2日目 - 剣崎 怜①
誠に不覚である。この私が風邪を引いて学校を休んでしまうとは。
そう思いながら、学校に続く道を歩いていた。
私は滅多なことでは休まない。
普段、趣味で仲間とやっているオタ芸で身体能力を鍛え上げ、恋愛ゲームで人間とのコミュニケーションの極意を学ぶことで圧倒的対人ストレス耐性を習得したこの私に体調を崩す要素はないはずだが…。
まぁ、たまにはこういうこともあるのかもしれない。どんなに努力をしても結果が伴わないときもある。
あまり気に病まず、常に前向きでいることが重要なのだ。今年の皆勤賞を逃したのは遺憾であるが…。
真っ白な肌に真っ黒な艶のある髪。北国とこちらの国のハーフのような顔立ち。目は黒く、両親は双方こちらの国の者だが…。
語弊がないよう言っておくが、これは私自身が言ってるのではなく周囲から言われがちなことなのだ。
黒髪ハーフイケメンと自称しているわけでは決してないことを理解してくれ。
見た目に反して話し方は武士のようだと言われたりするのだが、そのような自覚はない。
そんな私の名前は、剣崎 怜。
個人的には若々しく覚えやすい爽やかな印象のある名前だと思っている。
一度名乗れば二度と名前を聞かれることはないだろう。
あの金属バットを持った長髪の不良は幾度となく聞いてきたが…。
彼が心配だ。あの程度の記憶力で生きてゆけるのだろうか?
そろそろ学校に着く頃だ。やはり、1日休んでいるとなると少し緊張する。
だが、私には何ら問題はない。先程も申したが、私は恋愛ゲームで対人関係を熟知している。
いつものように何食わぬ顔をして「おはよう」と言いながら教室に入ってゆけばいいのだ。
そうすると、恐らく反応は次の3通りのパターンになる。
1.「おはよう」と挨拶が返ってくる。
2.「おはよう、大丈夫?」と挨拶を返しながら昨日休んだことを案じて聞いてくる。
3.無視。
私が返事をするのは“2”のパターンのみだ。
「おはよう。大丈夫?」
と言われたら
「私はいつも朝起きたらすぐに体温を測るのだが昨日は平熱より0.5℃高かったのだ。平熱より低いことはあるが高いことは滅多にない。私自身、咳や鼻炎、倦怠感などの症状はなくいつも通り問題なく動けるがウイルス性の風邪だとみんなにうつってしまうと判断し急遽お休みさせていただいたのである」
と軽く返せばいい。……多分。
さて、そう考えている間に教室のドアの前だ。
皆の者に心配されないよう、元気良く大きな声でいこう。
私は少し緊張しながらも、勢いよくドアを開け、教室内に響き渡るくらいの大声で挨拶をした。
「おはよう! 皆の衆!」
………………。誰もいない…?
元気良くドアを開けたものの、教室はもぬけの殻。若干、机や椅子が散らかっているように見えるが、喧嘩でもあったのか?
それはそうと、どういうことなのだ。もう朝のホームルームが始まる5分前だというのに。
まさか、休校なのか? いや、そんな連絡は届いていない。
生徒どころか先生もいないではないか。まるで異世界に転送された気分である。
これから始まるのか? この世界でチート能力を手に入れた私の無双物語が。
まぁ、そんな都合の良い話はライトノベルだけである。この現実という世界では、常に努力を怠らなかった者が力を手に入れるのだ。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
現在、午前9時。朝のホームルームを知らせる本鈴が鳴る。
同時に外から大勢の足音が聞こえてきた。
はっはっは、君たち! 思わず両手を広げて豪快に笑ってしまったではないか。
この学校の生徒、先生がまさか全員遅刻とは前代未聞の出来事だ。
君たちのお陰で私は異世界に飛ばされたのかと不安になってしまったよ。
君たちが焦って校舎に走ってくる姿をここから眺めるとしよう。これは誰よりも早く登校した者の特権だ。
私は教室のカーテンを開けて窓から校庭を見下ろす。
「な……ん…だ? あの者たちは……」
私が見たのは、この学校の生徒や先生ではなかった。
謎の黒い二足歩行の大群。肉体的にも精神的にも究極に健康であるはずの私がこれ以上ない不安や恐怖を感じた。
どうやら私は本当に異世界に飛ばされたのかもしれない。
ならば、黒い君たちに見せてあげよう。私のチート能力を!
いや、そんなもの持ってる訳がなかろう。




