代行 - 皇 尚人①
ピロリロピロリロ~♪
コンビニの入店音が鳴り響く。
さぁ、戦争の時間だぜぇ♪
只今、ドーソン規定の縞々の制服を羽織り、超愉快にアルバイト中。
トイレ掃除をしていた俺は手袋を脱ぎ捨て、レジカウンターへ向かった。
颯爽とレジへ戻り、アルコールすらしないままバーコードリーダーを握ってラッシュに備える。
何、不潔だってぇ? 大腸菌? ノロウイルス?
ハッハァ♪ そんなもん知らねぇ! てめぇの胃腸がクソ雑魚なだけだ。コンビニのレジ打ちはスピードが命なんだよ!
ピロリロピロリロ~♪
再び入店音が鳴り、敵……いや、客がぞろぞろと入ってきた。
今はちょうど12時を過ぎた辺りだ。土日祝もろくに休めねぇ有象無象ども。
可哀想に……同情するぜぇ♪ 俺もそうだからよ。昼間混み合うのはこいつらのせいだ。
弁当あるいはパン、飲み物などを持ってきた客が集まり、2つのレジの前にまぁまぁ長ぇ列ができた。
後ろの方の奴らは、不安げな顔やイライラとした顔を見せている。
そりゃそうだろう。少ねぇ貴重な昼休憩がこんなとこで潰れてしまわないか不安だよなぁ♪
だが、安心しろ。
客「これ、お願いします」
1人の客が手に抱えていた弁当や飲み物をドサッとレジの上に置く。
自然と上がる俺の口角、その流れで営業スマイルを見せつけた。
「いらっしゃいませぇ♪」
客「ひっ…!」
バーコードリーダーをゆっくりと持ち上げながら接客業恒例の挨拶をする。
俺の名前は、皇 尚人。
吉波高校2年生……またの名を___
___レジの曲芸師。
ピピピピピッ!
バーコードを通すたび、レジスターが甲高い音を上げる。その間、僅か3秒。
無駄のない動き、圧倒的なスピードで客を捌いていく。それに加えて俺には___
次の客……67番のタバコ2個。その次は……からあげチャンのレギュラーと、謎に店員が入れなきゃならないドーソンカフェのホットコーヒーSサイズか。
___この凄まじく当たる直感がある。
この俺の勘のお陰で注文される前に用意できるわけだ。目の前の客が金出してる間に次の客の分を準備する。
これが曲芸師のやり方だぁ♪
あぁ? 直感が外れたらどうすんだってぇ?
バカヤロー、外れるわけねぇだろ!
外れたとしても、廃棄登録して食っちまえば問題ない。そうすりゃどこにも証拠は残らねぇからなぁ♪
ヒャッハァ~! 今日はすこぶる調子良いぜ! 天気が快晴だからかぁ?
コンビニの奥までできた長蛇の列は僅か5分足らずで解消されていった。レジの曲芸師、今日のコンディションは絶頂だ。
そう思ってたのによぉ…。
…………あぁ? 雰囲気が変わった?
そう感じた俺は一瞬、店内を見渡した。
半年前のあのときと全く同じだ。
景色とか見た目とかが変わったわけじゃない。本物とほとんど似てやがる人工物の世界。
「キモっ…」
相変わらずあまりのキモさだったんだよ。だから、思わず口にした。
客「あぁ!?」
こいつは長蛇の列の最後の客。50代くらいの小太りサラリーマン。
何を勘違いしたのか知らねぇが、眉間にしわを寄せ、かなりキレ気味な感じで俺に食ってかかってくる。
客「お前、今キモいつったよな? それが客に対する態度かよ」
いつもなら、ただ謝ってその場をやり過ごしていたはずだ。
だが、このクソキモい世界で不快感に晒された俺は正常な判断力を失っていたんだろう。
「おいおい~、調子に乗るなよ消費者ぁ♪」
こいつの喧嘩を衝動買いしちまったんだよなぁ。俺はヘラヘラとした態度を取り、奴を指さした。
言い返されたことに驚いた客に対して、更に追い打ちをかける。
「お前らは金を払い、俺たちはそれに見合った商品を差し出す。その関係は対等なはずだろぅ? そこに主従関係はない。なのに、お前らはいつも自身を神として崇めろと言う」
客「ちょっと待て! 儂が言っているのはそんなことじゃない!」
ハハッ♪ こいつ、言い返せなくなった途端、守りに入りやがったぜぇ!
悪いが俺は容赦しない。刃向かってきた奴は問答無用で叩き潰してやる。
俺は弱った小太りサラリーマンを粉砕するべく更にまくし立てた。
「指から紫のレーザー撃てんのかぁ? 指を鳴らして大勢を従わせることは? 時間止めたりできんのかぁ? できねぇなら、お前は神じゃねぇ」
当然だが、店内には俺とこいつ以外の客や店員もいる。
俺が言い返したことで、殺伐とした空気とキモさが充満し、若干の吐き気と頭痛が伴った。
「ちょっと、皇くん。大丈夫?」
キモさのせいで歯止めがきかなくなった俺に声をかけてきたのは、店長の田母神 結子さん。
笑うとくっきりと笑窪ができる人で、その愛嬌のある笑顔を見た奴らはだいたい常連化してやがる。
確か、今年で50になるって言ってたかぁ? 15歳くらい若く見えるが。俺の直感ですら当てられねぇくらい若々しいってことかよ。
田母神さんは文字通り、聖母のように包容力のある親切な人だ。
今でも客を貶す俺を怒鳴ることはなく、心配した顔をしている。
田母神「すみませんねぇ。この子、今日体調悪いのに出勤してくれたんですよ。大目に見てやってもらえませんか?」
ハハッ♪ ここで使うのか店長よぉ。その必殺、“笑窪スマイル”はこんなゴミを宥めるために使うもんじゃねぇ。
それに体調悪いなんて一言も言ってねぇ。機転を利かせて俺を庇ったんだろうな。
頭痛と吐き気が増してきて、俺は右手で頭を押さえる。前よりキモさが増しているのはなんでだ?
ここまで酷くはなかったはずだ。対象者と範囲がクソデカいからか? そもそもパンピーをこっちに送り込む理由はなんだ?
客「わ、わかったよ。そうか、あのキモいっていうのは、“気分が悪い”ってことだったんだな。ごめんな、おっちゃんが悪かったよ」
あぁ、イライラする。気分が悪りぃ…。安定剤だ、今すぐ安定剤が必要だ。
待て、この世界のコーラはコーラじゃねぇ。クソまずいんだよ!
イライラしすぎたせいで、謝るべきタイミングだっていうのに俺は…、
「店長、こんな奴に笑窪スマイル使ってまで謝る必要はないっすよ」
田母神「え、えく……何て?」
やらかしちまったんだよなぁ♪
俺は頭を押さえながら、左手で客を指さした。
「お前ら消費者に宣戦布告だぁ♪ 本来、対等な立場を保つべきなのにお前らはそれを踏みにじった。今度は俺たち生産者側がお前らを踏みにじる。どれだけ金があろうが、誰もお前に売らなければお前は飢え死にするってことを教えてやるぜぇ♪」
ハッハッハ……。笑い止まらねぇ…。
もうどうにでもなれよ。どのみち安定剤がない状態で、この世界生き抜くのは俺には無理なんだよ。
それに案外、俺の言ってることは間違ってねぇかもしれないしなぁ♪
この絶望的スピーチの最後の締めと行こう。
俺は高々と左手を上げ、天井に向かって大きく叫んだ。
「名付けて生産者革命ぇ! お前ら消費者が地獄を見るのはそう遠くはねぇ。ここ、ドーソン吉波店から始めるぜ!」
口から出任せ言ってんじゃないかって?
笑窪スマイルの威力を知らねぇだろ? あれを最大限活用できれば生産者たちの好感度を上げ、思うままに洗脳できるはずだ。
間違いねぇ、俺の直感がそうだと言っているんだよ。
「田母神店長!」
俺は生産者側の秘密兵器、笑窪スマイルの使い手の方へ身体を向けて片膝をついた。
よだれ野郎の真似はしたくねぇが、店長には敬意を払わねぇと。
「共に革命を起こしましょう! この国の消費者は間違っている!」
…………あ? 何だ?
途端にキモさが消え、違和感を覚えた俺は顔を上げる。
気づけばドーソン店内にいたのは俺だけだった。
俺だけ戻されたのか? だったら、あのクソ野郎に…!
俺はすぐさまスマホを取り出し、文月に電話をかけた。
ワンコールもしない内に奴は電話に出る。キモさがなくなり、俺は冷静さを取り戻しつつあった。
「おい、クソ文月ぃ! またキモいとこに送り込んでんじゃねぇよ! バイト中だぞ、一般常識考えろよ!」
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あぁ、コーラ飲んでだいぶ落ち着いたぜ。
奴との電話が終わった後、商品棚にあったコーラを1本廃棄登録して飲み干した。
んで、俺は今自転車に跨がり、クソ文月の指示で新庄の家へ向かっている。
着替える暇なんてなかったから制服のままでな。
察しろ……か。
あいつの一言で何となくヤバいってのはわかったんだが、良いように使われてる気がして癪だな。
あいつの校章、ドブに捨ててしまいそうになるぜ。
冷たい冬の向かい風に晒されながら俺は考える。
冷静になって思うんだが、俺……クビになるのか? 革命だの何だの言っちまったが、さすがの聖母でもキレるだろう。
あいつは報酬に無限コーラ量産機をくれるそうだが、俺に今必要なのは無限バイト代量産機ってとこだな。
それにしても誰も見かけねぇ。あいつ、全国民をキモい世界に送り込んだのか?
今度は世界を人質に取るつもりかよ。
誰もいないと確信した俺は、大胆に車道のど真ん中を走り抜けた。
つか、同じ町内とは言っても新庄の家遠いんだよ。
お、人いるじゃねぇか♪
俺の前方に小さな人影。そいつも堂々と車道の真ん中で突っ立っていた。
だんだんと距離が縮まり、そいつの姿が鮮明になっていく。
キキィーー!
そして、俺は咄嗟にそいつの目の前で、急ブレーキをかけた。
こいつ…、クソキモいな。不快とかそういうんじゃねぇ。このキモさは、危険信号だ。
見た目は完全にあのチビの不知火真羽だが、目は真っ黒で白目がない。後、その厨二臭い服装もキモい。
そいつは口角と目尻を目いっぱい上げ、何もこもってない空っぽの笑顔を作った。
「ねぇ、新庄篤史、知ってる~?」




