蘇生 - 文月 慶⑤
看守「まさか2日連続で貴方とドライブすることになるとは思いませんでしたよ。あぁ、また始末書を…」
土曜日の早朝、僕は看守に車を出させてある場所へと向かっている。
「思ったより事態は深刻だった。お前が始末書を書くだけで済むならまだマシだ」
僕の言葉に対し、看守は首を振って軽く息を吐いた。
昨日あった出来事を、一部を除いて“BREAKERZ”には伝えている。
“EvilRoid”と言う名の人型の機械が僕たちを殺しに来ると。
その際に誰が保健室に呼び出され、脳波を測ったのかも把握した。
それでわかったことを一言で表すとすれば…、“絶望”だ。
奪われた能力を如何に早く取り戻すかに勝敗が懸かっている。
それを取り戻すまでの間、“EvilRoid”の猛攻を凌がなければならない。
看守「着きました。このような場所では礼節を弁えてくださいね。頼みますよ」
車を停めた看守は、外を眺めながらそう言う。
奴らの攻撃を凌ぐ可能性を少しでも上げるためにここに来た。
簡単な話だ。戦力になる仲間は多いほど良い。
車の窓から見えるのは、規則正しく並ぶ多くの墓石と墓参りをしている十数人の人間たち。
ここに一応、頼もしそうな仲間が眠っている。できれば永遠に眠っていて欲しいところだが…。
「安心しろ、知り合いだった死者と話をするだけだ」
看守にそう言い残し、杖をついて車を後にした。
身体の状態は昨日、一昨日と比べると格段に良好だ。明日には既に完治しているだろう。
奴らとの戦いが終われば、中途半端に投与した万能薬を摘出して元の身体を取り戻してやる。
それまでは身体を壊さないよう慎重に……。
「…………な! 段差だと!?」
グキッ…
あぁ…、クソが…。
雑草が生えて見えづらくなっている段差に躓いてしまった。左足首の折れる音がする。
幸先の悪い1日だ。早速、こんなところに来なければ良かったと後悔した。
変わらず痛みは全く感じない。左足を引き摺って歩く羽目にはなったが、まぁ良いだろう。
奴が眠っている墓はここか? 手前から向こうまで並べられた墓石のちょうど真ん中辺りにそいつの墓は建っていた。
よりによって1番目立つ場所とはな。死んでも暑苦しいのは変わらないというわけか?
休日というのもあってか墓参りに来ている人間が常に往来している。いくらタイミングを計っても必ず誰かには見られてしまうだろう。
昨日の時点で小林は3日後だと言っていた。
バカ正直に正しい情報を言ったとしても2日後。あの発言がハッタリなら、今日奇襲を仕掛けてきてもおかしくはない。
躊躇している暇なんてどこにもないというわけだ。
僕は杖を突きながら奴の墓の前へ2、3歩近づいて最後の確認をする。
間違いない。この墓石には…、
“男虎勝院之墓”と大きくはっきりと彫られていた。
生徒を守る使命を全うし、安らかに眠っているところ悪いが、貴方にはもう一仕事してもらう。
僕は墓の前で片膝を着いて、自分の杖を頭上に振りあげた。
こうすることは、昨日の夜には決めていた。だから、杖の持ち手の部分を金槌に造り替えていたんだ。
墓石の下には遺骨を入れた棺がある。真下というわけではなく、少し手前にズレているはずだ。
墓石の手前にある板状の石、ここを砕いて遺骨を取り出す。
「さぁ、起きてください!」
僕は振り上げた杖を、板状の石に目がけて思い切り振り下ろした。
バキッ!
硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音が響き、石には深い亀裂が入る。
1度で割れることはない。何度も何度も僕は杖を石に打ち付けた。
僕の背後から慌ただしい足音と甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「ママァ、あのお兄ちゃん、なんでお墓を壊してるの?」
「見ちゃダメよ! 早く逃げるのよ!」
平和に墓参りをしていた人たちは全員、この場からいなくなった。
気が狂った頭のおかしい奴と思われたのかもしれないな。まぁ、強ちそれも間違ってはないか。
同じ学校に通う生徒たちを人質にして政府に盾突いた時から、まともな人間として生きる道は捨てたつもりだ。
今更、面識のない一般人からどう思われようと気にはしない。
さぁ、石は粉々に砕け散った。想定通り、その下は空洞になっている。
この中に男虎勝院の遺骨が眠っているはずだ。
その遺骨に、僕に投与した数倍の濃度の万能薬を投与する。言ってしまえばこれは賭けに近い。
死んでしまった者に対して再生能力を発揮するのかどうか、僕にもわからないが…。
男虎先生が使っていた龍風拳は、妖瀧拳と肩を並べる国内最強の武術の1つだ。
彼が雲龍のような達人級なら試してみる価値は充分にある。
「さぁ、高濃度な不知火の血を得て復活するんだ」
僕はポケットから注射器を取り出し、遺骨を探すため空洞を覗き込んだ。
男虎「よぉ、文月! 吉波高校の問題児いぃ!」
「…………は?」
驚いたとか恐いとかそんな感情は全く湧かなかった。いや、驚きすぎて……恐すぎて思考が停止した可能性はある。
僕が覗き込もうとしたタイミングで彼は空洞からヒョコッと頭を出してきた。
何も食べていなかったからだろうか? かなり痩せ細っている。もう1トンの砂鉄が入ったジャージは着れないだろう。
その代わりかは知らないが、かなりダボダボな灰色のジャージを着用している。
いや、そんなレベルの話じゃない! なんで生きている?
火葬はどうした? 焼き忘れたのか? それとも、鍛えまくられた筋肉に火が通らなかったのか?
考えれば考えるほど疑問が次々と溢れてくる。
「生きていたんですね。お願いがあります。貴方の大事な生徒の危機が迫っている」
無限に湧き上がる疑問を懸命に抑え込み、僕はガリガリの男虎先生に協力を要請した。
男虎「何いぃぃ!? 生徒の危機だと!? どこだ……敵はどこだああぁぁ!」
話が早くて助かる。彼は細い腕を地面に着き若干震えながら自身の身体を地上に上げた。
だが、その身体ではハッキリ言って頼りない。この状態で戦ったら今度こそ死んでしまうだろう。
生きている人間には濃すぎるかもしれないが、この万能薬を投与してあのときの筋肉を再生させよう。
男虎「だが、この身体では誰も守れない!」
彼も僕と同じことを思っていたようだ。細くなっても声のデカさは変わらないんだな。
「それは問題ありません。この万能薬を…」
男虎「お供え物で栄養補給するぞぉ! ……っておもちゃのヌンチャクしかないやんけえぇ!」
もう一度、埋めてやろうか? 人の話を全く聞かない奴め。
はぁ…、こいつとは話が噛み合わない。悪いが、勝手に投与させてもらうぞ。
チクッ…
僕は墓石に向かって叫んでいる男虎先生の背中に注射針を刺した。
男虎「痛い!」
全部を投入するつもりはない。かなり高濃度だから、10分の1程度で良いだろう。
少しだけ注入し、注射針を抜く。
ムキッ……ムキムキッ! ボンッ!
小さな爆発が起こったような音と共に筋肉が膨張し、元の身体に戻すことに成功した。
いや、前よりも少し大きくなっている気もするが…。
着用していたダボダボの灰色のジャージは丁度良いサイズ感になった。
「これで戦えるだろう。詳しいことは看守の車で話します。着いてきてください」
男虎「わかった。何と戦えば……いや、どの生徒が狙われているのか教えてくれ! 今度こそ最後まで守り切ってみせる」
彼は真剣な灼熱の眼差しで僕を見る。
とりあえず、彼を復活させることには成功……したということにしておこう。
当の本人もやる気に満ちていて申し分ない戦力になるだろう。
後1人、加われば万々歳といった戦力がいる。その戦力は別の奴に呼びに行かせることにした。
日下部 雅。あいつは僕のことを良く思ってないようだが、今回ばかりは指示に従って欲しい。
呼びに行く道中で奇襲に遭っても、あいつなら飛んで逃げられるだろう。
1番確実に辿り着けるだろうと思い、抜擢したんだ。
「狙われているのは“BREAKERZ”。ほとんどが能力を持った生徒で構成されているチームのようなもの」
僕は男虎先生に、車を停めてある場所へ向かいながら説明する。
この名前が決められたのは、彼が死んだ後。いや、厳密には生きていたみたいだが。
彼は聞き慣れない横文字に首を傾げながらも大きく頷いた。
男虎「つまり、そのチームに入っている生徒たちを守れば良いんだな?」
“守る”か。ふっ…、随分低く見積もってくれるじゃないか。
銃火器すら歯が立たない僕の鬼を破壊あるいは封じ、鬼ごっこそのものを止めた奴ら。
武装した数百人の学生を相手に、たったの3人で死人を出すことなく撃退した奴ら。
“RealWorld”を直感で見破り、脱出法を導き出した奴。
特質4人と神憑1人を同時に相手にし、全員ぶっ殺した奴。地球を作業感覚で壊す奴もいる。
そして、こいつらは強大で厄介な神の力を使う神憑たちを倒している。
“BREAKERZ”とは、そういう奴らの集まりだ。
男虎先生の発言に思わず笑みが零れた。
「守るのではなく、協力してほしい。なるべく時間を稼いでほしいんです」
彼も僕の発言に対して大きく声を上げて笑う。
男虎「ハッハッハ! 強くなったじゃないか! 2年生と3年生ではやっぱり違う!」
いや、まだ2年生なんだが…。
男虎「で、敵はいつ来る?」
看守の車が見えてきた。運転席に乗っている看守が戸惑っている様子だったので手を振っておこう。
僕は車を見つめながら、彼の質問に答えた。
「奴らは3日後と言っていましたが…。今日中に来なければ僕らの勝ちです」
そんなことを言っている内に看守の車の元へ。後部座席のドアを開け、僕は怪我をしないようにゆっくりと座る。
厚かましい男虎先生は助手席に勢いよく座り込んだ。
看守「え……この人、誰です?」
男虎「ハッハッハ! よろしくお願いしますぞ!」
巨躯な彼にビビりながら聞いてくる看守と、腕を組み大笑いをしている男虎先生。
僕はそれらを無視して、看守に指示を出した。
「学校へ向かってくれ」




