代行 - 皇 尚人③
U「成体変化・冥漿紅峠」
クッソ…! 超広範囲でキモいのが来やがる!
できるだけ走れ! できるだけあのクソチビと距離を取れ。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
全力を振り絞り、俺は駆け抜けた。声はなんか知らんが、勝手に上がる。
U「いっくよ~!」
後ろを振り返る余裕はねぇ。奴がどこにいるのかはわからないが、確実に声が聞こえた。
あぁ……ヤバい!
俺の足元に何か小さな棘のようなものが見えたその瞬間だった。
ドドドドドオオオォォォォン!!
俺の足元から赤黒い巨大な棘みてぇなのが道路を突き破り、凄まじい勢いで生えてくる。
1本でも当たればぶっ刺さって死ぬ状況。直感とか運とかで対処できるレベルじゃない。
ただただ俺は前に向かって走るしかなかった。
ドンッ!
「うっ…!」
あぁ、どうやら今日が俺の命日らしいぜぇ♪
貫かれはしなかったものの、巨大な棘が生えた衝撃で俺の身体は弾き飛ばされたみたいだ。
ドサッ
俺はアスファルトに背中を思い切り打ちつけたんだと自覚する。
死ぬ寸前って聴覚しか残らねぇらしいぜぇ♪ だから、アスファルトに叩きつけられても痛くも痒くもないんだろうな。
無数に生えてくる巨大な黒い棘は、仰向けに倒れた俺の足元の前で止まった。
めちゃくちゃデカいな。樹神のブロッコリーと良い勝負じゃねぇか。
あぁ、ヤベぇ。マジで痛みとか感じないんだが。もうすぐ俺は死ぬ。死ぬ前に1口だけでも良い。
俺は…………、
コーラが飲みたい。
…………。いや、ウケ狙いじゃねぇ。ガチの話だぞ。
つか……俺さっき、死ぬ寸前は聴覚しか残らないって言ったよな?
バリバリ目見えてるんだが? いや、確かに俺は視力が良い。メガネなんて掛けたこともねぇ。子どもの頃からずっと両目1.5から落ちてないが。
俺は疑問に感じ、身体をゆっくりと起こして背中を触る。
何も違和感はない。てっきり血まみれにでもなってるのかと思っていたが。
まさかとは思うがなぁ♪ 俺はもうニヤけずにはいられなかった。
俺って……、
超運が良いってことですかぁ~?
この針山に串刺しにされてもおかしくなかったのに、奇跡的に無傷だぜぇ♪ それに弾き飛ばされて地面に叩きつけられたのに大した傷は負ってない。
神に愛されているとしか言いようがねぇな!
U「よいしょ! さすがに死んだでしょ!」
近くから奴の声がした。この黒い棘でどこにいるのかはわからない。だが、それは相手も同じこと。
俺はできるだけ音を立てずに立ち上がり、黒い棘の僅かな隙間に身体を挟み込んだ。
奴が遠くに行くまで凌げれば良い。その後、新庄を呼びに行って、学校へ戻る道中でぶっ倒してやるぜ!
U「う~ん。でも、血の臭いがしないなぁ。もしかして生きてる?」
声は聞こえるが、変わらずどこにいるのかはわからない。
おい、マジかよ…。こいつ、鼻も利くのかよ。不知火のパチモンのクセに本家より優秀じゃねぇか。
タッ タッ タッ タッ!
何の音だ? この棘を登ってるのか?
クソッ…、上から見下ろして俺を見つける気か。
タッ…
そして、その足音が止んだと同時に、俺は棘の頂点を見上げた。
U「見つけたよぉ~♪」
見上げると同時に、棘の先端に両手足を添えている奴と視線がかち合う。
憎たらしい笑顔をしやがるぜ。相変わらず何もこもってなさそうだが、耳元まで張り裂けるんじゃないかってくらいに口角を上げている。
さぁ、直感と幸運、そして天才的な頭脳を持った俺はこの状況をどうするよ?
もう1回、ぶん殴るかぁ? でも、それは無駄に体力を削るだけだ。大した時間稼ぎにもならなかった。
あぁ、コーラ1口でも飲めれば頭冴えそうなんだがな…。
スタッ…
奴は棘に隠れている俺の目の前に、背中を向けて降り立った。
両手の指の先からあの鉤爪を生やしながら、こちらにゆっくりと振り返る。
あぁ、いよいよヤバいぞ。もう直感と運、両方あってもどうにもならねぇ気がする。
U「なんで平気なのか不思議だね。君、あのテキストに載ってなかった特質持ちとか?」
奴は首を傾げ、やや不思議そうにしながらこちらへ近づいてくる。
ふっ……思いついたぜぇ♪ 確かに直感と運じゃどうにもならねぇ状況だ。
だったら、それ以外のやり方で突破すりゃ良いんだよ♪
隠れていた俺は前へ踏み出し、1番外側にあった棘を両手で優しく擦りながら大きく目を見開いた。
「いやぁ、むっちゃ良いっすねぇ♪ こんな硬くておっきいツルッツルの棘なかなかないっすよ!」
ヒャッハッハ♪ 俺は心の中で大きく嘲笑した。棘なんてどれも同じだバカヤロー。
皇流話術・高揚誘発社交辞令“いやぁ褒め殺し”だぁ♪
俺には直感、運、天才的頭脳の他にコンビニバイトで磨いたトーク力があるんだよ!
この“いやぁ褒め殺し”は本来、理不尽クレーマーを宥めるときに使う。
クレーマーの怒りを鎮められるなら、イカれたクソガキの殺人衝動にも効くはずだ。
現に奴は嬉しそうにもじもじとしてやがる。そして、あまりにも嬉しかったのか奴は……、
ザクッ ザクッ
鉤爪を仕舞わずにそのまま自分の頭を掻きやがった。
「うっ……!」
俺は思わず目をそらして口を塞ぐ。ドーソンから出るときに飲んだコーラが戻りそうだぜ。
鉤爪の切れ味は抜群だったみてぇだな。一瞬しか見てないが、奴の後頭部から脳みそらしきものがドバッと出てきているようだった。
今のところ、奴からキモさは感じない。攻撃する気はないみたいだが、手で口を覆ってうずくまってるのは危険だ。
顔を上げて脳みそを治すように言わねぇと。どうせ不知火のパチモンだ。不死身か何かで致命傷にはなってねぇんだろ。
俺は一呼吸置いてから顔を上げた。
U「あぁ、君も特質持ち?」
「え……え……? だ、大丈夫ですか? 脳みそ出てますよ!」
ちょっと目をそらした隙に状況変わりまくってるじゃねぇか。
不知火もどきは俺に背を向け、自転車を押していて運動着を着ている身長高めのガタイの良い中学生と対面していた。
おいおい、文月ぃ。こいつは一体誰なんだぁ?
まさか手違いでパンピー取り残したとか言わねぇよなぁ?
それとも俺の知らない能力持ちか? どっちにしろ大罪だ。
パンピーミスって取り残したなら論外。
能力持ち見つけたんなら、“BREAKERZ”のリーダーである俺に報告するべきだろう?
U「君、もしかして新庄篤史ぃ~?」
奴の後頭部から垂れた脳みそは、頭の中へ戻っていって完全に再生する。
クソッ! このキモさは…!
奴は相手の返答を聞く前に鉤爪で引き裂くつもりだ!
さっき町中の人間を殺して回れば良いって言ってたからな。この直感は間違いなく当たるだろう。
「え、違います。僕は……」
ガタイの良い中学生が口を開くと同時に、俺は不知火もどき目がけて走り出す。
ちょうど奴も1歩目を前へ踏み出そうとしていた。
「おい、クソガキぃ! そいつは部外者だバカヤロー!」
あいつの1歩はクソ速えぇ…。ただのパンピーじゃ反応できない。
間一髪……俺は足から滑り込み、地面を蹴ろうとしている奴の足を引っかけた。
摩擦で背中クソ痛ぇし、制服破けねぇか気になるが、今はそれどころじゃねぇ。
足が絡んでバランスを崩したこいつは転倒したが、上手く転がり受け身を取りやがる。
そして、地面に手を着いた流れで奴は10本の指先を黒く変化させ、アスファルトに突き刺した。
あぁ、またキモいのが…! さっきのバカデカい棘とはまた違うキモさだ。
俺の周りに5本、奴の背後にいる中学生の周りにも5本のうねうねとしたデカくて長い触手のようなものが囲うように生えてきた。
だいたい5メートルくらいか?
ハッハァ♪ もう慣れたぜぇ。直感的キモさを頼りに先に動けば攻撃は当たらないんだよ!
とりあえず、攻撃を躱しながらもう1回ぶん殴ってあの中学生を逃がす。
そして、俺とこいつしかいない状況になったら、後は攻撃を躱しながら新庄のところへ向かえば良い。
5本の巨大触手の先端が俺を目がけてやって来るが…。悪いな、全部当たる気がしねぇぜ♪
俺の周りにいた全ての触手攻撃を掻い潜り、道路に指を突き刺した奴の元へ迫る。
奴は屈み込んで地面に指を突き刺している。殴るより蹴る方が簡単だな。
そう思った俺は勝ちを確信しつつ、奴の目の前で踏み込み、もう片方の足を後ろに振り上げた。
U「アハハッ! あの子、絞め殺しちゃうけど大丈夫?」
「なっ……!」
あぁ、俺としたことが動揺しちまったぜ。こいつの口車になんかに乗せられず思い切り顔面蹴り飛ばしたら良かったんだよ。
こいつは、指を突き刺して触手を出した。なら手を地面から剥がせば触手の動きは止まるはずだ。
だが、心優しい俺はパンピー中学生を心配してしまって一瞬動きを止めてしまったんだ。
ギギィ……
「あ゛あ゛ぁぁ!」
触手の速度も尋常じゃねぇ。今まで同様、直感で避けていただけだ。
動揺して動きを止めたその一瞬で、5本の触手は俺の四肢と首に巻きついた。
身体を強く圧迫され、自然と両膝が地面に着いた形に。奴の目の前で俺が屈服したかのような構図ができあがる。
アスファルトに指を突き刺した状態の不知火もどきは顔を上げ、俺を見てニヤリと笑った。
U「成体変化・絞縛触手」
相変わらず何もこもってねぇ笑顔だな。
それはそうと、こいつの後ろにいた中学生も俺と同じ状況か。5本の触手に巻きつかれている感じだが、パニックにはなってなさそうだな。
メンタルめちゃくちゃ強いのか、それとも何かしら能力を持っているのか。
後者なら俺はめちゃくちゃ運良いってことだな♪ この如何にも殺されそうな展開をひっくり返せるかもしれない。
U「ねぇ、さっきあの子のこと部外者って言ってたけどさぁ…。新庄篤史の顔、知ってるんだね?」
ハハッ…、ちょっとは頭回るみたいだなクソガキ。
奴は両手を地面に刺したまま首だけを後ろに回して中学生を一瞥する。
U「今から言う指示に従えば、あの子は殺さない。でも、無視したり答えによっては2人とも殺すよ。新庄篤史のところへ案内して?」
あぁ、何だそんなことかよ。
こいつを自力で巻けないと思った時点で案内してやろうと思ってたぜぇ♪ 後はあいつの金属バット次第ってなぁ!
攻撃されずに新庄の元へ行けるなんて光栄すぎるぜ。
「良いぜぇ、案内し……」
「逃げてください!」
俺の言葉を大きな声で遮るガタイの良い中学生。
は? こいつ、何考えてやがる?
逃げろだと? お前と同じでこっちも縛られて動けねぇんだよ! これだから中学生は…。
「俺は大丈夫! もう死ぬ覚悟はできています! 俺は鬼塚 翠蓮。非力だけど……それでも鬼塚家の血を引いた者。俺が死ぬことで1つの儚い命を救えるなら本望です!」
おい、ちょっと待て。誰が儚い命だってぇ? つか、マジで何言ってんだ?
お前のその行動は俺を救うんじゃなくて殺そうとしてるんだよ!
U「ん~? うるさいなぁ」
ギギィ……
翠蓮「ぐわああぁぁぁ!」
奴の触手が締めつけを強めたのか中学生は悲鳴を上げる。
鬼塚家の血を引いた者…。
あぁ、そういうことかぁ♪
鬼塚ってあの筋肉バカの親戚ってことか。こいつの意図がわかったぜ。
パンピーの俺を逃がし、その後でこのクソガキを粉砕するって算段だろう。目の前で強大な力を使えば、俺がビビると思っているんだろうな。
だが、俺はキモい能力者を束ねている“BREAKERZ”のリーダーだ。
「ハハハッ! 俺に気を遣うことはねぇ。鬼塚琉蓮とは知り合いだぁ♪ 存分にその力を披露しろ! こいつをぶっ倒せば今日からお前も“BREAKERZ”だ!」
翠蓮「無理です!」
………は? 即答かよ。こいつマジなんなんだよ。
あいつは汗を滲ませ、苦しそうにしながら声を振り絞った。
翠蓮「俺は…、母親の方の血が強いのか非力な人間なんです。この程度の締めつけにすら抗えないくらいに。でも、あなたのような普通の人ならこれくらいわけないでしょ! だから…、もう逃げてください!」
ハハッ…、もう笑えねぇ。
今度こそこいつの意図がわかったぜ。こいつはスゲェ環境で育ったせいで盛大な勘違いをしてやがる。
多分だが、こいつの親戚のほとんどは鬼塚琉蓮並の力を持ってるんだ。
自分の家族は強いという認識自体はあったはずだが、こいつは自分の強さを過小評価していたんだろう。
こいつも他のパンピーと大して差はないが、喧嘩する機会とかがなかったか避けていたか。
周りの人間は鬼塚家ほどじゃないものの、岩砕く程度には強いって思ってそうだな…。
だから、俺のこともその気になればいつでも逃げられると思っているわけだ。
だが、そんなことはいっさいなく……、
U「残念、教えてくれないんだね。じゃ、ゆっくりじわじわと絞め殺してあげる♪」
絶体絶命のピンチだ。
徐々にだが、触手の締め付けが強くなっていく。
クソッ…、あの中学生め。あいつが来てから全て狂いやがったぜ…。
文月、まさかとは思うがこれを狙ったんじゃねぇよな?
「ぐっ……! がっ……!」
あぁ、苦しい。身体中の骨が砕け散りそうだ。
コーラ……コーラが欲しい。1滴でも良いから誰か持ってきて俺の口の中に垂らしてくれ。
U「骨は砕かれ、内臓は潰されていく。そろそろ喋れなくなる頃かな! 何か言い残すことはある?」
はぁ、言い残すことねぇ。コーラが飲みたいのは山々だが、そんな要求に応えるわけねぇよなぁ。
なら言いたいことは1つだけだ。
「くたばれ…………クソチビぃ♪」
俺は最期の力を振り絞り、口角を上げて舌を垂らした。
その次の瞬間だ。
快晴のはずなのに、急に辺りがふっと暗くなったと思いきや…、
ドオオオォォォォン!!
「…………バス?」
俺の前にいきなりバスが降り立ち、目の前にいた不知火もどきを跳ね飛ばした。
触手の締め付けは途端に緩んで地面に落ち、俺は解放される。
気づかなかったが、俺の後ろから走ってきてたのか? わざと俺を飛び越えて奴だけを飛ばしたのか?
狙ったのかどうかはわからねぇが、不知火もどきを跳ね飛ばした後、バスは上手いこと滑り込んで俺に横顔を見せる形になる。
このまま前に滑って行ってたら自称貧弱中学生、翠蓮を轢き殺していただろう。
何かよくわからんが、俺はまた奇跡的に助かったみたいだなぁ♪
プシューッ……。
俺の方に向いているバスのドアが開き、運転席から聞き覚えのある低い声がした。
「死にたくなかったら乗るんや!」
俺はバスのドアへ向かって走りながら、翠蓮に呼びかける。
「安心しろ、味方だ! ついてこい!」
それにしても文月、手違い多すぎねぇかぁ?




