水中戦 - 水瀬 友紀⑦
皇『奴をよく見て学べ。あれは……、お前の特質だぜぇ♪』
彼の発言を聞いて、僕は男虎先生とAquaの戦いに目を向けた。
距離を詰めて殴り合いを続けている1人と1体。
皇に水のレーザーが当たってから、彼はほとんど水を操っていない。
強いて言うなら、拳に水衝という技を乗せているくらいだ。
水の理……、水を自在に操るAquaの能力。
あれが、僕の特質だって言うのか?
皇『まぁ、方法はじっくり考えろ。男虎はそう簡単にはくたばらねぇ。ただ、グラウンドに足は着けておけ』
一緒に戦いを眺めていた皇はそう言って、グラウンドの方へ泳いでいく。
僕もAquaの攻撃がこっちに飛んでくることを警戒し、時々振り返りながら皇と共に地面に向かった。
確かに男虎先生は強いし、体力もあるからすぐにバテたりはしないと思う。
だけど、あのペットボトルの中にある酸素がなくなれば先生の負けだ。
息を止められるのは長くても2分程度。それもじっとしている前提の話。
あれだけ激しく動いていたらすぐに限界が来る。
皇が言うほど、僕らに余裕はないんだ。
僕らは手足を上下に動かしてグラウンドまで行き、地面に足を着けた。
彼は地面に差し込まれていたペットボトルを1本掴み、咥えていた方のペットボトルと差し替える。
皇『これで俺はしばらく大丈夫だ。傷も押さえとけば何とかなるだろ。後はお前に任せたぜ。この鬱陶しい水をどうにかしろ』
皇の言うとおり、彼はしばらく大丈夫そうだ。傷が悪化しないか心配ではあるけど。
皇の足元にはまだいくつかのペットボトルがある。酸素がなくなれば今みたいに入れ替えればいい。
問題は、男虎先生の方…。
僕は皇から上で戦っている先生に目を移した。
早く……この水を何とかしないと。
Aquaも言っていたように、彼は僕を基に造られている。
皇『これは直感だが、あいつは水中でしかイキれねぇ野郎だ。水がなくなれば奴は勝手にくたばるぜぇ♪』
ペットボトルを咥えた状態でニヤける皇。
多分、わかったと思う。
Aquaもそうかもしれないけど、僕は今まで学んできた水の法則全てを把握している。
Aquaの能力は、神憑が使うような常識や科学を逸脱した異能じゃない。
どちらかというと、特質に近いもの。
そもそも、“EvilRoid”自体が“BREAKERZ”から奪った特質を搭載した機械なんだ。
学校を囲う水の結界、水の衝撃波、水のレーザー、水圧の調整に、水の壁。
Aquaが繰り出したこれらの技は、全て水の法則や公式に則っている。
そして、彼が技の名前を口にした瞬間、その技を実現するための法則が構築されて、形になっているんだ。
問題は任意の法則をただの水にインプットさせている仕組みだ。
頭で法則や公式を思い浮かべただけで水を操れたら苦労なんてしない。
男虎『はぁ……はぁ……。ペットボトル、ずっと咥えるのキツい! 顎痛めそうだ…!』
A「もう体力の限界か。水を舐めてかかるからだ」
息を荒げながらも構えを崩さない男虎先生に対し、いっさいダメージを負っていない様子のAquaはそう言った。
知識だけで水を操れるのは、彼が機械でそういう機能を持っているから?
だとしたら、Aquaの技は特質じゃなくて機械的な性能ということになる。
僕の中に潜んでいる特質を使っているわけじゃないんなら、あんなことは到底できない。
彼が水を操れることに特質の有無は関係ないんだ。
Aquaは地面に足を着けた僕らを一瞥してから、男虎先生を見据える。
A『水はいつだって中立だ。人や生物に恩恵を与えることもある。水がなければお前ら人間は繁栄しなかっただろう。その恩を忘れて感謝をしないお前らに、時折水は牙を剥く。津波、洪水、干ばつ、止まない多量の雨となって。食物連鎖の頂点に立ったくらいで思い上がるなよ』
構えはしっかりと取れているけど、全く仕掛けない先生に向かって淡々とそう言い放つAqua。
先生に攻撃をする体力はもうない。
今のAquaの発言、僕に対するヒントなんだろうか…?
だとしたら、本当に悪いと思う。
僕は空に向かって、頭上に手を翳した。
僕の考えていることが正解なら、Aquaは僕らに負けるだろうから。
皇『ハハッ、わかったか。今ので俺もわかったぜぇ♪ クッソ胡散臭ぇがな』
Aquaを見上げてニヤリと笑う皇。
多分、彼も僕と同じことを考えているんだろう。
空に向けたこの手の平の上に、校内全体の水を集束させ、ボール1個分くらいに圧縮する。
それが僕の狙いだ。
皇『まぁ、お前だけで無理なら俺も協力してやるぜ。巧みな話術を使いこなす俺がな♪』
「うん、ありがとう」
手伝ってくれようとしている彼に礼を言って、僕は空に翳した手の平に意識を集中させる。
この手に水が集まってくるにはどんな法則を働かせれば良いのか。そして、確実にみんなを助けるために手の平サイズに水を凝縮するにはどうすれば良いのか。
今までに記憶した水に関する知識や法則、幾多の数式が僕の脳内を駆け巡る。
その中から必要なものをピックアップし、手の平に強く思い浮かべた。
ここまではAquaじゃなくても、知識があれば誰にでもできることだ。
彼はこの思い描いた内容を、実際の水で再現している。
普通の水に法則や数式をインプットをさせて思い通りに動かす方法。
僕と皇が出した結論は…、
皇『さて、交渉の時間だぜ』
清らかな心……だった。
今の彼の発言的に、僕が思っているのとは少し違ったみたいだけど。
まぁでも、することはほとんど同じだと思う。
凄く馬鹿らしく感じるかもしれないけど、僕にできるのはこれしかない。
水に意思があると仮定して、協力してもらうように清き心で訴えかけるんだ。
これは、さっきのAquaの発言から思いついた考え。
“水は基本的に中立だけど、人が水から受けた恩恵を粗末にすると、時折水害となって牙を剥く”。
彼は、まるで水に意思があるかのようにそう言った。
水自体に意思や自我があるという科学的根拠は全くもってない。
だけど、本当は人を殺したくなくて自分を止めて欲しいAquaがそう言ったということは、何かヒントが隠されているかもしれないんだ。
どうやって水に語りかけるのかはわからない。
僕は手の平に思い浮かべた水の法則や数式に意識を集中させながら、自身の想いを伝えた。
“__水よ、もし意思があるのなら応えてください。力を貸してほしいんです。僕はこの手で友達を守りたい”。
…………。何かが起こる気配はない。
それが当たり前ではあるんだけど。
皇『いやぁ、あんさん、むっちゃ透き通ってますねぇ。水界隈のべっぴんさんですなぁ♪ 吉波川の水なんて濁りまくってて見るに堪えませんよ』
手でゴマを擦りながら、この透き通った水を褒めちぎる皇。
みんなを救う僅かな可能性に賭けて、彼も協力してくれている。
やっぱり、ちょっと僕と考えていることと違う気はするけど…。
2人で必死に訴えかけても水に変化はない。
A「そろそろ終わりにしよう。どう考えてもお前は俺を倒せない」
ドオォン……バキッ……
Aquaは疲労して構えることしかできなくなった男虎先生に接近し、尻尾でペットボトルを薙ぎ払って粉砕した。
男虎「んーっ! んーっ!」
ペットボトルを粉砕されて息のできなくなった先生は、目を剥いて自身の胸をどんどんと叩く。
まずい…! このままじゃ本当の本当に死んでしまう…!
てか、男虎先生にだけ当たり強くない?
僕らを殺す気はないのに対し、先生には容赦がない。
苦しみながら徐々に沈んでいく男虎先生から距離をとったAquaはこう言う。
Aqua「最期に見せてやる。これが俺の力の……真骨頂だ」
なんだ……あれは……。
Aquaが両手を広げると同時に、周囲の水がある生物を象った。
その巨大な生物の姿に、僕は戦慄する。
鋭い爪の生えた手足に対して蛇のように長い胴を持つ巨大な龍の姿。
両手を広げているAquaを自身の長い胴で守るかのように囲っていた。
巨大な水の龍は大きな口をゆっくりと開けていく。
大きく開いた口から、限界まで圧縮していると思われる白い水の球体が現れた。
どんどん大きくなっていく白い球体。
Aquaはニヤリと笑い、男虎先生を見据えてこう言った。
A「水の理・海神龍“海龍滅衝弾”」
あれが発射されたら男虎先生はもちろん、僕らもどうなるかわからない…!
巨大な龍から繰り出される絶大な破壊力を持つと思われる水の弾。
皇『あぁクソ…! 俺の運も尽きたかぁ? 迷信はどう頑張っても迷信ってことかよ』
“__頼む、応えてくれ!”。
自棄になってそう言い捨てる皇の隣で僕は水に訴え続けた。
“__苦しい時の神頼みじゃない。僕は君とずっと……ずっと向き合ってきたんだ”。
変わらず水に変化はない。
見据える自分の手の平の先で、水の龍の口から圧縮された水の弾が放たれようとしている。
“__あいつは君を利用して人を殺そうとしている。お願いだ、僕はどうなっても良いから……、力を貸してくれ!”。
ついに龍の口から巨大な水の弾が発射され、男虎先生に襲いかかっていった。
それを冷徹な目で見つめるAquaと、窒息しながらも咄嗟に顔を伏せ、手で頭を覆う男虎先生。
そして……、
咥えていたペットボトルを捨て、史上最高レベルにニヤける皇。
巨大な龍と水の弾は、先生に当たる直前に跡形もなく消滅した。
水が……僕の想いに応えてくれたのか?
命中はしてないけど、ショックが大きすぎたのか気絶して沈んでいく男虎先生。
辺りを見渡して龍が消えたことを確認したAquaはこちらに振り向き、少し微笑んだ気がした。
A「それが正解だ、水瀬友紀。水は万物の心に呼応する。それが生物じゃなくてもな。お前が努力で培った能力“水の理”を返還及び継承しよう」
彼がそう言い終えると同時に、学校全体を囲っていた水が僕の手の平に集まってくる。
集まってくる全ての水は、僕の手の平の上で収縮していき、片手で持てるくらいの球に収まった。
皇の予想通り、地上では動けないのかAquaは落下して横たわったまま動かない。
グラウンドで意識を失っていたみんなも目を覚まして、頭を押さえていたりフラついたりしながらも立ち上がっていく。
ウィーン……
そして、水中では直立した状態で動かなかったもう1体の“EvilRoid”から起動音が聞こえてきた。
その音を聞いてか、ニヤけていた皇は打って変わり、真剣な表情になる。
皇「さて、今度こそ奴を仕留めるぜ」




