対峙 - 文月 慶⑥
「およそ10秒後に5体の“EvilRoid”がグラウンドに到着する。全員、敵襲に備えろ」
“FUMIZUKI”が敵の襲来を感知。
10秒後に“EvilRoid”がやって来ることを僕は口頭で伝えた。ここにいる全員の気が引き締まるかと思いきや、あまり緊張感はないようだ。
獅子王「あぁ、了解。とりあえず、エビルロイド?って機械を倒せば良いんだな?」
獅子王 陽、遅れてやって来た内の1人。
もこもことした黒のダウンジャケットに、ダボダボのベージュのスボン。
この中で1番暖かそうだが、2番目くらいにダサいな。人間の状態でも身体を大きく見せたかったのか?
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
来たか…。
グラウンドの方から大きな物体が落下するような音。それと同時に保健室の床がぐらついて僕は振り返る。
保健室の窓から見える広大なグラウンドの奥にそれらは降り立っていた。
三角錐の形をしていて、最低でも3メートルはある青みがかった黒い物体が4つ。
まさか、転送装置か? ふっ…、僕のデータを盗み、カプセル型転送装置をパクったというわけか。
完全にパクるのは嫌だったのか知らないが、三角錐だと扱いづらいだろう?
まぁ、ディスるのは小林と辻本が目を覚ました後だ。
こいつらは、日下部の放屁を喰らい気絶している。
目を覚ますのは、だいぶ先になるだろうな。
僕は4つの転送装置を確認し、再び獅子王たちの方へ振り向いた。
「気を引き締めろ。相手は特質を使ってくる。そして、倒そうとはするな。時間を稼ぐだけで良い」
そう、彼らが倒す必要はない。鬼塚が力を取り戻せば全て解決する。
どんな敵だろうが万全の彼には敵わない。相手が全知全能の神でもない限りな。
僕が注意を促しても獅子王たちはあまりわかっていないようだ。
いつものように勝てば良いと思っているのかもしれないが、今回は本気で殺しにくる相手だ。できれば真剣にやって欲しい。
鬼塚と剣崎に関してはかなりガチな表情をしているが…。
さて、僕がこの場でやるべきことは2つある。だが、その前に……。
保健室に1人、招かれざる客がいるな。
僕はそいつに目線を送って名前を呼んだ。
白の生地に水色のボーダーが入った長袖シャツ、下は黒の長ズボン。
水色のボーダーか。戦おうと思ってちょっと張り切ったのか?
「水瀬、何故ここにいる?」
そう、こいつは呼んでいない。特質を持たず、神憑でもないこいつをわざわざ危険に晒す理由はないからな。
こいつに気づかれないようにわざわざグループチャットを避けて個別に呼んだのだが、誰かがバラしたか?
名前を呼ぶと、水瀬は獅子王の後ろから姿を現した。
水瀬「陽が教えてくれたんだ。みんなが危ないって聞いて…。僕にも何かでき…」
「お前にできることは何もない。ここに来ることで、お前自身の死ぬ確率が上がっただけだ」
水瀬の弁明を僕が遮り、丁度良い緊張感が保健室内に行き渡る。
最初からこれくらい引き締めておいて欲しかったものだ。まぁ、狙ったわけではないが…。
獅子王「え? これ、内緒だった?」
こんな感じの空気になったのは自分のせいだと思ったのか、獅子王は僕と水瀬の顔を何度か見比べながらそう言った。
僕はその質問を無視して、前方にそびえ立つ4つの三角錐を見据える。
水瀬「た…ただの足手纏いかもしれないけど、だ…だからと言って友達の危機を見過ごせるわけないだろ!」
背後から聞こえてくる震えた弱々しい水瀬の声。
“EvilRoid”を乗せているであろう転送装置が到着してから数分。そろそろ出てきて攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。
さっさとやるべきことをやらなければ…。こいつらの話し合いに付き合っている暇なんかない。
僕は右耳に入れているワイヤレスイヤホンに手を当てた。
「FUMIZUKI、“RealWorld”を起動しろ。範囲は吉波町全体。対象者は関係者以外の全員だ」
僕がやるべきことの1つ、それは“RealWorld”を起動し、町内に住んでいる民間人を“RealWorld”内に匿うこと。
正直、“EvilRoid”自体を向こう側に転送できればもっと楽ではある。
だが、このアプリは人間を転送する前提で創ったもの。人間じゃない奴らに適用できるかわからない上に試す暇も今はない。
だから、無関係な人間が被害に遭わないように匿うしかないんだ。
『かしこまりました。その関係者以外の対象者に、現在ここにいる水瀬友紀は含まれますか?』
流石は人工知能、無能なりにも気が利くようだ。
ここにいる奴らは全員、戦闘要員だと思っていたみたいだが、さっきの言い合いを聞いて水瀬のことを関係者じゃないと判断したんだろう。
「あぁ、水瀬友紀も対象に含めろ」
僕は振り返ることなく、イヤホンを押さえたまま淡々と言い放った。
水瀬「ちょっと待ってくれ! 僕だって何か……!」
『実行します』
彼が何かを言い終える前に“RealWorld”は起動され、忽然と姿を消すようにこの場からいなくなる。
水瀬が消えたということは、このタイミングで町内にいた人間は全て転送できたということだ。
これで無関係者が巻き添えを喰らうことはないだろう。
的場「あれはちょっと言い過ぎな気がするのう。水瀬が可哀想じゃ」
体操服の陽キャラ、的場 凌。機関銃を持ってない方の手で頭をポリポリと掻きながら悲しそうな顔をする。
確かに言いすぎたかもしれないが、無駄死にするより遥かにマシだ。
そもそも、獅子王が伝えなければこうはならなかった。後でこの口軽ゴリラにはキツく言っておこう。
「仕方ないだろ。もう余裕はない。さっさと始めるぞ。剣崎、鬼塚、そして………眠そうな樹神。早く横になれ」
彼らの名前を呼び、3つのベッドを指さした。
そう、彼ら3人は昨日、保健室に呼ばれて特質を使えなくされた者たちだ。
他にも2人いるにはいるが…。
所詮は脳の一部に損傷を負わされただけ。
不知火の血が基となった万能薬を使えば、損傷した部分は再生し、特質を取り戻すことだろう。
ただし、脳の一部を再生させるとなるとそれなりに時間はかかる。
もげた手足を注射1本で再生させるのとは訳が違うんだ。
彼らを再生させている間、獅子王たちに時間稼ぎをしてもらうというのが今回の作戦。
言いかえると、鬼塚の復活待ちだ。
だから、倒す必要はない。負傷しない程度に応戦し、時間を稼げばそれで良い。
樹神「マジでぇ~? お休み~…」
ブロッコリーやその他の野菜がドット調に描かれた寝巻を着ている (しかも、裸足の) 樹神は、ベッドに吸い込まれるように横たわった。
徹夜でパチンコでもしていたのか知らないが、全く緊張感がなさすぎる。死んでも文句は言うなよ。
ガチャッ! ガチャッ! ガチャッ! ガチャッ!
4つの三角錐の物体の扉が開いていく。スライド式じゃない上に手動か。
やはり、ただのパクり。デザインも性能も僕のものより劣っている。
僕のカプセル型転送装置は、スライド式の扉でそれも自動で開くものだ。
手動で開かれた扉の奥に人影のようなものが見える。1つの物体につき1体の“EvilRoid”か。
後1体いるんじゃないのか? 流石は無能のFUMIZUKI、数え間違えたみたいだな。
どれもこれもただの模造品だが、たとえ劣っていても特質であることに変わりはない。
僕は振り返り、ここにいる全員の目を隈無く見据える。
この短時間で何度振り返ったのか。いつもなら、そんなこと気にもしないが…。
今は同じ動作を繰り返すと、足首が折れるかもしれない。
「昨日、打ち合わせした通り、前線とここの護衛に分かれてくれ。くれぐれも無茶はするな」
ようやく……ようやくだ。ここにいる奴ら全員、事の重大さを理解したようだ。
全員、覚悟を決めた目で力強く僕を見つめ返した。
不知火「……………」
1人を除いて…。
普段と変わらない制服姿の不知火は、ぽかんと口を開けて天井を見つめている。
「おい、不知火! 聞いているのか? 敵があの中から出てきたんだぞ!」
三角錐を指さしながら叱責する僕に対し、こいつは天井を見つめたままゆっくりと返事をした。
不知火「うん、聞いてるけど…。何か上にいるよ?」
その言葉を聞き、全員、一気に臨戦態勢に入る。
恐らく5体目の“EvilRoid”だ。数え間違いではなかった。
5体目は既に校舎内へ侵入していたんだ。
剣崎は左側に納めている刀をいつでも引き抜けるように右手を添え、的場は機関銃の銃口を天井へ向ける。
獅子王は窓際に猛ダッシュし、太陽を見つめていつでも変身できるように備えた。
強靭な肉体を失っている鬼塚は、ガタガタと震えながらも両手に拳を作り身構える。
朧月は棒立ち。問題ない、こいつの能力に構えはいらない。
不知火は全く空気を読めずにボーッとしていて、樹神は爆睡。
僅かに流れた沈黙の後、奴は叫び声を上げた。
「ちょっと待ったあぁぁぁ!」
あぁ…、僕は何故こんな暑苦しい奴の存在を忘れていたんだ?
安心と嫌悪感、2つの気持ちが僕の心の中で渦巻いた。
「とうっ!」
ズドオオオォォォォン!!
いやいや、待て。なんで床を突き破って下りてくる?
教師だろ? 階段を安全に降りてこいよ。
男虎先生は2階の床を粉砕し、的場がいる場所へ落ちていく。
的場「で、出たああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「おい! 的場、よせ!」
ドドドドド…………!
敵だと思ったのか、的場は不恰好に落下してくる男虎に対して機関銃のトリガーを引いた。
最悪だ、敵と戦う前に死人が出るのか。しかも、こいつは実質死ぬの2回目だ。
しかし、そうはならなかった。目の前で起こったことはまさに僕が望んでいたもの。
男虎先生は空中で態勢を立て直し、5本の指を曲げ爪を強調するような構えを取った。
男虎「龍風拳・空斬鎌鼬!」
そして、自分の方へ真っ直ぐ飛んでくる十数個の弾丸を引っ掻くように切り落として着地する。
縦真っ二つに割れた小さな弾丸は遅れて地面に転がった。
的場「………へ? まさか、あの勝院?」
気づいたか。そうだ、あの死んだはずの男虎勝院先生だ。
男虎「言っただろう? アイルビーバックってなぁ!」
立ち上がった男虎先生は力強く親指を立てた。
お前の遺言なんて誰も覚えてないからやめろ。
的場「ということは、部活動再開…? ノオオオオォォォォン!」
活き活きとした男虎を前に、絶望した様子の的場は膝から崩れ落ちた。
よし、茶番は終わりだ。
流石は国内最強の武術の1つ、龍風拳の使い手。その気になれば、人間なんてズタズタに切り裂けるだろう。
「さぁ、“BREAKERZ”よ。模造品とやらと遊んでやれ」
グラウンドの方へ目をやると、4体の内の1体がこちらへ向かってきていた。




