LIBERTADORES
※本エピソードは三人称視点となります。
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「…………で? 殺せなかった挙げ句、能力を失ったと?」
青みがかった黒い空間に、ある人物の声が木霊する。
声を上げた人物は、金色に染めた短い髪や顎髭に、顔面のあらゆるところに厳ついピアスや髑髏の指輪まで着けていた。
そう、彼は過去に朧月悠が遭遇したあの人物だ。
彼の隣には、知的な雰囲気を放っているブルーが怪訝な顔をして立っていた。
そして、2人の前には怯えた様子で立ち尽くしている三叉槍3人組がいる。
彼らに憑いていた神たちは、御門伊織の能力を警戒し、昏睡屁で眠って動けなくなった彼らの元を去ったのだった。
伊集院「申し訳ございません。恐らく奴の何かしらの能力で意識を飛ばされ、目が覚めたときには使えなくなっていました…」
両脇にいる氷堂と尼寺が顔を伏せて黙り込んでいる中、彼は顔を上げて怯えながらもそう答えた。
「チッ……、じゃあ、何の成果もなしかよ。ブルーの自信作“EvilRoid”も誰1人殺せず、かわいいかわいい三叉槍ちゃんは弄ばれたってかぁ?」
かなり苛立った様子でそう話す金髪の厳つい彼に対し、三叉槍の3人組は更に身体を震わせる。
コツコツ……
ガッ…!
金髪の彼はそんな彼らに近づき、伊集院の胸倉を掴んで強く引き寄せた。
足がガクガクと震えて思考が停止する尼寺と、金髪の彼の威圧感に圧倒されて顔を引き攣らせる伊集院。
そして…、
「何、のこのこ帰ってきてんだ? 相手がどんな奴か伝えただろ? 着けられていたらどうする? ここを特定されたら……、痛い目見るのはお前らだけじゃすまねぇぞ」
淡々と怒りをぶつける金髪の彼に、拳を作って衝動的に走り出す氷堂。
ブルーやトミー、そして彼と屈強そうなもう1人を含めたこの4人には誰も逆らわない。
氷堂も普段は従順だが、大切な仲間の伊集院を庇うために突っかかっていったのだ。
氷堂「おい、離せ…! こ……ろ……す……ぞ!」
震える声でそう言いながら、彼は金髪の彼の横顔に向かってパンチを放つが…。
“__なんでだ? 当たったのに、当たってない?”。
氷堂が動揺するのも無理はない。
確実に当たったはずの拳は、金髪の彼の横顔をすり抜けたからだ。そして、勢い余った氷堂の身体も彼を通り抜けてしまう。
何故すり抜けたのか理解できない氷堂は、しばらく自身の拳を見つめていた。
伊集院の胸倉を掴んだまま、白けた顔で氷堂を見ている金髪の彼。
ボトッ……
氷堂「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!」
何かが落ちた音がした瞬間、氷堂が手首の辺りを押さえて蹲る。
拳を作っていた彼の右手はスッパリと綺麗に切断されていたのだ。
蹲る氷堂の足元には彼の生々しい右手が落ちていた。
ブルー「おい! やりすぎだ、ゼロ!」
冷静沈着なブルーが珍しく声を荒げる。
ゼロと呼ばれた金髪の厳つい彼は、伊集院を突き放してブルーの方へ振り返った。
伊集院「ブロンド…!」
氷堂の別名を呼び、彼の元へ駆けつける伊集院と尼寺。
彼ら4人に逆らわない理由。
見た目が恐いから、威圧的だからではない。
かといって、尊敬しているから従っているかというとそれも違う。
彼ら4人と他の者では歴然とした力の差があり、誰も勝つことができないからだ。
ブルー「今回の結果は、奴ら“BREAKERZ”を甘く見ていた俺の責任だ。あいつら、半年前とは比べものにならないほど力が増していた…。3人に辛く当たるのはやめてくれ」
そう言って、金髪の彼を宥めるブルー。
三叉槍にだけ責任があるのかというとそうではない。
知的なブルーが発明した“EvilRoid”もまた、誰1人抹殺できずに破壊されてしまっているからだ。
ゼロ「チッ……! 回りくどいことしたからこうなったんじゃねぇのか? それに、あの程度の傷でギャーギャー言ってたら負けるぜ? 向こうは注射器1本で致命傷を治せるんだぞ」
ゼロと呼ばれた金髪の彼は、眉間にしわを寄せ、氷堂たちを指さしながらそう語る。
ブルーはゼロに対して何も言い返さず、氷堂の容態を案じている2人を見据えてこう言った。
ブルー「アマ、バレット。彼の右手を持ってあいつの元へ連れていけ。簡単にくっ付けてくれるだろう。すまない、日下部の強さを見誤っていた」
ブルーの言葉に反応してすっと立ち上がる伊集院。
伊集院「かしこまりました。ご期待に添えず申し訳ございません」
彼は一礼してから、氷堂や尼寺と共にこの青みがかった空間から出ていった。
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ブルー「彼ら三叉槍には、この船を降りてもらう。神憑じゃなくなった彼らがここにいたら、どうなるかわからない」
ゼロ「そうかよ、勝手にしろ」
あの時、ゼロ自身が連れてきたのもあってか愛着があったのだろう。それ故に当たりが強かったのかもしれない。
ゼロは少し寂しそうな顔をしながら、ぶっきらぼうに答えた。
そして、チェーンの着いたスボンのポケットから、タバコと龍の模様が入ったジッポライターを取り出して火を付ける。
ブルー「“BREAKERZ”に生半可な用意で手を出すのは止めよう。確実に仕留められる手段や作戦が見つかるまでは保留だ」
口からタバコの煙を吐き出すゼロに対してそう話すブルー。
ゼロ「生半可も何も、中途半端なことをしたのはお前だろ。俺が行けば、鬼塚琉蓮以外は余裕で殺れた。たまたま群れていて頭数が多いだけだ。大したことねぇだろ」
ブルー「俺は仲間が1番大切だ。赤の他人を不幸から守るよりな。それに半年前、奴らはシバを倒している。今よりも少ない戦力で…。それに、鬼塚は怒らせるとまずいことになるぞ」
彼の発言のどこかが可笑しかったのか、タバコの煙を大きく吸い込もうとしていたゼロは吹き出してむせ込んだ。
ゼロ「ハッ…! もう既にヤベぇだろ。Destroy殴った衝撃で地球壊れかけたんだろぉ?」
自分の力にかなりの自信がある様子のゼロでも、鬼塚琉蓮には一目置いているようだ。
現時点で地球を一撃で破壊できることが判明している彼が更に強くなる。
それを想像した彼は、あまりのスケールに思わず笑ってしまったのかもしれない。
ブルー「かなり前に観測した地球の逆回転。その逆回転前に、奴は“闘獣”という能力を見せていた」
ヘラヘラと笑っているゼロに、真剣な表情でそう話すブルー。
ゼロ「あ? “BREAKERZ”が結成したのはシバが倒された後だろ? そんで、奴らが能力を使い出したのも逆回転後の話だ。矛盾してねぇか?」
ブルー「分析の結果、何が起こっていたのかわかったんだ。地球の逆回転は……、時間の逆行だった」
首を傾げるゼロに、彼は地球の逆回転について説明し始めた。
ブルーが分析で知ったのは、地球上の時間が戻っていることと、時間が逆行する直前に起こっていた“全能の神が世界中の軍隊とBREAKERZを惨殺した”という事実だ。
人工衛星のカメラの記録などを通して、ブルーは神と人類の戦いの光景を観ていた。
そのときに、怒りで自我を失った鬼塚琉蓮が“闘獣”を発動させ、神を圧倒していたことを目の当たりにする。
ゼロ「ちょっと待て。なら、ほっといても奴らは神に殺されるんじゃないのか? 過去を繰り返してるだけならよ。つか、この前負けたシバも地球の逆回転に巻き込まれたんなら、もう俺らの知っているシバじゃねぇかもな…」
情報に情報が重なって少し混乱したのか、ゼロは片手で頭を押さえる。
対してブルーは、いつも通り冷静で彼の質問に答えていった。
ブルー「未来が変わる可能性もあるから一概には言えない。それに、神が未来で人類の脅威になるのは、神憑を多数抱える“BREAKERZ”がもたらす最大級の不幸という見方もできる。もし、奴らが人を滅ぼす神を呼び寄せるのだとしたら、尚更始末しなければならないんだ。シバに関しては数年前ここを出ていって、報告に上がるまでは行方不明だった。時間が戻らなくても、俺たちの知っているシバではなかったかもな」
短くなったタバコをつまみ、大きく煙を吐くゼロ。
彼はブルーの話を聞いて頷きながら、タバコを消す場所を探している。
ブルー「最近の神憑は不幸を呼び寄せないという報告も上がっていたが…。あの緑の災害が起こった辺り、奴らは僕らと同じみたいだ。…………おい、ここで消すなよ?」
この青みがかった暗い空間に灰皿は存在しない。
タバコを床に押しつけようとしていたゼロは、それを制止されて舌打ちをする。
ブルー「ここからは対策と追跡になるだろう」
タバコを消せなくて苛立っている様子の彼に、ブルーはもう少し話を続けた。
ブルー「確実に殺しきれる準備が整うまでしばらくかかるだろうが、お前もいつでもいけるよう準備をしておいてくれ」
ブルーは全能の神という存在が、直々に災いをもたらす前に始末しなければと考えているが、早急に対処する必要もないとも思っていた。
“BREAKERZ”は“EvilRoid”に対し、死者を出さずに勝利した集団だ。
彼らの周りに災いが降りかかったとしても、自力で捻じ伏せる力がある。
ゼロ「いつでも言え。奴らを殺る準備なんか俺にはいらねぇ」
ゼロはブルーに背中を向け、手を上げながらこの空間を後にした。
彼は1人、青みがかった黒い空間で心にこう誓う。
__我々“LIBERTADORES”は、お前たち“BREAKERZ”を必ず仕留める。
そして……、
この呪いから、いつか自分たちを解放し、自由を取り戻してやる…!
まずは“BREAKERZ”。
お前たちが今後降りかかるであろう災いに対してどう戦うのか……、お手並み拝見といこうか。




