対峙 - 文月 慶⑦
「FUMIZUKI、奴らの動向を随時報告しろ」
『かしこまりました』
剣崎たちに校内を見張らせている間、能力を回復させるための準備をしながら、超小型カメラをグラウンド上に複数展開していた。
それらを通して、こいつは戦況を全方位から把握できるというわけだ。
近づいてきていた“EvilRoid”の1体がグラウンドの真ん中あたりで足を止める。
遠目でまだよくは見えないが、4体とも同じ見た目をしているわけではなさそうだ。
限りなく人間に近い風貌をしている奴が2体。一見、普通の人間にしか見えないだろう。
後方にいる小さくて細い奴と、グラウンドの真ん中に立っている奴がそのタイプだ。
残りの2体は、完全な人型ロボットだな。体格は人間と同じだが、全身の肌の部分は金属質な銀色。
人間に酷似している2体は服のような物を着ているが、全身真っ黒の中世の貴族が着ていたようなロングコートを羽織っていて、時代錯誤と若干の厨二臭を感じる。
獅子王の黒幕説が僕の中で浮上した。こいつは時折、厨二臭いからな。
もう2体は衣服らしきものは着ておらず、銀色の装甲が剥き出しの状態だ。
『おぉ~? あそこにいるので全部かぁ? なぁ、Destroy兄貴ぃ?』
今更な説明の気もするが、超小型カメラにはマイクも搭載されている。拾った音を僕のイヤホンに流れてくるように設定した。
後方にいる3体の内の1体、金属質で無駄に頭のデカい“EvilRoid”が僕らの方を指さし、隣にいる屈強そうな“EvilRoid”に尋ねている。
D『Plant、あそこにいるのが全てではありません。他の抹殺対象者はこの町のどこかにいるでしょう』
Destroyと呼ばれた小柄で屈強な体格をしている“EvilRoid”と、巨大な頭部を持つPlant。
見かけや口調で判断するのは早計かもしれないが、奴らは恐らく鬼塚と樹神の特質を使ってくるだろう。
P『マジかよぉ~! じゃあ、まだ囲まねぇのか?』
到着して数分、奴らは悠長に話をしている。話に加わっていない小さい奴や、前に出てきた奴も動き出す様子はない。
鬼塚の能力を有しているという慢心か?
確かに鬼塚の特質を持っているであろうDestroyが動けば、僕らに勝ち目はない。
それはそうと…、
D『いいえ。校舎にいる抹殺対象者を排除した後、町に出て捜索することにします。そちらの方が効率良いと思うので。とりあえず、囲って頂いて問題はありません』
日下部は何をしている? 最大の助っ人を呼びに行かせたが、何故帰ってこない?
まさかとは思うが…。
「FUMIZUKI、日下部の電話に繋げ」
『不可能です。電波が届かないところにあります』
こいつの回答で、僕の心臓は跳ね上がり全身に嫌な汗が流れる。
まさか…、
P『サー、イエッサァー!』
Plantは右手の5本指を地面に突き刺した。
まさか……、
ズドドドドオオオォォォォン!!
グラウンドを含めた学校の敷地全体を囲い込むように、黒く輝く巨大ブロッコリーが勢いよく生えてくる。
男虎「危ない! 点滴台があぁ!」
激しく地面が揺れ、男虎先生以外の保険室内にいた全員がバランスを崩して転倒、もしくは地面にひれ伏した。
彼が倒れてくる点滴台に飛びかかり、全て掴んだことで壊れることはなかったが…。
ゴキッ…
例外なく僕自身も転倒し、杖が窓際へと転がった。骨のどこかがまた折れたみたいだ。
だが、そんなこと気にしている場合じゃない。
P『ハハハァ! 黒花帝国・剛蔬閉国!』
日下部、道中であいつらと出くわして殺されたのか…?
怒りか悲しみか? よくわからないが、身体の震えや動悸が止まらない。
剣崎「皆の衆、無事であるか!?」
揺れは収まり、真っ先に立ち上がって僕の杖を拾った剣崎が全員の安否を確認する。
僕は杖を差し出す剣崎から無言で受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
人が……日下部が死んだのか?
正直、あいつのことは色々とあって毛嫌いしていたが、殺されてもいいとは微塵も思ってない。
あいつが“EvilRoid”に殺されたのは、最初にハッキングを許し、奴らが造られるきっかけになった僕が原因でもある……クソが。
P『これで奴らは逃げられねぇぜ! 剛蔬閉国は俺が出せる最硬度のブロッコリーで標的を隔離する技。ダイヤモンドよりも余裕で硬いんだよ!』
地面に右手を突き刺したまま、わざわざ丁寧に説明するPlant。
オリジナルが馬鹿なら、EvilRoidも馬鹿になるのか。
とりあえず、落ち着かなければ…。反省や追悼は後だ。
今、僕がするべきことは、これ以上死人を出さないことと鬼塚たちを復活させること。
日下部が死んでいようが死んでいまいが、やることは変わらない。
D『自分で手の内を明かすのは愚策です。技の名前を発するのもできれば謹んで頂きたい』
P『へいへ~い。だけどよぉ、可哀想じゃね? 兄貴が1発振るえばあいつら消し飛ぶぜ? だから、解説はハンデよ』
そして、もう1つ、軽い用事ができた。かなり癪だが……今、頼れるのは消去法であいつしかいない。
『彼ら“EvilRoid”の弱点を解析します。完了したら報告させて頂きます』
弱点の解析…。程よく応戦するだけならあまり必要ないと思うが、知っていて損はないか。
だが、それより先にするべきことがある。
「それは任せるが、先にやってほしいことがある」
僕はイヤホンに手を当てて、FUMIZUKIにある指示を出した。
「皇 尚人をこちら側に呼び戻し、電話を繋いでくれ」
『かしこまりました。指示を実行します…………着信を確認。皇尚人からです』
“RealWorld”から呼び戻した瞬間、向こうから掛けてくるとはな。
半年のブランクなんて関係なく、奴の勘は健在というわけか。
「繋いでくれ」
『かしこまりま……』
皇『おい、クソ文月ぃ! またキモいとこに送り込んでんじゃねぇよ! バイト中だぞ、一般常識考えろよ!』
FUMIZUKIが繋ぐや否や、速攻でまくし立てる皇。
一般常識について、お前にとやかく言われたくないんだが…。
機嫌を取っている暇はない。要件だけ伝える。
「今から言う指示に従え」
皇『あぁ?』
日下部の代行は、そんなに難しいものじゃない。ただ、指定した人物をここに連れてくるだけだ。
強力な助っ人であり、僕の最高傑作……、
「新庄 篤史を学校に連れてこい。皇…、察しろ」
……の“轟”を扱える唯一の人物。
今頃、前線には新庄と日下部も加わる予定だったんだ。
皇『察しろ……かぁ♪ あの校章の所有権を手放すつもりかぁ?』
その一言で状況を理解する辺りは流石だな。無論、校章をくれてやるつもりはない。
「校章の代わりに無限コーラ量産機を造ってやる。一刻を争うから速く連れてこい」
皇「任せろ。だがなぁ、俺のフットワークは軽いが、高くつくぜぇ♪」
『接続が切れました』
一方的に切りやがったか。この事態を本当に理解していると良いが…。
D『通話による応援要請を確認。新庄篤史ですか』
まずいな、バレていたのか。“EvilRoid”は腐っても機械だ。
“FUMIZUKI”のように、頭脳はネットワークに接続されているというわけか。
D『テキストデータ“文月の手帳”から、私の所有する特質と同じく圧倒的な物理攻撃で捻じ伏せる特質と推測。ここの総力戦に彼が参加すれば、少々手を焼くかもしれない』
分析した内容を淡々と語るDestroy。
D『となれば先に手を打ちましょう、Undead』
U『ん? どうしたの?』
僕から見てDestroyの右側にいる奴。
Undeadと呼ばれた人の姿をしている“EvilRoid”は、恐らく不知火の特質を有している。
だが、オリジナルの不知火自身が不死身でなくなったということはない。
こいつの場合は、全身が不死の身体をしており脳を破壊しようがすぐに再生するからな。
D『手を貸してください。新庄篤史と彼を連れてくる者を抹殺するのです』
U『うん、良いよぉ………ブチブチブチッ!』
Undeadは頼みをすんなり聞き入れ、右手で自身の左腕を掴んでもぎ取った。
U『この腕は分離体となってその人たちを抹殺する……ってことで良い?』
奴はDestroyに向かって首を傾げながら、もぎ取った腕を地面に落とす。
地面に落ちた腕はぼこぼこと細胞分裂のようなものを繰り返し、Undeadと全く同じ姿に変化した。
U『分離体を作れないところ以外は僕と同じだよ!』
D『説明しなくても貴方たち“EvilRoid”の性能は把握しています。わかった上で聞いていたのです。分離体を向かわせなさい』
Undeadの能力は未知数だ。オリジナルのようにただ不死身なだけなら皇1人でも何とかなりそうだが…。
半年前、獅子王たちを相手取ったときに見せた成体の姿。常時、あの状態の身体能力が備わっているならかなり厄介だ。
U『りょうかい♪ じゃあ、やっつけてきてね!』
指示を受けた分離体は、常人離れした速さで走り、黒い自称最硬度のブロッコリーをよじ登って校外へ。
終わった…。あの身体能力を持つ相手に皇が自転車で逃げ切れるとは思えない。
普通ならそう考えるだろうが、僕は奴を信じることにする。
どうしてやる気のある水瀬じゃなく、ちゃんと指示を聞くかもわからない皇に代行を託したのか。
それは、水瀬にはない特質レベルに値する優れた直感と運を持っているからだ。
皇…、待っているぞ。
その直感と運を最大限に発揮させ、敵の攻撃を掻い潜って新庄篤史を連れてこい。
こんなところでくたばる奴じゃないと僕は思っている。
獅子王「なぁ、そろそろ前に出たほうが良いか?」
獅子王が、奴らのやり取りを聞いて黙り込んでいた僕の顔を覗き込んできた。
そうしろと言いたいところだが…。
「新庄と日下部がいない今、前に出るのはお前と男虎先生だけになる。向こうから仕掛けてこない限り、今は……」
パリイイィィィン!!
チッ…! 言ってるそばから来やがったか!
グラウンドの真ん中で突っ立っていた奴が保健室の窓ガラスを割り、侵入してくる。
遠目ではわからなかったが、この距離まで来るとその姿はより鮮明なものになった。
こいつは……この“EvilRoid”は剣崎と瓜二つな顔をしている。
だが、こいつの目は人間のそれとは違っていた。目の部分は全て黒に覆われ、いっさい光を反射しない。
その全てを吸い込んでしまいそうな目を見ていた矢先…、
…………! 速い…?
割れた窓の上に立っていた剣崎型“EvilRoid”は一切の音を立てることなく、一瞬で僕の目の前に来て居合の構えを取った。
「文月殿の首、討ちとったり」
不思議な刀だ。ガラスの結晶のように透明な刀の刀身が、僕の首を目がけてやって来る。
いくら“準不死身”の状態でも首を落とされるのはキツいか…?
僕の凡人並の身体能力では反応できない。
カキンッ!
2つの刀がぶつかる音。
僕とそいつの間に割り込んだのは、剣崎だった。
彼は透明の刀を受けとめ、僕の方へ顔を向ける。
剣崎「前線には私が加勢しよう。唾液は使えないが、日々の激しいオタ芸で培ったこの剣技は確かなものだ!」
男虎「うおおおぉぉぉぉぉ!」
刀を受けとめられ、硬直していた剣崎型“EvilRoid”の顔面に彼は渾身の一撃を喰らわせた。
あまりの威力に奴の身体は吹き飛び、再びグラウンドへ戻される。
しかし、不恰好に地面に叩きつけられることはなく、くるりと受け身を取って僕らを見据えた。
剣崎「行こう、獅子王氏、男虎殿!」
ここからが本番だ。
彼らが応戦している間、できるだけ早く鬼塚と樹神を復活させる。
剣崎は後回しになったが、仕方ない。
殺伐とした戦いが幕を開ける中、空は雲1つなく晴れ渡っていた。




