合流 - 文月 慶⑫
最初の数行 (ーーからーーまでの間) 、三人称視点となります。
ーー
鬼塚壮蓮がUndeadの分離体を撃破し、Plantが“闇骸一揆”を発動させる少し前のこと。
新庄「す、すげぇ。おっちゃん、圧倒的すぎるって」
鬼塚琉蓮の父親である壮蓮は、バットを持って立ち尽くし、ただただ感心している新庄にこう言った。
壮蓮「ここは任せて、彼らを援護してあげなさい」
彼が指さした先には、剣崎らがグラウンドに溢れている増殖体と交戦している光景が。
壮蓮は新庄を信頼していた。ここに来るまでに、車内で皇が金属バットの強さについて語っていたからだ。
新庄「り、了解っす! お前らぁ! 今、行くぞおぉ!」
比類なき強さを誇る壮蓮の言葉を素直に聞き入れ、新庄はバットを持って駆けだした。
そして、彼が新庄を増殖体の元へ送り出した理由はもう一つある。
壮蓮「うむ、向こうの方がまだ安全だろう」
新庄の後ろ姿を見送りながら、そう呟く壮蓮。
彼は何となく予期していた。分離体を赤子の手を捻るように……いや、服に着いた埃を払うように破壊した自分の元には最強の敵がやって来ることを。
壮蓮は振り返り、助手席に腰を掛けてコーラを一気飲みしている皇を心配そうな目で見つめる。
壮蓮「こっちも心配だ」
巻き添えを喰らうかもしれない皇に対し、彼は警告するかを思案しているようだった。
壮蓮「座席が汚れそうで……」
ーー
P『黒花帝国・闇骸一揆』
パキパキパキ……
増殖体に紛れたPlantの声がイヤホンを介して聞こえてくる。
それと同時に、僕らを隔離するために校内全体を囲っていた艶のある黒い巨大ブロッコリー全てにヒビが入り始めた。
パキパキ……バキッ!!
そして、あれ程最硬度と謳われていた黒ブロッコリーは内側から破壊され、更に大きな黒ブロッコリーが姿を現す。
僕は思わず窓に身を乗り出し、そのブロッコリーの頂を探した。
一回り大きいどころの話じゃない。さっきまで僕らを囲っていたブロッコリーが5メートルくらいだとすると、これは…、
P『さぁて、血祭りにあげてやる!』
50メートルは優に超えるだろう。
そして、先ほどのブロッコリーより更に暗く、光を反射しないためか艶も一切ない。
よく目を凝らして見てみると、大きな主軸のブロッコリーから枝分かれした小さなブロッコリーたちがうねっている。
色は全く異なるが、性質は樹神の血戦革命に近いだろう。
かなり柔軟性のある黒ブロッコリーだ。
皇『バカヤロー! お前らあぁ! そんなキモい奴に見とれてねぇで構えやがれぇ!』
飲み干して空になったコーラのペットボトルを叩きつけて怒声を上げる皇。
あいつの表情に余裕がなくなったということは、ガチでヤバいということだ。
生憎、皇があの場所から声を上げても剣崎たちには届かない。
僕は増殖体たちと戦っている彼らに警告しようとイヤホンに手を当てた。
「全員、黒ブロッコリーを警戒し……」
バチイィィンッ!
「クソッ……!」
突如動き出した超巨大な黒ブロッコリーたち。
Undeadの増殖体が群がっている箇所へ、枝分かれした鞭のようにしなるブロッコリーが叩きつけられた。
その攻撃は少なくとも、グラウンドを囲っているほとんどのブロッコリーから繰り出されている。
目で追えなかった…。速すぎて常人にあの攻撃を視認することは不可能だ。
警告しきる前に攻撃は繰り出された。ほぼほぼ不意討ちに近いタイミングでの攻撃に、対応できるほうがおかしい。
クソッ…、考えたくはないが、今の攻撃で最初に前線に出た彼らは全滅した。
僕は窓枠に両手を着いてそれを見つめる。身体の震えが止まらない。
涙…? そんなものを流す権利は僕にはない。このまま行けばここにいる奴は全員死ぬだろう。
早く……早く……鬼塚を説得しないと。
そもそも、壮蓮さんが分離体と遊んでいるときに説得するべきだったんだ。
僕は窓枠に着いた右手を拳に変え、思い切り何度も叩きつけた。
クソが……クソが……クソが……!
「何でこうなったんだよ、クソがぁ!」
叩き続ける拳に1滴の雫が滴り落ちた。
それを皮切りに次々と雫のようなものが拳に降りかかる。
鬼塚「ごめん……みんな……ごめん」
鬼塚の涙ぐんだ声が隣から聞こえてきて、僕は手を止め彼に目を移した。
彼は目に今にも溢れ出しそうなくらいの涙を含んでいて、それを隠すかのように両手で目を覆う。
鬼塚「僕が……お父さんにビビって戦わなかったせいで……。全部、僕のせいなんだ! う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉん!!」
パリイィィン!!
彼の想像以上の男泣きの威力に、僕は耳を覆わざるを得なかった。
加減していそうにない彼の泣き声によって、保健室の窓は全て粉々に割れてしまう。
他人が泣く姿を見ると、冷静になれるものだな。さっきは僕も取り乱していたが…。
かと言って、このドス黒く渦巻くような……、
心の底から何かが込み上げてくるようなこの感情が完全に消え去ったわけではない。
一旦鬼塚を落ち着かせて、一刻も早く戦場へ送り出さなければ…。
「鬼塚、落ち着け。これ以上、父親の負担を増やすな」
耳を塞いだ状態で彼に声をかけるが、泣きやむ様子はない。
そして、ガラスが粉々に砕けるほどの騒音の中、目を覚ます気配のない樹神。
こんな状況でよく寝ていられるな。この音量は目覚まし時計の比じゃないというのに。
パキパキパキ……
この音は……。
「鬼塚、泣きやめ。このまま泣き続けると、校舎のガラス全てが割れることになるぞ」
恐らくあの音はガラスにヒビが入る音だ。最終的にはガラスが割れるどころじゃすまないかもしれない。
バチイィィンッ!
また黒ブロッコリーが動いた? 僕はガラスが割れ、より鮮明に見えるようになったグラウンドへ視線を移した。
壮蓮さんに対して攻撃を放ったのかと思ったが、そうではないらしい。
さっきと同じ場所。つまり、剣崎たちがいると思われる増殖体の群れの中に放っていた。
P『何でこうなるんだよ、クソがぁ!』
Plantの声が聞こえると同時に、鞭のようにしなるブロッコリーが群れの中から引き上げられる。
引き上げられたブロッコリーの先端は全て切断されていて断面が見えていた。
まさか…、
僕がそう思った矢先、堅苦しい口調のあいつの声がイヤホンを介して聞こえてきた。
剣崎『文月氏、感謝いたす。最初の一撃は増殖体たちに気を取られていて警戒できていなかった。君の警告がなければ、半年間オタ芸で鍛え上げた強靭な体に加え、格闘ゲームで洗練し優れた動体視力を持つ私でも反応できなかったに違いない。ここにいる皆の衆を私の剣技で守られたのは君のお陰だ。ありがとう、文月氏。本当に感謝いたす』
無駄に長ったらしいが、彼らは全員生きているということか! 僕の警告は、間一髪で聞こえていたんだ。
「鬼塚、泣く必要はない。剣崎たちは無事だ。奴の訳のわからない剣技で捌いたらしい」
僕の言葉を聞いてか、彼の男泣きはすぐに止まり、それと同時に校舎の揺れも収まった。
鬼塚「ほ、ほんとに…? 良かった……ほんとに良かった」
男泣きからすすり泣く声に変わり、ぽたぽたと床に涙が零れる。
よし、これで校舎が崩壊することはないだろう。後は鬼塚をグラウンドへ送り出すだけだ。
動けなかった自分自身に責任を感じている今の彼なら、すんなり動いてくれるはず。
僕は顔を覆ってすすり泣く鬼塚にこう指示を出した。
「君の父親、壮蓮さんの所へ行ってくれ」
Plantに僕らを抹殺するよう指示を出したDestroyは壮蓮さんを討つと発言している。
壮蓮さんの元へ向かう奴を最強の親子2人で対峙するのが狙いだ。
いくら鬼塚の特質を持つDestroyでもこの2人が組めば問題なく倒せるに違いない。
鬼塚「うん!」
彼は一瞬、顔を引き攣らせたが、力強く頷き、割れた窓を乗り越えて壮蓮さんの元へ走っていった。
P『あぁ、痛ぇ……痛ぇよ! 俺のブロッコリーを切りやがって!』
先端を切断されたブロッコリーたちは各々、主軸となる黒ブロッコリーのところへ戻っていく。
痛い? こいつ、なんで痛覚をプログラムされているんだ?
殺戮が目的の機械に痛覚なんていらないだろ。
P『まぁ、良いさ。俺が……俺が痛いのを我慢すれば良い。俺のブロッコリーはまだまだあるんだ!』
そもそも痛覚をプログラムされてなければ我慢の必要はなかったのに……可哀想な奴め。
シュッ……!
目にも留まらぬ速さで、今度は全方向から剣崎たちに襲いかかる鞭ブロッコリー。
それに対し、剣崎は……、大きく跳躍した?
どう説明すれば良いのか迷う。そのまま伝えるとすれば、彼は増殖体の群れの中から真上に飛びだして姿を現した。
空中で居合のような構えをとり、彼はこう呟く。
剣崎『尾蛇剣舞翔式・旋刃流転斬』
迫り来る黒い鞭ブロッコリーたちに対し、全身を空中で360°回転させながら刃を振るった。
彼の間合いに接近した全てのブロッコリーの先端は切り落とされ、増殖体たちの中へと落ちていく。
ブロッコリーの先端を切り落とした剣崎も空中で身を捻って元の構えに戻ってから、増殖体たちの中に消えていった。
P『ぎゃあああああ!!』
さっきは数本斬られた程度で我慢できたのかもしれないが、10本以上同時にやられると流石にキツいのか。
かなり堪えたのか、剣崎たちにブロッコリー攻撃を仕掛けることはこれ以降なかった。
もしくは、別の要因か。
Plantに、彼らを相手にする暇がなくなった可能性がある。
新庄篤史。あいつはついさっき、増殖体の方へ走って行っていたが…。
剣崎たちと合流している様子はない。
今、彼らと同じ場所にいないとすれば…。
的場『まずい! もうほとんど弾がない!』
男虎『儂もちょっと疲れたから小休止したいもんだ! 水、水はどこだぁ!』
ブロッコリーを退けたのは良いが、一向に終わりの見えない増殖体らを相手にする体力も無限にあるわけではない。
剣崎『何…? ならば私が2人を守るのみ!』
剣崎、化け物並の体力を有しているようだ。Fluidと戦い始めたときから彼はいっさい休んでいない。
剣崎の体力が切れたときが彼らの終わりだ。
上手く応戦できているように見えて、実際は防戦一方。かと言って、気安く彼らを撤退させられる状況じゃない。
鬼塚親子がDestroyを倒すまでどうにか持ってほしいところだが…。
誰か他に使える奴はいないか?
保健室内を何も考えてなさそうな顔でうろうろしている不知火。
こいつはダメだ。今のこいつは、成体並の身体能力のある増殖体1体よりも弱いだろう。
放り込んでも何も変わらない。
後1人の候補は、寝巻姿で爆睡している樹神か。
こいつもただのパチンコ依存症……いや、待て。
そう言えばこいつ、特質を使えるようになっているじゃないか。
緑花王国・血戦革命。
これを発動させられるなら、事態は好転するかもしれない。好転しなくともDestroyを倒すまでの時間稼ぎにはなるはずだ。
僕は樹神が爆睡しているベッドへ近づいた。
「出番だ、起きろ。お前のブロッコリーを奴らに見せつけてやれ」
…………。
反応がない。治療薬の副作用で死んでいるのかと疑ってしまうくらい動かないな。
だが、僕の作る薬に副作用など邪魔なものは存在しない。そういった心配は無用だろう。
「樹神、お前が昨日いつ寝たのか知らないが。もう充分寝ただろ。お前の模造品が調子に乗っている。腹立たしくはないのか?」
僕の扇動が少し効いたのか寝返りを打ち、仰向けになる樹神。
樹神「むにゃむにゃ……なんでまた負けるんだよ……」
クソッ…、扇動が効いているわけではないようだ。こいつはプライドってものがないのか?
パチンコの夢を見ているのか知らないが、不謹慎なことを言いやがって。
寝ても起きてもパチンコ漬けか。
校舎を揺るがす鬼塚の男泣きですら起きない奴を、どう起こせというんだ…。
鬼塚『お父さああああぁぁぁぁぁん!』
彼の怯えを含んだ断末魔の叫びがイヤホンを介して僕の鼓膜に突き刺さる。
あの鬼塚が恐怖している?
いや、まぁ強さに反して臆病なところはあるが、それとはまた違う。
壮蓮『琉蓮……このダイヤモンドを……必ず………家に届けるんだ』
何だその……最強の鬼塚家らしくない悲痛な声は…。
グラウンドの方へ振り向く勇気はなかった。
こちらの最終兵器である2人を以ってしても勝てない敵だということを受け入れたくなかったからだ。
ドオオオオオォォォォォォン!!
またあの音だ。あの音が鳴れば鳴るほどこちら側が不利になっていく。
恐怖か悲しみか、はたまた絶望感からかはわからないが、嫌な汗が流れ出て身体が動かない。
ドオオオオオォォォォォォン!!
ドオオオオオォォォォォォン!!
ドオオオオオォォォォォォン!!
大爆発を起こしたかのようなあの音が何度も何度も鳴り響いた。
D『凶撃凶撃凶撃凶撃凶撃!』
僕は眉をひそめながら寝ている樹神をただただ見つめている。
グラウンドに目をやらない限り、僕には音の情報しか入ってこない。
Destroyは強大すぎた。最強の味方が敵になったとき、人はこうも無力になるのか。
恐らく僕は、この絶望的な現状をなるべく受け入れないように思考も行動も停止させていたんだろう。
次に発された奴の一言で、勝てる未来など何処にもないことを悟ってしまった。
D『意外とすぐに動かなくなりましたね』




