設立 - 水瀬 友紀③
自警部設立の許可を貰ってから早1週間。
僕は今、1人ぽつんと生徒指導室の椅子に座って依頼が来るのを待っている。
まさか、こんなことになるとは…。
神憑の襲来は疎か、ボランティアの依頼すら1件も来ていない。
この国は平和すぎるし、暇すぎるんだ。
そもそも、こんな目立たない所にある生徒指導室でボランティア依頼を受けつけているなんて誰も思わないだろう。
後、自由参加にするんじゃなかったと後悔しているよ。
一応、僕は依頼が来たときの受付としてここにいるけど、他のみんなは依頼が来るまでフリーって感じになっている。
薄暗い生徒指導室でただ1人…。こんなに孤独を感じているのは人生で初めてかもしれない。
他のみんなは仕方ないとして、皇…、君って奴は…。
自ら進んで部長になったクセに、1日も顔を見せてもいないじゃないか。
副部長の僕に全てを押しつけるつもりなのか…?
“たまには受付を代わってほしい”と個人チャットにメッセージを送ってるけど、断るどころか既読すらつかない。
「これじゃただの自主的居残りじゃん」
僕は溜め息混じりにそう言いながら立ち上がり、背筋を伸ばした。
1人だけ…、怜は時々様子を見に来てくれるけど、依頼が来てないことを確認したらすぐに去っていく。
依頼がない間はオタ芸による鍛錬で、自身の剣技に更に磨きをかけるそうだ。
他のみんなも部活や生徒会活動、勉強で忙しいだろう。僕だって、宿題とかあるし暇じゃないんだけど。
後、この先、割と困りそうなことがある。
この教室、エアコンがないんだ。冬は極寒、夏は猛暑に襲われるということ。
夏までに結果を出して、エアコン設置の申請をしないと死んでしまう。
コツコツコツ……
そんなことをボヤッと考えていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。
もしかして、初の依頼か!?
そして、閉まりきった生徒指導室のガラスに人影が映る。
あぁ、違った…。
ガラスに映った女性の人影を見た僕は落胆した。依頼をしに来た生徒ではないとわかったから。
ガラガラ
「暇そうね。こうなることは読めていたわ」
生徒指導室のドアを開け、僕に淡々とした口調でそう言ったのは、御影教頭だ。
彼女は、左手に何かが書かれたA4サイズくらいの紙を何枚か持っている。
「何か用ですか? 一応、”何でも屋”なので先生の頼みも引き受けますよ」
悪態をついてきそうな御影教頭に、僕はテンションが下がった低い声でそう言った。
御影「そう、それなら良かったわ。いくつか依頼を取ってきた。町内会、農家のジジババ、後これは…、まぁしてもしなくても良いわね」
彼女は左手に持っていた3枚の紙を、椅子に座っている僕に渡してくる。
活動できていないなら廃部にするとか、そういうことを言われると思っていたんだけど、意外と協力的なところもあるみたいだ。
「あ、ありがとうございます」
僕は彼女から紙を受け取り、内容を確認した。
…………。
なるほど、2つは普通のボランティア活動って感じの内容だ。
もう1つの方も、せっかくだから引き受けたいな。慶が協力してくれているみたいだし。
御影「また見つけたら持ってくるわ。生徒から依頼を受けたいのなら、宣伝することね。場所が場所だから、誰も自警部の存在に気づいていない。それじゃあ健闘を祈るわ、BREAKERZ。失態すれば即廃部ということを忘れないようにしなさい」
彼女は僕に、助言と警告をして生徒指導室から出ていった。
早速、僕はスマホを取り出し、“BREAKERZ兼自警部”と書かれたグループチャットを開く。
ようやくやって来た3つの依頼を、彼らに割り振っていこう。
サボられそうという懸念はあるけど、きっと大丈夫。みんな、大なり小なり強くなりたいという向上心は持っていると思うから。
僕は1つ1つの依頼に対して、誰が適正か、あるいは大きな成長のチャンスに繋がるかを考えながら派遣するメンバーを考えた。
1つ目のこの依頼は、皇、日下部、不知火。
この3人にしよう。皇と日下部には依頼を通じて仲良くなってほしい。
いつも皇と一緒にいる友達の不知火が彼らの仲を取り持ってくれるだろう。
そして、2つ目の依頼は、怜と陽に頼もう。
2人とも真面目で責任感があるし、身体を使うこの作業に向いていると思う。
そして、3つ目の少し変わった依頼は…。
いや、依頼というよりは町内に展開するサービスに近いかもしれない。
このサービスを、いつどこにいても実現できるのは1人しかいない。
神出鬼没の神憑、朧月くんに任せよう。
だけど、あくまで自警部の活動は、自由参加で本人の意思を尊重している。
朧月くんに任せるものは、一度きりでは終わらないもの。彼が止めたいと言った時点で、このサービスは終了させるつもりだ。
みんなに依頼内容の送信を終えた僕は、スマホをポケットに仕舞った。
明日の放課後から、ようやく本格的な活動が始まるんだ。誰もサボらなければの話だけど…。
多分、生徒から依頼なんて今日も来ないだろう。
今日は帰って勉強しよう。
そう思った僕は、依頼の受付を早めに切り上げ、生徒指導室を後にした。




