったな。最初の奴だけヤバい思想を持っていた。
最後も普通に餅渡して、お礼を言われて終わりってなったら良いが…。
だいたいの人は、自分のことをまだ若いと思ってやがる。餅程度で喉を詰まらせるわけがないと。
だから、餅を見てキレる人は1人もいなかったわけだ。
日下部「思ったんだけど、“おむすびせんべい”や“ラッキーターン”で良くないかい? わざわざ喉を詰まらせる餅を作って配るより、そっちの方が手軽で良いと思うんだけどね」
日下部は一瞬、俺の顔を見てからそう話した。
「あぁ、俺もそう思ったぜ。一人暮らしの老人に限定する辺り、陰謀じゃねぇかってな」
日下部「ふふっ…、確かに。でも、笑い事じゃすまないかもね」
俺の発言に若干笑った日下部だったが…。
不知火「確かに! お餅よりお菓子の方が美味しいよね!」
日下部「…………。」
不知火が高めの声でそう言った瞬間、真顔になり前に向き直った。
一度殺し合うと、仲直りってのはムズいのかもしれねぇな。殴り合いの怒濤の喧嘩をしても、ここまで亀裂は入らないと思うが…。
「おい、もうすぐ着くかぁ?」
黙り込んだ日下部に、俺はそう尋ねる。
彼は無言で、前方に見えた広い庭を持つ家を指さした。
キキィ…
俺たちはその家の門の前に自転車を止める。
そして、同じように日下部から餅の入った袋を受け取った。
随分と広い庭だ。この広い庭とその奥にある家は瓦のついた塀に囲まれている。そして、俺の前には塀と塀を繋いでいる横長で格子状の門扉があった。
インターフォンはないか歩いて門扉の両端を確認するが、見当たらない。
あるとすれば、奥に見える玄関のところだろう。
俺は餅の入った袋を塀の上に置いてから、そこに手を掛けた。
日下部「塀を越える気かい? 不法侵入になりそうだけど」
塀を登ろうとしている俺の背後から、日下部の声が聞こえる。
俺は上手いこと塀の上に足を掛けて登り、屈んだ状態で餅の袋を持ってから、彼の方へ振り返った。
「ちょっと玄関まで行ってくるだけだ。事情を話して餅を渡せば、わかってくれるだろ」
日下部「そうかい? なら、良いんだけど」
スタッ…
日下部の声を聞きながら、俺は塀を飛び降りて庭に着地する。
そして、まぁまぁ遠くに見える玄関に向かって俺は歩き出した。
もう日が沈んでほとんど夜だ。今、7時くらいかぁ? 年寄りは寝るの早いらしいが、流石に起きてるよなぁ?
門が閉まっていたってことは、その可能性があるわけだが…。
ザッ……
庭の半分くらいのところまで来て、俺は足を止めた。
何だ…、この胸騒ぎは? キモいとかそういうレベルじゃないが、何かが来る?
「日下部、ちょっと辺りを警戒しろ。何か来る気がするぜぇ」
そう言いながら、俺も辺りを警戒した。
日下部からの返事はなかったが、奴も臨戦態勢に入れるよう身構えているだろう。
風が通り抜ける音、庭に生えている草木のざわめき。
その静寂を感じたのは、ほんの一瞬だった。
ガサッ…!
玄関の近くに生えていた腰の上辺りまである大きな草が音を立てて揺れる。
来るぞ…!
何者だ? 人間ではない? いや、姿や気配を消せる神憑かぁ?
姿を消して迫ってきているのだとしたら、それなりの敵意はあるってことだよなぁ♪
ガサガサガサッ…!
更に大きく揺れ始めたデカい草に対し両手を広げることで、俺はそいつを歓迎した。
「ヒャハハッ♪ 運が悪りぃな、お前! こちとら、最強のオケツがいるんだよ!」
ダンッ!
「…………は?」
草むらから飛び出してきたのは、神憑でも人間でもなかった。
俺はそいつを見て、全身が硬直する。
茶色い毛並み、大きく口を開け、長い舌から唾液を垂らしながらやって来る四足歩行の怪物。
しかも、最悪なことに、かなりデカめの奴だった。
人はその生物の名を……、
「ワンッ! ワンッ!」
“犬”と呼ぶ。
恐らくこいつは、ゴールデンレトリバーとかいうクソデカい犬種だ。
奴の鳴き声を聞き、俺の身体は硬直から解放される。
何も考えず、俺は後ろに振り返り……、
「お前らあぁ、逃げろおおぉぉぉぉぉぉ!!」
門の外にいる2人にそう叫びながら、餅を投げ出して全力で走り出した。
不知火「アハハハッ♪ 面白~い!」
犬から逃げる俺を見て、手を叩いて笑う不知火。
チッ…、日頃パシられてるから気味が良いってかぁ?
そして、すぐ後ろから聞こえてくる荒々しい息遣いと身軽な足音。
そう、こいつらクソ速いんだよ…。
次第に俺の脳内では、走馬灯のようなものが駆け巡り始めた。
親父…………、
母さん………………、
田母神さん?!
そういや、そうだった。俺、あのクソキモい世界で客を煽ってバイトをクビにされたんだったな…。
いや、過去にふけってる場合じゃねぇ!
すぐ後ろには犬…! 現実と未来を直視し、この状況を打開することに頭を回せ!
一瞬だけスローに見えていた景色が元の速さを取り戻す。
犬「ハッ! ハッ!」
後ろから聞こえてくる荒い息遣いは相変わらず。門に手が届くまで後少しだが、辿り着けたとしても登る余裕はねぇ…!
どうする? 考えろ…!
日下部「宙屁・迅翼」
シューーッ…!
日下部は飛ぶ系のオナラを放出し、逃げ回ってる俺を瞬時に横切った。俺が投げた餅が地面に着く前にキャッチするためだ。
奴は地面すれすれの低空飛行で餅を手に取り、上空へ浮上する。
日下部「なぜ投げるんだい? 人様にあげるお餅を粗末にしてはいけないよ」
あの野郎、何言ってやがる? 俺より餅を優先しやがった…!
まずい、そろそろ息が切れる。ずっと全速力じゃ数分も持たねぇ…!
塀を越えることができない俺は、庭をぐるぐると逃げ回っていた。
追いつかれて噛みつかれてねぇのが不思議なくらいだ。
「おい…、俺を助けろ! 日下部えぇ…!」
俺は走りながら、一瞬だけ空を見上げて、そう叫んだ。
だが、お餅を持って浮遊している奴は首を傾げてこう言う。
日下部「犬が苦手なのかい? 大丈夫、尻尾を振っているから敵意はないよ」
ーー 皇尚人は、犬が大の苦手である。そして、彼は運良く追いつかれていないと思っているが、そうではない。犬は本気で走っておらず、ただ彼の後ろを着いていっているだけだ。遊んでもらっていると勘違いしている。
「尻尾がどうとか関係ねぇだろ! オナラでこの犬何とかしろ!」
走りすぎて心臓や喉が痛ぇ…。そして、こいつは俺を弄んでやがる。
足が止まるまで追いかけ回し、俺が力尽きて倒れたところを噛み殺す気だ。
日下部「うーん…、そうだね。シリウス、何かワンちゃんが喜びそうな放屁はあるかい?」
あいつもヤベぇ状況ってことを理解したらしい。
俺のことを良く思っていないあいつが、真剣に効果的なオナラを考えている。
日下部「なるほど、そういうのもあるんだね。やってみるよ」
庭の上空で浮遊していた奴は門の外へ戻り、お尻に手を添えながらこう呟いた。
日下部「芳香屁・美食臭」
そして、お尻に添えていた手を前に翳す。
犬「…………!」
すると、俺を追いかけていた犬は足を止め、日下部のいる方へ走っていった。
足がガクガクになった俺は、その場に両膝を着いて肩で息をする。
クソッ、あいつに借りを作ってしまったぜ。まぁ、返す気なんてねぇがな。
不知火「かわいい! 何て犬?」
日下部「ゴールデンレトリバーだと思うけど…」
あの犬は門越しに手を翳す日下部の前で、尻尾を振りながらうろうろしていた。
目をキラキラさせる不知火と、犬種を聞かれて死んだ目で渋々答える日下部。
和解はまだまだ先のようだぜ。
ガチャッ
「あぁ、すみませんねぇ」
家の方から少し焦ったような女性の声が聞こえ、俺は振り返る。
白髪を茶髪に染めてパーマをかけている小柄で少し太っているばあさんが、玄関を開けて立っていた。
「この時間、庭に放してあるんですよ。何か御用でしたか?」
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「まぁ、ありがとねぇ。お餅なんて何年振りじゃろうか? 1個は黄金大猟犬に分けてあげよう」
俺から袋の中を覗き込み、にっこりと笑うばあさん。
俺を追いかけ回した“黄金大猟犬”という名の犬は、ばあさんによって犬小屋の近くの鎖に繋がれた。
そのお陰で、不知火と日下部も庭に入ることができ、俺の少し後ろで待機している。
名前の由来は、あの犬の犬種であるゴールデンレトリバーの直訳から来ているらしい。
もうかなりの年で、名前を考えることすら難しいから、何も考えずに犬種を訳して名付けたと言っていたが…。
ポチとかゴンとか、定番の名前をつけるじいさんばあさんよりは、ある意味頭使ってるだろ。
「あぁ、久しぶりなら無理して食べない方が良いっすよ」
俺は餅をしばらく食べていないばあさんにそう警告したが…。
「1つ食べて感想を言わせておくれ」
ばあさんは俺の警告を無視して、袋から餅を1つ掴んで取り出した。
そして、口を大きく開けながら真上に向き、口の上に餅を持っていく。
まさかとは思うが、食道に直接流し込む気じゃねぇだろうな?
「あの……、その食べ方はまずいんじゃないっすかねぇ…? 若者でもそれはキツいっすよ」
俺はばあさんの手を掴もうと、ゆっくりと手を伸ばしたが…。
「私は若い頃から、あまり噛まないんじゃよ」
ばあさんの手から離れた餅は重力に従い、口の中へ吸い込まれていった。
スポッ……
「ば、ばあさん……」
奇抜な食い方を見た俺は、伸ばした手の震えが止まらない。
あまりどころか1回も噛まねぇスタンスじゃねぇか。どおりで歯が白いと思ったぜ。使わねぇから虫歯にならねぇよな。
いや、歯の白さに感心している場合じゃない。
餅を食道に流し込んだばあさんは、口を開けたまましばらく静止して…、
ドサッ
そのまま後ろに卒倒した。
はぁ…、最初のじいさんがヤバかったから最後も何かあるんじゃねぇかと思ってたぜ。
犬に追い回された挙げ句、ばあさんは餅を喉に詰まらせた。
こんな状況だが、今まで死線を潜ってきた俺は冷静だ。まぁ、この町には腕利きの医者がいるからってのもあるがな。
「日下部、あの病院に電話して救急車を呼べ。お前の全身複雑骨折を1ヶ月以内に治したあの医者なら何とかできるだろうよ」
日下部、こいつも落ち着き払っていた。
こいつは俺よりもヤベぇ状況を切り抜けている。ばあさんが喉詰まらせたくらいじゃビビらねぇ。
日下部「了解。今回は繋がると良いけどね」
日下部はスマホを取り出して耳に当て、不知火に冷たい視線を送りながらそう言った。
【 依頼:お餅配り ー 完了 ー 】




