招集 - 鬼塚 琉蓮②
今日は土曜日、つまりは休日。
体たらくの極みの僕は、いつもならこんな早くには起きない。
ちょうど今、時計の針が正午を指したところ。クソ眠たいのに、出かける支度をしているのには理由がある。
鏡の前で自分のハンパない寝癖を見ながら歯を磨く最中、昨日のことを思い返した。
僕が出かける理由を作ったのは、昨日の夜、頼みごとをしてきた文月くんだ。
前にも言ったけど、僕はスマホを持っていない。9時を余裕で過ぎてるのに家の電話が鳴り響いたんだ。
半ギレ状態のお父さんが電話を取ろうとしたから慌てて僕が電話を取ったよ…。
僕ら一家は怒ると何が壊れるかわからないから。
そして、その頼みってのは…、
特質や神憑で構成された“BREAKERZ”を皆殺しにしてくる奴らを皆殺しにしてほしい。
まぁ、ざっくり言うとこんな感じかな?
“BREAKERZ”のメンツは、あの生徒会騒動の後で友紀くんに紹介してもらったから大体は把握している。
変わっている人が大半を占めているっていう印象だ。
そんな彼らを皆殺しにしようとしてる奴らは、人間じゃなくて機械みたいなものだから手加減しなくて良いって言われたんだけど…。
この後が重要で、そいつらは何人かの能力を奪っているらしく、奪われた人はいま能力を使えないらしい。
『その奪われた人って誰?』
昨日の晩、僕は文月くんにそう聞いたんだ。すると、彼はこう答えた。
『今は誰かはわからない。だが、昼休みに保健室で脳を検査した奴らは奪われていると思ってくれ』
…………。思いっきり僕じゃねぇかよ。
何、足引っ張ってんだよバカヤロー。
脳を詳しく調べたいから協力してくれって言ってきたのは知っている先生だったんだ。
小林先生がまさか僕らを利用するなんて考えもしなかったよ。それも僕らを殺すために…。
電話を切った後、本当に奪われているのかを確かめるためにフライパンをねじ曲げようとしたんだけどビクともしなかった。
文月くんは奪われた人たちの能力を今日、修復しようとしている。
昼頃に学校集合ってことになってるからそろそろ行かないと。
僕は歯磨きを終え、寝癖を治してからグラサンとマスクを着用した。
休日だけど、一応ね…。
リビングを横切り、玄関の方へと向かう。
お父さんとお母さんは、買い物に出掛けていて今は家にいない。
弟の翠蓮が1人リビングでソファに横たわってテレビを見ていた。
「ちょっと用事で学校行ってくる。テレビ消し忘れたらダメだぞ」
翠蓮「は~い」
テレビから目を離さないこいつから気の抜けた返事が返ってくる。
2分の1の確率で忘れるからなぁ。帰ってきて消えてなかったらマジで怒るからな。
…………帰ってくる? 本当にいつものように何の問題もなく帰ってこれるんだろうか?
僕はどこか平和ボケをしている。相手は僕らを殺そうとしている機械で、僕は今ただの人間なんだ。
死ぬかもしれない。大怪我をしたり、後遺症を負ったりして元の生活には戻れなくなるかも。
「翠蓮!」
翠蓮「わかってるって! 消すって言ってるだろ!」
彼はいつものように僕が叱責すると思ったのか怪訝な顔をして言い返してくる。
でも、叱責なんかする気はない。こいつには伝えておかないと。
僕が死んだら家族や親戚をしっかり支えていってほしいって。
いや、待った。言ったところで多分、不安にさせるだけだ。
翠蓮「ん? あぁ、また兄貴の十八番、直立不動の発動かよ」
黙って無傷で帰ってくる。そうするしかないか…。
僕が固まっているのを面白がる翠蓮。こんな下らない煽りでイラつける日常を僕は守りたい。
「絶対に消すんだぞ。じゃあ、行ってくる」
僕はそれだけ言い残し、家を後にした。
小林先生、悪いけど貴方に殺されるわけには行きません。
もし、僕をその機械を使って本気で殺す気なら手加減はしません。
どんなに苦労して造った物であっても、友達の命や家族の幸せを奪うために使うなら容赦しない。
全力でぶん殴って、そのクソみてぇな機械とやらを宇宙の端までぶっ飛ばしてやる。
ガチャッ
翠蓮「うわっ! 何で玄関前で直立不動してるんだよ!」
「あ、ごめん」
玄関のドアを開けた翠蓮は目の前で立ち塞がっている僕に驚いたみたいだ。
翠蓮「ちゃんとテレビは消したからな! 菓子買いにスーパー行くから退けよ」
僕が少し後ろに避けると、彼は僕に触れないように気をつけながら外に出る。
そうか、こいつは僕が非力になっているのを知らないんだ。
弟とはいつもこんな感じだ。言い合いになったりはするけど、どこかお互い怯えている。
何かの手違いで傷つけてしまいそうな僕と、傷つけられそうな翠蓮。
でも、今なら多分、大丈夫。
「そうか! 気をつけて行ってくるんだぞ!」
バシッ!
僕は生まれて初めて、弟の背中に愛情のこもったビンタを喰らわせた。元の身体に戻ったら、もうこんなことできないから。
翠蓮「うわあああぁぁぁぁ! 俺の背骨がっ………! って、あれ?」
彼は自分の背骨が折れていないことに驚いているみたいだ。首を捻って自身の背中を見ながらさすっている
こんな喜ばしいことがあるだろうか? 気兼ねなく普通に触れられるのって、なんてストレスフリーなんだ!
翠蓮「加減、上手くなったのか? ちょっとはやるじゃん、脳筋兄貴」
彼は感心したような顔をしながら、自転車に乗って買い物へ。
そして、僕は弟が見えなくなるまで見届けてから、歩いて吉波高校へと向かった。




