総力戦 - 皇 尚人⑦
【時間は、鬼塚壮蓮がDestroyに敗れる少し前に遡る】
あぁ、無敵の強さってのは爽快だぜぇ♪
俺をしつこく追い回し、手間取らせやがった不知火もどきも鬼塚壮蓮の前では赤子同然だった。
ハハッ、清々しい気分だぜ。俺を殺そうとした奴が無様に散っていくのを見るのはよぉ♪
後はあの役立たずの“BREAKERZ”がどこまでやれるかだな。
今俺の前にそびえ立っているこのクソでけぇ黒いブロッコリー。こいつから感じたキモさを俺が警告しなかったら、あいつら死んでたぜ…。
身の回りの危機管理ぐらい自分でしろっての。
俺は軽自動車の座席に座って、お前らの戦いを安心して楽しみてぇんだよ。
てか、新庄の奴に後数本折るよう言っておけば良かったな。俺は、あいつのバットで折られた1本のブロッコリーの隙間からしか戦いが見えねぇ。
今、俺から見えてるのは壮蓮の偉大なる背中と、その前方でうじゃうじゃしてるクソキモい裸の不知火みてぇな奴らの群れくらいだ。
あの群れの中で何人か戦ってるのは何となくわかるが、見えないと面白さもクソもねぇ。
俺はポップコーンを頬張りながら、サービスに対してかなりの不満を感じていた。
鬼塚「お父さん!」
偉大なる背中を俺に見せつけてくる壮蓮の元に、実の息子の鬼塚琉蓮がやって来る。
実力は間違いなく“BREAKERZ”最強だが…。
こいつ、今までどこで油を売っていたんだ? こんな状況になってるのに何をしていた?
こいつが動けば最低でもあのうじゃうじゃしてる奴らは消し飛ばせただろう。
サボっていたというより、動けなかったってのが正しいのか?
最初から鬼塚が動けていたんなら、わざわざ俺に新庄を呼びに行かせる必要なんかねぇよな。
あの人工物臭ぇ不知火もどきやそのお仲間と思われる黒いブロッコリー。他に何体かいてもおかしくない。
もし、鬼塚が特質を使えない原因があったとしたら、そいつらが関係している感じだろうな。
まぁ、グラウンドに出てきた時点でもう動けるんだろうから考えたって意味ねぇか。
壮蓮「琉蓮、ここにいたのか。危ないから下がっていろ」
表情を強ばらせながら駆けつけてきた鬼塚を鋭い眼差しで見つめながらそう言う壮蓮。
はぁ? 下がっていろだぁ?
生身の新庄をあの群れに送り込んどいて、それはねぇだろうよ♪
翠蓮もそうだったが、鬼塚家は自分たちの力を過小評価しているみてぇだな。
鬼塚が危ない状況ってのはなぁ、隕石が直接降ってくるとかじゃない限りありえねぇよ。
壮蓮、あんたの子育ては過保護とかいうレベルじゃねぇ…。
鬼塚「あ、ありがとう。心配してくれて」
壮蓮「親が子を守るのは当たり前のことだ。早く下がっていろ」
緊張しつつも嬉しそうな表情を浮かべる鬼塚に、壮蓮はただ前を見て淡々と言い放った。
鬼塚は言われたことを素直に聞き入れ、こちらに向かってくる。
そんな彼を見て、俺は思わず溜め息を吐いた。
はぁ、お前も言いなりになってんじゃねぇよ。
こいつがマジで下がらなきゃいけない状況だったら、へなちょこBREAKERZなんてとっくに死んでるぜ。
…………、来るか。
俺は直感的にそう感じた。キモい通り越してとにかくヤバそうなのがこっちに来ている気がするぜ。
良くも悪くも俺の勘が外れることは滅多にないわけだが、今回も例外じゃないみたいだな。
とにかくヤバそうなそいつは、不知火みてぇな奴らの群れの中からやって来た。
小柄で屈強そうな全身銀色の機械野郎だ。
奴は後ろに手を組んでゆっくりとこちらに向かってくる。鬼塚親子を前にして随分と余裕そうな態度だな。
ボケみてぇに強いのか、ボケみてぇにバカなのかの2択だが…。
はぁ、残念ながら、俺の直感が“前者だから全員見捨てて逃げろ”と訴えかけて来やがるぜぇ♪
だが、俺は“BREAKERZ (旧名:ジミーズ)”のリーダーだ。
こいつらの戦いは最後まで見届ける必要があるんだよ。ポップコーンもコーラもまだまだあるしなぁ♪
D「初めまして、私は“EvilRoid - Destroy”。外見から推測される年齢的に、貴方は抹消リストに入っていないのですが、危険戦力と見なし処分します」
奴は鬼塚の父親、壮蓮にある程度近づいたところで足を止めて名前を名乗る。
なるほど、人工物臭ぇこいつらには各自名前があるわけか。
確か不知火もどきはUndeadだったっけかぁ?
壮蓮「お前が事の発端か。子どもたちに危害を加える気なら許さないぞ」
明らか人間じゃねぇ未知のものと対峙しても動じる様子のない壮蓮は、腕を組みドスの利いた低い声で言い返した。
流石は鬼塚家の血筋。見るからヤバそうな敵を前にしても怖じ気づかねぇ。
だが、ビビってねぇのは向こうも同じみたいだな。キモすぎるだけはあるぜぇ♪
D「いえ、私たち“EvilRoid”は上の指示に従っているだけです。警告です、直ちにこのグラウンドから去ってください。私たちに与えられた任務の遂行を妨げるのなら排除します」
Destroyと名乗る奴は、腕を後ろに組んだまま淡々とそう言い放った。
気のせいかもしれないが、こいつ……どことなく鬼塚たちに似ている気がするぜ。
壮蓮「上の者とは誰のことだ?」
今の発言で空気がピリついた。俺からは壮蓮さん (怖いからしばらく“さん”付けだ。) の背中しか見えねぇが、怒ってるに違いない。
怒らせるなよ、銀色野郎。生きた核ミサイルが目の前でブチ切れてるなんて、生きた心地しないぜ…。
あの最強の鬼塚でさえ、ピシッと背筋を伸ばしてガクガクと震えてやがる。
空気が読めないのか、こんな雰囲気なのにも関わらずDestroyは難なくこう返した。
D「そうですね…、私たちを造り、“BREAKERZ”を抹殺するよう指示を出したのは、辻本先生と小林先生ですね」
おいおい、こいつ……、
壮蓮「下らない嘘は止めろ」
人間じゃねぇクセに嘘吐きやがったな。
そうですねって……機械のクセに思案してんじゃねぇよ♪ 更に怒らせて、壊される覚悟はできてんのかぁ?
怒りに満ちた壮蓮さんは指の骨をボキボキと鳴らし始めた。
壮蓮「生徒のことを第一に考える辻本先生と、生徒に対して思いやりが溢れている小林先生がそんな馬鹿げた指示を出すわけがないだろ。製造者には悪いが、お前をスクランブルにしてやる」
Destroyも彼の真似をするかのように、自身の顔の前で拳を作り、もう片方の手で包みこむ。
D「わかりました。警告を無視するということでよろしいですね? では、貴方を処分させていただきます」
そして、壮蓮さんとDestroyはお互いに重量感のある1歩を踏み出し距離を詰めていった。
いよいよ来たか、頂上決戦♪
“EvilRoid”最強と“BREAKERZ”最強の鬼塚……の父親の対決が俺の目の前で始まろうとしている。
「ここがこの超リアル4D映画のクライマックスだぜぇ♪」
俺は興奮が抑えきれず、思ったことをそのまま口にしながら、後部座席に置いてあった追加のポップコーンとコーラに手を伸ばした。
片手でそれらを無理矢理掴んで自分の座っていた助手席へ持ってくる。
その間に壮蓮さんらは額と額がくっつきそうなくらいまで接近し、睨み合っていた。
壮蓮「二連壮撃!」
ドンッ! ドンッ!
先に仕掛けたのは壮蓮さんだ。格闘技なんて全く囓ったことなさげなジャブとストレートが銀色野郎の顔面へ繰り出される。
動きはめちゃくちゃだが、鬼塚家のパンチにフォームなんて関係ねぇ。
不知火もどきのときのパンチとは違って結構ガチみてぇだ。彼のパンチがDestroyに当たったとき一瞬だが地面が揺れた。
ハハッ、ざまぁねぇぜ♪ 鬼塚家の者に先手譲った時点で勝ち目なんてねぇよバカヤロー。
……って、普通なら思うよなぁ?
だが、俺の直感は違った。
“全員見捨てて逃げろ”という直感からの訴えかけがどんどん強くなってやがる。
壮蓮「うっ……! 痛い…?」
壮蓮さんは敵の前にも関わらず、自身の拳を不思議そうに見つめだした。
普通、殴りかかられたら反応するよな? どんなに運動神経が悪くてもヤバいと思ったら反射的に身体は動くはずだ。
人間と機械じゃ話が違うと言われたらそれまでだが…。
奴が壮蓮さんを前に立ち尽くし、無抵抗に攻撃を貰ったのは__
バチイィィィン!!
乾いた音がグラウンドに響き渡ると同時に、壮蓮さんの身体は回転しながら宙を舞っていた。
__奴にとって壮蓮さんの攻撃は全くもって効いてねぇってことだ。
人類最強と言っても過言じゃねぇパンチなのに、躱す必要どころか受ける必要もねぇってことかよ…。
ドスンッ!
壮蓮さんの身体は地面に叩きつけられた。
こんな状況なら、パンピーの俺が逃げだしても誰も文句は言えねぇよなぁ?
逃げたいのは山々だがな、足がガクガク震えまくって歩けそうにもないんだよ。
だったら…、
「ヒャッハッハ♪ 人生最大の危機ってのは、最高のおつまみだぁ! コーラが進むぜぇ!」
割り切って楽しむしかねぇよな! 死んだらどんだけ金があっても大好きなコーラは飲めなくなる。
俺はさっき後部座席から持ってきた2リットルのコーラをプシュッと開けて、気管に流れ込むんじゃねぇかって勢いでゴクゴクと喉に流し込んだ。
人生、なんだかんだ楽しんだもん勝ちよ!
へなちょこBREAKERZに鬼塚親子。
俺はこの戦場で何が起ころうと、お前らの闘いを最期まで見届けてやるぜ。
鬼塚「お父さん!」
壮蓮「来るな! 奴は危険だ。本気で殴らないと倒せない。絶対に下がっていろ!」
奴のビンタでぶっ飛ばされた壮蓮さんに駆け寄ろうとする鬼塚。それに対し、彼は手の平を向けて鬼塚を制止する。
もっと強いパンチ出せるならまだ勝機はありそうだな。
てか、鬼塚親子で奴を倒せねぇんならこの戦い、ガチで詰むぜ…。
壮蓮は地面に手を着いて勢いよく立ち上がり、後ろに手を組んで余裕そうなDestroyに向かっていった。
ドンッ…!
奴の目の前で大きく足を開いて腰を落とす壮蓮さん。地面を踏み込んだだけで大きな音がなって亀裂が入る。
やっぱり最強の特質ってのは伊達じゃねぇ。これから繰り出すだろう本気の一撃が通用しないとしたら、それはあの銀色野郎が異次元だってことだ。
壮蓮さんは右手の拳を、大きく落とした腰のところまで引き下げ、奴の顔を見据えた。
壮蓮「壮昇撃!」
ブンッ!
ドオオオオオォォォォォォン!!
そして、引き下げた拳を奴の顔面目がけて目いっぱい振り上げた。
見かけはただの大振りで隙だらけなアッパーだが、近くに爆弾でも落ちたんじゃねぇかってレベルの音が響いてくる。
絶大すぎる威力だったんだろうな。壮蓮さんとDestroyは砂煙に覆われ、姿が見えない状態だ。
この煙が晴れるまで結果がどうなったのかはわからねぇ。
俺が目を凝らしてじっと砂煙を見つめていると、その中から声が聞こえてきた。
D「凶撃」
ドゴオォォン!
鈍く響き渡る音と共に、砂煙に押し出されるように壮蓮さんの身体が手前側に吹き飛んでくる。
彼の身体は何回か地面を転がり、起き上がることはできない様子で腹の辺りを押さえて身体を丸めた。
鬼塚「お父さああああぁぁぁぁぁん!」
自分の親父の敗北を悟った鬼塚は泣き叫びながら壮蓮さんへ駆け寄った。
マジかよ…。あの本気の一撃すら効かねぇってなると無理だろ。
D「流石にあの一撃を貰うのはまずかったかもしれません。なので直前に回避を選択しました」
薄れる砂煙の中から悠々と歩いてくるDestroy。
なるほどねぇ♪ そんなこと俺の前で言っちゃて良いのかなぁ?
奴の発言に俺は思わずニヤけてしまう。
当てて勝てるんなら、勝機は余裕であるぜ。鬼塚のガチの攻撃を当てたら良いだけだろ?
仕方ねぇ、俺が鬼塚に的確な指示を出してやる。
新庄が不知火もどきを倒せたのも俺のお陰だしなぁ♪
壮蓮「琉蓮……このダイヤモンドを……必ず………家に届けるんだ」
苦しそうな声を上げながら、潰れた3つのコアをポケットから取り出す壮蓮さん。
あまりのショックに鬼塚はそれを受け取ることなくただただ泣いている。
ハッ……、戦意喪失か。まぁ、俺の話術にかかればどうってことはねぇな。問題はその時間がほぼ無いってところにある。
3つのコアを鬼塚に渡そうとしている壮蓮さんの前に奴が立ちはだかり、倒れている彼を見下ろした。
クソヤバい、あの人工物の世界から感じるキモさよりキモい流れが来てやがる…!
「そ……!」
2人に警告してやりたかったが、巻き込まれたくないという意思がそれを邪魔をして声を出せなかった。
Destroyは右手の拳を額の横らへんにまで持っていき……、
ドオオオオオォォォォォォン!!
壮蓮さんの顔に目がけて一気に叩きつけた。
それも1度だけじゃねぇ…。
D「凶撃凶撃凶撃凶撃凶撃!」
何度も何度も奴は拳を顔面に叩きつけやがったんだ。
「おえっ……」
俺はその光景に吐き気を催し、目を逸らして口元を手で覆う。
コーラとポップコーンが戻ってきそうだぜ。
あぁ、クソッ……なんでこんなに足がガタガタ震えてんだよ! 鬼塚を煽って戦わせるんじゃなかったのか?
D「意外とすぐに動かなくなりましたね」
平然とした奴の声が聞こえてくる。
目の前であの光景を見た鬼塚は…。
クソッ…あの野郎、人を殺しやがったな。不知火もどきもそうだったが、狂ってやがるぜ。
D「この方は抹殺対象ではなかった。退かなかった理由がわかりません。従えば無駄死にすることはなかったのに」
とりあえず、落ち着け俺。この震えを止めねぇと。
抹殺対象ってのは多分、“BREAKERZ”のことだろう。文月からのあの“察しろ”でそれは何となくわかる。
このまま俺が動かなければ鬼塚も殺され、後のヘボメンバーも処理されるだろう。
D「さて、貴方は鬼塚琉蓮ですね? 抹殺対象に入っているので只今から抹殺いたします」
クソッ、震え止まりやがれ! これは動揺だ、恐怖だ。
心の底から嫌でも湧き上がって来やがるこの感情をどうすれば消せるんだ。
…………。
あぁ、あるじゃねぇか♪ 手元にこんな良いものが♪
俺はポップコーンの袋に左手を突っ込み、ポップコーンを鷲づかみにして、口に押し込んだ。
そして、右手に持っていたペットボトルの蓋を開け、震えまくる手でコーラを喉に流し込む。
「ぷっはぁ~♪ 最っ高だぜぇ♪」
コーラでハイになった俺の身体の震えは止まり、高揚した気分になって顔を上げた。
顔面ボコボコになった可哀想な壮蓮さんに、それを見てすすり泣く鬼塚。
全てが面白く、笑えてきやがる!
そして……、1番面白いのは……、
D「貴方は誰ですか?」
どうしてこの状況に笑うのか理解できないと言わんばかりに首を傾げる銀色野郎。
機械のクセに人間みてぇな動きしやがってぇ♪
俺は奴を指さして大きく笑った。
「ヒャハハハ♪ 俺が誰かってぇ? 言う必要あるのかぁ? 今からスクランブルになる奴によぉ♪」
俺の盛大な煽りに対して全く反応がないDestroy。
やはり機械は機械か。人間みてぇに感情的にはならねぇみたいだな多分。
奴の問いに対し、俺は両手を広げて大げさに答えてみせる。
「俺は“BREAKERZ”のリーダー、最強の……最強の………」
最強の……何だ?
運の持ち主? 特質持ち? それとも神憑か?
どれもしっくり来ねぇな。どうせ嘘吐くんならもっと派手にいってやるぜ♪
「最強の神だ!」
ハッハ、俺ってセンスあるよな。神憑から一文字取っただけでめっちゃ強そうじゃねぇか♪
俺がそう発言してから、一瞬だが沈黙が流れた。
D「そうですか。ならば貴方も抹殺対象者の1人のはず。抹殺いたします」
鬼塚に向けられていた奴の拳は俺に向く。
よし、狙い通りだ。こいつを煽ってイラつかすのが目的じゃねぇ。ここまで来たら失敗はない。
俺は向けられた奴の拳から地面に手を着いて絶望している鬼塚へ視線を移した。
「悪いな、鬼塚。お前の父親を死なせたのは俺だ。良い戦力になると思って着いてきてもらったんだが、結果はこのザマ。俺がこいつに殺されることで、せめてもの償いになれば良いと思っているぜ」
鬼塚「皇くんのせい? 違う……違う……本当に悪いのは……」
俺が話している最中にぶつぶつと呟き始める鬼塚。
それに構わず、俺は話を続ける。
「悪いが最期に…、頼まれてくれないか。俺の子分たち、あの頼りねぇ“BREAKERZ”の面々をお前の力で……どうか守ってやってくれ」
俺が今にも消え去りそうな弱々しい声でそう言うと、鬼塚ははっとした顔をこちらに向けた。
そして、眉間にしわを寄せ、見る見る厳格な表情へと変化していく。
鬼塚「本当に……悪いのは……!」
ハハァ、良い表情だな♪
戦闘モードの鬼塚琉蓮、一丁上がりだぜぇ!
ダンッ!
スイッチの入った彼は手を着いた状態で地面を蹴り、一瞬でDestroyの前に立って拳を作った。
D「シオン………ん!」
奴は俺への攻撃を中断せざるを得なくなる。
ちなみにこの状況になるのを狙ってたんだぜ。死ぬ気なんてさらさらねぇよ♪
鬼塚「おい、チビデブメタル! 僕の大切な人たちをこれ以上傷つけるな!」
血相を変えた鬼塚は最強のストレートパンチを繰り出した。
顔面に向かってくるその拳をすんでの所で払うDestroy。
ハッ、受けたかぁ。まともに喰らわねぇようにしたってことは、それなりにヤバい一撃らしいなぁ♪
両者、同時に飛び退くことで1度距離を取り、間髪入れずに助走をつけた。
そして、同じタイミングで右手に拳を作って振り上げる。
鬼塚「ワンッ……!」
D「シオン……!」
振り抜くタイミングも全く同じだった。
鬼塚・D「「ビートッ!!」」
ドオォォン!
拳と拳がぶつかり合い、2人を中心に突風が巻き起こる。
その突風はこちらまでやって来て、俺が乗っている軽自動車を前後に揺らした。
なんでいきなり鬼塚がやる気になったのかってぇ? さっきも言ったが、俺の話術にかかれば余裕なんだよ。
皇流話術・謝罪情動奮発“悪いな扇動”を使わせて貰ったぜ。
人は謝られると、自分は悪くないという認識から冷静になれるんだ。
そして、1歩引いた視点で自分とその周りの状況を考えたとき、今何をするべきなのかが見えてくる。
だが、これだけじゃ足りねぇ。特に鬼塚みたいな消極的な奴にはな。
何するべきかってのは、同じ状況でも人それぞれ違う行動を選ぶだろう。
鬼塚の場合、敵を破壊することより、敵に懇願し“これ以上殺すのは止めてくれ”と泣きじゃくっていた可能性の方が高かったと俺は思うぜ。
だから、お願いをしたんだ。あいつらを守ってくれと。
あの時の俺の頼みは鬼塚からすれば、ガチのマジの一生のお願いに思えただろうなぁ♪
現にあいつがDestroyを止めなければ俺は死んでたからな。
こうなったら、あいつの中で俺の頼みを聞くことは確定している。
“自分の力でみんなを守る”ということは、敵と戦うということだ。
戦うと決めたとき、心の内に潜んでいた身内を殺されたことへの怒りの感情が開放され、悲しみを大きく上回ったってわけだぁ♪
鬼塚「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
D「流石は私のオリジナル…! 中々手強いですね!」
だから今、あいつはガチでぶっ壊す気で最凶の敵“Destroy”と打ち合っているんだ。
体勢ガタガタの不恰好なパンチを連続で繰り出す鬼塚と、機械のように正確なジャブを等間隔で打ち出しているDestroy。
鬼塚の攻撃は1発も当たっていないのに対し、彼は敵の攻撃を何発も顔面に喰らっている。
壮蓮を吹き飛ばした攻撃と同じものだと思うが、何発喰らおうが鬼塚に効いている様子はない。
本当に効いてないのかアドレナリンが出まくってて痛みを感じていないのかはわからないが、ぱっと見押しているのは鬼塚の方だ。
結局、こういうのって気持ちの問題なんだよ。
人を突き動かすのは理屈じゃねぇ。
強いから戦え? 強いからみんなを守れ? 優秀だから社会に貢献しろ?
あぁ、わかってるだろうよ。強くて優秀で、人柄の良い奴ほどそれに応えようとするが上手くできねぇ。
人を思うように動かしたいときはなぁ、理屈で説得するんじゃなくて、感情を引き摺り出してやりゃあ良いんだよ♪
俺はコーラを座席の足元に置き、助手席から下りた。
「良いぜぇ、鬼塚ぁ♪ 存分に暴れて、そいつをバラバラしてやれ!」
鬼塚「ワンッ……ビイィートオォォ!!」
俺の声が聞こえたかはわからないが、あいつはそう叫びながらパンチを繰り出した。
スカッ……
鬼塚「あ、ミスった……」
力みすぎたのか鬼塚の拳は大きく空振って空を切る。
思い切り外れた拳の表面は、俺の方へ向いていた。
何だこの…、
絶望的なキモさが波のように押し寄せてくる。
そう思った次の瞬間……、
ドオオオオオォォォォォォン!!
凄まじい爆音と共に、俺は宙を舞っていた。
「おい、ふざけんなよ…」
俺の後ろにあった軽自動車は舞い上がることはなかったが、大爆発を起こし地上で燃え盛っている。
何が起こったのかさっぱりわからねぇ。鬼塚のパンチは風圧だけでこの威力ってことかぁ?
五体満足で空中をくるくる舞っている俺は、まさか運が良かったりしねぇよな?
まぁ、最悪な気分なのは変わらない。
あの車の中には、買い溜めていたコーラとポップコーンがわんさかあった。今は全て炎の中ってわけだ。
マジでふざけんじゃねぇよ…。
キンキンに冷えていたコーラが生温くなっちまう。ポップコーンはウェルダン通り越して炭と化すだろうな。
あぁ、マジで萎えた。今すぐ帰りてぇ…。
あぁ、頭ではわかってるよ。俺は“BREAKERZ”のリーダー。
奴らを先導し、この戦いに勝利させるのが俺の役目だが…。
如何せん、もうやる気は無くなった。
な、言っただろ? 気持ちの問題なんだよ…。
未だ空中で舞っている俺は、万が一死なずに着地できたら家に帰ろうと決意した。




