招集 - 鬼塚 琉蓮③
学校まで徒歩5分もかからないけど……。
めちゃくちゃ寒いよ。もっと厚着してくるべきだった。
今日は雲1つない超快晴。バリバリ太陽の光が差し込んでいるのに全く暖かさを感じない。
少しでも寒さを和らげようと、自分の胴体を抱きかかえたような状態で学校へ向かう。
白い無地に胸の辺りに小さく“BUMA”という文字が縫われている長袖のTシャツに、全く素材感が違う柄物でゴワゴワの長ズボン。
加えてグラサン&マスク…。
言うな…、何も言わないでくれ。僕にファッションセンスというものを求めないでくれ!
文月くん、なんで休日に呼び出すかなぁ? 学校がある月曜日じゃダメだったの?
登校日なら制服で全然行けたのに…。
まさか、これは陰謀? 僕のダサさを公開処刑するための計画?
まぁ、それはないだろうけど。
そんなことを考えている内に、もう校門が見えてきた。
昨日の朝は最悪だったよ。ちょうどこの辺りで友紀くんがリア充やってるのを見てしまい、色々とあって遅刻…。
そして…、
今日もまた校門の前に誰かいる。
リア充2人組とかじゃなくて、いるのは私服の男子1人だけ。
校門の前でこちらを見て、仁王立ちしている。
何か左手に刀みたいなのを持ってる気がするんだけど、不審者じゃないよね?
2日連続校門の前で強制イベント発生とかマジで止めてくれよ。今も文月くんとの約束の時間に遅れそうなんだから。
いったい彼は誰なんだろうか? もう少しだけ近づいてみないとわからないし、学校の入口はあそこしかないから進むしかない。
僕は少しだけ歩く速さを落としつつも、校門へと近づいていった。
だんだんと彼の姿が大きく鮮明になっていく。ある程度、校門に近づいたところで誰かわかったのと同時に安心した。
黒と白のチェック柄のワイシャツに黒色のジーパン。そして、腰に黒い無地の服を巻き付けている。
ファッションに関してはマジで疎いからわかんないけど、流行りなのかな?
面識がちょっとあるってだけで休日に遊んだりはしないから、私服を見るのは初めてだ。
彼は“BREAKERZ”の一員、剣崎 怜くん。
喋り方にクセがあって、オタ芸とかやってる生粋のオタクだけど、めっちゃ真面目で良い人だと思う。
文月くん3号の候補の1人。
だからと言って…、
『剣崎くん! その服装、超かっこいいね! 最近、流行りのファッション? 僕にもファッションの極意、教えてほしいなぁ! それはそうと、君も文月くんに呼ばれたの?』
……みたいに愛想良く話しかけることはできないんだ。
人見知り発動して話しかけられないから? いや、違う。
あくまで彼は、文月くん3号の候補。
僕がその候補に入れるような人は、人見知りな僕でも話ができるということが大前提だ。
なら、どうして声をかけないか。どうして彼の前を素通りして文月くんの所へ向かうのか。
答えはこのグラサン&マスクの中に…。
そう、僕は雲龍を倒した校内のヒーロー。
彼も僕のファンの可能性がある。
もし、ファンである彼に声を掛けたら、あまりの歓喜にオタ芸を始めてしまうかもしれない。
そんなことを僕の近くでされたら恥ずかしさで死んでしまう。
声を掛けるのはかなりリスキーな行動なんだ。
かなり近くまで来たけど、彼は僕を見据えて微動だにしない。
大丈夫、きっとバレてない。何食わぬ顔で彼の横を通って校門を潜ろう。
1歩ずつ確実に、剣崎くんとの距離が縮まっていく。
目の前まで行っても、彼は話しかけてくることなくただ僕を見つめていた。
大丈夫、バレていたら黄色い歓声を上げてサインを求めてくるはずだ。
普通に通るんだ。あたかも視線を感じていないかのように…。
僕が恐る恐る真横を通り過ぎようとしたとき…、
剣崎「待つのだ」
彼は左手に納めていたサッと刀を抜いて、僕の首元に当ててきた。
「ひっ………!」
いきなりの出来事に気が動転し、情けない声が漏れる。
ちょっと待って、どういうこと? まさか、ファンじゃなく彼は過激派アンチ?
彼は殺意剥き出しの目で僕を睨んでくる。
剣崎「校門を潜り、校舎へ向かう前に私の要求に答えるのだ。さもなくば、貴様の首は鮮血と共に宙を舞うであろう」
ん? ちょっと待てよ。
ハハッ…、僕は何をビビってるんだ。どんだけ弱虫なんだよ。
あのムキムキ雲龍に殴られまくっても平気だった僕だぞ。
今更、刀1本に怖がるなんてマジでバカすぎるよ。僕に刀を振るえば、宙を舞うのは刀身の方に違いない。
剣崎「簡単なことだ。サングラスとマスクと外して素顔を晒し、自身の名前を名乗るのだ。貴様が“EvilRoid”……偽物でなければ可能であろう?」
えび……何て? 偽物って何のこと?
わかんないけど、刀を突きつけて要求する内容じゃない。
普通の人にとって、名前を名乗ることやマスクを外すことは全く抵抗のないことだと思う。
けれど、僕は…。
「悪いが断らせて頂こう。刎ねれるものなら刎ねるが良い。このダイヤモンド級に硬い首をな」
…………。
剣崎くんは僕の返事に全く反応を示さなかった。
あ、これ、バリ滑ったな。
同じ口調と低めの声で話したらノってくれるかと思ったんだけど。
あぁ、今日はやっぱり寒いな。絶対零度かってくらい寒いよ。肌に当たる風や剣崎くんの視線が超冷たい。
ザッ!
え、何? その臨戦態勢みたいな感じ。
彼は僕から距離を取り、居合のような構えを取った。
剣崎「その口調……やはり貴様は鬼塚氏ではない。彼の皮を被った殺人鬼め」
ええと、つまり、これって僕ってバレてるの? いや、ギリバレてない感じ?
本物か偽物の殺人鬼の2択っていったいどういう思考をしているんだろう?
てか、何か勘違いされて僕を殺そうとしている? それは結構、危険な事態だ……刀が。
剣崎「鬼塚氏を愚弄するか。直立不動は彼の特権であるぞ! 忌々しき偽物よ、覚悟をするが良い!」
彼は居合のような構えは崩さず、こちらに向かって距離を詰めてくる。
どうしよう? 全部、避けれるかな? 何か誤解されてるから後で弁明しないと…。
運動神経悪いからなぁ。避けきるのは無理かな。
でも、1発でも当たったら刀が………、刀が?
いや、違う! なんで忘れていたんだよ。
僕は…………僕は今、
ただの人間じゃねぇかクソヤロー!
剣崎くんが後1歩踏み込めば、刀身が僕に届く間合いに入るだろう。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
「お、お、お父さああああぁぁぁぁぁん!」
剣崎「尾蛇剣舞・刻裂…………」
最期は“お母さん”って叫ぶのが多数派な気がするけど、僕の口から出た言葉はお父さんの方だった。
翠蓮、ごめんな。無傷で帰ってくるって誓ってまだ10分も経ってないのにもう死にそうだよ。
兄ちゃん、友達を皆殺しにする敵と戦う前に、話したことない同級生以上友達未満の剣崎くんに殺されるみたい。
家族や親戚のことは頼んだぞ。
さっき背中を目いっぱい叩けて本当に良かった。
今まで兄弟喧嘩ばっかりで兄貴らしいこと全然してやれなかったけど、あれでチャラってことにしてくれたら嬉しい。
剣崎「真剣!」
彼は技名を言い終えた後、左側に納めていた刀を引き抜いた。
「やめないかい。彼は本物だよ」
僕の首が今にも刎ねられようとしたとき、上空から彼を制止する声が聞こえてきた。
その声に反応し、僕と剣崎くんはお互いに空を見上げる。
耳を澄ませばシューっとガスが抜けるような音。
今日は休日だ。彼も例外なく私服を着ていた。
ブラウンの膝の上あたりにまでかかるコートに中はクリーム色のニット。下は細くもダボダボでもない普通の紺色のズボンを履いている。
空を飛べる能力者は“BREAKERZ”に1人だけ。
ファッションセンス抜群さを醸し出していて大人びた雰囲気を放っている彼は、日下部 雅さんで間違いないだろう。
浮遊していた彼は僕らの前に降り立った。同時にガスが抜けるような音も止まる。
日下部「まだ敵は現れていない。準備は整った。今から近くに現れた場合は探知が可能らしいから、保健室に戻ってくれと言っていたよ」
準備って…。僕みたいに能力を使えなくなった人たちを治すための準備かな?
とにかく日下部さんはめちゃ良いタイミングで来てくれた。
お陰で命は助かったんだけど、さっきの琉蓮の貴重なお涙頂戴シーンはぶち壊されたって感じだ。まぁ、良いけど。
剣崎「鬼塚氏、すまなかった!」
彼は両膝を地面について土下座した。
そんな大げさに謝らなくても…。いや、一応殺されかけたから大げさでもないか。
剣崎「“貴様”などという無礼極まりない呼び方をしてしまった私を許してくれ! 私は誤解していたのだ」
いや、そっちより間違えて殺そうとしたこと謝って…。呼び方よりそっちの方がヤバいから。
僕は戸惑いながらも、頭を深く下げている彼の肩を軽く叩いた。
「要求に応えなかった僕を疑うのは当然だよ。こっちこそごめん」
剣崎「ありがとう。優しいのであるな、鬼塚氏」
彼の両手を掴み、僕は膝を着いている彼の身体を引き上げる。
ヒュウウウウウ………。
彼が僕に引き上げられて立ち上がったとき、ちょうど嫌な風が僕らを横切った。
同時に背筋がゾクゾクとし始める。
もしかして、剣崎くんや日下部さんの言っていた敵?
いる……きっといる。僕の真後ろに何かが存在している。
「学校の………周りに………異常はなし」
僕の後ろにいたそれは、か細く今にも消えてしまいそうな声を発した。
それは僕の真横に立ち、こちらをチラリと見下ろす。
細い体型に180センチあるかないかくらいの背丈。
何処を見ても黒しかない服装。真っ黒なカーディガンに真っ黒な……これ何て言うんだっけ?
スカートとズボンのあいの子みたいな奴。サルエル……? そして、寒がりなのか分厚い黒のネックウォーマーをしていて顔がほとんど見えない。
“BREAKERZ”には能力の詳細がわかっていない人も何人かいるらしい。
僕も彼とは初対面で確証はないけど、聞いた話から予想すると多分、朧月 悠くんかな?
彼は学生大戦で怪我をしてしまって、しばらく入院していたみたい。
「学校の中も異常なしじゃ!」
そして、校内からももう1人、知らない人がマシンガンを肩に担いでこちらにやって来る。
あれって…、本物じゃないよね? いや、皆殺しにしてくる機械に対抗するためなら本物でもおかしくないか。
みんな休日で私服の中、彼だけは違った。
明るめの青が基調な長袖の体操服を着ている。吉波高校規定、何の変哲もない体操服だ。
特徴的なアクセントで話しているから、彼で間違いないだろう。
文月くんいわく、いつもサッカーしか頭にない陽キャラの的場 凌くんだ。
剣崎くんも含めて、彼らは能力修復の準備ができるまで見張りをしていたということかな?
そして、その必要がなくなったから彼を呼びにここに来たって感じか。
日下部「じゃあ、僕は少しの間、留守にさせてもらうよ。慶に別件を頼まれていてね。もし、敵が来たら僕も後から加勢する、それじゃ」
日下部さんは背中を向け、手を上げながら自転車置き場の方へ去っていった。
どこまでもオシャレで爽やかな人だなぁ。オナラで飛びさえしなければ…。
剣崎「私たちも保健室へ向かおう。文月氏が待っている。今来てない者もそろそろ来るだろう」
僕は剣崎くん、朧月くん、的場くんと一緒に保健室へ向かった。
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ドアが開いた保健室の前に、マスクと右耳にワイヤレスイヤホンをして杖を着いている文月くんがいた。
黒無地のワイシャツに黒無地のスボン。僕と同じであまり服に興味がないのか質素なファッションをしている。
彼は下駄箱の方から向かってくる僕らを見てマスクを外した。
文月「良いタイミングだな。ちょうど換気が終わったところだ。入ってくれ」
彼に言われた通り、僕らは保健室の中へ。
規則正しく並んだ3つのベッドとその隣にある点滴台の奥に、2人の先生がぐったりと横たわっているのが目に入る。
小林先生と辻本先生。
今回の黒幕、僕らの能力を奪って殺そうとした張本人の2人だ。
文月「気にしなくていい。気絶しているだけだ。とりあえず、横になってくれ」
僕が心配していると思ったのか、彼らの状態を説明する文月くん。
てか、彼らを倒せたんなら、もう大丈夫なのかな? 能力だけ取り戻して万事解決?
「2人が寝てる間は、僕らに危険はないって感じ?」
僕の質問に対して、彼は首を振った。
文月「“EvilRoid”は完成次第、自動的に発進され、僕らを殺しに来る可能性が高いだろう。そうなる前に君の能力を………待て」
彼は右耳のイヤホンに手を当てて少しの間、静止する。
そして10秒も経たない内に、彼はグラウンドが見える保健室の窓に目を移した。
「ごめん、ちょっと遅れたかも!」
同時に後ろから、“BREAKERZ”と思われる人たちがぞろぞろと入ってくる。
遅れると焦って走ってきたのか、ほとんどの人が膝に手を着いて息を上げた。
いつも制服姿しか見てないから、みんなの私服は新鮮だななんて和んだのも束の間…。
窓を見ていた文月くんは僕らの方に振り返り、こう言った。
「およそ10秒後に5体の“EvilRoid”がグラウンドに到着する。全員、敵襲に備えろ」




