終戦 - 水瀬 友紀⑧
落下してから動き出す様子のないAqua。
意識は取り戻したけど、状況をいまいち把握できていそうにないみんなや、血塗れで意識のない新庄。
仰向けの状態で大の字になって泡を吹いている男虎先生。ショック死してないといいけど…。
そして、水中では動くことのなかったもう1体の小柄で体格の良い“EvilRoid”が起動する。
多量の水が凝縮されている球を持った僕と皇が、彼を見据えていると……、
スッ…!
彼も右手に拳を作って後ろに引き、僕を見据えた。
僕と彼の間には、10メートルくらい距離がある。絶対当たるはずのない間合いで構えてきたということは何かある…?
剣崎「…………! よ、よすのだ!」
あの“EvilRoid”の周りでフラついていた人の1人、怜は彼が拳を作ったことにいち早く気づいた。
僕に対する何かしらの攻撃を止めようと、走りながら“EvilRoid”に手を伸ばすけど多分間に合わない。
彼の右手の拳は虚空に向かって打ち出されようとしていた。
A「1つ良いことを教えてやろう。小林と辻本、あの2人は真犯……」
D「…………!」
地面に這いつくばった状態で僕に何かを伝えようとしたAquaに向かって、拳の矛先を咄嗟に変えた小柄な“EvilRoid”。
ドオオオオオォォォォォォン!!
次の瞬間、鼓膜が張り裂けるんじゃないかってくらいの爆音と共に、奴の周りにいたみんなは軽く吹き飛んで転倒した。
奴が何を繰り出したかはわからない。
唯一わかるのは…。
僕は、奴の拳の先にいたAquaの方に目をやった。
粉々に跡形もなく砕けた銀色の破片が彼の居たところに散乱している。
原型は留めていないけど、あれがAquaだというのは誰が見てもわかるだろう。
本来ならあの攻撃は僕に向けられるものだった。彼は……僕を守ってくれたのか?
奴の攻撃に対する恐怖か、どこか敵とは思えない振る舞いをしていた彼が壊された哀しみからか、僕の身体は小刻みに震えだした。
D「“EvilRoid - Aqua”、なぜその発言を? 貴方の行動は理解不能です。私は動けないながらも貴方の行動履歴を同期して記録していました」
小柄な“EvilRoid”は首を傾げながら突きだした拳を戻す。
D「Aquaは水中最強。手を抜くことがない限り、水で校内を囲った時点で瞬殺できたはず。何か不具合でもあったのでしょうか?」
大勢の能力持ちに囲まれているのにも関わらず、かなり余裕そうだ。
戻した拳を僕やみんなに突き出すことはせず、奴は淡々とそう語る。
間違いない、この態度を見て確信した。
奴には琉蓮の特質が刷り込まれている。“BREAKERZ”最強の特質を持っているから余裕なんだ。
そして、さっき軽く吹き飛んだみんなも、奴をじっと見ているだけ。
今奴は隙だらけで絶好のチャンスなはずなのに、誰1人向かっていこうとはしない。
琉蓮に似ていて顔面が酷く腫れ上がっている40代くらいの人は、両手に拳を握って奴を睨みつけている。
攻撃の機を窺っているのは強そうなこの人だけだ。
僕がいない間に何回か戦ったんだろう。そして、勝つことは疎か傷1つつけられなかった。
右手にある凝縮された水の球がひんやりしているのを感じる。
ここにいるのは、“BREAKERZ”総勢 (樹神のブロッコリーを含む)だ 。
それに加えて、強そうな40代の人と、水中戦になる前からも戦っていたと考えられる男虎先生や謎の術を使う御門さんもいる。
この総勢力でも倒せなかったってことを考えると、もう打つ手はないんじゃないか?
D「まぁ、良しとしましょう。私が全ての抹殺対象者を殺せば問題ありません。Aquaも他と同じく役に立たなかった。ただそれだけです」
奴が考え始めてから十数秒。
小柄な“EvilRoid”はそう言って、目の前に立っていた僕を見る。
奴が動き出すことをみんな察知した。何か言葉を発することはないものの、顔を引き攣らせながら身構える。
どうすれば良いんだ…? 校内を囲った水を回収するまでは良かった。
だけど、こんな奴を倒す手段や作戦なんて到底思いつかない。
ワンチャン同じくらい強そうな琉蓮なら倒せるか?
でも、彼は見た感じ、みんな以上にビクビクしていて戦うなんて無理だ。
考えろ……考えろ……この状況を打開できるような何か秘策を…!
ポンッ
皇はいつも通りニヤニヤしながら、何か良い方法はないかと考える僕の背中を軽く叩いてくる。
そして彼は奴に聞こえないよう、小さな声でこう言った。
皇「頼むぜ、新人くん♪」
そして、彼はこちらを見ている奴を見据える。
頼むって、いったい何を?
皇「随分と余裕ぶってんなぁ、Destroy。油断してると、俺みたいな奴に足元掬われるぜぇ♪」
D「油断禁物ですか。それは私から見て弱者に位置する地球上の全生物に適用される言葉であり、その気になれば拳1つで惑星を粉砕できる私には当てはまりません」
小柄な“EvilRoid”はどうやらDestroyというらしい。
英語で破壊という意味。最強の特質を有している奴にぴったりな名前だ。
皇は脇腹の傷口を押さえながら、Destroyを中心に弧を描くように歩き出した。
奴の視線は歩く皇をしっかりと捉えている。
皇「油断している上に傲慢なナルシかよ。頭の花畑に蛆でも湧いてんのかぁ?」
D「時間稼ぎですか? それに機械である私に貴方の愚劣な話術は通用しません」
無防備なDestroyを煽り倒す皇。
そんな彼を奴はずっと目で追っている。ちょうど奴の横を大回りに通りかかったときには、身体ごと動かして。
煽りや言葉に乗せられないとは言いつつも、Destroyは彼に釘付けになっていた。
奴が気づかないほどさりげなく、皇は注意を引きつけているってことか。
皇「そんな大したものじゃねぇ。どっちが先に気づくかで勝負は決まる」
D「“どっち”……とは?」
皇「さぁな♪ まぁ、それまで楽しく話そうぜぇ♪」
いつものようにニヤけながらそう話す皇を追い続け、僕に完全に背を向けたDestroy。
僕と皇の間に、奴がいるという形になった。
考えろ、彼は僕に何を求めている?
僕らを殺そうとしたDestroyの注意を引くために、彼は身体を張っている。
詳細を僕に話す暇はなかった。そんな悠長なことをしていたら、僕らはもうとっくに殺されていただろう。
だけど、これはほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。
少しの沈黙が流れた後で、Destroyはこう言った。
D「分析する価値のない会話と判断しました。抹殺を実行します」
皇「良いのかぁ!? 気づいてねぇのにそんなことしてぇ!!」
珍しく焦りの表情を見せて、声を大きく張る皇。
彼の言動がヤバい状況だということを物語っている…!
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……!!
Destroyは自身の身体を大きく捻る。
何をしてくるのか僕にはわからないけど、一撃で学校を消し飛ばす威力であってもおかしくはない。
壮蓮「ぜ、全員逃げろおぉぉ!」
みんなが固まって動けない中、強そうな40代の人が奴に向かって走っていった。
身を捻ったDestroyに対し、彼は拳を大きく振りかぶる。
ドゴオォッ…!
しかし、その拳が振り抜かれる前に、体勢を戻したDestroyの拳があの人の腹に食い込んだ。
壮蓮「ぐ……は………!」
彼の身体は凄まじい勢いで後方に吹き飛び、転がりながら地面を深く抉る。
ただ殴っただけでこの威力…。
でも、あの人も丈夫だ。腹を抱えて蹲っているけど、大きく傷を負った様子はない。顔面は元からボコボコだった。
琉蓮「お父さん!!」
吹き飛んでいったあの人に琉蓮は、声を上げながら手を伸ばす。
やっぱり彼のお父さんだったんだ。似ているから何となくそうだと思った。
そんなことより、考えないと…!
みんなと戦って、ある程度分析できているDestroyが気づけない要素…。
奴は琉蓮のお父さんを吹き飛ばした後、横目で僕のことを見ていた。
そして、再び大きくを身を捻ろうと身体を動かす。
皇「ハッハァ♪ やっと気づいたかぁ、日下部えぇ!」
それに対し、大げさに両手を広げて大きく笑う皇。
名前を呼ばれた日下部は、皇よりも更に後方にいる。
突然呼ばれた上に、心当たりもない日下部は動揺していた。
日下部「違うよ、皇。僕はシリウスだ」
シリウスと名乗る日下部は、きょとんとした顔をして首を傾げる。
全く気づいていない様子のDestroyは、皇の言葉を聞いて振り返り拳を作った。
わかった…。いや、わかってない…!
でも、もうこれしかないんだ!
背中を向けたDestroyに僕は、手に持っている水の球を突き出した。
さっきと同じく、必要な水の法則や数式をピックアップし思い浮かべる。
そして、清らかな心で…!
“__水よ、お願いします。凝縮された全ての水で奴の身体を隙間なく覆ってください!”。
ドバアアァァァァ!!
凝縮された水の球から、大量の水が数本の太い線状となって拡散し、拳を振り抜こうとしていたDestroyに迫っていった。
この水を見て、ニヤけるのではなく安堵の表情を浮かべる皇。
勢いよく迫ってきた水の音に反応したのかDestroyは咄嗟に振り返る。
D「何故、水を…? まさか、継承したのか…!」
迫り来る多量の水を目の当たりにした時に発したこの言葉が、奴の最後の発言だった。
Destroyに向かった透明の水は、奴の身体に直撃し、勢い余って水しぶきをあげる。
そして、学校の敷地内を覆うほどの多量の水は1滴も零れることなく、奴の身体の隙間に入っていった。
学校が沈んでいた時と同じように直立不動になるDestroy。
と、止まった…。
緊張が解けた僕は、突き出した手を下ろしてその場にへたり込んだ。
皇「はぁ、だから言っただろぉ? 足元掬われるぜって。最強ってのは脆くてすぐに瓦解するんだよ」
そう言って、得意気な顔をする皇。彼も緊張が解けたのかいつもの調子を取り戻す。
冷静になってから、Destroyの弱点に僕は気づいた。
皇「動けなかったって公言した時点で勝負はついていたぜ。伝える余裕があればもっと楽勝だったな」
彼の言うとおり、DestroyはAquaを破壊した後、うっかり弱点を話してしまっていたんだ。
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D『“EvilRoid - Aqua”、なぜその発言を? 貴方の行動は理解不能です。私は動けないながらも貴方の行動履歴を同期して記録していました』
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まぁ、僕が“水の理”を使えるとは思ってなかったんだろうけど。
継承が何とかって言ってたから、もしかすると清らかな心とか関係なく、僕は水を操れるのかもしれない。
僕自身まだよくわかってないのに、すんなり扱えたのが不思議だ。
僕が水を操る直前に、皇が日下部を呼んだのは完全なブラフだった。
Destroyの注意を僕から完全に逸らすため。奴がこちらを見ている状態で水を放ったとしても、強力な一撃で相殺されるか避けられていたと思う。
皇「さて、全員離れろよ。こいつを完全に破壊するからな」
彼はそう言いながら、琉蓮の方へ向かっていく。
それに対し、他のみんなは僕の元へとやって来た。
ゴリラの姿から人に戻っていく陽。
ボロボロになった刀の鍔を持った怜。
意識のない新庄を担いで、涙を浮かべながらやって来る的場。
静かに地面に戻っていく巨大な赤いブロッコリーたち。
多分シリウスが乗り移っている日下部と、陰陽師みたいな服装の御門さんは向こうで待機するみたいだ。
そして、いつもと変わらない表情の朧月くんは気づけば僕の隣に…。
剣崎「水瀬氏、ありがとう。私たちは生きのびたのだ」
憔悴しきった様子の怜だけど、僕にお礼を言って穏やかに微笑んだ。
的場「すまん……すまんの、篤史」
的場はか細い涙声で謝りながら、背負っていた新庄を優しく地面に寝かせる。
的場「あいつ、あんなに強いのに……お前1人で戦わしてしもた。正直ビビっとって助けに入れんかったし、入っても邪魔にしかならんて思った」
起きる気配のない新庄を見つめる的場の目から涙がぼろぼろと地面に落ちた。
彼に釣られて、僕も目頭が熱くなる。
的場「俺は……友達失格じゃ。守れんかったんじゃない。ビビって守ろうとせんかったんじゃ…! 篤史が血塗れになって流血しとっても……俺は…………」
そこまで言って、彼は言葉を失った。両手に顔を埋めて静かに泣いている。
僕の目からも熱い涙が頬を伝った。
彼との記憶が蘇って、胸がいっぱいになる。
最初は金属バットを持ち歩く危なっかしい不良で、同じクラスだけど関わりたくないと思っていたんだ。
だけど、実際はそうじゃなくて情に厚いいい人だった。
慶のことなんて知らないはずなのに、一緒に着いてきてくれて戦ってくれた。
羽柴先生にみんなが殺されそうになった時も、身体を張って守ろうとしてくれたよな。
その後、停学になってしばらく会ってなかったけど…。久しぶりの再開がこんな形になるなんてあんまりだ。
手の甲で何度目を擦っても、止まらない涙のせいで僕の視界はぼやけてしまった。
とんっ
両膝を着いてずっと泣いている的場の肩に怜の手が優しく置かれる。
剣崎「的場氏、それは私も同じである。彼が1人でDestroyと戦っている時、私も何かできないかと考えた。だが、折れた刀では何もできないと考える内に、その無力感は恐怖心へと変わり、私の身体を凍りつかせたのだ。こう考えることもできる。私たちが新庄氏を守れなかったのではなく、新庄氏が最強の敵から、それもたった1人で私たちを守ったのだと。謝りたい気持ちは大いにわかるが、新庄氏としては感謝の言葉を聞きたいのではないだろうか」
いつも通り長々と話す怜だけど、彼の目からも涙が溢れている。
朧月「僕も…………同じ………」
表情は変わってこそないけど、彼も悲しんでいるに違いない。
みんな、気持ちは同じだ。友達が急に亡くなったら、誰だって悲しい。
皇「バカヤロー、死んだていで泣くんじゃねぇ。そいつは死なねぇ。俺の直感がそう言っている。泣くにしても、鬼塚が奴をぶっ壊した後にしろ」
目を細めている皇はこちらを見ることなく、動かなくなったDestroyを見つめながらそう語る。
同時に、彼の隣にいた琉蓮は強く拳を握り、ゆっくりと奴に向かって歩いていった。
ザッ……
自分と身長が同じくらいのDestroyの前に立ち、震える拳を顔の辺りまで持ち上げる。
皇「さぁ、終わらせようぜ。罵詈雑言、奴に言いたいことを言いまくってからぶん殴ってやれ」
皇の言葉を聞き、身体を強く震わす琉蓮。
この戦いは僕が戻ってくる前から続いていたんだ。
きっと長かっただろう。みんな満身創痍になりながらも戦い抜いた。
最後に残った最凶の敵“Destroy”を倒して、この戦いに幕を閉じるんだ…!
“言いたいことを言っていい”と言われた琉蓮は…。
鬼塚「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ズドオオオオオォォォォォォン!!
言葉を発することはなく、グラウンド中に響き渡る雄叫びを上げながらDestroyの頭を打ち抜いた。
頭部に潜んでいた球状のものも、粉々に砕かれる。
そして、彼の本気のパンチと共に発せられた爆音と衝撃波が僕らに降りかかった。
耳を劈くこの音と、大地震を彷彿とさせる衝撃に、僕らは思わず耳を塞いで転倒する。
これが琉蓮の本気。普段の優しい彼からは想像もできない威力だった。
ーー
何も語ることなく拳を打ち抜いた鬼塚琉蓮。
彼は怒りの余り言葉にすることができなかったのだ。
萎縮してまともに戦えなかった自分に対する怒り、父親や友人を傷つけたDestroyに対する怒り。
これら2つの怒りによって。
そして……。
ーー
シリウス「…………! この力は……まずい! 名も無き放屁よ!」
琉蓮の打ち抜いた拳の先にいるシリウスは、両手を勢いよく広げながらそう言う。
次の瞬間、彼は苦しそうな表情を浮かべながら全身を強ばらせた。
彼が何をしているのかはわからないけど、グラウンドの揺れが収まらない今、異常事態が起こっているのは確かだ。
収まるどころかどんどん揺れが強くなっていく。両膝を着いた状態から立ち上がることができない…!
皇「バカヤロー、そんなの放っておけ! この町に誰1人いやしねぇ。文月があのクソキモい世界に転送してるからな。町が壊れても死人は出ねぇんだよ!」
何のことを言っているんだ?
もしかして、この揺れは琉蓮のパンチの反動だっていうのか…?
それをシリウスはオナラか何かの力で、何とかしようとしているってこと?
シリウス「君はわかっていない。この力の威力を…! ここで止めなければ、地球は崩壊する! 僕の後方にある建物が吹き飛ぶ程度じゃすまない。この衝撃波は地球全域を巡り、瞬く間に粉砕するだろう。だから、どうにかして止めないと…!」
鬼塚「え? ぼ、僕の……せい?」
そう言って額に汗を滲ませ、歯を食いしばるシリウスと、こんなに揺れてるのにも関わらず直立している琉蓮。
シリウスは何かしらの力で立っているのかもしれないけど。琉蓮、君の体幹はどうなっているんだ?
シリウス「うおぉっ…! 誰か力を操れる者はいないのか! 物理的な力を強弱関係なく自在に加えられるこの放屁ですら相殺できないんだ。協力して、衝撃波を宇宙へ逸らさないと地球は終わる…!」
唸り声を上げたシリウスは、僕らに協力するよう呼びかけた。
だけど、僕が知る限り、この場に力を操る系の特質持ちや神憑は1人もいない。
御門「はぁ協力するわよ、邪神ちゃん」
激しい揺れの中、巫女の姿に変身した御門さんが錫杖を着いてふらふらと立ち上がった。
そして、シリウスの隣にいる彼女は、錫杖を地面に着けたままゆっくりと前に突き出す。
良かった、御門さんの能力を詳しくは知らないけど、衝撃波を何とかできるかもしれない。
シリウスも同じことを思ったのか少しホッとした表情を浮かべた。
シリウス「僕の呼び名は、シリウスかファントムにしてくれるかい? これ以上増えるとややこしいからね」
落ち着き払った口調を取り戻した彼は彼女を見てニヤリと笑う。
そして、すぐに前を向いてかっこよくこう言ったんだ。
シリウス「さぁ、長い1日を終わらせようか」
希望溢れるこの言葉は、両膝を着いて立ち上がれない僕らを勇気づけたと思う。
泣いて目が赤くなった僕らは地球の命運を2人に託した。
…………。
心なしか揺れが収まって……
来てないじゃないか。
どんどん縦揺れが激しくなってきてるんだけど…。
シリウス「御門、君が錫杖を突き出してから何も変わってない気がするんだけど?」
振り向く余裕すらなくなったシリウスは、前を見据えたまま彼女に話しかけた。
何か嫌な予感しかしない。
御門さんはシリウスの方を向いて申し訳なさそうな顔でこう言った。
御門「でしゃばっちゃった。私、物理とか力は専門外なの…」
シリウス「…………」
シリウスが乗り移っている日下部は、虚ろな目をして前を見ている。
つまり、彼女はただかっこつけただけってことかな?
えっと、つまり……、彼女が立つ前と後で何も変わっていないということなのか…?
ゴゴゴゴゴ……!
揺れは激化し、地鳴りの音が反響する。
シリウス「うわああああぁぁぁぁぁ!」
御門「きゃああああぁぁぁぁぁ!」
どうにもならないと諦めたシリウスの絶叫と、お化け屋敷から聞こえてきそうな御門さんの高い声が木霊した。
皇「あの女、この状況を愉しんでいる? 狂ってやがるぜぇ!」
いつもふざけた調子の皇も、地球滅亡の前では真剣だ。
シリウス「そ、そうだ! 御門、さっき思念を質量に変えたみたいに力を思念に変えて操れないかい?」
御門「な、なるほど。やってみるわ…!」
何かを思いついたかのような顔をするシリウスの発言に対し、彼女は頷いた。
思念を質量に…? 現実的じゃない話だけど、そういう能力を使うのか。
御門さんは地面に着けた錫杖にぐっと力を込めて握る。
御門「変術……名前ないけど、力を思念に転換……!」
そう言い放った彼女の持つ錫杖の先端は、あの時のように白く光り始めた。
変わらず揺れは収まらない。だけど、焦りまくっていたシリウスの表情に少し余裕が生まれる。
御門「転換……できているわ。全部は無理だけど」
シリウス「大丈夫、お陰で負担は半減した。これなら上に逸らせる!」
希望が見えてきた。大地震を伴う衝撃波を宇宙に逸らす目処が立ったみたいだ。
頼む……! シリウス、日下部、御門さん。
僕らの地球を救ってくれ!
シリウス「タイミングを合わせよう。せーので上に逸らすんだ」
御門「いつでも良いわ!」
両手を広げたシリウスと、白く光る錫杖を突き出している御門さん。
シリウス・御門「「せーのっ…!」」
2人で一緒にかけ声を上げてから、彼らは動き出す。
シリウス「おおおぉぉぉぉぉ!!」
御門「あああぁぁぁぁ!!」
両手の平を上に向け頭の上まで持ち上げるシリウスと、地面に着けていた錫杖を両手でしっかりと握り、真上に振り上げる御門さん。
ドオオオオオォォォォォォン!!
さっきと同じような爆音が聞こえた瞬間、揺れは徐々に収まっていった。
相当な負荷がかかっていたのか、絶叫しながら衝撃波を逸らした2人はバランスを崩し、背中を地面に打ちつける。
大きな揺れは小さくなっていき、僕らも立ち上がれるようになった。
2人とも気を失ったのか、仰向けに倒れたままで、起き上がることはなかった。
ーー
日下部雅に乗り移っていたシリウスと謎の術を使う御門伊織が命懸けで逸らしたのは、地球を粉砕する威力を有する衝撃波。
それが向かった方向にはちょうど月があり、地球の代わりに跡形もなく砕け散ったのだ。
衛星である月を失った地球には、様々な変化がもたらされると考えられている。
月が消滅したことに政府が気づき、地球に起こり得る問題を懸念するのは少し後の話だった。
ーー




