総力戦 - 獅子王 陽⑤
「秘策か…。でも、誰かが怪我するようなリスクがあるなら僕は賛成できないな」
ニヤリと笑う剣崎に僕はそう返す。
どうして笑っているんだろう? 真面目な彼なりのブラックジョークか何かのつもりだったのか?
新庄「おぉ! 何か面白そうじゃん。どんな作戦だ?」
剣崎が何かを話そうとしているのを割り込み、新庄がワクワクしてそうな顔で口を開く。
それに対して、剣崎は大きく溜め息を吐いた。
剣崎「あの連携技をも忘れるのか、新庄氏。まぁ良い。元々知らない者のために説明するつもりではあったからな。何もかも忘れていそうなので、私の特質から話そう。私はある特殊な体質を持っているのだ」
うん、それは知っている。
ほんとはずっと隠していたかったんだろうけど、日常的じゃないことが色々あって彼は唾液を披露しないといけない状況が多々あったから…。
剣崎「私の特質と新庄氏の連携技で増殖体及びにUndeadを一掃するのだ」
不機嫌そうな顔をする新庄をそのままに、彼は自身の特質を軽く説明してから作戦について話し始めた。
話を聞いた感じ、その連携技は1度使ったことがあるみたいだ。
剣崎の最大限に分泌した唾液で奴ら増殖体の動きを封じ、新庄の金属バットで叩くというもの。
言葉で説明するのは簡単だ。だけど、それを実行するのはかなり難しい。
まず、ぱっと聞いた感じ、それを1回やったくらいで一掃できるのかって思ったんだけど…。
文月が造ったあの頑丈な鬼さえも、500体ほど一瞬にして消し飛んだらしい。
それよりも脆い増殖体の群れぐらいなら余裕だろう。問題は奴ら全てを彼の唾液で覆えるのかというところ。
剣崎「この作戦は内なる獅子王氏“唖毅羅氏”の脚力と滞空時間に懸かっている」
つまり、唖毅羅になった僕が2人を両脇に抱え、Undead本体の真上まで飛躍することが大前提だ。
剣崎「そして、Undeadの元へ到達後、私と新庄氏は、素早く唾液をばら撒き、即座にバットを振り下ろす必要がある」
真剣な表情でそう話す剣崎。僕は彼から目を逸らし、Undeadのいる棘の先端を見据えた。
距離は近くない。1回のジャンプで奴の真上に行くのは無理だ。
それに僕ら3人だけで行ったとして、全ての増殖体が僕らを狙って集まってくるのかもわからない。
そのうえ…、
剣崎「私はまだ完全な治療を終えていない。故に“飽和粘縛電解唾液”を出せるのは1度のみ。感覚的にわかるのだ。それを使えば私は治療をするまで唾液を分泌できなくなってしまうだろう」
彼はまだ特質を奪われたままで、完全には取り戻せていないんだ。文月から受け取った治療薬の簡易版を投与しただけだと彼は言った。
つまり、増殖体たちの動きを知るために試しにやってみるなんてことはできない。
完全な一発勝負だ。奴ら全員が僕らに集中する確実な条件は…、
新庄「そ、それってよ……」
的場「つ、つまりじゃ……」
朧月「僕たち……みんなで」
1人1人個人差はあるけど、みんな表情は強ばり、緊張しているのがわかる。
男虎「つ、突っ込むてことかああぁぁ!?」
新庄「前より面倒くせぇ作戦ってことだな!」
結局、あの群れに再び突っ込んでいくという超リスクの高い作戦になってしまった。
だけど、変わらず言葉にするのはホントに簡単だ。
“Undead本体がいる棘の近くまで全員で接近し、みんなを抱えて唖毅羅で跳躍。そして、剣崎の秘策を決行する”。
躊躇している暇はない。爆発するような音は、途切れ途切れだけど続いている。
もう決着がつくのかもしれない。勝っていたらいいけど、負けていたらDestroyがこっちの戦いに加勢してくるだろう。
早くこいつらを倒して向こうの戦いに加勢しないと、かなりまずいことになりそうだ。
「行こう、みんな」
僕はこちらにやって来ようとしない増殖体の群れを見つめて、そう言った。
彼らはこくりと無言で頷き、話し合ったとおりの陣形を作る。
変身していない僕と的場の前後左右を、剣崎、新庄、朧月くん、男虎先生で囲い込むといった感じだ。
男虎「大丈夫だ。儂が誰1人死なせはせん! 儂1人で何とかできれば……不甲斐ない……」
僕の前にいる男虎先生がこちらに振り向き、みんなに向かってそう叫んだ。
そして、拳をぐっと握り締めて辛そうに項垂れる。
生徒に対しては、本当に良い先生だ。“絶対に守る”という意志が表情に表れている。まぁ、ゴリラに対しては辛辣な人だけど…。
剣崎「では、獅子王氏。カウントダウンをお願いする」
僕の右側にいる剣崎が前方の増殖体を見据えてそう言った。
確かに、今各自の好きなタイミングで飛び出したら足が絡まって速攻で終わるだろうね…。
「わかった。じゃ、3、2、1で行くよ」
出だしは重要だ。その後は多分、1人1人が息を合わせてアドリブで戦ってくれそうだけど。
3...
僕の声だけが周りに響き渡る。
2...
自分で数えてはいるけど、心臓の音が激しくなってくる。1度飛び込んだら、勝つまでもう戻れない。
1...
「行こう、みんなあぁ!」
走りだすタイミングは完璧だった。
他の人と足が絡まったり、躓いたりすることはなく、僕らは一斉に走って増殖体の群れへと飛び込んでいったんだ。




