増殖体 - 文月 慶⑨
獅子王『霊長類の神であり善悪見境なく喰らう漆黒の王よ。我の激昂を糧に混沌とした現世界を破滅へと導くべく、今ここに降臨せよ___唖毅羅あ゛ぁぁ!』
獅子王は裸体の増殖体たちを前に、拳を強く握り締めてそう叫ぶ。
より長ったらしく、より厨二らしくなったそのセリフを言い終えると同時に、彼の身体中に大量の黒い体毛が伸び始めた。
そして、全身が体毛に覆われた瞬間、手足や胴体が肥大化。
無数の増殖体が獅子王に飛びかかる頃には、彼は見慣れた2メートルを超える巨大ゴリラに変身していた。
唖毅羅「ホオ゛ォォーー!」
唖毅羅に変身した獅子王の怒りのこもった雄叫びは、小型カメラのマイクを介さず直接僕の耳に届く。
これだけ離れているのにも関わらず、この大音量。奴ら増殖体は思わず身をすくめて耳を塞いだ。
その隙に、獅子王は両手の拳を頭上へ振り上げる。
唖毅羅『龍滅穿天兜割!!』
グシャッ…!
目の前で耳を塞いでいた1体の増殖体の頭を目がけて、腕を勢いよく振り下ろした。
頭部を粉々に破壊されたそいつの身体は、地面に叩きつけられて絶命。
だが、1体倒したところで状況はさほど変わらない。奴らは大量にいる。
唖毅羅の咆哮に怯んでいた増殖体たちが動き出し、人間離れした速さで獅子王を囲い込んだ。
再生能力はないものの、身体能力は全員、不知火の成体並か。
奴の成体時の腕力は人間の頭をもぎ取るほど。手足を掴まれでもしたら致命傷は免れないだろう。
奴ら増殖体は退いた的場たちには目もくれず、獅子王討伐を優先しているように見える。
ゴリラになった彼に、四方から一斉に襲いかかっていった。
逃げ場のない絶望的な状況の中、彼は慌てることなく、両手を開いて額の辺りまで持っていく。
唖毅羅『ホッ! ホッ! 鬼毀震陸平手打!!』
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
そして、持ち上げた腕を一気に地面に叩きつけた。
獅子王を中心に周囲の地面が大きく揺れたのか、彼の1番近くにいた十数体の増殖体はバランスを崩して倒れ込んだり、膝を着いたりしている。
倒れ込んだ奴らを確認した獅子王は、更に別の技を繰り出した。
地面を叩くのは止め、両手に拳を作って身体を限界まで捻る。
唖毅羅『神討殲空螺旋殴打!』
厨二満載の技名を言い放ち、両腕を真横へ広げた獅子王は、捻った方向とは反対に身体を回転させた。
回転し続ける彼の腕や拳に当たった増殖体たちの頭も身体も見る見るうちに吹き飛んでいく。
見た目は地味、名前は派手な技のオンパレード。
それでも倒したのはせいぜい数十体か。
奴らの総数はグラウンドの半分を占めるほど。Destroyと黒いブロッコリーで僕らを隔離したPlantも増殖体に埋もれてどこにいるのかわからなくなっている。
的場『勝院! 朧月! 俺らも獅子王に続くんじゃあぁぁ!』
男虎『生徒の命は儂が守る!』
朧月『…………了解』
的場を先頭に男虎先生と朧月は、増殖体の群れへと突っ込んでいった。
僕はすかさず右耳のイヤホンに手を当てる。
「よせ! 獅子王含めた全員、1度ひ……」
剣崎「文月氏! もう逃げ場はない」
僕が撤退を命じようとすると、剣崎はそれを遮った。
確かにそうだ。退いたところで、あの裸体の軍団がこちらに押し寄せてくるだけ。
保健室に侵入されると治療どころの話じゃなくなる。
そう思った僕は判断に迷い、固まった。
撤退させなければいつかは奴らに殺されるだろう。撤退させれば保健室を荒らされ、鬼塚復活の線はなくなってしまう。
剣崎「まさに背水の陣。私たちはもう攻めるという択しかないのだ」
剣崎は唾液を口から数滴垂らしながらそう語る。
唾液で滑走し、その折れた刀で戦いに参加するつもりか。
剣崎「うむ、感覚的にはもう1度くらい使えそうであるな」
彼は口元の唾液を拭って、滑走しながら割れた窓から飛びだし、かなりの速度で増殖体の群れへと接近していった。
「FUMIZUKI……」
『後8分です』
8分…、ちょうど時間通りに完了すれば間に合うか?
的場の機関銃の弾や、彼らの体力はいつか切れる。
そうなる前に鬼塚を…。
鬼塚「背水の陣…。文月くん、もしかして今って相当ヤバい状況だったりする?」
治療中の彼はまた僕の方へ首を傾けた。
この状況をありのままに話すとまた不安定になるだろう。
「気にするな。君の特質は直に復活する。ヤバい状況になるのは奴ら“EvilRoid”の方だ」
僕はそう言って、視線をグラウンドの方へ移す。
視線の先では、奴ら増殖体と彼ら4人と1頭の死闘が繰り広げられていた。
的場『絶対命中__ランダムヘッドショット!!』
的場以外は既に群れの中で戦っている様子だ。こいつだけは遠距離から攻撃できる武器を持っているから、群れから少し離れたところで銃を構えている。
ドドドドドッ!
的場『ノオオオオォォォォン!』
彼は機関銃の反動に身体を振り回されながらも、連射を続ける。
銃口はブレブレで一見、適当に撃っているように見えるが…。
全ての弾は必ず増殖体のどれかの頭を打ち抜いていた。
あいつが発射した弾の数だけ、増殖体たちは絶命していく。
男虎『灰燼・腥風の構!』
男虎先生は龍風拳特有の構えを取り、捩りながら繰り出す突きで奴らを引き裂いていった。
時折、空を切る彼の突きは竜巻を発生させて増殖体たちを巻き上げる。
広範囲な攻撃で頼もしいが、獅子王らを巻き込んでしまいそうで落ち着かない。
まぁ、恐らくだが男虎先生は龍風拳の達人級。味方を巻き込むようなヘマはしないだろう。
男虎『あ、しまったあぁぁ!』
的場『ノオオオオォォォォン!』
嘘だろ…?
言っているそばから的場が竜巻に打ち上げられた。
だが……見た感じ負傷している様子はなく、竜巻に巻き込まれてくるくると回転しながらも発砲し続けているようだ。
そして、1発1発の精度は変わらず奴らの頭を打ち抜いている。
竜巻に巻き込まれる前とそんなに状況変わってなさそうだから、良しとするか…。問題はどうやって着地するかだ。
朧月『…………』
ナイフを持った彼はいつも通り、消えては現れてを繰り返している。
現れたときに周りにいた増殖体たちは、首を深く切り裂かれてその場に倒れていった。
彼がどんな能力を持っているのかは見ただけでは見当つかないだろう。
そして……、
剣崎『唾液滑走』
期待の特質持ち、剣崎怜がここに参戦する。
彼は一直線に滑走しながら、右手に持った折れた刀を左の腰に添えて居合の構えをとった。
剣崎『尾蛇剣舞走式・刻裂真剣!』
剣崎はそのまま増殖体の群れへ突っ込み、直線上にいた奴らを一瞬にして粉々に刻んでいった。
彼が通ったところに一瞬だが道のようなものができ、その先にいたUndead本体の姿が露わになる。
U『…………!』
奴は剣崎の姿を見るなり、赤黒く変化させた両手を地面についた。
『地面の下からUndeadの波動を感知。下から来る広範囲攻撃と推測します』
珍しく気の利いた分析をする“FUMIZUKI”。
僕はほぼ反射的に右耳のイヤホンに手を当てて叫んでいた。
「剣崎、1度引け! 下から来るぞ!」
U『成体変化・冥漿紅峠』
ドドドドドオオオォォォォン!!
Undeadの前方には大きな赤黒い無数の棘のようなものが勢いよく生えてきた。
かなり広範囲な技だ。Undeadの近くにいた増殖体は串刺しになっている。
群れの5分の1くらいは今ので絶命しただろう。
僕の警告と剣崎の優れた動体視力と滑走力があってか、ギリギリ引き返してそれを躱す。
剣崎『あのような芸当を持ち合わせているとは…。中々手強い敵である』
襲いかかってくる別の増殖体を刻みながら顔をしかめる剣崎。
唖毅羅「ア゛ン゛デッ゛ドオ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!」
先ほどの咆哮と同じくらいの声量で叫びながら、巨大な棘に向かって走っていくゴリラの獅子王。
そして、彼は振り返り、Undeadの大技に驚きながらも増殖体に応戦している的場たちにこう言った。
唖毅羅『み゛ん゛な゛は゛こ゛い゛つ゛ら゛を゛! 僕は゛本体を゛叩く゛!』
ゴリラの状態で話すのはやはり難しいのか。ガラガラとした聞き取りにくい声をしている。
獅子王は前を向き、赤黒い棘を見据えた。
このデカい棘ができたせいで本体の元へ行くには、増殖体を潰しながら回り道をしなければならない。
だが、唖毅羅は人間ではなく身体能力の高いゴリラだ。
唖毅羅『ホッ! ホッ! ホッ!』
ダンッ!
赤黒い棘の手前で彼は力強く地面を蹴って大きく飛躍した。
棘の1番上まで跳んでいる彼にはUndead本体が見えていることだろう。
U『成体変化・凝棘』
奴の声が小型カメラのマイクを通じて、僕のイヤホンに届く。
シャッ!
その瞬間、空中にいる獅子王の正面に赤黒く先が槍のように尖った鋭利なものが飛んできた。
これも喰らえば致命傷は必至。
唖毅羅『フンッ!』
だが、獅子王はわざとらしく鼻で息を吹かしてから難なくそれを手で掴んでみせた。
U『………え?』
奴の困惑したような声が聞こえてくる。
まさか掴まれるとは思ってなかったのだろう。姿は見えないが動揺しているに違いない。
そして、彼はそのまま腕を上げて赤黒い槍を奴に向けて狙いを定める。
よくよく思い返すと、獅子王が前線で戦うのはあの3校に奇襲を仕掛けたとき以来だ。
唖毅羅の能力の1つ、“野生の勘”を覚えているだろうか。
誰にも知られていない僕の秘密基地を暴いたり、石成の高校生が仕舞ってある武器を一瞬で探したりしたときに使っていたと思われる能力だ。
普通では感じ取れないものを唖毅羅は察知する。
つまり、Undeadのコアの場所をピンポイントで見つけ、その赤黒い槍で打ち貫くことも可能なんだ。
「やれ、獅子王……いや、唖毅羅!」
唖毅羅『ホオ゛ォォーー!』
ドオオオオオォォォォォォン!!
…………は? おい、何が起こった?
大爆発を起こしたかのような音が聞こえた瞬間、獅子王の……唖毅羅の…………、
左胸に穴が空いていた。
唖毅羅『ガッ……! ア゛ァ゛ッ!』
獅子王は空いた左胸に手を当てて、冥漿紅峠の中へと落ちていった。
はぁ……はぁ……。
絶望的な光景を見て、動悸が止まらない。汗が額から大量に流れ出てきて思わず左手に持っていた杖を滑らせた。
鬼塚「文月くん、今の音……」
足に力が入らなくなり、爆睡している樹神がいるベッドに手を着く。
D『凶撃。流石に危険でしたので私が処理しました。今、Undeadを壊されると困るので』
Destroyの声がイヤホンを通じて聞こえてくる。
奴が……動いたのか。突きの風圧だけで獅子王を…クソが。
どうしてDestroyが動かないと思っていた?
こうなることがわかっていたら、攻撃を止めさせたのに。
僕は…、獅子王に何て言った?
クソ……クソ……クソが………。
僕は樹神のベッドにもたれかかり、その場に蹲った。
『治療が完了いたしました。鬼塚琉蓮、樹神寛海は現在、特質が使用可能な状態です』
8分経ったのか。無能なFUMIZUKIだが、今回は正確だったみたいだな。
だが、もう遅い。言いかえれば後1歩のところで僕が判断を誤った。
ついに…………ついに…………、
“BREAKERZ”の中で、僕は死者を出してしまった。




