ミラーマッチ - 獅子王 陽①
【ちょうど皇がUndeadの左腕と遭遇していた頃】
剣崎を先頭に、僕と死んだと聞いていた男虎先生はグラウンドへ。
さっき窓ガラスを割って侵入してきた“EvilRoid”っていう人型の機械がグラウンドの真ん中より少し手前の方で待ち構えていた。
見た目は剣崎そっくりでめちゃくちゃカッコイイ黒い中世風のロングコートを羽織っている。
さっき男虎先生にすごい勢いで殴り飛ばされたのに平然としている辺り、見かけによらず頑丈なのかな?
いつも大きな声でよく喋る男虎先生も敵の殺意を感じてか、真剣な顔をして黙り込んでいる。
ある程度近づいたところで足を止めると、奴は引き攣った不器用な笑顔を見せた。
「待ちかねたであるぞ。拙者の名は、“EvilRoid - Fluid”」
彼は自身の名前を名乗ってから、先頭にいる剣崎を指さす。
F「兄者よ、そなたと兵刃を交えたい」
文月からだいたい話は聞いている。
“EvilRoid”っていうのは、小林先生と辻本先生が僕らを殺すために造った機械で、特質みたいなものを使えるんだっけ?
昨日、保健室に行った特質持ちの人たちは能力を奪われ、その奪った能力を奴らにインプットしたって感じだろう。
この“EvilRoid”が剣崎の特質を使ってくるのは間違いない。
見た目も口調も同じだから。いや、口調に関しては堅苦しさと武士っぽさがアップグレードされている気がする。
ってことは、特質もより強く…?
だとしたら最悪だ。殺す気満々の奴があの唾液の強化版を使ってくるとか…。
剣崎「私には年の離れた妹しかいないのだが…。弟君よ、実は私は……最初は君に感謝をしていたのだ」
本物の方の剣崎は腕を組み、長々と語り始めた。
はっきり言って隙だらけ。いつ不意討ちしてくるかわからないから、僕もゴリラになれるように構えておかないと。
幸い今日は雲1つない快晴だ。あのときとは違って僕も戦えるんだ。
剣崎型“EvilRoid”、Fluidも聞いてやろうと言わんばかりに腕を組んで剣崎を見据えた。
剣崎「私の特質である唾液は、皆から頼りにされているが…。私にとってはただのコンプレックス。それが無くなってしばらくは、人生最高の気分だった」
あぁ、そうなんだ。僕らにとっては頼りがいのある能力でも、本人からしたら溢れてくる唾液を抑えるのに苦労してたりするのかな。
僕も似たような気持ちを持っているかもしれない。ゴリラじゃなくドラゴンになれたらなっていつも思っている。
F「ほぉ……流石は兄者。敵である拙者に感謝の意を述べるとは敬服いたす」
腕は組んだまま、感嘆の声を上げ、少し嬉しそうな顔をするFluid。
だけど、剣崎は感謝しているんじゃなかった。
剣崎「だが、今日気づいたのだ。口の中が常時パサパサであることに。弟君よ、いったいどうしてくれよう? 口内の乾燥は、口臭の原因にもなり得るのだが」
感謝していると見せかけて、遠回しに文句を言っている。
彼の話を聞いていると、何の努力も必要なく、唾液が良い感じに分泌されるのって幸せなことなんだなって思わされた。
でも、今パサパサなことはどうだっていい! 目の前の相手に集中してくれ。
待てよ。確か文月はそれなりに応戦して時間を稼げば良いって…。
なるほど、剣崎は雑談という安全な方法で時間を稼ごうとしているのか!
“BREAKERZ”最強の鬼塚くんが復活すれば余裕で勝てるんだよな?
僕自身は……彼に対する恐怖が身体に染みついていて、結構苦手なんだけど。
彼とはあのハイタッチが初対面だった。
彼に“僕だって手加減できるんだ”みたいなことを言われながらぶっ飛ばされたことを僕は忘れない。
F「兄者よ、呆れたであるぞ。この素晴らしき体質を短所と申すか?」
Fluidは剣崎の愚痴に対し、返事をしてから口を開けて上を向く。
何をする気だ? 何かしらの攻撃か?
奴は自身の舌を奥歯に挟み、もう片方の奥歯までスライドさせる。
そして…、右手を口に持っていき、透き通った透明の刀を1本取り出した。
すごい手品だ! 綺麗な刀だ!
って言いたくなるかもしれないけど、あれは多分、純粋な唾液を固めて造ったものだと思う…。
奴の行動に対して、剣崎も左の腰に納めてある刀の持ち手を握った。
緊張感のある空気が流れ、少しの間、沈黙が訪れる。
そういえば、後ろにいる3体の“EvilRoid”は加勢しないのかな? いや、しなくて全然良いんだけど。
頭のデカい銀色の奴は、右手の指を地面に突き刺したまま動く様子はない。
小柄だけど強そうな銀色の奴と、それよりも更に小さく貧相な身体をしている人間っぽい奴はただ突っ立って僕らを傍観している感じ。
めっちゃ余裕があるのか、それとも向こうは向こうで時間を稼いでいたりする?
Fluidは前歯に舌を挟んで後ろに引き、足元に唾液を垂らした。
剣崎「…………!」
何かを察したのか、剣崎は刀の持ち手を持ったまま腰を落として、居合のような構えをとる。
F「兄者が愚弄したこの体質を以て、其方衆の首を討ち取ってみせよう__唾液滑走・音速」
聞き慣れた技だけど、スピードが全く違う。
Fluidはその技を言い終えると、音もなく一瞬にして剣崎の前へ。
速すぎる…! 唾液で滑る技だと思うけど、速すぎて瞬間移動したとしか思えない。
Fluidも既に、剣崎と同じような居合の構えをとっている。
F「尾蛇剣舞……」
剣崎「尾蛇剣舞……」
2人は同じタイミングで刀を振り切った。
F・剣崎「「刻裂真剣!!」」
金属同士がぶつかり合うような音が高速かつ連続で鳴り響く。
この技、1度だけ見たことがある。
不知火をナイフで切り刻んだときの技で間違いないだろう。
目にも留まらぬ速さで相手を粉々に刻む技。
僕の目には2人の太刀筋が全く見えない。ただ金属の音だけが聞こえる。
キーンッ!
決着は僅か数秒で着いた。多分だけど、5秒も経っていない。
この打ち合いに勝ったのは…、
F「何ということだ……」
本物の剣崎の方だ。
奴の透明の刀の刀身は粉々に刻まれ、持ち手の部分しか原型を留めていなかった。
今度は刀じゃなく自身が刻まれると思ったのか、奴は瞬間移動レベルの滑走で距離をとる。
F「音速級の刻裂真剣を上回っただと? 兄者、そなたは誠に人間なるか?」
自分が打ち負けたことに驚いたのか、機械のはずなのに焦っているような表情を浮かべる。
尾蛇剣舞って元はオタ芸から来てるんだっけ? よくわからないけど、スピードだけで言ったら向こうの方が完全に上でもおかしくないはず。
普通の人はどんなに鍛えても音速を超えるのは無理だと思うから。
剣崎は刀を鞘に納めてFluidを見据えた。
納めない方が良いと思うけど…。また仕掛けてくるだろうし。まぁ、彼は礼儀正しいから。
剣崎「弟君、君を造るときに参照した文月氏のデータはいつ作成されたものであるか? 数ヶ月前と言うならば、その間に私は鍛錬をして成長している。それに私の唾液を奪ったのは昨日だったではないか。生後1日にもならない君が、生後17年の私に勝てると思っているのならば、それは非常に烏滸がましいことだ」
おぉ、何か長ったらしいけどカッコいい…。
文月がいつどんな風に特質や神憑の能力を記録しているかは知らないけど、新しい情報が入るまで更新しないとしたら、データは半年前のものになる。
基本、新しい情報が入るのって何かが学校でヤバいことが起きたときくらいだから。
ここ半年間は、普通の学校生活が続いていて能力を使う機会はなかった。
この半年間の鍛錬で剣崎は過去の自分を大きく上回ったんだろう。
いや、ちょっと待て。半年間、ガチでオタ芸やったら音速に対応できるようになるって流石におかしくないか?
剣崎はもう人間じゃないかもしれない。
F「はっはっは! 流石は兄者。拙者と血を分けあっただけはある」
剣崎「申し訳ないが、血は繋がってないと思われる。そもそも君の身体には電気しか流れていないだろう?」
腕を組み、大きく口を開けて盛大に笑うFluidと、ばつが悪そうに即答する剣崎。
一応、EvilRoidって敵なんだよな? なんでこんな穏やかな日常的な空気になってるの?
そう思っていた矢先、Fluidは笑うのを止めてさっきと同様、舌を奥歯から滑らせて上を向く。
ペッ!
奴は真上に向かって大量に分泌された唾液を飛ばした。
空中に散らばった唾液は、口から取り出した刀と同じ形になり、10本の透き通る透明の刃に変化する。
その10本の刀は奴の周りを浮遊し、落下する様子はない。
そして更に、口の中から2本の刀を取り出した。
空中に舞う10本の刀と、両手に2本の刀、合計12本。
奴は視線を剣崎に戻し、今度は不器用ではなく自然な笑みを浮かべる。
F「素晴らしいぞ、兄者。もう少し打ち合いを楽しみたかったが、これほどまでの実力者に本気を出さねば無礼というもの」
12本の刃が一気に迫ってくるのか? しかも、それ音速とかだったら無理じゃない?
剣崎をサポートしたくても、唖毅羅と脳筋男虎じゃ無理だ。
F「恐らく人間に対処できるような代物ではないだろう。冥土の土産に教えてあげよう。拙者の周りを浮遊している刀、唾刃は音速で其方衆に迫り、1本1本が刻裂真剣を繰り出す」
そ、それは……無理だ。
別に倒さなくても応戦して時間稼げば良いって? そもそも、音速な時点で逃げ回ることすらできないよ。
剣崎「獅子王氏、男虎殿、下がっていてくれたまえ」
死が迫り、気が動転している僕を庇うように剣崎が腕を出す。
まさか迎え撃つ気なのか? 半年間、オタ芸がんばってたくらいじゃ無理だって…。
もしや、自分が盾になって僕らを助けようとしている? 剣崎の性格ならそれもありえる。
やめろ……やめてくれ。あのときみたいに僕のために死のうとしないでくれ。
あの屋上での悲惨な光景がフラッシュバックしたせいか、僕は過呼吸になって胸を押さえる。
男虎「お前たち! 校舎に戻れ! ここは儂に……先生に任せろ!」
先生はやや強引に、腕を出している剣崎の前に出た。
いくら筋力のある先生でも無理だし、本人もそんなことわかっていると思う。
だけど、それでも死を覚悟して前に立てるのは…、
何も考えてないんだろう。
剣崎「下がってください。私は身代わりにも盾にもなるつもりはない」
剣崎はそう言って、刀を勢いよく鞘から引き抜いた。
剣崎「ましてや時間稼ぎすらするつもりも…。真っ向から打ち合い、自称私の兄弟を倒します」
さっきの説明を聞いて勝てるって? でも、強がってるようにも見えない。
多分、本気で打ち勝とうとしている。
男虎「儂は先生だ。今度こそお前たちを守りたい」
そう話す男虎先生は悲しそうな目をしていた。
話でしか聞いてないけど、先生は羽柴先生からみんなを守ろうとして殺されたんだ。
守り切れなかったという想いが残っているんだろう。
剣崎はふっと笑い、穏やかな笑顔を見せる。
剣崎「では、後ろにいる“EvilRoid”を見張っていてください。奴らが動けば対応を。Fluidは格ゲーで鍛えあげたお陰で優れた動体視力を持つ私にお任せを」
彼の覚悟が伝わったのか、先生は深く頷いて剣崎の前から退いた。
F「別れの挨拶は終わったか? では参るぞ」
来る……! だけど、ゴリラにしかなれない僕は見守ることしかできない。
剣崎「はぁ……できればやりたくはなかったが、命の危機に瀕している今はやむを得ない」
やりたくなかった? 何かダサいけど強い最終奥義みたいな技があるんだろうか?
彼は刀の刀身の真ん中を…、
グッ……! バキッ!
下から握り込んで真っ二つにへし折った。
当然、刀身を握りこんだ右手からは血が滴り落ちている。
「ひっ……!」
F「唾刃及び唾液滑走・音速」
僕が思わず声を上げたタイミングで、奴は浮遊している10本の刀と共に剣崎へ迫ってきた。
迫ってきたというより、僕にとってはやっぱり瞬間移動にしか見えない。
そんな相手に対して、彼は構えをとることなくただ前へ1歩、2歩と踏み出す。
剣崎「尾蛇剣舞・斬華繚乱」
僕の目は、彼らのスピードに全くついていけてないのかもしれない。
僕が見た光景をそのまま話すと………、
剣崎は初めて聞く技の名前を言いながら音速で迫ってくるFluidや唾刃に向かってゆっくりと歩いていく。
それに反して滴り落ちていた血は様々な方向に……それも華麗に宙を舞っていた。
そして、10本の唾刃全てとFluidの持っていた2本の刀は剣崎の前で粉々になる。
F「ど、どうなっている?!」
かなり困惑した様子のFluidの首に、彼は刀身を掴んでいる方の手で刀を突き立てた。
剣崎「視えなかったのか? ならば私の完勝だ」
剣崎は喉を刀で引き裂き、奴は膝から崩れ落ちた。




