凶敵 - 文月 慶⑭
皇『作戦とか戦法とか、そんな大それたものじゃねぇ。やることは至ってシンプルだ』
稲妻を纏った新庄とDestroyが打ち合っている中、奴は広げた腕を下ろしながらそう言った。
金属と金属がかち合う音と、それと同時に響く雷鳴がグラウンドから絶え間なく聞こえてくる。
この戦いに手を出せる者はいない。
特質を使えない剣崎、人間に戻った獅子王、弾を切らした的場。
そして、何かあればすぐに投薬しようと、注射器を両手に持って傍観している朧月。
彼らがDestroyに応戦したところで瞬殺されるのが目に見えている。
彼ら自身もそれをわかっているから、ただ立ち尽くして新庄を見守ることしかできないんだろう。
ちなみに保険室内でうろうろしている不知火と、爆睡している樹神は健在だ。もちろん、気を失っている辻本と小林もな。
「わかった。手短に話せ」
僕は耳に手を当ててニヤついている皇に、小型カメラを介してそう伝えた。
今のところ、金属バットに流れている電気の相性が良いお陰で押し勝ってはいるが。
Destroyの装甲に損傷はいっさい無く、新庄がバテるのも時間の問題。
あいつが動きを止めたら最後、奴の破壊的な一撃を間近で喰らい、跡形もなく消し飛ばされてしまうだろう。
皇『ハッ…、手短も何もたった一言で済むぜ。“全員であいつの動きを止める”。ただそれだけだ』
皇は真っ黒になった自身の服を払いながら、そう言う。
何おかしなことを言っている? このグラウンドにいる奴らを何とか死なせずにここまで来た。
まぁ、助けに来てくれた親と先生は残念な結果になってしまったが、それでも僕ら生徒はほぼ無傷で生きている。
「お前は全員で仲良く死ねと……そう言いたいのか?」
皇『ヒャハハ♪ そのひねくれ具合、俺に対する信頼の無さ。やっぱりモノホンは違うぜ、文月ぃ♪』
僕のイラ立ちのこもった皮肉に対して、皇は嗤いながら即答した。
皇『俺が欲しいのは死じゃねぇ、安心感だ。絶対に失敗しないという安心感があれば、俺たちの王様は重い腰を上げて拳を振ってくださるだろうよ♪』
そう言って皇が指さす先には、酷く落ち込んで蹲っている鬼塚が。
鬼塚『…………え? 僕のこと?』
頭を上げて自分の顔を指さす鬼塚。
鬼塚以外の全員で押さえ込むことで、彼が攻撃を外して味方を殺してしまわない状態を作り出すということか。
確かに動き回るDestroyに、鬼塚が闇雲に王撃を放てば、全員無事じゃすまないだろう。
それを懸念する鬼塚は戦いに参加できない。
だが、的が動かなければどうだろうか?
奴に確実な一撃を当て確実に破壊できる上に、巻き添えを喰らう者もいなくなる。
皇『あぁ、そうだ。止まった奴の顔面に本気の一撃をぶっ放す。止まっていたら、外すことはねぇだろうし、俺たちを巻き込む心配もねぇよな?』
説得する皇の言葉に戸惑いながら、新庄とDestroyの打ち合いに目をやる鬼塚。
そんな彼に、皇は続けてこう話す。
皇『どうか守ってくれ、王様。安心安全に守れるように俺たち平民がフォローアップしてやるぜ! だから鬼塚、いつでも殴れるよう立って準備しておくんだ』
酷く落ち込んでいると思われた鬼塚だったが、自信のなさそうな顔をしながらもコクリと頷いて立ち上がった。
あいつ、戦いに消極的すぎる鬼塚を簡単に……。
だが、この方法には大問題がある。
「力の差はどう埋める? この町の全住民でかかったとしても、奴を押さえられるとは思えないんだが…」
模造品とはいえ、Destroyは鬼塚の特質を有している。
あいつを僕らが丸腰で止めにかかるというのは、重戦車を生身の人間1人で食い止めるくらい無謀かつ無意味なことだ。
皇に何かしらの思惑があるのかと思って聞いたが、彼は顎に手を当て、まさに今考えているといった素振りをした。
皇『そうだなぁ♪ お前、電話かけてきたとき、“察しろ”って言ったよなぁ?』
遠目で見えないが、口調からしてあいつは恐らく悍ましい笑顔を作ったに違いない。
そして、一拍置いて奴は僕にこう言った。
皇『俺も言わせてもらうぜ。文月…、信じろ』
信じろ……か。
彼の無鉄砲な発言に、少し考えたが…。
「わかった、お前の直感を信じてやろう。ただし、この信頼を裏切れば末代まで恨んでやる」
今までの直感の実績を考えて、僕はそう答えた。
皇の直感は、特質レベルに値すると考えて良いだろう。ただ、この直感が外れたら僕らの命はない。
だが、どのみち何もしなければ新庄が負けて、鬼塚以外は手も足も出せずに殺される。
これ以外に良い方法が思いつかないのなら、もうやるしかないんだ。
皇『あぁ、好きに恨めよ♪ ここで死んだら末代もクソもねぇがな。やれ、文月。全員に死のアナウンスと行こうじゃねぇか!』
皇が言った通り、僕はイヤホンに手を当て、グラウンドにいる剣崎たちに伝えようと思ったその時だった。
ガキンッ! ドゴオォッ!
鈍い打ち合いの音が響く中、何やらDestroyが呟いている?
金属バットに流れる電気で怯むせいで、奴は新庄にまだ一撃も与えられていない。
D『装甲に損傷はないものの、現状では抹殺を遂行することは困難と判断…』
新庄の攻撃を金属製の腕で受けながら後退するDestroyの言葉が鮮明に聞こえ、僕はその内容に戦慄した。
D『テキストデータ“文月の手帳【 ver3.0 】”より直ちにインストール可能な特質及び能力を検索開始…』
同時に珍しくおどおどとし始める皇。
皇『おい、やっぱりさっきの言葉はなしだ。嫌な予感しかしねぇ』
Destroyの呟きには全く意に介さず、新庄は金属バット“轟”をひたすら振り続けている。
D『該当2件の内、1件をインストール開始……完了』
新庄『あぁ、しぶてぇな! いい加減くたばれぇ!』
損傷率0%は変わらず…。
ここでただ殴られ続けて反撃ができなかったDestroyの様子が変わる。
奴は絶え間なく自分に振り続けられる金属バットを、手の甲で受け止め払いのけた。
新庄『おっと…!』
見かけ以上に反動が強かったのか、足をフラつかせながら後ろに下がる新庄。
ウィン……ガチャ………
距離が離れた彼に対し、Destroyは払った手を機械的な動きで腰の辺りまで持っていき、手の平を上に向けた。
僕はその動きや構えを見て、奴が何をインストールしたのかを理解した。
あれは恐らく…、
D『妖瀧拳・石穿雫突』
奴は腰の横に持ってきた手を新庄のいる方に向かって直線的に突き出した。




