総力戦 - 新庄 篤史③
P「放散__死蝕毒素」
振り下ろしたバットがこいつの頭に直撃する寸前、奴は地面に右手の指を突き刺したまま頭を前に傾けた。
プシュウゥーー!
殺虫剤のスプレーを噴射したときのような音と同時に、奴のデカい頭から紫色の煙がこのリング内に放たれる。
それを間近で浴びてしまった俺は、全身に力が入らなくなり、奴の目の前でぶっ倒れちまった。
クソッ……もうちょっとのところでバットを振り切れなかった。
ヤベぇ、頭がガンガンする。まともに息ができねぇ。痙攣かわかんねぇけど、身体が微妙に震えてる。
何だよ、あの煙…。意識が飛びそうだ。立たなきゃいけないのに、身体が言うことを聞かねぇ…!
Plantは右手を引き抜いて立ち上がり、倒れた俺を見下ろした。
P「全く手間かけさせやがって。あれはもっと時間と痛みが必要だったってのに…」
意識が薄れてきている俺の耳に奴のダルそうな声が届く。
クソッ、身体さえ動かせればこんな奴すぐにぶっ飛ばしてやるのによ…!
奴は倒れた俺の目の前で、誰に言ってんのかわかんねぇけど、さっきの英語みたいな技について解説し始めた。
ーー
【死蝕毒素】
EvilRoid - Plantの黒花帝国による黒いブロッコリーが傷つけられ痛覚を感じるたび、この毒素はPlantの頭部に蓄積していく。
そして、傷つけられてからの時間が経てば経つほど毒性はより強いものに。
最大限まで強くなったこの毒素を生物が摂取すれば、細胞は崩壊し即死に至るとPlantは説明した。
最大限に毒性を強化し、グラウンドに拡散するつもりだったと倒れている新庄篤史に話を続けるPlant。
彼がこのタイミングでPlantと対峙しなければ、死蝕毒素によって“BREAKERZ”は全滅していただろう。
ーー
P「……というわけだ。まぁ予定は狂ったけど、Destroy兄貴がいる限り、お前らに勝ち目なんかないけどなぁ!」
この頭でっかち、さっきから何言ってんのかわかんねぇよ。それより、身体が言うこと聞かねぇのが問題だ。
このままだと殺されるかもしれねぇし、こいつが凌たちに手を出すかも。
ザッ…
俺の顔の近くで、足で砂を躙るような音がする。
P「じゃあな、後はあいつらに殺されてくれ。お前と戦うのマジで萎えたわ」
今のは、こいつが踵を返した音なのか。奴は多分、俺たちに背中を向けてこの場を去ろうとしている。
おい……待てよ。逃げんなよ。
奴は油断しているに違いねぇ。今、立ち上がって後ろから小突けば勝てるのに…!
俺は全身に力を入れようとするけど、手足の痺れや痙攣のせいか身体が動く気配はない。
奴の足音が遠くなっていく。奴がある程度離れたらまた裸の集団が入ってくるよな?
クソッタレがぁ…! 俺は何も守れねぇのかよ! おっちゃんとの約束や凌たちの命を…!
そういや、悠は無事なのか?
こんな状態だから確認できねぇ。
身体が動かず、どうしようもねぇと思っていたそのときだった。
的場「ノオオオオォォォォン! マジで弾切れじゃああぁぁぁ! 後1発しかないいぃ!」
凌の声だ。あの集団と近くで戦ってんのか?
剣崎「はぁ……はぁ……。案ずるでない、的場氏。私の剣技で何とか…」
今度は息遣いの荒いよだれがすげぇ水瀬の声が聞こえてきた。さっきまで名前思い出せなかったけど、あのときのよだれはマジで凄かったな。
でも、体力的にもうキツいみてぇだ。
バチ……バチ……!
何だよ、こんなときに静電気かよ。でも、感覚マヒってるのか痛くも痒くもねぇな。
静電気の音を聞いてから、ちょっとだけど心臓の音が早くなった気がする。
剣崎「はぁはぁ……男虎殿、体力的には大丈夫でありますか?」
男虎「問題ないと言いたいが…! さっきまで死んでいたから体力が衰えているみたいだ!」
もう1人の声は誰かわからねぇけど、切羽詰まってるみたいだ。
バチ……バチバチ……!
まぁ、そりゃそうだよな。どれだけいるかもわからねぇ集団にたった数人で勝てるほうがおかしいだろうよ。
てか、さっきからなんで静電気流れてんだ? 確かにこのバットは静電気すげぇ来るけどよ、こんな連続で来たことねぇよな。
何か脈もどんどん速くなってるし。
でも、やっぱり痛くはない。
もしかして、じいちゃんが怒ってんのか? こんな情けなくぶっ倒れてる俺を上から見て…。
的場「な、なぁ…、俺のこと守りながら戦うのは止めてくれんかのぅ? 自分で何とかするし…」
いつになく弱々しい声を発する凌。あいつがあんだけ弱ってるのは珍しい。
剣崎「何を言っておるか! 友人として、仲間として守るのは当然であろう! 刻裂真剣!」
男虎「先生が生徒を守るのも当然だ! それにお前はうちのエースストライカーだ。もっと堂々とせんかぁ!」
凌を守りながら2人は戦ってるって感じか?
なんで守られてんだ? 弾切れって言ってたから、武器か何かが使えなくなったとかか?
まさか……、
バチバチバチッ…!
ある嫌な考えが頭に浮かぶと同時に、強い静電気が連続で流れてきて身体が少し跳ねるのを感じる。
凌は、怪我を負っている…?
的場「ハハッ、マシンガンの銃口持って振り回したらいけるじゃろ! だから、俺に構わんと戦ってくれ」
嘘吐くんじゃねぇよ。本当はそれで戦えるなんて思ってねぇだろ。
わかるんだよ、そういうのは。小学校のとき、ずっと一緒にいたからな。
本気で言ってんのか、強がってんのかくらい声聞いたらだいたいわかるんだ。
剣崎「的場氏、冗談を言ってる場合じゃ……」
的場「冗談じゃない!」
よだれの水瀬の言葉を遮って、凌は声を震わせながら話を続けた。
的場「俺を庇ってると2人共死ぬ。で、その後に俺も殺されるじゃろな。そうなるくらいなら……」
バチバチバチバチッ…!
わかるんだよ、ずっと一緒にいたから。あいつが次に何を言い出すのかくらい。
身体が静電気でびくびくと痙攣し始める。
凌が言った次の言葉で、俺は色んな意味でブチ切れた。
的場「俺が囮になって2人を逃がす。俺がこいつら相手してる間に逃げるんじゃ。2人のスピードとフィジカルならいけるはずじゃ!!」
……………バチッ!!
もはや静電気のレベルじゃねぇくらい強い電気がバットを通して身体を巡る。
こればっかしは死ぬほど痛かった。
なんで、お前が殺されなきゃなんねぇんだよ。
なんで……、俺たちがこんな訳のわからねぇ奴らから命を狙われなきゃいけねぇんだよ!
凌は……俺のダチは……何も悪いことしてねぇじゃねぇか!!
バチッ……!!
凄まじい激痛が身体中に走り、俺は顎が砕けそうな勢いで歯を食いしばった。
力が入る…! クッソ痛ぇけど、踏ん張れば起き上がれるぞ!
きっとこれは、じいちゃんの渇だ。
情けねぇ俺にじいちゃんが“痛み”という渇を入れて、“立ち上がれ”、“戦え”って言っているんだ!
俺は立ち上がるため、両手で地面を思い切り押しつけた。
じいちゃんの渇で動くようになった身体。
あと立ち上がるのに必要なのは、俺の気合いと根性だけだ!
凌やダチを絶対に死なせたりはしねぇ! 俺がこのバットを振るって、うじゃうじゃしてる気色悪い集団や頭でっかちを全部ぶっ飛ばしてやる!
「う゛う゛お゛お゛おおぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は自分の声とは思えない獣のような雄叫びをあげながら手足…いや、全身に力を込めて身体を押し上げた。
そして、右手にバットをしっかり握り締めて立ち上がる。
P「おい、嘘だろ? なんで立ってんだよ!」
俺の雄叫びを聞き、足を止めて振り返るPlant。
立ち上がった瞬間、目眩と激しい頭痛や吐き気に襲われた。息苦しい上に、視界にもやがかかって前が見えづらいけど、気にしねぇ!
両手足をもがれているわけでもなければ、目や内臓を潰されているわけでもねぇんだ。
五体満足なのに起き上がれなかった自分が恥ずかしいぜ!!
「勝手にどっか行こうとすんじゃねぇぞ、頭でっかち!」
俺は手が震えてバットを落とさないように、両手でしっかり握り、Plantへ向かって走りだした。
P「即死とはいかなくてもそれなりの濃度だったはずだ。なんで……なんで動けてんだよ! アナフィラキシーショックで死ぬような人間が俺の毒素を克服できるわけがないのに…!」
「ごちゃごちゃうるせぇ! 克服なんかしてねぇよ! 気合いで動いてんだ。人間舐めんじゃねぇ!!」
俺がぶっ倒れてるときにも何か言ってたよなぁ!? 理屈っぽいことを長々聞かされんのは、大っ嫌いなんだよ!
走ってる俺と立ったままグチグチ言ってるPlantの距離は、どんどん縮まっていく。
奴は怪訝な顔をし、同じような感じで右手の指を地面に突き刺した。
P「あぁ、もうわかったよ! 戦えば良いんだろ!
__闇骸一揆!」
ドオオォォォン!
聞き覚えのある英語だ。
そう叫んだ瞬間、奴の左右にクソ高ぇ黒いブロッコリーが地面から生えてきた。
デケぇ、何メートルあるんだ? 空を突き破るんじゃねぇかってくらい高い。
だけど、ブロッコリーなんか気にしねぇよ。どのみち、あいつをぶっ倒せば良いだけだ。
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
俺はバットを構えて、奴に突っ込んでいった。
屈んで指を突き刺しているPlantは辺りを一瞬見渡してニヤリと笑う。
P「あいつはもういない! 終わりだ、新庄篤史。ブロッコリーにシバかれて消えろ!」
シュッ……!
…………。ほんの一瞬、気のせいかもしれねぇけど。
ザクッ!
頭1個分くらいのブロッコリーが見えた気がしたんだ。
P「ぎゃあああああ!! いるなら言えよ、陰キャラがあぁ!」
足元に突然現れたブロッコリーを見て、俺は確信する。
良かった、無事だったんだな。
俺の視界の隅に現れた悠は、右手にナイフを持ち、左手で口元を覆っていた。
朧月「早く………終わらせよう。僕も…………ちょっと………吸ってしまったから………」
口元を覆ったまま喋る悠は少し苦しそうにしてフラついているように見える。
そのダルさ、わかるぜ。俺も今、絶賛体調不良って感じだ。
デカいブロッコリーは悠に任せて、俺はあの頭でっかちをぶっ叩く!
痛がる奴との距離は更に縮まった。
このまま行けば、あいつの首をバットで吹き飛ばして終わりだ!
だけど、そんなとんとん拍子には行かなかった。
P「これ以上、俺の領域に踏み入るなよ!」
奴は左手の5本指を突き刺して、新しい英語を発する。
P「黒花帝国・獄落壌土」
ニョキッ! ニョキニョキニョキニョキニョキッ!!
今度は普通サイズの黒いブロッコリーがPlantを中心に円状に生えてきた。
奴の周りの地面は、黒いブロッコリーで埋め尽くされる。
「ただの腐ったブロッコリーなんて、目じゃねぇよ!」
俺は迷うことなく、黒いブロッコリーが生えた場所に足を踏み入れた。
ニョキッ!
踏み込んだ瞬間、近くのブロッコリーたちの茎みてぇな部分が伸びてきて、俺を囲い込む。もちろん身体の真下にあるブロッコリーも伸びてきた。
「チッ……、そういうことかよ!」
トラップみてぇな奴か。
多分だけど、その柔らかそうで伸びが良さそうなブロッコリーの茎で俺を縛りつけようとしてるんだな。
相変わらず頭は痛ぇし、食ったもん戻しそうだし、手足も震えてるけどよ。
みんな命を賭けて戦ってんだ! 万全な体調じゃないけど、そんな理由で負けたりなんかしたらじいちゃんに笑われる。
「邪魔なんだよ、ブロッコリー!
__カミナリ回転切り!」
ブロッコリーのせいで、ちゃんとバットを振れるスペースがなかった俺は、身体を限界まで捻り、元に戻る反動を活かしてバットを一回転させた。
ブロッコリーの茎の部分は切断されて地面に落ちる。
さっき新技思いついてて良かったぜ。
そして、俺は1歩前に…!
ニョキッ!
「あぁ、鬱陶しいんだよ!
__カミナリ回転切り!」
1歩踏み出して別のブロッコリーのところへ足を踏み入れると、すかさず俺に巻きつこうと伸びて来やがる!
同じ技でブロッコリーを振り払い、また1歩進んでも…。
ニョキッ!
すぐに伸びてきて奴の元へ行くのを邪魔してくる。
「カミナリ……」
ザクッ!
俺がバットを構えた瞬間、悠が目の前に現れる。彼が現れたと思った瞬間、ブロッコリーは切り落とされていた。
朧月「早く…………倒そう……!」
口元を左手で覆った彼は少し強い口調でそう言う。
確かに早くしねぇと、あいつはまた逃げようとするかもしれない。
あの腰抜け野郎を仕留めるには、できるだけ早くここを突破しないと…!
「頼むぞ、悠。交互に攻撃だ!」
俺たちは会話はほどほどにして、1歩前へ進む。
変わらず別のブロッコリーが俺たちを囲い込んだ。
「今度は俺の番だ__カミナリ回転切り!」
ブロッコリーを振り払うのもだいぶ慣れてきたぞ。
再び前へ進むと同時にブロッコリーが伸びてくるけど、これは気にしねぇ。
ザクッ!
朧月「交互……了解……」
次は悠の番だからだ。
目の前に伸びてきたブロッコリーは俺が何もしなくても、切り落とされる。
そして、俺は次に伸びてくると思われるブロッコリーたちを見据えて、バットを構えた。
ニョキッ!
「カミナリ回転切り!」
伸びてきたときには、俺は既にバットを振り切っていた。そして、次も悠が切り落とす番だから、俺は足を止めずに走れるんだ。
2人で交互に攻撃するだけで全然スピードが違う。
このブロッコリーの場所に足を踏み入れたところから、奴まで後半分のところまで来ていた。
P「ええい! やっぱ痛いのを我慢してでも止めるしかない!
__獄落壌土、闇骸一揆、併用!!」
シュッ……!
朧月「…………!」
今、俺の周りに伸びてきた黒いブロッコリーたちは悠が切り落としてくれるだろう。順番だからな!
だから、俺はそれを無視して突き進もうとした。
身体や手足に巻きつこうと茎がしなやかに伸びたブロッコリーがそれなりの速さで寄ってくる。
…………。
「え、悠!?」
ーー
獄落壌土と闇骸一揆の併用。
闇骸一揆から繰り出される黒いブロッコリーは常人の目には留まらない。
新庄篤史は、闇骸一揆の攻撃に気づいていなかったが、朧月悠はそれに気づいて対応したために獄落壌土のブロッコリーは処理できなかったのだ。
ーー
悠が攻撃する順番だったのに…。なんでかわかんねぇけど、彼は目の前のブロッコリーを切り落とさなかった。
悠は消えたり現れたりして攻撃をする奴だ。だから、姿が見えなくても信頼しきってたんだ。
彼が攻撃しねぇって気づいたのは、ブロッコリーが俺の身体に触れた瞬間だった。
慌ててバットを振ろうとしたけど、気づいたときにはもう遅い。
「クソッ………タレ………!」
俺といつの間にか隣にいた悠の身体には、ブロッコリーの茎の部分が絡みつき、身動きできねぇ状態になっちまった。
ツタのようにブロッコリーが絡まった俺たちを見て、奴は痛そうな顔をしながらもニヤリと笑う。
P「ヒヒヒッ……ざまぁねぇな! さて、死に様を選ばせてやるよ。獄落壌土で絞め殺されたいか、闇骸一揆で四肢を引き裂かれたいか。あ、それともあいつらに嬲り殺されるってのもアリだなぁ」
クソッ、身体がマジで動かねぇ。しかも、走ってるときはわからなかったけど、俺の身体、かなりガタが来てるみてぇだ。
頭痛、吐き気や痺れ、全部ヤバいことになってる。考えたくても頭が……回らねぇ。
もうどうにもなんねぇのかよ。俺はあいつらを、学校を守れねぇのか!?
クソッ、クソッ……!
「くそおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ドンッ!
俺が悔しさから叫び声を上げたと同時に、そいつはPlantの後方にいる裸の集団の中から出てきて空高く飛び上がった。
え、なんでここに…? めっちゃ久しぶりじゃん。
P「早く選べよ! 10秒だけ待ってやる」
Plantはまだあいつの存在に気づいていない。俺たちにどう殺されたいかを問い詰めてくる。
あいつの存在に気づかれないよう、俺はただ真っ直ぐに奴を睨みつけていた。




