設立 - 水瀬 友紀①
“EvilRoid”との戦いから、だいたい1ヶ月くらい。
今日、始業式が終わり、新学期が始まった。
1週間ほどの春休みをゆったりと過ごした僕らは、今日から3年生だ。
4月はまだ寒かったり、夏じゃないかってくらい暑い日もある。
白い半袖のポロシャツ、グレーでチェック柄の学生ズボンやスカートだけを着用している夏仕様の人と、その上から紺のブレザーを羽織っている人が混在しているって感じだ。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
3年生になって初めての帰りのホームルームが終わる。新しい担任の先生は教室の時計を確認した。
「おっと…、もうこんな時間か! ごめん、早く終われたら良いなって思ってたけど、定刻通りになったな。先生の自己紹介が長すぎたわ」
そう言って申し訳なさそうに頭をポリポリ掻いているこの人は、新しくやって来た松坂先生。
僕らを殺そうとして逮捕された小林先生と辻本先生の代わりに来た先生の1人だ。
一重で素朴な顔をしている小柄な先生で、優しそうな雰囲気だけど、小林先生よりもハキハキしている。
松坂「今日は先生の自己紹介で終わったけど、みんなの話もまた聞かせてな! この1年間、よろしくお願いします。じゃあ今日は終わり、起立!」
松坂先生の号令と共に、立ち上がる新しいクラスメイトたち。
ついこの前までは、辻本先生だったよな。
あんな生徒思いな先生が僕らを殺そうとしたこと。未だに信じられないし、それを思い出すたびに辛い気持ちになる。
松坂先生はいい人だ。僕らに危害を加える神憑だとは疑わない。
この新学期からあの人がいるからだ。あの人が先生を抜擢しているから、神憑を見落とすことはないだろう。
よっぽど強い神で存在を暗ましていない限りは…。
松坂「礼っ!」
「「「ありがとうございました~」」」
先生の声に対し、僕らは覇気のないいつも通りのトーンで返しながら頭を下げた。
鞄を背負い、教室を出ていく生徒たち。そして、松坂先生も出席簿や他のファイルを持って教室を後にした。
教室を出て廊下を歩いていく彼を目で追いながら、僕は考えた。
1つだけ心配事があるとすれば…。
それは、松坂先生自身に危険が迫るのではないのかということだ。
彼は同じ県内の別の地域からやって来た。だから、この学校で起こったことについては何も知らないと思う。
神憑や特質持ちの存在、そして鬼ごっこや学生大戦など、この学校で起きたことを1つも知らないんだ。
巻き込まれないと良いんだけど…。
剣崎「水瀬氏、話とは何であるか?」
話しかけてきた怜を含む“BREAKERZ”の能力持ちたちがこの教室内にまんべんなく立っていた。
この教室は特別だ。“BREAKERZ”の特質持ちや神憑は、このクラスに集中している。
能力を持たない皇らは例外で別のクラスに入れられた。
日下部「そうだね、話とは何だい?」
自分の席を離れ、ゆっくりとこちらに迫ってくる日下部。
彼らがここにいるのは、放課後に集まったからじゃなく元々同じクラスだから。
それと、もう1つ、僕が“BREAKERZ”のグループチャットに話があるから残って欲しいと頼んだからだ。
「皇と不知火が来るまでちょっと待って。みんなが集まってから話そうと思う」
ガラガラ
僕が日下部に対しそう返事をすると同時に、教室のドアが開いた。
開いたドアの前に立っていた皇の笑顔は相変わらずだ。
皇「待たせて悪かったぜ。話し合いってのはリーダーがいないと始まらねぇよなぁ♪」
彼はそう言いながら、ブレザーのポケットに手を入れて教室に入ってくる。
不知火はスーパーにコーラを買いに行っていて来れないらしい。
万能薬の副反応で今も意識不明の新庄と、買い物に行った不知火。
そして……、去年の夏に鬼ごっこという名のテロを起こした慶以外のメンバーがここに出揃った。
慶は最近、毎日の通学と週に1回の帰省を許可されたらしいんだけど、それでも学校には来てないみたい。
来れる人が全員集まったことを皮切りに、みんな口々に話し始めた。
剣崎「では、水瀬氏、話をしていただこう」
多様な唾液と奇抜な剣技を使いこなす剣崎怜。
日下部「皇、リーダーぶって皆を振り回すのはそろそろ止めないかい? 君にリーダーの器や実力はないと思うね」
力の神シリウスに憑かれた放屁師、日下部雅。
皇「気に喰わねぇなら抜けろよオケツ。俺は虫が好かないお前のことを追放せずに置いてやってるんだぜぇ?」
運と直感だけで強敵と渡り合う皇尚人。何か言い合ってるんだけど、ここまで仲悪かったっけ?
樹神「水瀬はん、俺そろそろパチ行きたいっすわ。進級祝いでお小遣い貰ったから」
大地を巨大ブロッコリーで征するパチンコ中毒エンターテイナー、樹神寛海。彼は指で輪っかを作り、お金のジェスチャーをしている。
獅子王「平和で暇になると、人間関係って悪化するのかな…?」
太陽を直視しその名を叫ぶことでゴリラに変身する獅子王陽。
皇「ゴリラが人間語るんじゃねぇよ」
獅子王「おい、撤回しろ! 僕が何だって?」
いつもは優しくて穏やかな陽が、皇に詰め寄った。ウホの時からだけど、ゴリラって言われるのやっぱり嫌なんだな。
朧月「……………」
突然現れては消える神出鬼没の恐霊、その正体は時間系の能力を使う神憑、朧月悠。彼は無言で皇たちの言い争いを傍観している。
的場「まぁまぁ、誰がリーダーとかどうでもええじゃろ!」
投擲特化の物理演算能力を持つと推測されている射的が異次元の的場凌。
鬼塚「えっと…、とりあえず何の話かな? 神憑撲滅運動みたいな物騒なことするって言わないよね…?」
そして、“BREAKERZ”最強の戦力でありながら、引っ込み思案な鬼塚琉蓮。彼は不安そうな顔をして、僕を見つめている。
「よし、みんな集まったから話をさせてくれ!」
一応、水を操れたり操れなかったりする特質紛いなものを持つ僕は、彼らに呼びかけた。
みんな話や言い合いを止めて静かになり、こちらに注目する。
僕は1人1人の顔を見ながらこう言った。
「僕らで部活を立ち上げよう。名付けて自警部だ」
あまりピンと来ていない様子の彼らに、僕は自警部の活動内容について説明する。
簡単に言うと、この部活は吉波町や僕らの学校の平和を守るために設立するんだ。
去年の夏休みが明けた辺りから、神憑や謎の機械による襲来が続いている。
しかも、やって来る敵もどんどん強くなっている気がするんだ。
その内、僕らだけじゃなくこの町全体が巻き込まれ、多くの犠牲者を出してしまうかもしれない。
それを未然に防ぐため、襲来した悪意のある能力持ちに即座に対応するのが主な目的だ。
だけど、毎日襲来しているわけじゃない。
ここ1ヶ月は何もなかったし、“EvilRoid”が殺しに来るまでの半年間はホントに平穏だった。
「だから、基本的には特に何もしない感じかな? 敵がやって来るまでは…」
皇「つまり、半年間に1回程度、死ぬかもしれねぇ危険な部活動をするってわけか。だが、それだけなら部活として立ち上げる意味はねぇ。元々敵がやって来た時は結託してたんだ、そうだろう?」
いつも通りの笑顔で核心をついてくる皇。
確かに話しながら、僕もそう思ったよ。
本当にヤバいのが来た時、僕らはいつもどうにかして乗り越えてきた。
だけど、それは運が良かっただけなのかもしれない。
「それはそうだけど、もっと意識するべきなんだ。今までは即興で何とかなったけど、グダグダしてたら今度は負けるかもしれない。だから、この部活を通じて、覚悟を持ったり、連携を考えたり、自分の能力と向き合う機会にしたいんだけど…」
僕はここまで言って言葉を詰まらせた。
だって……、連携考えて練習したり、自分の能力の可能性を引き出したりとか……、
絶対、誰もやんないじゃん。
怜ぐらいだよ。そんな毎日コツコツと徹底してやれるのは。
実際、“EvilRoid”との戦いでそうだったことがわかったし。何もない半年間、オタ芸しまくって鍛錬していたのは彼だけだった。
大抵の人は、今日そう思っても三日坊主で終わるだろう。僕も例外じゃない。
勉強や部活で精一杯な生活を送っていたら、きっと戦いのことなんて忘れてしまう。
日下部「水瀬の言いたいことはわかるよ。それが理想だね。だけど、みんなの顔を見て。続けれそうな顔をしているかい?」
日下部の皮肉のこもった発言を聞いて、僕はみんなの顔をうかがった。
彼らの表情を見て、首を縦に振るのはかなり難しい。
的場や樹神に関しては、もう帰りたそうな顔をしている。
日下部「理想に沿って活動するのは難しい。そこで1つ提案がある」
彼は軽く人差し指を立ててから、こう言った。
日下部「敵が来ない内は、ボランティア活動をする。なるべく能力を活用してね。そして、これは普通のボランティア活動じゃない。依頼されたことは何でも引き受ける“何でも屋形式”だ」
日下部の話した内容は、ダルそうにしていた彼らの興味を惹きつけた。
何故なら、やってみたら楽しそうと単純に思えたからだ。
僕らは各々、能力を持っている分、普通の人にはできないボランティアを引き受けることができる。
例えば、琉蓮の怪力を活かして廃車の解体作業を素手でやるとか。
唾液で高速で滑ったり、オナラで空を飛ぶことで何処よりも早く荷物を届けたりなんてこともできそうだ。町内に限られるけど…。
そういった自身の能力をなるべく活かしつつ、様々な依頼を受けていく。
そうすることで、無意識の内に自身の力と向き合うことができ、新しい技や力の使い方の発見に繋がるだろうと日下部は話した。
普段から全く使ってないわけではないから、突然の襲来にもそれなりに対応できるようにもなると思う。
皇「お前にしては良いこと思いつくじゃねぇか♪ それに何もしない部活って言うよりは、ボランティアやるって言った方が先生共にも認めてもらえるだろうしなぁ」
日下部を何故か毛嫌いしている皇も、この提案には上機嫌だ。
「ありがとう、日下部! じゃあ、この部活が認められたら皆入ってくれるかな?」
的場「まぁ、サッカーサボりたいときとかに、たまに顔覗かせたるわ!」
的場の能天気な発言に、1人を除いて頷くみんな。
鬼塚「あの…、僕も入るのは良いんだけど。基本、依頼には指1本触れない感じで良いかな? 多分、色々壊しちゃうから…」
何かに怯えているように身体が少しだけ震えている琉蓮に対し、僕は笑顔で手を差し出した。
「うん、それでも大丈夫。入ってくれるだけでも嬉しいよ。神憑が来たらその時は頼むけど!」
彼は僕の手を震える手で優しく触れながら、固唾をごくりと飲み込む。
鬼塚「ははっ…、僕と戦う前に同意書を書いて貰わないと…」
僕は震える声でそう言う琉蓮の手を離し、教室のドアへ振り返った。
「よし、申請しに行こう」




