修学旅行2日目 - 皇 尚人③
“__2日目に行ったところでいちばんびっくりしたのは、ゴリラ回し劇場でした。”
あぁ? ゴリラ回し?
そんなところに行った覚えはないぜ。適当なこと書くんじゃねぇよ、ゴーストライター。
だが、1日目が数行しかなかったのに対し、2日目のことはびっしりと書かれているみてぇだ。
もしかして、ここからはオリジナルの展開って奴かぁ? それはそれで面白そうだが…。
俺は一度、この部屋のドアへと視線を移す。
…………。
あいつが帰ってくる気配は未だにない。
随分と苦戦しているようだ。
まぁ、もう少しで帰ってくるだろう。
はぁ……、詳しく書かれてねぇことは俺の想像力でカバーしないといけないから普通にダルいぜ。
俺はそう思いながら、心当たりのないことが書かれていた修学旅行2日目の文章に目を通した。
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【修学旅行2日目】
“__そして、朝おきてバスに乗ると、うんてんしゅが村川せんせいになっていました。”
この文脈から、前日までバスを運転していた運転手がいなくなっていることがわかる。
そして今は、俺が乗っているバスを含めた数台のバスに生徒全員を乗せ、“ゴリラ回し劇場”とやらへと向かっているようだ。
その道中、女性のバスガイドがこの近辺の解説をしたり雑談をしたりしていたのだが…。
バスガイド「……というわけなんですよ。ところで、村川先生。今日は先生が運転をしてくださるんですね…?」
前日の運転手がいないことに違和感を感じたのか、バスガイドは走り出して数分した辺りで村川に問いかけた。
村川「あぁ、そうや。今日から最終日まで、このバスは儂が運転する」
吉波高校最恐の村川が運転……というか同じ空間にいることを考えると、他の生徒はビビっていたに違いねぇ。
ちなみに、村川が運転していたのも事実じゃない。そもそも村川は本来、修学旅行に帯同してねぇからな。
バスガイド「なるほど。いや、私、この仕事を務めさせて頂いて結構長いんですけど、学校の先生が運転するっていうのは初めてなんですよね。新鮮な気持ちです。理由とか聞いても良いですか?」
恐らくワントーン高くして愛想良く話しているバスガイドは、村川にそう尋ねた。
“__そして、せんせいはいつもよりこわい声でこう答えました。”
村川「儂が殺した」
突拍子もないことを言い出した村川に動揺することなく、バスガイドは切り返す。
バスガイド「そうだったんですね。それはまたなんで殺したんですか?」
村川「バスを運転したかったんや。こんな風に…!」
理由を聞いてきたバスガイドに即答し、村川はアクセルを思い切り踏み込んだ。
村川「激進__ダーク・キャサリン」
凄まじいエンジン音が鳴り響き、バスに乗っていた生徒たちは奇声を上げながら歓喜する。
村川「ほな行くで~! 儂がバスの頑丈さを見せつけたる!!」
ジェットコースターよりもスリル満点な村川の運転に対し、みんな笑顔で絶叫していたようだ。
村川が運転するこのバスは、前を走る車や対向車を押しのけながらゴリラ回し劇場へと向かったのだった。
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おい、小学生ゴーストライター。流石に調子に乗りすぎじゃねぇか?
人の名前勝手に使って、何書きたい放題やってんだぁ?
人を殺した上に暴走運転か。車を愛して止まない村川も流石にそんなことしねぇだろ。
てか、誰かが俺の代わりに書いて提出したのはわかるが、よくこんな内容で通ったな。呼び出しを喰らってないのはもちろん、再提出になって返ってきた覚えもない。
それに……、偶然か? あの時のバスもキャサリンって呼んでたよなぁ?
俺はいくつかの疑問を感じながらも、続きの文章に目を通した。
“__ゴリラ回し劇場では、ゴリラがにんげんの指示にしたがって、芸を見せました。ふつうに面白かったです。”
どうやら、ゴリラ回し劇場っていうのは、ゴリラ専用のサーカスみたいなものらしい。
芸の内容は細かく書かれてないから、よくはわからねぇが、日誌の中の俺はそれなりに楽しんだようだな。
それよりも気になるのは次の文章からだ。
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“__ししおうくんはゴリラたちに感化されて、ゴリラの元へ帰っていきました。”
俺と獅子王が実際に会ったのは2年の学生大戦が始まる前。
この日誌の中では、1年のこの頃には既に面識があるように書かれていた。
獅子王「ここは、なんて素晴らしい楽園なんだ! ゴリラがゴリラらしくいられる場所…!」
ゴリラの芸に感化された獅子王は両手を大きく広げ、目をキラキラとさせながらそう言った。
ゴリラ回しを見終えた俺は獅子王と共に、場内のお土産売り場を回っていたらしい。
獅子王「決めたよ、皇。僕はここに残る。ここは本来の僕を出せる唯一の場所なんだ! 先生に言っておいてくれ」
そこまで話したこいつは俺に背を向け、手を振りながら颯爽とゴリラの檻がある方向へ歩いていく。
その時、獅子王は、人間の状態で話す最期の言葉を口にしたんだ。
獅子王「獅子王陽は、野生のゴリラとして生きていくとね」
“__ゴリラ回し劇場を出た後のバスの中はかなしいふいんきで包まれていました。”
「獅子王、元気でな~! ゴリラになってもズッ友だからな!」
「いじめっ子のゴリラがいたら俺に言えよ~! 俺がギタギタにしてやるぜ!」
「まさか、こんな形でお別れなんて悲しいわ」
バスの中にいた奴ら全員、号泣しながら笑顔のゴリラに手を振っていた。
そう、もう奴は既にゴリラになっていたんだ。
そして、獅子王とお別れした俺たちは次の場所へと向かった。
“__ゴリラ回し劇場をみたあと、ぼくたちはこうりゅうざんへ向かいました。”
ゴリラ回し劇場に残った獅子王を置いてきた俺たちが次に向かった場所…、恐らく荒硫山というところだ。
平仮名で書かれているため確かではないが、荒硫山は西の端っこにある地方にあり、広大なカルデラを持っている火山だな。
カルデラっていうのはざっくり言うと、バカ広い火口って感じだ。
そこにマグマがあるときもあれば陸地になっている場合もある。
日誌の中の俺たちは、恐らくそこへ向かっているんだろう。
バスガイド「はい、次に向かう場所は広大なカルデラを持つ荒硫山です。危険な火山ですので、バスでは麓まで行き、そこから徒歩で皆さんカルデラまで登っていきますよ!」
村川「いや、儂の運転技術とダーク・キャサリンの馬力があれば、頂上まで行けるはずや。お前ら、シートベルトしとけ」
ドスの利いた低い声でそう言い放った村川は、ギアを最大まで上げてバスを飛ばした。
ブオオオォォォォン!
バスガイド「きゃああ! 村川先生、ダンディな声に大胆な運転! 男らしいわぁ~!」
けたたましいエンジンの音と、甲高いバスガイドの声が入り混じる。
村川「ほほっ、無料のキャバクラやで~♪」
“__こうふんした村川せんせいは、道ゆく車をふんさいしながら、山へいきました。”
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おい、いい加減にしやがれよ、このクソゴーストライター。
俺はいったい何を読まされているんだぁ? てか、水瀬の家にこれがあるってことは、他の奴らも持っているてことだよな?
まずいぜ、知らないところで俺は社会的に殺されている可能性がある。
こんなもん書いたことになっていて、呼び出し喰らわなかったのは俺の運が良かっただけだ。
俺は歯ぎしりを立てながら、日誌を強く握り締めた。
あぁ、最後まで読んでやるぜ♪ そして、犯人を炙り出してやるよ。
ゴリラ化する獅子王を1発で引き当てた俺の直感と運でなぁ♪
後の内容次第で社会的に抹殺するか、卒業までパシリにするかを決めるとするぜ。
まだ水瀬は帰ってこねぇ。あれか、腹は痛いが便秘で出ないという最悪のパターンか。
なら、隅から隅までじっくりと読んで判決を下してやるぜぇ♪
“__後ろから大量のゴリラがおいかけてきました。”
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ドドドドド………!
何かの大群が走ってくるような音が後方から聞こえ、俺を含めた全員が振り返った。
まだ距離は遠いが、さっきまで見ていたからすぐにわかる。
険しい顔をして走ってきているのは、ゴリラ回し劇場のゴリラたちで間違いない。
それも1車線の道路の幅を埋め尽くすくらいの大群だ。
バスガイド「皆さん、貴重な光景です! 後方をご覧ください」
驚いた顔をしながら、迫ってくるゴリラたちを指さすバスガイド。
そしてその直後、彼女は首を傾げながら村川に問いかける。
バスガイド「あの、ここってゴリラ公園でしたっけ?」
村川はバックミラーでゴリラを確認して、不思議そうな表情でこう応えた。
「鹿公園なら聞いたことあるねんけど、ゴリラ公園は知らへんなぁ」
バキッ!
そんなことを言っていると、ついにゴリラたちがバスに追いついてしまったみたいだ。
「うわああぁぁぁぁ!」
「きゃああぁぁぁぁ!」
バスの後方が破壊され、1頭のゴリラが上がってきた。残りのゴリラはバスに並走している。
全員、パニック状態になってしまったようだ。
何故なら……、
ゴリラ「ごの゛ゴリ゛ラ゛、偽物。人間……、嘘づい゛だ!」
奴の手には獅子王の生首が握られていたからだ。
ゴリラは獅子王の生首を突き出し、俺たちに見せつける。
死人が出たことで全員、戦慄していたってことだろう。
てか、村川が運転手を殺してバスを暴走させている時点で、普通ならヤベぇってなるけどな…。この日誌の中じゃならねぇみたいだ。
そして、人が死んで混乱している状況の中、1人の人物が席から立ち上がりゴリラの前に歩いていった。
“__よしもちけんぱちろうくんの登場です。”
吉波高校のクソ問題児の名前がここで出てくるとはな。だが、こいつなら、確かにビビらず立ち上がりそうだぜ。
ここでゴリラに立ち向かうのは、吉持 肩八狼。
この国と南国のハーフ。体格は海外仕様なため筋肉質で高身長。2メートルの岡崎には負けるがな。
その生まれつきの腕っぷしで、イキリ散らかしてやがる。気にくわない奴の頭には金属バット。廊下ですれ違ったら、気分次第で肩パンを強要してくるガチの暴力不良だ。
そして、吉波高校の野球部所属。1年にしてピッチャーでレギュラーを張っている。
奴に付けられた二つ名は、“消える魔球児”。
あぁ、違うぜ。すげぇ球を投げるという意味じゃねぇ。確かに本気で投げたらクソ速いらしいが…。
“消える”というのは、サボり癖があって練習や試合にほとんど来ねぇという意味だ。
吉持「おいゴリラ、調子乗んなよ? ケツに指突っ込むぞ」
奴はそう言って、ゴリラの前に堂々と立ちはだかった。
あの説明だと、ただのクソ不良だが、良いところも一応あるにはある。
こういうときに、みんなを守ろうとする頼もしいところだ。まぁ、目立ちたいだけかもしれねぇがな。
奴は制服のポケットから野球ボールを取り出し、ピッチャーの構えをとった。
吉持「俺の豪速球で逝きやがれぇ!」
そして、至近距離にいるゴリラの顔面に思い切りボールを投げつける。
ペチッ…
だが、ガタイの良いムキムキゴリラからすれば人間の力などゴミ同然だ。本気で投げたんだろうが、全く効いている様子はねぇ。
その様子を、運転しながらバックミラーで見ていた村川は溜め息を吐いた。
村川「はぁ……、せやから部活行って練習せぇ言うたやろ」
吉持「助げでえ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ゴリラに頭をがっつり掴まれて持ち上げられた吉持は泣きじゃくりながら足をバタつかせる。
そして……、
グチャッ……
頭を捻り潰された吉持は息絶え、ゴリラは動かなくなった彼の身体をバリボリと貪り始めた。
“__消えたのはまきゅうではなく、彼の命でした。”
村川「食べている隙に…! 全員、シートベルトして捕まっとけぇ!」
村川はハンドルを大きく左に回し、謎の運転技術でバスを回転させる。
村川「バス・ローテイト!」
ガガガガガ……!
何にも掴まっていなかったゴリラは、転がっていき、バスの後方から外へと落ちた。
そして、周りに並走していたゴリラも回転することではねのけることに成功。
ゴリラたちを振り払った村川はバスを前に向け、アクセルを思い切り踏み込んだ。
村川「お前らが楽しみにしてた修学旅行は中止せえへん! このまま荒硫山へ向かう!」
“__僕たちはゴリラにおいかけられながら、こうりゅうざんへいきました。”
小林「こ、これは何かの呪いに……違いない」
ーー 皇たちのバスに乗っていた小林先生は震える声でそう言った。
そして、その隣に座っていた辻本先生も少し震えながらこう答える。
辻本「そうですねぇ、これは“人身御供”しないといけませんねぇ」




