ミラーマッチ - 獅子王 陽②
勝った……? 剣崎が音速のFluidに勝ったのか?
「やったぞ、剣崎! 勝てて良かった!」
男虎「お゛お゛ぉぉ……! やっぱり3年生は違う! 頼もしい…! 立派に成長してくれて先生は嬉しい!」
ホッとした気持ちを胸にガッツポーズする僕と、隣で成長に感動して男泣きする男虎先生。
まだギリギリ2年生なんだけど、今日まで死んでたのなら勘違いするのも仕方ない。
剣崎「ぜぇ……ぜぇ……」
勝ったのは良いんだけど、大丈夫だろうか?
剣崎は服にシミができるほど全身から汗が流れていて、大きく肩で息をしている。
後ろ姿でもわかるくらいかなり疲労している様子だ。それくらいの大技だったのかな。
彼はもうこの戦いには参加できないかもしれない。
剣崎「この技を使いたくなかった理由……。それは疲れるからと、普通に手が切れて痛いからだ。まぁ刀が2本あれば手を痛める必要はなかったが…。文月氏が1本しかくれなかったのである」
彼はそう言って、右手に持っていた刀身を投げ捨てた。
まだ息は荒いけど、戦う気でいるみたいだ。半分に折れた刀を握って前方にいる3体の“EvilRoid”を見据える。
獅子王「剣崎、僕らも戦うよ。あの速さの相手は無理だったけど。多分、あの頭デカいのなら僕でも倒せる気がする」
P「あぁ、今何つったコラァ?!」
僕が頭のデカい銀色の“EvilRoid - Plant”を指さすと、奴は顔に怒りの表情らしきものを浮かべた。
機械なのに奴らは時折、人間らしさを見せてくる。能力を奪われた人の性格もインストールされているのかな?
D「挑発に乗るのはやめなさい」
小柄でがっちりした体型の“EvilRoid - Destroy”。多分だけど、奴が1番強い。
僕を理由もなくハイタッチで吹き飛ばした鬼塚くんの特質を持っていると思う。
奴は、地面に突き刺していた右手を抜いてこちらにやって来ようとするPlantの頭を押さえて制止した。
D「貴方がその右手を抜けば、黒花帝国・剛蔬閉国は解除され、校舎にいる抹殺対象者に逃げ道を与えることになりますよ」
P「す、すまない兄貴。俺すぐイライラしちまうんでよ」
Plantは……いや多分、他の“EvilRoid”はDestroyに逆らえないんだろう。
全く後先を考えず、感情的に行動しそうなPlantも奴に対しては従順だ。
圧倒的な力の差があるのかもしれない。Fluidですら僕らじゃ手に負えなかったのに…。
D「気をつけてください。所詮は弱者の遠吠え。我々を前にして、心の内側から嫌でも湧き上がる恐怖を、哀れにも誤魔化そうとしているだけです」
いや、挑発とか誤魔化しとかじゃなくて普通にPlantなら勝てると思って言ったんだけど…。
P「はははっ! ざまぁねぇな!」
Plantは、Destroyの間違った解釈を真に受けて嬉しそうにしている。
まぁ、安全に時間稼げたらそれで良いし、あまり言い返したりせずにそっとしておこう。
剣崎「残りは3体。あちらから来ないなら休戦するとしよう」
剣崎は奴らから目を離さないまま、僕らにそう言う。
“EvilRoid”、最初はそんな大した敵じゃないと何となく思っていた。
文月の鬼、学生大戦、そして何人かの神憑との戦いを制した僕ら“BREAKERZ”なら難なく勝てるだろうと。
でも、蓋を開けてみれば音速のFluid。
無理だ、勝てないと思ったけど何だかんだ後3体。頭デカいのは勝てる前提だから実質後2体だ。
大丈夫、特質を取り戻して全員が集まれば負けることはない。
「うん、様子を見よう」
奴らが向かってこないのを確認して、僕は剣崎に返事をした。
U「何言ってるの? まだ4体だよ?」
そう言って首を傾げる1番小さく貧相な体つきのUndead。
奴の発言で空気が一気に張り詰める。
どういう意味だ? もうFluidは倒しただろ? まさかもう1体どこかに潜んでいるのか?
剣崎は居合の構えを。男虎先生は両手に拳を作り、何らかの武術のような構えをとった。
そして、僕はいつでも唖毅羅になれるよう、ちょくちょく太陽を見ながら周囲を警戒する。
『…ザッ…ザザッ……おい、聞こえるか?』
なんだ!? どこからともなく声が聞こえてくる。
気のせいじゃないみたいだ。剣崎や先生もこの声に反応している。
剣崎「誰……であるか?」
眉間にしわを寄せ、警戒したまま居合の構えを崩さない剣崎。
『その様子だと聞こえているみたいだな。今、小型カメラを通して話しかけている。超無能のFUMIZUKIが電波障害を起こしていた。さっきから逃げろ、離れろと言っていたが、聞こえてなかっただろ』
あぁ、この声は…投票数を改竄して僕を無理矢理生徒会長にした文月のものだ。
一応、心配してくれていたんだな。逃げろ、離れろて言うのが聞こえていても多分逃げるのは無理だったと思うけど。
剣崎「誰……であるか?」
男虎「あいつらの仲間か!? コソコソしてないで出てこい!」
変わらず警戒中の剣崎と、首をぶんぶんと振りながら怒鳴りたてる男虎先生。
2人とも、声と話してる内容でわからないのか…?
『はぁ、安心してください。僕は文月です。いや、テロ起こした生徒に安心っていうのもおかしいか。今から重要な話をする。“EvilRoid”の弱点についてだ』
文月は2人の言動に溜め息を吐きながら、奴らの弱点について話し始めた。
『FUMIZUKIの分析結果によると、奴らの弱点は内部にある球状のコアだ。これも僕のパクり……、いや、これについてはまた今度話そう』
奴らの弱点は奴ら本体の中にある球状のコア。そのコアが主電源のような役割をしていて、それを破壊しない限り、完全に停止することはないそうだ。
1体を除いて、基本的には“EvilRoid”1体につきコアは1つのみ。
つまり、Fluidはまだ…。
手足を破壊したならまだしも、奴は首を斬られただけで五体満足の状態。
『剣崎、さっきお前が倒した奴は…』
「剣崎、とりあえずそいつから離れ…!」
彼はまだ倒れたFluidの側にいたんだ。
僕は危険を感じ、彼に呼びかけようとしたんだけど…。
キーンッ!
Fluidは口から透明の刀を取り出しながら起き上がり、剣崎に刃を振るう。
彼は咄嗟に身を引きながら、相手の刀を折れた自身の刀で受けとめた。
やっぱり倒し切れてなかったか。奴らは機械、コアを破壊しない限り問題なく動き続けるってことだ。
ダッ!
両者はお互いに同じタイミング、同じ格好で後ろに飛び退く。
Fluidの身体は色のない液体のような透明に変化した。剣崎に切り裂かれた喉元の傷も塞がっていく。
透明の奴は、両手を広げて不器用に笑った。
F「拙者は全身が唾液でできているのだ。胎内にあるコアを破壊せぬ限り、拙者は不滅なのだ」
え……何か汚いな。強いとか厄介とか言う前に気持ち悪いって感情が先に来る。
F「さて、終いにするとしよう」
透明になったFluidは、再び唾液を上に吐いて10本の唾刃を形成。
そして、自身が使う刀を口からもう1本取り出して二刀流に。
奴は右手に持った刀の先端を僕らの方に向けてきた。
F「唾刃・五月雨」
パキッ……パキパキッ……
奴の周りを浮遊していた10本の刀は半分に折れて20本の小刀に変化する。
そして、奴自身は2本の刀を持って剣崎の方へ。20本の小刀は僕らの方へ迫ってきた。
もちろん、さっきと同じ音速レベルの速さだ。多分だけど1本1本が刻裂真剣を繰り出してくる。
クソッ…! 結局、僕は何もできてないじゃないか。
このまま僕は何の貢献もせず、唖毅羅になる暇すらなく死んでいくのか?
死ぬ瞬間って周りがゆっくりに見えるらしい。
音速レベルで迫ってきているはずの小刀がハッキリと見えているし、それから僕を庇おうと必死に手を伸ばしている男虎先生の様子もじっくり見える。
悔しい……悔しいな。僕は半年前のあのときと何も変わってない。
僕ももっと自分の特質と向き合って鍛えておけば、違った結果になったんじゃないだろうか?
ゴリラになって筋トレするとか馬鹿らしいと思っていたあの頃の自分に渇を入れたい。
僕はただ生徒から人気があるだけのマスコットゴリラだ。戦闘においては何の役にも立たなかった。
お父さん、お母さん、“BREAKERZ”や吉波高校の生徒や先生たち。
さようなら。どうか……どうか、みんなは生きのびて。
僕は目頭が熱くなるのを感じながら、そっと目を閉じた。
ん? この悪寒は何だろう?
あ、多分あの小刀が身体中に刺さってるんだな。致命傷すぎて痛いって感じはしないんだろう。
いや、何か違う? 何か死にそうな感じがしないって言うか…。
「ハハハッ! お前、何泣いとんじゃ!」
顔面の近くで陽気な声がして、僕は目を開けた。
「うわっ!」
僕の目の前に、吉波高校の体操服を着てマシンガンを担いでいる的場がいた。
突然の出現に驚き、僕は思い切り後ずさる。
そして、突然出現したのは的場だけじゃないみたい。
細身で高身長、全身真っ黒な服装で刃渡り30センチくらいのナイフを持った朧月くんも彼の後ろにいた。
失礼かもしれないけど、悪寒の正体は多分彼だと思う。
朧月「はぁ……この刀…………速かった」
風に掻き消されそうなレベルの小声でそう呟く彼の周りには、Fluidが生成した唾刃が転がっていた。
これ全部、彼が撃ち落としたのか?
彼の能力がどういったものなのか僕はわかっていない。特質なのか神憑なのかすらも。
文月は知ってそうな感じだったけど。まぁ、とにかく命を助けてくれたことに感謝しないと!
「2人ともありがとう! ホントに死ぬところだった」
僕の礼に対し、的場は照れくさそうに頭を掻き、朧月くんは無反応。
的場「そんなもんあったり前じゃ! そんで後はあれ、どうするかじゃのう」
そう言った的場の目線は、目にも留まらぬ速さで刀を交えている剣崎とFluidに移る。
確かにFluidを早く倒さないと剣崎の体力が持たない。さっきの大技で既に消耗しきっているはず。
でも、あの速さの戦いに介入できる人がいないんだ…。
男虎「う~ん、ちょっとでも止まってくれたら良いんだが…」
珍しく男虎先生が静かな声で考え事をしている。
さっきの構えを見た感じ、先生は武術か何かをやってるんだろうか? 相手が止まってる状態で使える技がある?
的場「動き、止めたら良いんですか?」
男虎「できるのか?」
マシンガンを担いだ的場と、ちょっと期待してそうな目をする男虎先生。
もし、動きを止められて先生の技が効いたら奴を倒せるのかもしれない。
剣崎はもうFluidの猛攻に押され始めている。彼が斬り殺されるのも時間の問題だ。
的場「やってみます。ただし、部活再開はなしってことで」
彼はそう言い、マシンガンを担いだまま剣崎たちの方へ歩いていった。




