三叉槍 - 日下部 雅④
「見知らぬ神憑3人が襲来している。狙いは日下部、君の命らしい」
神憑が同時に3人も…。厄介どころの話じゃないね。
いったい何が目的で僕を狙っているのか。それとも、誰かに殺すよう指示されて来たのか。
誰かに恨みを買った覚えはないんだけどね。
錫杖を掴んで離さない僕たちに、シリウスは話を続けた。
シリウス「奴らは地上で君を炙り出そうと破壊の限りを尽くしている」
そして、シリウスは御門さんに目線を移す。
シリウス「君の豪華な家や庭は10分と持たないと思うよ」
それはまずいね。無理矢理連れてこられたとは言っても、僕のせいで他人を巻き込んでしまっている。
彼女ははっとした顔をして、強く掴んでいた錫杖をぱっと離した。
「おっと…!」
引っ張る力が急になくなり、僕は錫杖を持ったままバランスを崩して尻餅をつく。
ちょうど尾てい骨が床に激突してとても痛いよ。全く……怪我をして2度と放屁が使えない身体になったらどうしてくれるんだい?
御門「そんなっ! 私たち家族の日本庭園が…! 忌々しい邪神共! いくらかかったと思ってるの? それに今日は教徒たちもいるのに…」
彼女はとても動揺していて、自身の想いを身振り手振りで激しく語った。
なるほど、彼女は日本庭園に住んでいるんだね。とても羨ましいよ……ってそうじゃなくて、教徒…つまり他に人がいるだって?
僕ら以外にも人がいるのはまずすぎる状況だね。
「シリウス、その3人に憑いている神たちの位は?」
尻餅をついている僕は自分と同じ姿をして立っているシリウスを見上げた。
彼は御門さんに注意を払いながらすかさず返事をする。
シリウス「幸い、みんな位は僕より下だ。行こう、日下部。あの神憑たちに目立ったことをさせてはいけない」
そう言って僕に手を差し伸べる彼の表情は真剣中の真剣。
シリウスと同じニートの神が大きな問題を起こせば、更に上の神たちがシリウスたちを抹消しにかかるかもしれないからって感じだろうね。
今はそんな横暴なことを上はしてこないと言っていたけど、こちらが派手に暴れたらどうなるかはわからない。
シリウスが神憑を止めるのは、上からの制裁を未然に防ぐため。
僕が神憑を倒すのは僕自身を守り、慶たちと合流するため。
そして、彼女も神憑たちを倒さないと家族や知り合いが巻き込まれてしまう。
全員、利害は一致している。
「あぁ、シリウス。とっとと片付けるとしよう」
僕は尾てい骨にヒリヒリとした痛みを感じながら立ち上がる。
御門「待ちなさい。私はその邪神を信用できないわ」
いつの間にか僕の足元にあった錫杖は消えて彼女の手元に。
あの錫杖は実体のあるものだけど、同時に彼女の能力で創り出したものでもある。だから、いつどんな手段で手元に引き寄せられたとしてもおかしくはない。
まだ揺れは続いている。さっきの大きな揺れがまた来るのも時間の問題。
今、彼女と戦うのは避けたいところだね。
「そこを何とか信用してほしい。君と同じく神に憑かれた人の周りには災いが起きると言っていた先生がいたんだ。まぁ、確かに色々あったけどシリウスは関係ないと思う。ただの偶然さ。ここ半年間は平和だったしね」
これだけ丁寧に説明しても彼女は納得のいかない顔をしている。
僕は諦めずに説得を続けた。
「なぜ神…君の言う邪神が人に憑くのか。災いを起こすためや人を陥れるためじゃないんだ。基本的に向こうの世界の仕事が嫌で逃げてきたってのがほとんどさ」
憑いた神は人に自身の力全てを与える。その与えられた人が死ぬまで自分は力を失ったまま。
上の神たちはこれに対応できない。できることがあるとしたら、憑かれた人を殺すか、力を失った神を無理矢理連れ戻すか。
人を殺すのは現在、神の世界じゃよろしくないとされているらしい。そして、無理矢理彼らを連れ戻したところで神の力がなければ労働力にはならない。
つまり、破壊や殺人とかシリウスたちは非人道的かつ上に目立つようなことを嫌うんだよ。
シリウスから聞いたこれらのことを僕は彼女に全て話した。
「シリウスの発言は綺麗事でもなければ騙しているわけでもない。目立ったことをする神憑を倒して、平穏なニート生活をしたいだけなんだ」
シリウス「その言い方は聞き捨てならないね。休職中と言ってくれるかい?」
シリウスは怪訝な顔をして僕を睨む。
なんだ、一応復職したいとは思ってるんだね。
黙って僕の話を聞いていた御門さんの表情は変わらない。
御門「私の知ってる話と全然違う。3000年前と今じゃ邪神の在り方も変わってるってこと?」
彼女は俯き気味に、僕らに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いている。
シリウス「3000年前? そりゃ違うに決まってるさ。君たちだって500年前は変な髪型をして刀とかで殺し合ってたじゃないか。そのときの印象だけで人間は野蛮だと言ってるのと同じだよ」
シリウスのわかりやすい例えとツッコミに彼女は不意にふっと笑った。
ようやく僕ら2人と1柱は打ち解けたみたいだね。
御門「良いわ。一旦信じてあげる。今回は協力しましょう。貴方は他の邪神と比べて強い力を持ってるみたいだけど、私からすればどれも一撃。少しでも怪しい動きをすれば消し飛ばすって意味よ」
彼女は恐い人だ。人を地下に監禁したり、僕を拉致したり、そして神を殺す力も持っていると。
性格的にも能力的にも凶悪だね。分類するなら、特質や神憑とは別になるだろう。
シリウス「自信満々だね。機会があれば手合わせ願いたい。僕と日下部は神憑3人の対応を。君は敷地内にいる人たちの避難を頼む」
御門さんはシリウスの挑発にふんっと鼻で笑ってから、こくりと頷いた。
御門「地上に案内するわ。あのドアを出て階段を上る。着いてきて」
ぐらぐらと地面の揺れが続く中、地下室のドアの前に向かう彼女の後を僕らは着いていく。
ドアを開けてすぐ右手に、地上へと続くと思われる長い階段が。
もちろん巫女の恰好をした彼女が先に階段を上っていく。
僕もほとんど距離を取らずに彼女に続くんだけど、何ていうか彼女のお尻はとても整った形をしている。
無駄な脂肪はなく、かと言って痩せ細って骨張っているわけでもない。
綺麗な弧を描いた引き締まったお尻だね。
彼女から放たれる屁はさぞバラの香りがするだろう。
…………。
いや、僕は何を考えているんだ。
日下部雅、いったん落ち着こう。
殺意のある神憑と対峙しようとしていて気が動転しているに違いない。
バチンッ!
僕は自分の頬を叩き、理性を取り戻した。
シリウス「何をしているんだい?」
僕の後ろを着いてきているシリウスが白けた顔をしている。
僕は振り返って彼の目を見据えた。
「集中しよう」
凶悪な能力を使う神憑を複数相手するに留まらず、今回は殺しに来ている。
複数相手するのも本当に殺意を持った人と戦うのも何気に初めてだからね。
強いて言うなら学生大戦。だけど、あのときは便秘を起こしていて僕は直接戦ってはいない。
亜和高校に出向いた時も僕はただ飛び回っていただけだ。
御門「ここを出たら地上よ」
階段は上まで続いていて、天井には扉がついていた。
彼女は少し力を入れ、扉を押し上げるようにして開けていく。
ギギィ……
軋む音が響いて扉は完全に開いた。
外の光と冷たい空気が一気に飛び込んできて、僕は思わず目を細めて身をすくめる。
その扉の先から見えたのは、雲が隙間なく敷き詰められた薄暗い曇り空。
僕が新庄を迎えに学校を出たときは快晴だったはず。
一気に天候が変わったか、全く違う場所に連れてこられていたかのどちらかだろうね。
それにこの焦げくさい臭いは…。
御門「な、なんてこと……!」
先に地上に出た御門さんは、辺りを見渡して狼狽えている。
僕も彼女に続いて地上へ。
確かに……これは絶句するね。
初めて見る場所だけど、何か災害でも起きない限りこうはならないはずだ。
僕らの目の前に広がる光景は悲惨なものだった。
辺り一帯に燃え盛る炎と黒い煙は庭園全体を呑み込んでいる。
かなり広く豪華な庭だったに違いない。破壊された噴水や橋、灯籠などが散見している。
そして、確か僕らがいた地下室って彼女の家の中にあると言っていたね。
僕らの足元や身の回りにあるこの瓦礫は、恐らく…。
「御門さん、気持ちはわかるけど、僕らのやるべきことをやろう。さっき言ったとおり、僕らは神憑を、御門さんは敷地内にいる人たちの避難を…」
息遣いの荒い彼女は僕の方を向いて、手に持っている錫杖を強く握り締める。
御門「ありがとう。日下部、どうか気をつけて」
彼女は僕に礼を言ってから走り出し、炎の中へと消えていった。
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今、ここにいるのは僕とシリウスだけ。倒れている人も見かけていない。
ここは瓦礫があって足場が悪いから移動しよう。
“__シリウス、敵はまだ近くにいないようだね”。
僕は瓦礫のないところに向かって歩きながら、シリウスに話を投げかける。
シリウス「あぁ、君もそうだと思うけど、まだ何も感じないね」
瓦礫のない場所へ移動は完了。
彼ら3人は僕の命を狙っている。わざわざこちらから探さなくてもやって来るだろうからここで待機……あ。
シリウス「感じたかい?」
“__あぁ、もちろんさ”。
神憑本体は接近してきてないけど、この感覚は…。
僕は自分のお尻に手を添えた。
“__念の為に聞くけど、放屁は使えるんだろうね?”。
シリウス「僕が近くにいるときは必ず使えるさ。ガス欠にならない限りは…」
なら、大丈夫。
ガス欠になる前に終わらせるつもりさ。この後やることがあるから時間はかけられない。
そして、だんだんと近づいてきている。
神憑本体ではなく神の力を僕らは感じ取っていた。
シリウス「来るぞ!」
黒い煙の中からそれは姿を現した。
ゴオオオオォォォォ!!
全てを焼き払うような重圧のある音と共に、身体をまるごと呑み込むくらいの火球が正面から向かってくる。
僕はお尻に添えていた右手を火球に向かって突き出した。
「相殺屁!」
僕の手の平にこもっていた相殺屁は大きく広がり、火球と衝突。
…………。
火球は音もなく打ち消されて消滅した。
この放屁は神の力を無効化する。種類によってはできないものもあるけどね。
それにシリウスより上の位にいる神の力に通用するかはわからない。
「ふっ、いよいよ本体たちのお出ましのようだね」
僕は神憑3人の気配を感じ取った。
直後、煙の中から2つの人影が現れ、もう1人はその2人の上を浮遊している。
煙や炎のせいでまだはっきりとは見えないけど、距離的に声なら届くだろう。
僕は少し声を張って彼らに話しかけた。
「いきなり攻撃とはマナー違反じゃないかい? まずはお互い自己紹介から始めようか」




