修学旅行2日目 - 皇 尚人④
ヒャッハッハァ~♪
俺は思わず、水瀬の部屋で歓喜の声を上げてしまった。
恐らく1階まで届いているだろうが、気にしねぇ。
「消えたのは魔球ではなく彼の命だぁ? 面白いこと書くじゃねぇか♪」
吉波高校のクソ問題児が無様に死にやがったぜぇ♪
吉持肩八狼。あの野郎には、生徒や先生全員、うんざりしていただろう。
俺が呼び出し喰らわなかったのはこれが理由ってわけか。
この作文は、奴に不満を持っていた先生たちのカタルシスとなったんだ。
気分の良かった先生は、この作文を駄目だと思いながらも良しとした。それぐらい奴に対して鬱憤が溜まってたんだろうな。
俺に迷惑がかからないようにそこら辺を計算しているとしたら、このゴーストライターはクソ優秀だが…。
まぁ、減刑してやるよ。お前を特定し社会的に殺すことは止めてやるぜ。弱みを握ってパシリにする程度にしといてやる。
気分の良くなった俺は水瀬のことを忘れて、続きの文章に没頭していった。
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“__こうりゅうざんのカルデラにとう着しました。”
ゴリラの群れを振り切った村川のバスは、荒硫山のカルデラに到着した。
村川「よし、ゴリラは撒いたで。あれがカルデラ言うて、まぁデカい火口みたいなところや」
村川は前方に見えるカルデラを指さしながらそう言うと、バスのドアを開けた。
バスガイド「では、皆さん、ゴリラも追ってこなくなったことですし、広大なカルデラを見に行きましょう!」
バスガイドは笑顔でそう言って、村川の後に続いてバスを降りたようだ。
生徒が2人死んでいるのにも関わらず、全く気にしていないみたいだな。
俺たち生徒もバスガイドに続いてバスを降りていった。
そして、カルデラのすぐ近くまで歩いていき、中を覗くと、赤色に輝くドロドロのマグマが溜まっていたらしい。
バスガイド「覗いても良いんですけど、落ちないようにしてくださいね!」
興味津々にカルデラの中を覗く生徒たちに笑顔で注意を促すバスガイド。
「みんななぁ、ちょっと道をなぁ空けてほしいんよなぁ!」
生徒たちがスマホでマグマを撮っていると、後方からある先生の声が聞こえてくる。
俺はここでマグマから目を離し、後ろに振り返った。
文節ごとに“な”をつける口調。
後ろからやって来たのは……、スラッと背の高い辻本先生で間違いない。
日下部「ちょっと何をするんですか、先生!」
そして、辻本は俺と同じバスに乗っていた日下部を担いでいた。
小林「ごめんね、ゴリラの呪いを解くにはこうするしかないんだ…」
辻本の隣で、辛そうな顔をして日下部に謝る小林。
“__つじもと先生とこばやし先生は、ゴリラの呪いをとくために、くさかべをひとみごくうしました。”
日下部「は、離してくれないかい?! ぼ、僕はまだ死にたくない! 僕はまだ高校生1年生、これからもっともっと成長してビッグな大人になるんだ…!」
ブフォオオオオオウ!!
カルデラに放り込まれることを察した日下部は必死に命乞いをするが、彼のケツから発せられた爆音に掻き消された。
樹神「バスガイドさん、腐った卵の臭いがします! なんでですか?!」
オナラを撒き散らしながら暴れる日下部がカルデラへ運ばれる中、同じバスに乗っていた樹神が手を上げて質問する。
日下部「恐怖で……恐怖でオナラが……止まらない!」
ブフォオオオオオウ!!
辻本「日下部なぁ、臭いからなぁちょっと死ぬまでなぁ我慢してほしいんよなぁ…」
日下部を担いでいない方の手で鼻をつまむ辻本。
その光景をチラッと横目で見たバスガイドが樹神の質問に答えた。
バスガイド「この腐った卵のような臭いはですね、火山ガスに含まれる硫黄の臭いと言いたいんですけども…。状況的にもしかすると彼のオナラの臭いかもしれないですね!」
…………。なんだこのカオスな状況は…。
日下部「やめろおぉ! 離してくれえぇ!」
半泣きでオナラを撒き散らす日下部の身体を、辻本は両手で頭上に持ち上げた。
小林「ごめんね、ごめんね」
その隣で涙を流しながら、ただただ謝る小林。
辻本「すまんなぁ日下部…! みんなのためになぁ、生贄になってくれよなぁ!」
ポイッ…
“__つじもと先生は、くさかべをカルデラへ投げました。”
日下部「うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ブフォッ…! ブフォッ…! ブフォオオオオオォォォォォォ~…………ブリッ。
抵抗も虚しく、カルデラへ放り投げられた日下部の身体は、マグマの中に落ちて焼死した。
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“__くさかべ君はうんちをもらしながら死にました。”
「ヒャッハッハァ♪ 笑わせんじゃねぇよ!」
俺は、さっきよりもデカい笑い声を上げてしまった。
そろそろここの家族に怒られそうだぜ…。
日下部がクソを漏らしながら死んだだと? ざまぁねぇなぁ♪
お前の自慢のオナラは、こっちじゃ使い物にならねぇみたいだな。
飛べない上に気絶もさせられないオナラは、ただの公害でしかねぇよ♪
これを書いたゴーストライターはよくわかってやがる。俺が誰を嫌っているか、誰のことが気にくわないかをな。
今のところ、俺の気に食わない奴が死んでいる。獅子王は例外だが。
後は文月、お前だ。
こいつが死ぬ描写が入っていれば、パシリも免除してやるよ、ゴーストライター。
ていうか水瀬、流石に遅すぎだろ。朧月じゃないが、俺の時間とんでるんじゃねぇのか?
まぁ、後少しだけ続きがあるみてぇだから、もうちょっとトイレに入ってろ。
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“__ひとみごくうした後、みんなバスにもどりました。”
村川「よし、ゴリラは追ってきてない! ほな、普通に修学旅行するで~。ちょっと後ろぶっ壊れてスースーするけど辛抱してや」
俺たちは日下部をカルデラに放り込んだ後、バスに戻った。
そして、今は1車線の道路を走っていて、左右どちらも自然で溢れかえっている。
まだ山の麓から少し走ったばかりだ。ここからもう少し先に進めば街が見えてくるだろう。
バスガイド「えぇ、それでは気を取り直して修学旅行楽しんでいきましょう! この辺りは山に近く、舗装されたこの道路以外何もないと思われがちですが、実は違います」
得意気にそう語り始めたバスガイドは、俺たちから見て右側の景色を手で示した。
バスガイド「ではまず、右手をご覧ください。よく目を凝らすと、遠くに馬の牧場が……」
ゴリラ「ヴボッ♪」
遠くに牧場があるらしいが、全員それどころではなくなった。
バスガイドが指したバスの右側には、2メートルを超える巨大なゴリラが張り付いていたからだ。
ゴリラ「僕、獅子王。本当の゛ゴリ゛ラ゛にざれ゛ぢゃっだ。み゛ん゛な゛を゛食べだい゛」
獅子王の名前を名乗るゴリラは、不穏なことを言っている。
バスガイド「ええと……、右は後にしましょう! 左手をご覧ください」
ゴリラのせいで景色が見えないため、先に左側を紹介しようとするバスガイド。
バスガイド「さっき登った荒硫山が見え……」
「罪深き者たちよ、本当の呪いとは何なのかを教えてやろう」
そう言葉を発したのは、バスの左側で浮遊している暗い紫色をしたケツだった。
日誌には、このケツのことをこう書いている。
“__死神のケツが現れました。”
プシュー…
村川「まずい、ダーク・キャサリン…! このタイミングでパンクやと?!」
これは、死神のケツが言っている呪いの1つなのだろうか?
ケツとゴリラに挟まれた俺たちのバスは、最悪なタイミングでパンクして動かなくなってしまった。
村川「もう無理や!」
バスの開けた村川は1人で飛び出し、逃げだそうとしたが…。
ゴリラ「先生の゛香ばじい゛加齢臭…、頂ぎま゛あ゛ぁぁず♪」
村川「やめろ、離すんやゴリラ…! 後、臭ってんのは多分、ミドル脂臭の方や! ぐああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
“__むらかわ先生はゴリラに食べられて、みんな逃げました。”
バスガイド「先生が食べられている内に、みなさん逃げましょう!」
恐怖で震えるバスガイドに続いて俺たち生徒は悲鳴を上げながら、バスから飛び出した。
ゴリラ「あ゛、あ゛っぢの゛方が美味じぞう゛♪」
村川の頭だけを囓ったゴリラは、俺たちの方へそれも凄まじい速度で走ってくる。
“__さいしょに捕まったのは、こだま君でした。”
樹神「うわああぁぁぁ! 離せ! 離せえぇ!」
最後尾を走っていた樹神のアフロの部分がゴリラに掴まれる。
良心のある俺たちは思わず足を止めて、どうにかして助けられないかを考えたようだ。
ベリベリ…!
不幸中の幸いかアフロを掴まれていたため、その髪が引き千切れることによって彼は難を逃れたが…。
「樹神、落ち着け…! そっちは……!」
パニックになっていた奴は、全力で道路に飛び出したんだ。
俺は奴を落ち着かせようと思い切り手を伸ばして叫んだらしいが、もう遅かった。
ドンッ…!
“__こだま君は軽トラにはねられてお亡くなりになりました。”
ケツ「さて、そろそろ終いにしよう。我は日下部雅の憎悪なり。彼の憎悪が実体化し、意志を持ち、パープルおケツとなったのだ」
俺たちの真上で浮遊するケツはそう語る。
人身御供に日下部を選んだのは大きな間違いだったらしい。
死んでもエンターテイナーでいられる樹神にするべきだったな。
プシューーーーーー……。
浮遊する紫色の物体“死神のケツ”から、黒色のオナラが放たれた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ…!」
「苦しい……助けて……」
「ウホッ………」
この煙を吸った生徒たちは、血の涙を流し、のたうち回りながら息絶えていった。
ついで近くにいたあのゴリラもな…。
“__こちらのみんなは全員仲良く死にました。”
“__あちらのみんなは、名前はちがえど、元気に暮らしてます。”
“__君たちはいかがおすごしでしょうか?”
文章はここで終わっている。
この日誌は、謎のケツによって全員死んだという結末を迎えたってわけだ。
“恐怖の修学旅行日誌 - 皇 尚人”。
見覚えのない自分の作文を読み終えた俺は、この分厚い白無地の本をそっと閉じた。




