代行 - 皇 尚人④
翠蓮と一緒に、俺は突如現れたバスに乗り込んだ。
運転席には毎日学校で嫌というほど見た後頭部が…。
「乗りました! 早く出してください!」
俺はその後頭部に敬語で話しかけた。
…………。
ウィーン……プシューッ。
ゆっくりと閉まっていくバスのドア。
いや、遅ぇよ。早く出せ! あのクソチビは跳ね飛ばされたくらいじゃ何ともねぇ。
「事情は後で説明するから、新庄の家へ早く向かってください! とりあえず、真っ直ぐです!」
見慣れた後頭部は僅かに頷き、ハンドルを大きく切ってバスを発進させた。
俺はすぐに後ろを確認するが、奴の姿は見当たらない。どこに吹き飛ばされたのかはわからないが、追ってきている感じはしねぇな。
再生に時間がかかっているか、そもそも車以上の速さでは走れないか、そのどっちかかぁ?
てか、この狭い通路にガタイの良い翠蓮が立ってるのはハッキリ言ってじゃまくさい。
「おい、パンピーの翠蓮、お前は座席に座ってろ」
翠蓮「あ、ありがとうございます」
俺の指示通り、こいつは運転席のすぐ後ろにある窓際の席に座り込んだ。
「皇、あれはいったい何や?」
ドスの利いた低い声が車内に響き渡る。
俺たちの命を間一髪で救ったのは校内最恐の先生と言われている中年太りの村川だ。
確かに圧があるのはわかるが、ビビって動けなくなるとか言ってるのを聞くとアホらしくなるぜ。
俺はちょくちょく後ろを確認しながら、先生の質問に答える。
「俺もよくわかんないっすけど、人間ぽいけど人間じゃねぇキモい何かっすよ。てか、このバスは?」
バスのフロントガラスに薄らと映る村川は少し嬉しそうな顔をした。
自慢してぇのか? よくぞ聞いてくれましたって顔だなぁ♪
村川「これは、儂の真の愛車や。水瀬が勝手に乗って壊した軽トラと、他校の生徒にハンマー投げで壊された軽トラの車両保険と年金で買ったんや。儂、はっきり言って1文も出してないんやで!」
あぁ? 年金? それって定年退職してからじゃねぇのか? しれっとフライングしてるじゃねぇか。
まぁ、今はそんなとこツッコんで煽ってる場合じゃない。下手にツッコむと機嫌損ねて降ろされるかもしれねぇ。
そうなれば俺たちは、パチモン不知火の餌食だ。
俺は少し腰を曲げ、ゴマを擦りながら営業スマイルを作った。
「いやぁ、凄いっすねぇ! 大人の買い物って奴ですね! さっきは助かりましたよ。来る直前まで全然気づかなかったのは不思議ですけどねぇ♪」
“いやぁ褒め殺し”はこういうときにも普通に使えるんだよなぁ♪
上機嫌になった村川は片手で頭をポリポリと掻いた。
あぁ、その動き見ると奴の脳みそ思い出しそうだぜ…。
村川「あぁ、それはな……何か……はいぶりっと?って言う車らしくてな。音出んらしいねん」
あぁ、ハイブリッドな。年金先取りする違法じじいには慣れねぇ単語みたいだな。
…………!
背後から例のキモさを感じた俺は、反射的に振り返った。
やっぱりそう簡単にはいかねぇよなぁ♪
後方から四足で追ってくる不知火もどきが目に入る。
また別の成体変化とやらか? よく見ると手足の形が犬や猫のような形になっている。
まだ距離はあるが、あの速さだとすぐに追いつかれるだろうなぁ。
「先生、奴が追ってきている! もっとスピードを上げてください」
俺は運転席の方へ首を回し、村川の後頭部を見据えるが…。
村川「いや、儂は法定速度守るで。警察に捕まったら色々ヤバいねん」
はぁ、これが世界最恐だってぇ? 法律や警察を前にしたらただの無力なおっさんじゃねぇか。
つか、色々ヤバいってやっぱ年金関係だろ…。
だが、今は飛ばしてもらわないと困る。年金云々より命が大事だろぉ?
「先生、奴は俺らを殺しに来てるんすよ。それに今、この世界に警察はおろかスピード違反を目撃する奴すらいない。だから四の五の言わずにさっさと飛ばしてください!」
そうだ、関係のないパンピーは手違いでもねぇ限り、全員あのキモい世界行きになってるはずだ。
だから今、何しようと実質合法なんだよ。
村川「…………? いや、警察がおらんわけないやろ」
フロントガラスに映る村川は目を点にして首を傾げている。
「ああぁぁぁ! このクソ頑固じじい! さっさと飛ばせって言ってんだバカヤロー!」
俺にしては珍しく理性を失って怒鳴りたててしまったぜ。
それくらい緊迫してる状況ってことだ。
だが、この超鈍感野郎はバスのスピードを緩め、ゆっくりと振り返って俺に指を指す。
村川「お前、先生に向かってそんなこと言うんか」
ドンッ!
ほら来たぞ…。逆にスピード緩めるとは思ってもなかったぜ。
バスの上から何かが落ちてきたような音がする。
不知火もどきで間違いない。安定のキモさが天井に充満してやがる。
俺たちが言い争ってる間に追いついてきてバスに飛び乗ったんだろう。
村川「何や! 今の衝撃は!」
キキィー!
焦った村川はブレーキを掛けてバスを停止させた。
まぁ、違和感感じたら車止めるってのは間違ってねぇだろうな。こういうキモい状況でさえなかったらな!
「翠蓮、そこから動くなよ。俺より前に出るんじゃねぇぞ」
俺は翠蓮に注意を促し、天井を見渡した。
我先に逃げてぇんだがな、相手が相手だからそうもいかねぇ。
そこらのカツアゲ不良とはわけが違う。
若干の沈黙が流れた後…、
シャキンッ!
バスの天井のちょうど真ん中辺りから、赤黒い剣の刀身のようなものが突き出てきた。
これも奴の成体変化か。便利な能力だな。
ガガガガガ……!
その赤黒い刀身は天井を斬りながら手前に移動する。屋根を切り取って侵入してくる気か。
あぁ、クソッ……こんな狭いとこで剣とか爪とか振り回されたらやってらんねぇよ。
どうする? 翠蓮を先に逃がすか?
そう思った矢先だ。
ドンッ!
急にバスの後ろ側が跳ね上がり、俺はバランスを崩して転倒した。
痛いな……何だ…? キモさを感じなかった。奴の攻撃じゃない。
村川「儂の愛車に何してくれとんやあぁ!」
最恐の大きな怒鳴り声が耳に入り、俺は倒れたまま咄嗟に運転席へ振り返った。
バスの前方には不知火もどきが手足を赤黒く変化させ、地面に着いている。
よくわからねぇさっきの衝撃で前に飛ばされたのか? いや、それよりクソキモいぞ!
あのバカデカい棘がまた来やがる!
村川「轢き殺したる。儂の真の愛車の力を思い知れぇ!」
村川はアクセルを思い切り踏み込んで、不知火もどきへ迫った。
さっきの交通違反にビビってたジジイはもういねぇ。威勢は良いが、突進する前にバスごと串刺しにされちまう。
「先生ぇ! 下だ! 奴は下から愛車を串刺しにする気だ!」
俺が敢えて愛車を口にした理由、わかるかぁ? もうすぐ串刺し確定だっていうのに俺が超余裕な理由~♪
俺の勘が正しければ、村川は愛車のことになると___
ドンッ!
ドドドドドオオオォォォォン!!
赤黒いあの棘が無数に地面から生えてくるのと同時に、バスは大きく跳び上がった。
___ハハッ♪ 絶大な運転技術を発揮する。
俺は近くの座席にしがみつき、翠蓮は窓際の座席に座ったまま青ざめている。
そして、不知火もどきは跳び上がったバスを見て驚いている様子だぁ♪
声は聞き取れないが、“何それ?!”と言っているように口が動いた。
ハハハッ、わからねぇよなぁ。俺もどう運転してんのかマジでわからねぇ。
まぁ、このバスにわからねぇまま挽き潰されるんだな! しばらくそこで再生してろ!
クルッ
…………あ? 何処いった不知火もどき?
なんでフロントガラスに民家が映ってるんだ?
ぐわんっ
うっ……何だ? 視界が揺れ……!
俺は身の危険を察し、通路側の座席にしがみついた。
「う、うわあああぁぁぁぁ!」
視界が……フロントガラスに映る風景や村川の後頭部がぐるぐると回る。
多分だが、バスは不知火もどきに対して横になり、ぐるぐると回転しているってことだろう。
ドンッ!
バスは横に回転しながら地面に落下し、不知火もどきを轢き潰した。
「うえ……」
毎日飲むコーラのお陰で、バス酔いなんてしたことねぇくらい健康的な俺でも、これには流石に吐きそうになるぜ。
普通に挽き潰せば良いのになんでわざわざ回転しやがる?
回転する村川の後頭部からは何となく自信がうかがえる。
村川「ワニからヒントを得た儂だけの運転技術、バスロールや」
わざわざ見せびらかしたかったってわけかぁ? こんな運転、いつするんだよバカヤロー。
バスは大きな衝突音を立てて回転しながらも前には進んでいるようだ。
村川はこの使い道のねぇ運転技術について更に説明を重ねた。
村川「ワニは獲物を食い千切るとき、デスロール言うて自分の身体を回転させるんや。バスロールは儂が吉波川でワニを釣りかけたときに思いついたんや」
ヤバい、マジでコーラ吐きそうだ…。
つか、吉波川にワニなんかいるわけねぇだろ。年金ばっか考えて頭おかしくなったのかぁ?
「説明は良いから、早く元の走りに戻せ…」
俺は戻りそうになるコーラを抑えながら、声を振り絞ったが…。
村川「このバスロール、欠点があんねん。1回始めると停まるまではずっとこうや。後もう一つ……辛いことに…………」
嘘だろ、ふざけんなよ。じゃあ、新庄の家に着くまでずっと回ってるのかよ。
なんでか知らんが、村川のすすり泣く声が聞こえてくる。
もう一つの辛いことって、泣くほどなのかぁ?
奴はずずっと鼻を啜り、回転しながらこちらを見てきた。
村川「愛車が…………廃車になるねん」
…………。まぁ、そうだろな。
これだけガタガタ言いながら転がってるんだからな。
マジでなんでバスロールしたんだこいつは…。
まぁ、ジジイの考えることはどうでも良い。今は新庄の家に生きて着けば良い。
この回転する車内に慣れつつあった俺は、転がるバスの座席側の窓を指さした。
「とりあえず、突き当たり左っすね」
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だいたい3分くらいかぁ?
小さい住宅地の中にある新庄篤史の家が見えてきた。
「あれが新庄の家です! 停まってください」
村川「すまん、もう一つ欠点あるわ。これブレーキ効かんねんな…」
あぁ、確かに…。タイヤで走ってねぇからなぁ。
ドオオオォォォォォン!
見事、新庄の家の玄関に激突ってわけだ。
ようやく回転が収まったぜ…。
俺はしがみついていた座席から手を離し、天井が下になったバスに足を下ろした。
歩くたびにパキパキと音を鳴らすガラスの破片。
翠蓮も一応無事みてぇだ。天井に足を下ろして割れた窓から外を見渡している。
悠長にしてる暇はない。不知火もどきはまだ追ってきているはずだ。
俺は割れた窓ガラスから少し身を乗り出して、新庄の玄関にあるインターフォンを1回押した。
ピンポーン!
ガチャッ!
インターフォンを押した瞬間、新庄は液晶がヒビだらけになったスマホを持って出てきた。
金色のラインが入ったフード付きの黒ジャージを来た金髪のこいつは、俺にヒビ割れた液晶を見せつける。
新庄「おい、パズダイのデータ消えたんだけど…」
おぉ、恐い恐い♪ 今のこいつは、ガチで人を殺しそうな目をしてやがるぜ。
これでもかってくれぇ眉間にしわを寄せ、顔面の血管が何本か浮き出ている。
相当キレてるんだろうが、機嫌を取ってる暇はねぇんだよ。後ろから徐々にキモさがやって来てる。
俺はコンビニバイトでいつもやっている営業スマイルを新庄に見せつけた。
「よぉ、久しぶりだなぁ♪ 早速だが、あのバットを持ってこい!」




