総力戦 - 獅子王 陽⑥
秘策その1.僕と的場を囲った状態で増殖体に突っ込む。
男虎「うおおぉぉぉぉぉ!!」
僕と的場の前にいた男虎先生の雄叫びを皮切りに、僕らは増殖体の群れへと駆けだした。
男虎「龍風拳!」
そして、先生は目の前にいた1体に向かい、手首を捩りながら突きを繰り出して竜巻を発生させる。
彼を前に置いたのは、これが理由だ。
竜巻を発生させて増殖体たちを吹き飛ばしながら進めば、早く本体の元へ辿り着けると剣崎は踏んだ。
剣崎が滑りながら切り刻んで道を作ったほうがもっと早いって?
そうしたかったんだけど、足の裏に塗っていた唾液はもう無くなってしまったらしい。
今は唾液を温存しないといけないから、足の裏にもう一度塗ることはできないんだ。
僕らは増殖体の群れの中へ完全に足を踏み入れた。
秘策その2.増殖体の攻撃を4人で捌きつつ、野生の勘を頼りに本体の元へ向かう。
四方は一瞬で包囲され、どこを見ても増殖体しか目に入らない。
前方は男虎先生が龍風拳という武術で絶え間なく竜巻を繰り出している。
右側にいる剣崎の、目にも留まらぬみじん切りも凄まじい。
新庄「おらぁ! 来るんじゃねぇ!」
左側にいる新庄はとにかく必死で金属バットを振り回していた。
4人の中では1番心配だけど、バットの威力は間違いないからきっと大丈夫だと思う。
そして、背後霊のように後方にいる朧月くん。
消えたり現れたりしながら、謎の攻撃で敵の息の根を止めていく。
寒気がしたりしなかったりするんだけど、多分しているときは彼が現れているときなんだろう。
的場は弾切れで戦えないから、4人で守っている。1人で残すと増殖体の一部が彼に集中してしまうかもしれないから…。
そして、僕の役割は、“野生の勘”を頼りにUndead本体がいる棘の麓へみんなを連れていくこと。
唖毅羅になっていなくても、あれだけ大きい棘なら何となくどの方角にあるか察知できるんだ。
僕は戦っている4人にこう告げた。
「ここから2時の方向に直進。そんなに遠くない距離に奴はいる!」
今のところ、増殖体たちの攻撃は無難に凌げている。Undeadの元まで辿り着いたら、秘策は次の段階に移行するつもりなんだけど…。
1つだけ懸念していることがあるんだ。
秘策その3.全ての増殖体を引きつけながらUndeadの元まで行き、唖毅羅に成って大きく跳躍する。
2時の方向へと指示を出してから、数分程度経っただろうか?
問題なく増殖体たちの攻撃は捌けているんだけど…。
男虎「後どれくらいだあぁ?!」
一瞬、首を後ろに回して僕を見た男虎先生。
「一応、このまま真っ直ぐ行けば着くと思うんですけど……」
聞かれたことにそのまま答えるものの、僕は別のことを考えていた。
剣崎「思っていたより手応えがない…」
素早い剣技で応戦している彼が言ったように、思った以上に群がってきてないんだ。
もちろん全ての増殖体が僕らを狙って集まっては来ているんだけど、ペースが遅すぎる。
まだグラウンド上に広く散らばっているような状態だ。
もっと速く寄ってきてくれないと。自分らの前にいる増殖体を踏み倒すような勢いで。
こんな広く散らばられていると、唾液で全部を覆うのは難しいと思う。
新庄「あ、あれか! もうちょっとだな! おらっ、邪魔なんだよ!」
前方に見えてきた大きな赤黒い棘を見ながら、増殖体をなぎ倒す新庄。
もう野生の勘を使わなくても肉眼で見えるくらいの距離まで来ている。
着いたらみんなを抱えて飛ぶ予定だったけど、少し秘策をアレンジしないといけないみたいだ。
“秘策その4”に移る前に、僕が今考えた“秘策その3.5”を実行する。
秘策その3.5.?????
剣崎「着いたぞ、獅子王氏」
迫り来る増殖体の群れを切り刻みながら、そう告げる剣崎。
僕らは既に、Undead本体がいる冥漿紅峠の麓まで辿り着いていた。
「唖毅羅……」
僕は真上にある太陽を見て、自分の名前を小さく発する。いつも通り身体は肥大化し、全身が体毛で覆われた。
剣崎「よし。では、私たちをUndeadの元へ運んでくれたまえ」
僕が静かにゴリラ化したのを背中で感じ取ったのか、折れた刀を振り回しながら僕の方へ後ずさる剣崎。
他のみんなもその言葉を聞いて、応戦しながら中心にいる僕へと寄ってくる。
僕はそんな彼らを抱えることはなく、胸に限界まで息を溜め込んだ。両腕には力がこもる。
そして、真上に向かって…、
「ホオ゛オ゛オ゛ォォォォォーーーー!」
牙を剥きだし、全力で吠え上げた。
近くに来ていた増殖体や剣崎たちは皆、苦しそうな表情を浮かべながら耳を塞ぐ。
Undead、お前が作動していないのも野生の勘でわかっていた。
届け、僕の咆哮。
わざわざ奴をたたき起こすのには理由があるんだ。あいつを仕留めるだけで良いならこんなことはしない。
剣崎「獅子王氏………何を…………しているのだ?」
彼は歯を食いしばりながら、僕にそう尋ねてくる。息を吐ききった僕は叫ぶのを止めて、彼らを見回した。
「奴ら゛……散ら゛ばっ゛でい゛る゛。唾液1回でば無理」
剣崎「確かに。つまり、上に向かって吠えたのは…」
僕の意図をわかってくれたみたいだ。この姿じゃ話しにくいから助かる。
僕の咆哮に怯んでいた増殖体の群れが再び動き始めた。
新庄「あぁ! 鬱陶しいんだよ!」
男虎「飛ばないのかゴリラ君?! いったい何を考えている!?」
文句を言いながら敵を蹴散らす2人と、黙って処理を続ける朧月くん。
そして……、
起きた。
Undeadの鼓動、吐息、棘の先端を掴んでいる手足が擦れる音、こちらを捉えている黒い視線。
僕はそれら全てを感じ取った。
奴が掴まっている棘が高すぎて、ここから直接姿は見えない。遠すぎて奴の声も聞こえないと思う。
だけど、唖毅羅になっている僕の耳には確かにこう聞こえたんだ。
U『みんなぁ、あいつらを全力でぶっ殺してぇ♪』
秘策その3.5.何らかの手段でUndeadを目醒めさせる。
奴がそう言った瞬間、増殖体たちの挙動が大きく変わった。
今までじわじわと僕らに集まってきていた増殖体の群れは、荒波のように迫ってくる。
あまりの勢いに、前にいる個体の上にのしかかる増殖体も。
そういうのが多々あってか、全ての増殖体が僕らに集まってきたときには、かなり高い津波のように盛り上がっていた。
四方が増殖体という名の壁に阻まれる。ここから他に見えるのは、真上にある空と太陽のみ。
敷き詰められた裸体の増殖体の気持ち悪さにみんな顔が引き攣っていた。
これだけ集まれば、きっと1回の唾液で覆えるはずだ。覆えなかったときのことは後で考えよう。
これ以上は引きつけられない!
「み゛ん゛な゛、掴ま゛っ゛でぐれ゛!」
僕はそう言いながら、左右にいた剣崎と新庄を両脇に抱える。
そして、残りの3人が背中に掴まったことを確認して、地面をこれ以上ないくらい思い切り蹴飛ばした。
脚力で上昇していく僕の身体を奴らは掴もうとしてきたけど、ギリギリ届かなかったみたいだ。
増殖体という高波を超え、棘の上にいたUndeadと対面する。僕の身体の上昇は、奴の目の前で止まってしまった。
まずい、奴より上に行かないといけないのに…!
踏み込みが足りなかった? それとも、みんなを抱えていて重たくなったせいなのか?
唖毅羅は空を飛べるわけじゃない。上昇が止まったということは、後はこのまま真下へ落ちるということ。
それに…、
U「成体変化・凝棘」
僕が飛んでくることを読んでいたんだろう。奴は赤黒い槍のようなものを右手に持ち、こちらに向かって投げようとしていた。
このまま落ちれば増殖体にバラバラにされる。落ちなくてもあの槍でひと突きだ。
まずい、どうする? あの時はキャッチできたけど、今は両手が塞がっている…!
その上、増殖体の一部が他の個体をよじ登って、僕らを捕まえようと下から上がってきていた。
何もしなければ全滅する。何か良い手はないのか…?
シャッ!
男虎「とうっ!」
赤黒い槍がこちらに向かって投げられたと同時に、僕の背中に掴まっていた男虎先生が槍に向かって身を投げ出した。
そして、空中で体勢を立て直し、両手の指を曲げて爪で何かを引っ掻こうとするかのような構えをとる。
男虎「龍風拳・空斬鎌鼬!」
先生は、目の前に迫ってきていた槍を引っ掻くような動きでこま切りにした。
僕らは助かったんだけど、先生は落ちていく。
手を伸ばせるものなら伸ばしたいけど、届かないし塞がっている…!
その上、僕の身体ももう落ちそうなんだ。
男虎「儂に構うな、新3年生! 学校のことは頼んだぞおぉ!」
これが男虎先生の最期の言葉だった。彼は僕らに親指を立てながら、下で待ち構える増殖体の波に呑まれていったんだ。
「畜生オ゛オ゛オ゛ォォォォウ!!」
哀しさや悔しさが込み上げ、僕は声を荒げる。
また僕を守った人が死んでいく。なんで、また僕は犠牲者を…。
でも、あの時とは違う。僕は今、無力じゃない!
Undeadは僕の雄叫びに耳を塞いで一時的に動けなくなっていた。
それは増殖体も同じだ。
ダンッ!
足を掴もうとすぐ真下まで来ていた増殖体の顔を踏み台にし、Undeadの居るところよりも高く跳び上がった。
奴や棘の周りに張り付くように集まっている増殖体全てを見下ろす形になる。
条件は揃った。後はこいつらに唾液を浴びせて新庄のバットで終わらせる!
男虎先生、最期まで守ってくださって本当にありがとうございました。
先生の死は無駄にしません。ここで奴を確実に仕留めて、Destroyを打倒し、平和な学校生活を絶対に守ります!
溢れそうになる涙をぐっと堪え、僕は怯んでいるUndeadを見据えた。
秘策その4.唾液で全ての増殖体とUndeadを固め、金属バットで一掃する。
剣崎「飽和粘縛……」
悲しそうな表情をしながら、舌を奥歯に挟んで唾液を分泌しようとしている剣崎。
先生が死んで辛いのはみんな一緒なんだ。だけど、今は悲しみに浸っている場合じゃない…。
耳を塞いでいた手を離し、こちらを見上げたUndeadは腕をもぎ取り、赤黒い槍を変化させているみたいだけど…。
剣崎「電解唾液!」
奴が槍を投げるより先に、僕の右腕に抱えられた剣崎が大きく口を開け、大量の唾液を吐き出した。
どばああぁぁぁぁぁ!!
彼の口から滝のように流れ落ちる唾液は、槍を構えていたUndeadにかかり、そこからもの凄い勢いで無数にいる増殖体へ浸透していく。
U「な……に……こ……れ。動けない…!」
奴は槍を投げようとした状態で身動きできなくなったみたいだ。
これが剣崎の本気。普段はどれだけ抑え込んでいるのだろうか?
万全の彼が本気で分泌し続ければ、学校は唾液の大洪水になるかもしれない。
剣崎「仕上げだ、新庄氏。存分に振り下ろすがいい…」
剣崎は唾液を大量に分泌した反動からか少し苦しそうな顔をして、左腕に抱えている新庄を見つめる。
それと同時にバチバチと音を立てる金属バット。
新庄「やっぱり気持ち悪ぃけどよ。あのおっちゃんの命を無駄にはできねぇ…! 俺がこいつらをぶっ叩く!」
彼は怒りのこもったような声でそう言って、バットを真上に振りあげ、僕の左胸を蹴飛ばした。
僕の身体はよく滞空していたと思う。彼が蹴飛ばした瞬間、身体がゆっくり落ちていくような感じがした。
ここはあまり深く考えていなかったんだけど、あの金属バットが唾液に触れた瞬間に爆発が起きるってことは……。
僕らや新庄も巻き込まれるんじゃないのか…?
まだ僕らは大丈夫だ。僕がもう一度、増殖体の顔を蹴って飛躍すれば何とか逃れられるだろうけど。
U「あのバットは…! クソッ……動かない!」
変わらず全く動けない様子のUndeadに上空からバットを構えて迫る新庄。
新庄「小せぇのはお前で最後だな?」
U「ク……ソッ………、これがBREAKERZの本領。繧キ繝様が敗れた所以なのか…!」
奴は何かを言っているみたいだったけど、そんなことお構いなしに新庄はこう言いながらバットを振り下ろした。
新庄「カミナリ大根切り!」
ドッ…………!
彼がバットを振り下ろした瞬間、僕は増殖体の顔を蹴って真上に飛躍した。
唾液が流れていた部分……つまり、増殖体がいたこの場所一帯が大爆発を起こしたんだ。
秘策その5.露出したコアを破壊する。
グラウンドのちょうど真ん中辺りで大規模に舞い上がる赤い炎。
早くここから離れてみんなを安全な場所へ避難させ、爆発に巻き込まれた新庄を助けに行きたい。
文月の注射器が間に合えば、命は助かるはずだ。
だけど、まだ戦いは終わっていない。ダイヤモンドで覆われた銀色のコアを破壊するまでは…。
Undeadがいた場所にコアが浮遊していた。でも、これは想定外だ。
「ぶ、2づ……?」
コアは1体につき1つだと思っていた。
こいつは例外で2つあったんだ。
ーー “EvilRoid - Undead”のみコアが合計で6つある。その内4つは分離体に使い、新庄や皇、鬼塚壮蓮によって破壊されたことを獅子王たちは知らない。
剣崎「何個であろうと全て破壊しなければならない。自由落下による加速を活かし、私の全体重を乗せてコアを斬る!」
舞い上がった炎が消えて黒い煙が漂う中に、彼は僕の右胸を蹴って降りていった。
そして、1つ目のコアを目がけて半分に折れた刀を振り上げる。
剣崎「尾蛇剣舞重式・激動摩擦斬」
確かそれ、摩擦で無理やり斬る感じの技だっけ?
Fluidのコアを斬ったときは、結構時間かかってたんだけど今回は一瞬だった。
刀を振り下ろした瞬間、コアが真っ二つになったんだ。多分、落下で更に力が加わったからだと思う。
心配なのは彼がこの高さから飛び降りたこと。まぁ、彼の身体能力なら普通に受け身もとれそうだけど。
残り1つは……、壊せなかった。
僕も地面に着地し、的場と朧月くんを下ろす。
そして、もう1つのコアを見上げた。
高い位置で浮遊したままだ。新庄か剣崎を抱えてあそこまで跳べば良いのか?
そんなことを考えている暇すらなかった。もうすでに、散らばった肉片がコアに集まりつつあったから。
全ての肉片がコアを中心に、頭や四肢を形成していく。
そして、Undeadの姿に成り、奴は地面に片膝を着いて着地した。
失敗だ、倒しきれなかった。もう1度コアを露出させる余力はない。
奴は着いていた片膝を持ち上げながら、僕の方へ視線を向けてくる。
何となくカクついたような動きをしている辺り、あの爆発でそれなりにダメージを与えてはいたんだろう。
ダッ……!
来た……速い……!
立ち上がった奴はすかさずこちらに向かってくる。あまりの瞬発力に、ゴリラの僕は反応できなかった。
だけど、僕に攻撃する気はなかったみたいで僕の横を通り過ぎていったんだ。
僕を横切る際、彼はやけに必死そうな顔をしながら謎の言葉を発する。
U「せめて、文月慶だけは…! 繝悶Ν繝シ様、繧シ繝ュ様、繝医Α繝シ様、繝ゥ繧ケ繝様のためにぃぃ…!」
なんて言っているんだろう? さっきの爆発で故障したのか全然聞き取れない。
いや、そんなこと考えている場合じゃない。奴が手を伸ばしながら走って行っている方向には文月のいる保健室があるんだ。
止めないと、彼が殺され…、
ドオオオオオォォォォォォン!!
聞き覚えのある爆音。
僕はこの音を聞いて背筋が凍りついた。
奴の攻撃で間違いない。
バラバラになったUndeadの身体と、粉々に破壊された奴のコアが僕の前で散乱していた。
そして、音のした方向に目をやると、拳をこちらに向けていたDestroyが…。
なんで僕らじゃなく仲間を攻撃したんだ? まぁ、僕らからしたらラッキーなんだけど。
でも、ラッキーとは言い難い状況だ。
Destroyの近くで体育座りをして蹲っている鬼塚くんと、燃えている軽自動車の横で倒れている真っ黒な皇が目に入ったから。
後、その近くで顔面ぼこぼこで倒れている知らない人もいる…。
D「役立たずなEvilRoidは排除することにしました」
不可解な行動に出たDestroyは、拳を下げながら続けてこう言った。
D「さて、任務を終わらせましょうか」




