三叉槍 - 日下部 雅⑤
「おっ? 中々やんじゃん! これは骨のある相手だな! どうやって消したのかもわかんねぇし」
火球を相殺した僕に対して、神憑の1人が愛想良くそう言う。
浮いている人とその下にいる2人。
発言をしたのは、僕から見て右側の人だね。
「僕は日下部雅。殺す相手は僕で間違いないかい?」
いつ殺しにかかってくるかわからない。
僕は平然を装って名前を名乗りつつ、お尻に手を添えた。
「殺し合う前に自己紹介、良いね。僕は三叉槍の中枢、尼寺 匡哉。よろしく」
今度は僕から見て左側にいる神憑がニコリと微笑んだ。
尼寺さんと呼ぶべきかな? ミディアムくらいの茶髪で直毛、中性的な顔立ちをしている彼は年上な気がするね。
高校で髪を染めても良い学校というのは数少ないから。
服装もシンプルでゆるっとした白無地の服と黒無地のズボンを合わせている。
シンプルでオシャレな女の子ウケが良さそうな服装だ。悪く言えば量産型大学生ファッション。
三叉槍、彼ら3人のチーム名か何かかな。こっちで言う“BREAKERZ”のような感じだろう。
「え、アマちゃん、自己紹介してく感じ~? じゃ俺も名乗っちゃお。氷堂 敏輝! 三叉槍の左端。よろしくな!」
尼寺さんの隣にいる神憑の名前は、氷堂敏輝と言うらしいね。
尼寺さんより背は低いけど、力仕事でもやってるのかってくらいガッチリした体型で骨太な手足をしている。
色落ちしてとても痛んでいる金髪のモヒカンに、くっきりとした二重瞼。横幅が広めの男らしい顔。
耳たぶや口元には複数のピアスが着いていて、かなり派手で近寄りがたいファッションだね。
服装も紺のダメージジーンズに上は柄物のシャツとヤンキー感が否めない。
そして、最後に残ったのは宙に浮いている神憑。
ぱっと見で1番偉いポジションにいるのはあの人な気がするけどどうだろうね。
「三叉槍の右端、伊集院 陽翔」
彼も2人に習って、上空から僕を見下ろしながら自己紹介を始めた。
伊集院「これから死ぬ奴に名乗る意味はなさそうだけどな。どうやったのか知らないけど、火球を消したのは見事だ」
腕を組んで僕を見下ろす伊集院さん。
顔のパーツが小さく主張のない顔立ちに長くも短くもない黒髪。
氷堂さんとは対照的な細身で背の高い人だね。
服装は真っ黒なトレーナーとスキニーを履いている。
尼寺「確かに…。右手をかざしただけで消えたよね」
尼寺さんは伊集院さんを見上げてそう言った。
まさかとは思うけど……、
“__シリウス、彼らは……”。
シリウス「あぁ、恐らくだけど、放屁を視認できていないね」
僕の隣にずっといる彼もあの3人の会話から何となくそう思っていたみたいだ。
彼らは神憑なのに、神の力である放屁を感じ取ったり視認できたりしていない。
…………。
僕は添えていた右手をお尻からそっと離した。
伊集院「言われた通り、自己紹介はした。そろそろ殺させてもらうぞ__六合念力」
ゴゴゴゴゴ……!
この人、かなりせっかちだね。僕を狙う理由とかについてもう少し聞きたかったんだけど。
伊集院さん……いや、伊集院は手の平を上に向けた状態で両腕を軽く開いた。
それと同時に地面が揺れ始め、僕と彼ら3人の周りの地面が人1人分くらいの大きさで抉れていき、それが何十個と空中に浮遊する。
なるほど、さっきの揺れはこの能力が原因のようだね。
手を使わずに物体を動かすというとてもわかりやすい力だけど、質量や数関係なく何でも動かせるとしたら対処は難しいどころの話じゃない。
氷堂「お、殺るのか? 殺す? 殺すんだな!」
興奮が抑えきれない様子の氷堂。
さては火球をいきなり撃ってきたのは彼だね?
尼寺「まぁまぁ、ブロンド。落ち着こう? 逃げる気もないみたいだからさ」
氷堂に対し、手の平を向けて落ち着かせようとしている尼寺。
ブロンドってのはまた別のあだ名か何かかい? 多すぎて覚えられそうにないね。能力の名前とはまた別なんだろう?
伊集院「行くぞ、ブロンド。いつものあれだ」
氷堂「了解、バレット!」
もう誰が誰だかわからないよ。
自己紹介のとき、そっちで名乗ってくれたほうが絶対に良かった。
っていうか、こんな悠長にツッコミを入れている場合じゃないね。彼らはとっくに臨戦態勢に入っている。
バレットこと伊集院が広げていた両手を自身の胸の前でガッと組むと、周りに浮いていた地盤全てが僕に向かって迫ってきた。
全方位から等身大の幾多の地盤が飛んできている時点で僕に逃げ場はない。
そんな僕に追い討ちをかける氷堂。右手で足元の地面に触れ、ある技を繰り出した。
初めて見る技だからどういうものか完全にはわかっていないけど、彼の手が地面に触れた瞬間、触れた部分は急速に凍り始める。
彼が顔を上げ、僕に向かってニコリと嗤うと、その凍結は物凄い速さで地面を伝って僕の足元までやってきた。
空中には地盤が、地上にはよくわからない凍結が迫ってきていて僕は1歩も動けない。
逃げ場を失った僕は足元から頭の先まで完全に凍らされ、凍死寸前の僕の身体には全ての地盤が直撃し、挽き潰される形となった。
“__という感じに彼らには見えてるんだろうね”。
シリウス「あぁ、何て惨たらしいことを。殺しに慣れているみたいだ」
僕とシリウスは、僕自身が殺される情景を伊集院よりも遥か上空から悠々と眺めていた。
僕が上空にいるのは例の如く、宙屁でホバリングしているから。
じゃあ、地上で殺されたあの僕は何だったのか?
ふふっ……、あれは僕自身ではなく僕の本体なのさ。
何だって? 言ってる意味がわからない?
シリウス「それにしてもあんな放屁、よく思いついたね。まさか……人間の造ったものを放屁に応用するとは」
僕の隣にいるシリウスも感心しているようだ。
意味がわからない人に説明してあげよう。
子どもから大人まで、あるものを身につけている男性はこう言われたことがあるはず。
『お前、そっちが本体だろ』
ってね。
覚えのある人はもうわかったことだろう。
そう、あの地上で殺された僕の本体は…。
小学校からずっと苦楽を共にしてきた僕のメガネだ。
最近はコンタクトに変えてほとんど着けてはいなかったんだけどね。
僕は感心するシリウスに目をやった。
「名付けて、幻眼鏡屁。メガネのグラスに当たる光の乱反射と、あらかじめ霧状に撒いた無臭の放屁をかみ合わせて自身の幻影を映し出す技。メガネを持っている数だけしか使えない限定技だよ」
まぁ、それは嘘なんだけど。何となくできてしまったっていうのが本音だね。
メガネって数千円から高いので1万円を超える物もあるから、気軽には使えない放屁だ。
思いついたきっかけは体育館倉庫で大砲を造っていたときにあった。
皇『あ、お前いたのか? メガネかけてないから存在感なかったわ』
高校生にもなってあんな稚拙な煽りをしてくるなんて。まぁ、お陰で命拾いさせてもらったよ。
この世界の科学や物理、仕組みなどを知らなさそうなシリウスは興味津々に何度も頷いている。
「さて、彼らはどうしようか?」
僕はシリウスから、僕を殺せたことに喜んでいる様子の2人と動じることなくそれを見下ろしている伊集院に目を移した。
やはり神憑や神の気配を感じとれないみたいだね。シリウスを視認できてなかったときの僕みたいに。
シリウス「このまま気づかれなければ、何もしなくても良いんじゃないかい? いずれ……」
まぁ、確かにそうだね。わざわざ攻撃を喰らうリスクを背負って奇襲を仕掛けるのはナンセンスだと思う。
だけど最初、僕を炙り出すために暴れていたことは見過ごせない事実だ。
彼らが嗜好で暴虐を尽くすことがあれば止めないといけない。
「そうだね。とりあえず様子見……いや待った」
浮遊していた伊集院が2人の元へ降り立っている。
もしかして勘づかれた? 呆気なさすぎて警戒しているのかも。
ここからじゃ彼らのやり取りは聞こえない。
盛り上がっている氷堂を落ち着かせた後、伊集院は僕を潰すために集約させた地盤の方へ足を運んだ。
彼は両手を胸の前へ持っていってから、大きく横に広げる。
同時に集約していた地盤が左右に散り、その中から出てきたのは…、
僕の無惨な死体ではなく、グラスにヒビの入った哀愁漂う黒ぶちメガネ。
「気づかれたか!」
僕は無意識にそう言い放ち、宙屁で氷堂と尼寺の背後へ回り込むように接近する。
2人に気づかれない間に、昏倒劇臭屁を放つのさ。
全体にばら撒く“併合型・宙撒布劇臭屁”も悪くはないけど、身体に負担がかかるのと、即効性がなく反撃を喰らう恐れもある。
だから、まずはこの2人を確実に墜とす。
まだ1度も力を見せていない尼寺と火球と氷を放ったと思われる氷堂。
彼らを確実に倒して、手の内がある程度わかる伊集院との一騎打ちに持ち込むんだ。
彼らが振り返る頃には、僕は既に彼らの顔面にお尻を向けていた。
悪いね。不意討ちはマナー違反だとか言っていた僕がこんな卑怯なことをするなんて…。
だけど、神憑3人同時に相手するとなると、マナーとか常識とか言ってられないことはわかってほしい。
そして尼寺さん、1度も技を披露させてあげられなくて本当に申し訳ない。
殺意のある未知数な力っていうのはかなり脅威なんだよ。
だから、2人とも安らかに……失神してくれ。
「喰らえ__昏倒劇臭屁」
彼らが振り返ると同時に、爆音と共に放たれる放屁。
ヤンキー感のある氷堂は奇襲をかけられて驚いているみたいだったけど、尼寺さんは違った。
彼は自己紹介をしたときのように優しく微笑んでこう言った。
尼寺「その技、僕とブロンドには効かないよ」




