ミラーマッチ - 獅子王 陽③
今、僕の目の前では透明状態のFluidと剣崎が刀を交えている。
F「刻裂真剣! 刻裂真剣! 刻裂真剣!」
剣崎「くっ……! バカの一つ覚えとはよく言ったものだ」
皮肉を言えるくらいの余裕があるかと言うと、全くそうは思えない。
Fluidは二刀流。片や剣崎は半分に折れた刀1本で応戦している。
奴の連発している刻裂真剣を捌くのでやっとといった感じだ。
てか、あれを捌けてる時点で剣崎は人間じゃない。
F「刻裂…………真剣!」
キーンッ!
だけど、体力にはいつか限界が来る。
奴の刻裂真剣に対応しきれず、ついに剣崎の持っていた刀は弾かれてしまった。
今、剣崎は手ぶらの状態。腰に着けている鞘も使えそうな気はするけど、一瞬で粉々に刻まれて消滅するだろう。
勝ちを確信したのかFluidは、自然な笑みを零しながら剣崎に迫った。
このままだと剣崎は間違いなく殺されてしまう。なのに、なんで僕がこんなに冷静でいられるのか。
さっきの的場の発言、“動きを止める”っていうのを信じているから。
彼は剣崎たちにある程度近づいたところで、担いでたマシンガンを両手に持って銃口をFluidへ向ける。
的場「必殺! エイムショット!」
ドドドドドッ!
そして、剣崎が近くにいるのにも関わらずマシンガンのトリガーを引いた。
え、ちょっと待った! 流れ弾当たったら剣崎が死んでしまうじゃないか!
的場「ノオオオオォォォォン! 思ったより反動ヤバいぃぃぃ!」
いや、マジで危ないって!
彼の上半身はマシンガンの反動に負けて、ブレまくっている。
こんなんじゃ、狙いを定めるなんて絶対無理だ。剣崎が……剣崎が死んでしまう!
今のところ、剣崎に弾が命中した様子はないけど…。
てか、何だろう…? 目を凝らしてFluidをよく見てみると…。
F「何も見えぬ…。何事であるか?」
奴は丸腰の剣崎へ斬りかかることはなく、ただその場で立ち尽くして辺りを見渡していた。
剣崎は警戒しながら奴から距離を取り、さっき弾かれた刀を拾い上げる。
Fluidは今、何も見えていない。視界が真っ暗な状態なんだろう。
それもそのはず。よく見ると、的場のマシンガンから放たれた銃弾は、全て奴の両目に命中し続けている。
的場「エイムは楽勝じゃけど、肩はクソ痛いわ!」
小言を言う的場の上半身はブレブレなのにも関わらず、銃弾は従順に奴の目へと向かっていく。
明らかに物理的におかしい気がするんだけど、Fluidがどこに向いてもそれに対応するかのように銃弾は軌道を変えて奴の目に当たり続けた。
これが的場の特質なのか? 学生大戦のときは砂投げたりサッカーしてたりしていたって聞いてるけど?
彼の特質は、全く検討がつかないな。
F「兄者よ、どこにいる! 拙者の目に何をした!」
奴は全く見当違いなところに向かって叫んでいる。
それに対して、上半身ブレブレで新手のダンスをしているようにも見える的場は……、
的場「何で見えんか言うたろか? 俺がお前の目にな、1発も外さんと銃弾撃ちまくっとるけんじゃ!」
……とかっこよく言い放った。
ドドドドドッ!
絶え間なく撃ち出されるマシンガンの銃弾。
反動に負けている的場はかなり不恰好だけど、弾は1発も外れることなくFluidの目に命中し続ける。
一向に視界が晴れず、煩わしいと感じたのか……、
F「ええい! 鬱陶しい!」
奴は思わず目を伏せて、両手を自身の目の前へ持っていった。
つまり、隙を晒した上で動きを完全に止めたんだ。
的場「勝院! 今です!」
的場は男虎先生に向かって叫び、無防備になったFluidへの発砲を止める。
ドン!
F「な……に……?」
そして、何かが爆発したかのような音と共に、男虎先生が奴の目の前に現れた。
その衝撃でかはわからないけど、Fluidの身体は浮き上がる。
さすがに音速ってわけじゃないけど、人間離れした瞬発力だ。この国の武術は化け物を生み出すのか?
唖毅羅より速いじゃないか…。僕のゴリラの存在価値っていったい…。
男虎「サンキュー、的場あぁ! これから部活動もみっちりやっていくぞぉ!」
的場「そんなあああぁぁぁ! 話が違うじゃないですかぁ!」
笑顔で拳を作ってそう叫ぶ男虎先生と、人生に絶望したような顔をして地面に手を着く的場。
話が違うって言ってるけど、実は先生、部活に関しての返事はしてないんだよな…。
返事を待たずに動いた的場が悪いけど、返事を待ってたら剣崎が微塵切りにされていただろうから何とも言えない。
男虎「龍風拳! 灰燼・腥風の構」
そして…、これが龍風拳という武術の本当の構え?
男虎先生は、両手に拳を作り、片方は腰の真横に添え、もう片方の手は前に突き出すといった構えをとった。
宙に浮いているFluidと、目の前で構えをとっている男虎先生。
先生の繰り出す技次第で決着がつくかどうか。だけど、奴はまだ刀を両手に持っている!
「先生、危ない!」
男虎「あ、刀持ってるのうっかりしていたあぁ!」
間髪入れずに、Fluidは空中で身を捻って刀を先生に振り切った。
パキンッ!
誰もが首をはねられる先生の悲惨な姿を想像しただろう。
だけど、そんなことはなく……首に刀身が当たる直前で奴の持っていた2本の刀は何かによって折られた。
誰の力? 先生は唖然として固まっていたから自身で捌いたとは思えない。
考えられるとしたら…、
朧月「…………」
突如、Fluidの近くに現れた朧月くんの能力だ。
彼はナイフを持って、無表情で奴を見つめている。
F「其方衆、何者だ…? 双方、あの手帳に記載されていない力を使っているであろう?」
男虎先生と朧月くんの動きに対して、顔を引き攣らせるFluid。
さぁ、かっこよく仕留めてください、男虎先生! ここまで来てネタ的な展開にしないでくださいよ。
男虎「正拳捩突!」
先生は奴の腹を目がけ、腰の真横に添えていた拳を捩りながら突きを繰り出した。
先生の拳が腹にめり込んだ瞬間、その突きの波動は奴の身体全体を渦状に広がっていく。
そして、奴の唾液でできた身体は捩れるように四方へ飛び散った。
こんな武術、普通の人に使ったらあっという間にミンチだ。
奴が全身唾液で良かった。普通の人間みたいな身体だったら超グロテスクなことになってたと思う。
奴の身体は跡形もなく分散し、その中に潜んでいたと思われる銀色の球が姿を現した。
『破壊しろ。それがコアだ』
どこにあるのかわからない小型カメラから、文月の声が聞こえる。
それを壊せば、僕らの勝ちだ!
男虎「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
それを聞いた男虎先生は雄叫びを上げながら、コアを壊そうと殴りかかった。
ゴンッ!
男虎「痛たああぁぁぁぁい!」
そ、そんな…?! あのコアってそんなに硬いのか?
あまりにも痛かったのか、先生は拳を押さえながら転倒する。
そもそも素手で金属っぽい球を壊すのは、いくら先生でも無理があるのかもしれない。
『チッ……そのコアは恐らくダイヤモンドで覆われている。パクりやがって。さすがに素手では厳しかったか…』
あぁ、それは無理だ。コアを剥き出しにしたのは良いけど、どうやって破壊すればいい?
僕のゴリラの腕力も、男虎先生とそんなに変わらない気がするし。
D「ふっ、実に滑稽ですね。Fluidは全身唾液。早く破壊しないと、飛び散った唾液は再びコアに集束し元に戻りますよ」
転倒した男虎先生や、コアを破壊する術がない僕らを見て、Destroyは嘲笑する。
随分と余裕そうだ。自分が動けば全て終わらせられるという自信があるんだろう。
あえて加勢しないで、僕らとFluidの戦いを愉しんでいるようにも見える。
奴が言った通り、Fluidを形成していた唾液が四方からコアに集まってきた。
剣崎「させるか!」
キーンッ!
剣崎は、ダイヤモンドに覆われたコアに対して折れた刀を両手で持って縦に振る。
無謀だ、普通の刀でダイヤモンドを斬ることなんてできない。
それにだんだんとコアにFluidの唾液が付着していっている。
でも、ここで何とか破壊しないと…。
あぁ、なんで僕はゴリラなんだ。ティラノサウルスだったら、コアを噛み砕けたかもしれないのに…!
ある程度コアに付着した唾液は、2本の透明の腕となって剣崎の首を掴んだ。
「剣崎…!」
今度こそ、彼が死んでしまう!
そう思った僕は気づけば彼の名前を呼んでいた。
他のみんなはと言うと……。
男虎先生は倒れたまま悶えている。
朧月くんは姿を消して、コアの近くに現れるけど何も変化はない。本人もそれには戸惑っているのか、ナイフと奴の腕を交互に見つめた。
彼の能力はわからないけど、効果的じゃなかったみたいだ。
的場はマシンガンの銃口を奴の腕に向けるけど……、
剣崎「皆の衆、心配ご無用だ。私を……信じてくれ!」
剣崎はコアを睨みつけ、刀を突き立てたままそう言い放った。そして、首を掴まれ息苦しそうにしながらも…。
剣崎「尾蛇剣舞・激動摩擦斬」
全身に力を入れたのか、彼の身体は小刻みに力強く震え始めた。
ギリ……ギリ……
その振動は刀にも伝わり、電動ノコギリのように震えて、コアを徐々に切断していく。
唾液も更に集まってきて今度はFluidの頭を形成した。
F「よせ、止めるのだ兄者! 弟を殺す兄がどこにいるというのだ!」
両手で首を絞めたまま、剣崎の情に訴えるFluid。
さっきまで自身が兄と呼ぶ相手を殺そうとしていたのに…。いくら優しい剣崎でも奴の言葉には耳を貸す様子はない。
コアの大方8割くらいを斬り込んだところで、彼は焦った表情を見せるFluidを睨みつける。
剣崎「その問いに答えよう。私の親族に……兄弟を殺そうとする兄や弟は存在しない」
シャキンッ!
彼はそう言って、奴のコアを真っ二つに両断。
完全に機能が停止したのか、Fluidの腕や頭はドロッと崩れ、ただの唾液となって地面に落ちた。




