2日目 - 水瀬 友紀④
危なかった。後ちょっと発進するのが遅れていたら死んでいたかもしれない。
一度危機は脱したものの、まだ気は抜けない。鬼たちは追ってきている。
車にも引けをとらない速さ。昨日、僕を追ってきた鬼より何倍も速い。
あれが最高速度じゃなかったのか。そして、この軽トラ遅すぎる!
どんなにアクセルを踏んでもメーターが40キロメートルを超えそうにない!
剣崎「久しいな、水瀬氏。少し見ない間に運転免許を取るとは敬服いたす。普通なら18歳になるまで取れないはずなのだが、飛び級と言うわけか。流石は水瀬氏、優秀であるのだな。そして助けてくれたことに感謝する、ありがとう」
荷台から声をかけてきたのは怜。回りくどく堅苦しい言い回しをするのは相変わらずだな。
生真面目で礼儀正しい良い友達だ。
そんなに褒められると……何かごめん。色々と騙しているような感覚になって申し訳なく思う。
無免許でしかも軽トラは盗んだものだということは黙っておこう。
新庄「安心するのはまだ早ぇぞ。あいつらまだ追ってきてる。後、この車遅すぎんだよ。なんでこんなボロボロなんだよ。こんなんじゃ追いつかれちまう」
今度は金属バットを持った新庄の声が聞こえてくる。
………あ、これはまずいな。地獄の曲がり角だ。
本来ならゆっくり安全に速度を落としてから曲がるんだけど、鬼は空気読まないよね?
じゃあ、スピードを落とさずにドリフト的な感じで曲がるしかない。
「2人とも捕まって!」
曲がり角に差しかかる直前、荷台にいる2人に注意を促した。
おばあちゃんとか小さい子どもとか、頼むから飛びだして来ないでくれよ!
ドリフトの方法なんて知らない。だから、普通にブレーキを思い切り踏み込んで無理矢理ハンドルを切った。
キキィーー!
タイヤが痛ましい悲鳴を上げて、僕はドアに張り付けになる。
新庄「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして、荷台の方から誰かが転倒するような音が聞こえた。
おばあちゃんは飛びだして来なかったし、何とかぶつからずに曲がりきることに成功。
剣崎「流石であるぞ、水瀬氏! やはり飛び級で運転免許を獲得した者は格が違う」
怜、本当にごめん。
新庄「馬鹿やろぉ! 誰か轢いちまったらどうすんだよ! 後、転けて頭打ったぞ!」
頭を押さえて僕を睨みつけている彼がバックミラーに映る。
新庄、彼も一応同じ中学で今も同じクラスだけどあまり話していない。
一度、グループワークで同じ班になったことはあるんだけど何度も名前を聞かれた。
その印象が強くてこっちは面識あるけど多分、彼は僕のこと覚えていないだろう。
後、いつの間にか髪を染めてる。この前まで黒だったけど、今はまさに不良って感じの金髪だ。
不良化が着々と進行している気がする。
剣崎「おい、3歩歩けば忘れるニワトリ男よ」
ニワトリ男? あぁ、名前を何回も聞いてくるからか。すぐに忘れる事への皮肉ってことかな。
剣崎「水瀬氏に失礼であるぞ。たとえボロボロだったり馬力が出なかったりしても、まずは乗せていただいたことに感謝をするべきだ」
新庄「あ? てめぇ、ぶっ飛ばすぞ」
説教と皮肉を聞かされた彼は、眉間にしわを寄せる。
そりゃ面と向かってそんなこと言われたら怒るよな。そんな感じでイジり合えるほどの仲じゃないと思うし。
新庄「俺は“ニワトリ男”とか言う名前じゃねぇ! 新庄篤史だ。2度と間違えんじゃねぇぞ! で、お前ら名前なんて言うんだ?」
…………ええと。これ、ツッコんであげるべき? それとも、本気で言ってる?
本気なら僕の名前、やっぱり覚えてないってことになるな…。
「えっと……僕は、水瀬友紀。前にも言ったことあるから覚えてくれよ」
無難に返しておこう。今はじゃれ合ってる場合じゃない。
バックミラーで彼らを時々見てるけど、その後ろには鬼の大軍が変わらず追ってきているんだ。
剣崎「剣崎怜だ。これで私が君に名乗るのは累計7回。次、聞いてくるようなら私は君に病院へ行くことを勧める。何かしら病気の可能性があるかもしれないのだ」
新庄「マジかよ! じゃ、俺ら知り合い?!しゃあねぇな覚えてやるよ。よろしくな剣崎。水瀬、お前はぐちぐちうるせぇから後でぶっ飛ばす」
多分、それ逆だ。運転している僕が水瀬で君の隣にいてよく喋るのが剣崎だ。
まぁ、後で教えよう…。鬼との距離が徐々に縮まってきている。
幸いなことに、舗装された一車線の道に出ることができた。ただ逃げるだけならしばらく直進で大丈夫だ。
田舎だからって言うのもあるけど、今のところは車1台ともすれ違っていない。道路を走っているのは僕らだけ。
既に学校が始まってるような時間帯なのに不思議だ。
そんなことより、後ろの鬼たちをどう振り切るか考えないと…。
奴らに物理的な攻撃は効かない。基本、逃げる以外の選択肢はない。
どうすれば…。
この状況を打開する良い方法が見つからず焦っていたそのとき、新庄が金属バットを持って立ち上がった。
新庄「おい、車止めろ。ちょっとあいつら潰してくるわ」




