代行 - 皇 尚人⑤
今、俺はカオスな状況に立たされている。
新庄「お前ら、俺がここまで来るのに何年かかったと思ってんだ。弁償できんのかよ!」
震える右手で液晶の割れたスマホを持ち、転倒したバスの窓越しにキレてくる新庄篤史。
「その話は後だ。早くあのバットを持ってこい!」
俺はこいつにバットを持ってくるよう要求し、周囲を警戒する。
あのキモさがふんわりとこの辺りを包みこんでいる感覚だ。いきなり現れて奇襲されてもおかしくはねぇ。
そして、言い争っている俺らには目もくれず、しくしくと泣きながらバスのハンドルを撫で続ける村川。
村川「すまん、すまんな。こんなボロボロになるまで運行させるとか儂は人として最低や。許してくれキャサリン。大事な生徒を守るにはこうするしかなかったんや……うぅっ!」
キャサリン…。バスに名前付けてんのか? 狂ってやがるぜぇ。
大事な生徒が何とか言ってるが、普通に走ってたらこうはならなかっただろ。
それにお前、自分のバスが奴に傷つけられるまでは俺たち生徒より法律を取りやがったことを俺は忘れてないぜ。
ソシャゲ如きでキレる新庄に威厳もクソもねぇ号泣の村川。
こいつらだけでも充分カオスだが…。
翠蓮「あの……あ、あれ……」
翠蓮の怯えたような声がして俺は振り返る。
こいつは不安そうな顔をして、バスの窓から見える外を指さしていた。
こいつの指さした先には、全く傷を負ってなさそうな不知火もどきが…。
本物と同じで不死身なのは確定だな。バスで挽き潰したくらいじゃ余裕で再生しやがる。
奴はゆっくりとこちらへ向かってきていた。
新庄「おい、聞いてんのか! あぁ、ぶん殴ってやりてぇ」
「おい、早くしろ。あいつは人間じゃねぇ。お前を殺そうとしている化け物だ。お前のバットならワンチャン勝てるかもしれねぇんだよ」
拳を作り、変わらず血管が浮き出ている新庄に俺は渇を入れる。
だが、こいつは不良で頭が足りねぇ。全く物怖じせずに言い返してくる。
新庄「あぁ、あの小さいのがか? どっからどう見てもただの子どもじゃねぇか! 話逸らすんじゃねぇよ!」
全く……理解力のねぇ奴は扱いが難しいぜ。
不知火もどきが見える位置にいる時点でもう猶予はない。
あのバカでかい棘をドーンで俺らはいつでも死ねるんだぜぇ♪
「とりあえず聞け。お前は停学してて何も知らねぇ。ここ半年間、普通の学校生活なんてものは無くなった」
まぁ、嘘だがな。納得して躊躇いなくあいつと戦ってもらうにはこうするしかない。
あまりわかってないような顔をする新庄に俺は話を続けた。
「お前もちょっとは知ってるだろぉ? 俺たち特質……能力持ちの命を狙ってる奴の存在は。羽柴は最後お前が倒したよなぁ? ああいう輩が最近は毎週のようにやって来て、俺たちはそういうのを捌きながら勉強や部活に励んでるんだよ」
新庄「う、嘘だろ? 俺がいない間にそんなヤベぇことになってたのかよ!」
ご名答、大嘘だバカヤロー。今日まで全員、平和でクソ暇な毎日だったぜぇ。
俺はチラッと振り返り、不知火もどきの動向を確認する。
黒い棘とか触手を出してくる気配はなさそうだな。追い詰めたと思って余裕かましてんのかぁ?
説得させるまで後もうちょっとだ。
動揺している新庄の目を俺は鋭く見据えた。
「嘘じゃねぇ。あのチビもそういう輩の1人だ。だが、あいつはテキトーに遇えていたその他大勢の雑魚とは違った。お前の……いや、あの金属バットの援助がいるくらい今回の敵はヤバいんだよ!」
まぁ、俺も何がどうなってんのかしらねぇがな。何となくヤバそうなのはわかってるが、文月に頼まれてここに来ただけだ。
俺の本当にありそうなヤバい話を聴いた新庄は、壊れたスマホをジャージのポケットに仕舞った。
新庄「わかった。ちょっと待ってろ。その戦い、俺も加勢す……」
うっ………クソッ!
新庄がそう言い終えようとした瞬間、背後からキモさ全開のオーラが…。
「翠蓮! 新庄! 伏せろおぉぉ!」
俺は2人に注意を呼びかけながら、地面に倒れ込むような勢いで張り付いた。
さっきの経験から翠蓮は俺の指示に反応し、伏せることができたが…。
シャッ! ドスッ!
伏せたと同時に赤黒い槍のようなものが物凄い速さで車体を貫通し、頭上を通過する。
新庄は茫然としていて玄関の前に突っ立っていたままだった。
思い切り刺さるような音が聞こえたが、まさか……!
「おい、新庄!」
俺は起き上がり、玄関の方に目をやった。
槍は玄関のドアのすぐ横の壁にぶっ刺さっていて、新庄の姿はそこにはない。
はぁ、焦らすんじゃねぇよ。伏せる前にバットを取りに行ったのか。
うっ……また来やがるか。
間髪入れずに再び同じキモさが全開に。
どんな技なのか、飛んでくる方向を見極めてやろうと、俺は不知火もどきの方へ身体を向けた。
奴の左腕は消失していたが、ボコボコと細胞分裂のようなものを繰り返してすぐに再生する。
その再生した左腕を右手で掴み、奴は空っぽの笑顔でもぎ取った。
もぎ取られた腕は黒く変色していき、さっき飛んできた赤黒い槍のような形に変わる。
U「成体変化・凝棘」
奴は槍投げのような構えを取って、その槍みてぇなものをぶん投げようとしている。
投げたのを見てからじゃ、たぶん避けれねぇな。
まぁ、もう慣れたわ。キモさは友達ってかぁ?
だが、この感覚は直感の良さの延長線にあるものだろう。恐らく先に読んで動くのはパンピーには無理だ。
「翠蓮! 右に飛べ!」
だから、こいつに指示しながら避けることになる。
ドスッ!
案の定、投げられた槍は俺らのいた場所より左にズレて飛んできてバスにぶっ刺さった。
先に右に飛んだ俺らは無事だ。
不知火もどきはもう一度腕を再生させ、槍に変えて投げてくる。
「今度は……そのままいろ!」
奴も少しは頭が回るらしいなぁ♪ だが、俺の直感を知能で上回るのは不可能だぜ。
さっきの動きを見ていたのか、今度は槍を右寄りに投げてきた。
当然、動かなかった俺たちには掠りもしてねぇ♪
「ヒャハハハッ♪ どうした? 全く当たる気しねぇぞ! このノーコンがぁ!」
俺は思わず両手を盛大に広げて奴を煽ってしまう。
ムキになったのか知らねぇが、奴の顔からは笑顔が消え去り、次々と槍を投げてきた。
「翠蓮、スリル満点のエクササイズと行こうかぁ♪」
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「右! 左! 右……と見せかけて左! 次はジャンプして、その次はそのままぁ!」
翠蓮「う、うわああぁぁぁ!」
当たる気が……全くしねぇぜぇ!
俺らは少しハードな反復横跳び感覚で槍を避けていく。
翠蓮「これ、いつまでやるんですか!?」
あぁ、俺だって永遠に避け続けるつもりはない。これは単なる時間稼ぎだ。
新庄が金属バットを持ってくるまでのなぁ。そう思ってるんだが……。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「えっと……次は左で~…」
取りに行ってから数分経った。あいつ、マジで何やってんの?
おいおい、俺の直感は無限に使えても体力持たねぇぞ。まさかビビって逃げたんじゃないよな?
翠蓮「すみません。もう足が持たないです!」
俺の前で反復横跳びをしていた翠蓮が弱音を吐いた。
気合いで踏ん張れと励ましたいところだが…。
「そうだな。俺ももう無理だ」
奴の弱音で緊張の糸が切れたのか、俺と翠蓮はその場にへたり込んだ。
バスの車内はいつの間にか槍が刺さりまくっていて悲惨なことになっている。
奴はそんな俺らを見て、槍を構えた状態で笑顔になった。
U「アハハッ! 人間の限界だね! 体力が無くなれば動けなくなるんだよね? 君たちを殺せば、後は新庄篤史だけ。じゃあね!」
村川「やめろおぉ!」
黒い槍を投げようとした奴の手は村川の声に反応し、ぴたりと止まる。
どのタイミングでかはわからないが、村川は運転席から離れ、外に出ていたみたいだ。
俺らと不知火もどきの間に立ち、俺らを庇うように両手を広げた。
何だよ、良いところあるじゃねぇか。年金横領するクソジジイでも俺らの先生には変わりねぇってかぁ?
村川「これ以上、キャサリンを痛めつけるんは止めてくれぃ!」
あぁ、そっちか。やっぱりクソジジイだな。
U「ごめんね、おじさん。何言ってるのかわからないよ?」
不知火もどきはキョトンとした顔で首を傾げる。
癪だが、こいつと全く同じ気持ちだ。
村川「無機物やから、生きていないから…。そんな理由で無下に物を扱うのは間違ってんねん!」
理解できない俺らに対し、村川は涙を流しながら演説を始めた。
村川「無機物に魂や心はないかもしれへん。けどな、ありとあらゆる想いが詰まってる。毎日運転してた儂の想い、設計した人や製造した人の想い、営業でこのバスを売り込んだ人の想い。様々な想いが……気持ちがこもってるんや! お金払ったからとか自分のもんやから何してもええんやない! 儂の愛車に関わった人たちが傷つくような扱いは絶対したらあかん。頼むから儂の前から消えてくれ。廃車確定でもそんな槍で刺されてるのを見るのは耐えられへん」
長々とした話を言い終えると、村川は両手で顔を覆って静かに泣きだした。
良い考えなのかもしれねぇが…。
とりあえず、死ぬぞ…?
俺はさっきこいつのこと、人間じゃねぇキモい何かって説明したよな?
殺そうとしているヤバい奴だとも言ったはずだ。そんな奴に熱弁してどうするつもりだ?
U「う~ん、よくわかんないけど、邪魔するなら殺すね♪」
案の定、奴の目標である俺らの殺害を妨害したと見なされた村川は抹殺対象へ。
クソッ、俺の体力は限界だ。この距離からできることは何もない。
俺はできた人間だ。年金横領ジジイだろうが何だろうが助けてやろうと思える善人なんだよ。
トンッ…………タッ……タッ。
不知火もどきが右手に持った槍を後ろに振りかぶったと同時に、バスの上から何かが着地し走りだす足音が聞こえた。
ハハッ♪ クソ遅いんだよバカヤロー。
トンッ!
そいつはバスを蹴って飛び、村川の前に着地した。
例の金属バットを持った金色のラインの入った黒いフード付きジャージの金髪不良。
吉波高校の裏番長。“BREAKERZ”の奥の手。
停学処分を喰らっていた金属バットの復活だぁ♪
不知火もどきが村川目がけて投げた槍に対し、こいつはバッターの構えを取って呟いた。
新庄「ホームランスイング」
カキーン!
U「…………え?」
あのときと同じだ。文月は球状ならはね返せると予想していたが、形は関係ねぇみたいだな。
放たれたえげつない速さの槍にバットをピンポイントで当てて、奴にそのままはね返した。
はね返った槍は、奴の左胸に突き刺さり、奴自身の身体は地面に磔のような形になる。
新庄は構えをやめてバットを下ろし、村川の方へ振り返った。
新庄「あ、お久しぶり~っす。やっぱり染めても黒くならないんすよ…ってなんで泣いてるんすか?」




