日誌 - 皇 尚人⑤
「ふぅ…」
日誌を読み終えた俺は、軽く溜め息を吐きながら本を閉じた。
色々とカオスだったぜ。話の収拾がつかなくなって最後は全員死にましたエンドに持っていったってところか。
拙い文章を読み、情景を想像するのに頭をめっちゃ使ったせいなのか少し頭痛がする。
今はゴーストライターの正体や、そいつにどんな罰を与えるかってことに頭を回したくねぇな…。
ガチャッ
身に覚えのない自分の日誌を読み終えてボーッとしているとドアが開いて、汗だくになった水瀬が入ってきた。
水瀬「はぁ…、もう駄目だ。今日使う分の体力全部持っていかれた気がするよ…」
自分を腹を押さえてげっそりとした顔をしながらそう話す水瀬。
俺は、こいつの机の上に置いてあった自分のコーラを指さした。
「その汗…、身体の水分かなり飛んでるみたいだな。俺のコーラ、特別にくれてやるよ」
水瀬「あ、ありがとう。コーラって水分補給に……、一応なるか」
心優しすぎる俺の対応に戸惑いながらも、こいつはコーラに手を伸ばしプシュッと蓋を開ける。
そして、コーラを1口飲んだのを確認し、俺はこいつに日誌を見せつけながらこう言った。
「さて、お前にも手伝ってもらうぜぇ♪ 犯人捜しをなぁ♪」
コーラを喉に流し込みながら、日誌をじっと見つめる水瀬。
ある程度、飲んだところでこいつはコーラに蓋をした。
水瀬「えっと…、それ何? 犯人捜しって?」
水瀬はコーラを持ってない片方の手で日誌を指さし、首を傾げる。
おいおい、都合悪いからってとぼけるんじゃねぇよ。これはお前の本棚にあったんだぜ?
「この日誌に書かれている俺の作文を読んだか? 誰かが俺に成りすましてデタラメを書いてやがるんだ。コーラをやった代わりに、そいつを探し出すのを手伝えってことだ」
恐らく恍けて逃げようとしているこいつに、俺は丁寧に説明して追い詰めた。
いや、追い詰めたと思っていたんだが…。
水瀬「えっと、その日誌ってのは、君が家から持ってきたやつ? 初めて見るんだけど」
こいつはまだシラを切ろうとしてやがる。
「無駄にしらばっくれんなよ。お前の部屋の本棚にあったぜ。ていうか、これが何処にあったかなんて関係ねぇ。俺のコーラを飲んだんだから、黙って従ってもらうぜ」
俺は本を人差し指でくるくると回しながら口角を上げ、勝ち誇った笑顔を奴に見せつけた。
別に面倒くせぇことを押しつけているわけじゃねぇ。犯人捜しってのは、楽しいもんだろぉ?
水瀬「いや、コーラのお礼はするつもりなんだけど…」
こいつは本を見据え、額に汗を滲ませる。
そして、若干の間を置いてから、奴はこう言った。
水瀬「僕の部屋にそんな本置いてなかったんだけど」
あぁ? こいつ何言ってるんだ?
俺は本を回すのを止めて、水瀬の顔を数秒見つめた。
嘘を吐いているような顔じゃねぇな。それに、犯人捜しを拒否しているわけじゃねぇから、嘘を吐く必要もないと思うが。
水瀬は少し不気味がっている様子で、本と俺の顔を交互に見ている。
俺が今言おうとしていることと、こいつが思っていることは多分同じだ。
「お前が見覚えないってことは、誰かがここに入ってきて置いたってことになるが…」
水瀬「だから、ビビってるんだよ…」
ハハッ、笑わせてくれるぜ♪
ガチでビビる水瀬の顔を見て、俺は思わず吹き出しそうになった。
今さら幽霊とか怪奇現象とか、不審者とかにビビんのかぁ?
俺たちはそいつらの上をゆく神の能力や銀色野郎と戦って勝ってるんだぜ?
「これぐらいでビビるんじゃねぇ。てか、普通に先生が届けに来て、親が受け取ってここに置いた可能性もあるだろ。修学旅行の作文集だからよ」
水瀬「え、修学旅行の作文? そんなの書いたっけ…?」
こいつ、どこまで本気でどこまで恍けてるんだ? 単純に1年の時に書いていて、覚えてないだけか?
俺は日誌をパラパラとめくり、水瀬が書いた作文のページを開いて、奴に見せつけた。
「“学びの多かった修学旅行”。そういうタイトルでちゃんと書いてるぜ」
これを見せた瞬間から、奴の表情がどんどん引き攣っていく。そして、声を震わせながらゆっくりと首を振った。
「僕は書いてない。多分誰も修学旅行の作文なんか書いてないと思う」
…………あ? じゃあ、俺と同じで身に覚えがないってことかぁ?
俺は水瀬に向けた本を自分の方に向け、奴が書いた作文に目を通した。
“__学びの螟壹°縺」縺しゅうが縺乗羅陦。高校の修学旅行は、鬮俶?。縺ョ菫ョ蟄ヲ譌?。1日目は後?荳ュ県にある蟄ヲドーム?ー丞ュヲ譬。2日目ゅ→豈斐∋県にヲ蟄ヲ縺ウ縺ォ驥阪″繧堤スョ縺?◆譌?。後□縺ィ諢溘§縺セ縺励◆縲ゑそう,原爆シ第律逶ョ縺ッ蠎?ウカ逵後↓縺ゅk蜴溽?繝峨?繝?縺ォ陦後″縲∵?ク縺ョ諱舌m縺励&繧?多縺ョ蟆翫&繧貞ュヲ縺ウ縺セ縺励◆縲ゅ◎縺励※縲?シ呈律逶ョ縺ッ髟キ蟠守恁縺ォ蜷代°縺?∪縺励◆縲ゅ◎縺??√%縺ョ菫ョ蟄ヲ譌?。後?蜴溽?繧帝?壹§縺ヲ縲∵姶莠峨?豁エ蜿イ繧貞ュヲ縺カ縺薙→縺檎岼逧?〒縺吶?ゅb縺。繧阪s隕ウ蜈峨@縺溘j縺雁悄逕」繧定イキ縺」縺溘j縺吶k譎る俣繧ゅ≠繧翫∪縺励◆縲る聞蟠弱?繧ォ繧ケ繝?Λ縺檎セ主袖縺励>縺ィ閨槭>縺ヲ縺?◆縺ョ縺ァ濶イ繧薙↑蜻ウ縺ョ繧ォ繧ケ繝?Λ繧偵♀蝨溽肇縺ォ雋キ縺」縺ヲ蟶ー繧翫∪縺励◆縲”。
…………! バタンッ!
俺はこの文字の羅列を見て、思わず本を閉じた。
元からこんな感じでおかしかったか? クソッ、自分の作文以外ちゃんと見てなかったせいで思い出せねぇ。
だが、タイトルはまともに書かれていたはずだ。
水瀬「ど、どうした、皇? 顔色めっちゃ悪いけど…」
俺を見て心配そうにする水瀬。
自分がどんな顔をしてるのかはわからねぇが、動揺していることが表情に出ているみたいだな。
こいつが言うように、修学旅行の作文が課題として出てもいなく、誰もこんな日誌を書いてないんだとしたら…。
俺は無理やり笑い、再び本を水瀬に突きつけた。
「これは、誰かの異能だぜぇ。俺の直感を掻い潜るレベルのなぁ♪」
俺が言わなくても、こいつは察していたんだろう。それを聞いた瞬間、恐る恐る後ろに下がった。
水瀬「多分そうだよな…。このご時世、幽霊とか怪奇現象とかよりそっちの可能性の方が高いと思う」
はぁ、こいつの言動にはうんざりだ。
水を操るとかいう特質紛いなものを持っているクセに、運と直感しかねぇ俺を見捨てて逃げようとしてやがる。
まぁ、気味が悪いって意見に関しては満場一致みたいだな。
ということで……、
「庭でこの本燃やすぞ。親父の倉庫から木材1個取ってこい」
俺はこの薄気味悪い本を持ち、水瀬の部屋のドアに手を掛けた。
水瀬「ちょっと待ってくれ。悪意がある神憑とは限らないんじゃないのか? 仮に敵意があったとしても、この本でおびき寄せてみんなで本体を倒した方が良い気がする」
ハハッ、さっきのビビった態度はどうしたぁ? 随分と自信満々じゃねぇか♪
存在するかもわからねぇ幽霊が怖いクセに、殺意のある神憑は平気ってかぁ?
俺はドアノブから手を離し、水瀬の方へ振り返った。
「確かに、お前らだけならそうした方が良いだろうなぁ♪ だが、この町には特質もなければ神もいねぇ俺みたいなパンピーがわんさかいるんだよ。相手は腐っても神だぜ。この町を軽く消し飛ばせる奴かもしれねぇわけだ。それに、この本から1つだけ考えられる最低最悪の能力がある」
我ながら、素晴らしい話術だぜ。
俺の話し方がとてつもなく上手かったのか、水瀬は固唾を飲んでこう尋ねてくる。
水瀬「そ、その能力って…?」
待ってましたと言わんばかりに、俺は両手を広げていつもの笑顔でこう言った。
「“書いたことが現実になる能力”だぁ♪」
この日誌に書かれていることをいつでも現実化できる能力だとすれば、それはもう悲惨なことになるだろうな。
俺の作文が現実になれば、数十人の生徒がケツに殺されることになる。
逆にそれ以外で何かあるかぁ? わざわざ実在する奴の名前を出して、空想のストーリーを書く理由。
まぁ、違ったとしてもこの日誌が能力発動の鍵になるに違いねぇ。
「……ってことだ。だから、さっさと処分した方が良い。本体を炙り出すのは、ガチでキモいってなった時だ。その時は癪だが、文月の野郎にも特定を協力させる」
俺がこの日誌の危険性を伝えると、水瀬は深く頷いた。
水瀬「わかった、燃やそう。父さんの会社から1本取ってくる」
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水瀬父「何をやってるんだ、君は? うちの木材を勝手に持ち出して!」
「いやぁ、あんさん儲かってるんでしょう♪ 1本ぐらい良いじゃないっすかぁ♪」
俺たちは水瀬の父親に怒られながらも、庭で火を熾し、この日誌を炎の中に放り込んだ。
バチバチバチッ…
結局、不気味なだけでキモさも何も感じられなかった日誌だった。
正体を究明しないまま燃やしたせいで、あれが何だったのかは未だにわからない。
あの時は、神憑か御門の術みたいな能力だと断定していたが、それすらも微妙なところだ。
ただ、あの日誌をそのままにしておくと、何か大規模にヤバいことが置きそうな気はしていた。
“__こちらのみんなは全員仲良く死にました。”
時々、あの作文の最後に書いてあった文章を思い出すことがある。
それが脳裏を過るたび、俺は思うんだ。
“__あちらのみんなは、名前はちがえど、元気に暮らしてます。”
何か……、なにか……、ナニカ……、縺ェ縺ォ縺……、
“__君たちはいかがおすごしでしょうか?”
繋がってはいけない場所と、繋がってしまうような気がしてなぁ♪
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
なぁんてなっ♪
たかが変なこと1つでそこまで考えるわけねぇだろ。
こちとら“BREAKERZ”は、神憑や特質みたいな能力や、それを使って謎に殺そうとしてくる輩に、当たり前のように関わってきているんだからよ。
気づけば3年生か。今日1日の授業の終わりを知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。
一般生徒はこれから家に帰ったり、趣味ついでに生温い部活動とかいうのをするのかもしれねぇが…。
俺たちはこっからが本番なんだよなぁ♪
タッタッタ……ガラガラ
廊下を走る音が聞こえてきて、教室のドアがある人物によって開かれる。
俺はそいつに向かって、いつものようにこう言った。
「不知火、明日はまた習字の授業がある。墨汁と半紙も忘れんなよ。よろしく頼むぜぇ、友達ぃ♪」
不知火「うん! ともだち、ともだちぃ♪」
嬉しそうに俺の机に入っている教科書を鞄に詰め込む不知火を置いて、俺は廊下に出た。
さて、今日も一仕事やりますか。
俺は授業で固まった身体を解すため、背伸びをしながら、自警部本部へと向かった。
【 番外編 恐怖の修学旅行日誌 ー 完結 ー 】




