追跡 - 文月 慶④
「お前ら、報復を受ける覚悟はできているか?」
僕が笑いながらそう言うと同時に、犯人の1人がこちらに機関銃の銃口を向ける。
その機関銃、まだ持っていたのか。確か市役所の人間に渡されたとか言っていたな。
この2人のことは知っている。僕がこの学校の生徒である限り、少なからず恩があるはずだ。
だが、今はそんなこと関係ない。
たとえ顔見知りだろうが、助けられたことがあろうが、僕から奪ったことに変わりはない。
市役所の人間に脅されて未だにシャツインしている辻本。
普段は優しいが、怒ると何をしでかすかわからない小林。
僕の目の前にいるこの2人が犯人で間違いないだろう。
奪ったものを大人しく返さないと言うなら…。僕はさっき言った通り、お前らに報復をする。
小林「ふ…文月くん、それ以上、ち…近づくと撃つよ?」
辻本「文月なぁ、使用不可て書いてるのになぁ、開けるんはなぁ、ダメだと思うんよなぁ!」
少しおどおどした口調の小林と、文節ごとに“な”を付けて話す辻本。
間違いなく本人だ。この2人特有の話し方から、何者かが変装しているわけじゃないと思われる。
こいつらが何故、ハッキングしたのか疑問だが…。
「撃てるものなら撃ってみろ。大人しくデータを元通りにすれば、乱暴な真似はしない」
僕は小林の警告を無視して1歩前に出る。
恐らく…今、何発か撃たれても僕は死なないだろう。
“準不死身”である僕の身体は脆いものの、痛みを感じることはなく時間があれば再生する。
強気に前に出ても何ら問題はない。
小林「僕が撃てないことをわかっているようだね…。わかった、性に合わないことはやめるよ、文月くん」
辻本「そうだなぁ、脅すのは止めようか。でもなぁ文月、悪いけどなぁ、データを返す気はないとなぁ言わせてもらうなぁ」
小林は身体を震わせながら銃を下ろし、辻本は両手を広げ、身振り手振りを加えて返答する。
元々僕を撃つ気はなかったようだ。
まぁ、普通の先生なら生徒を撃って刑務所行きになんてなりたくないだろう。
こいつらの目的はいったい何だ? いつもある保健室のベッドとハッキングに使ったと思われるPCしか見当たらない。
後は体重計など保健室にありそうなものだけだ。
「そうか、なら力尽くで奪い返すまでだ。一応、目的を聞いてやる。正当な理由があるなら言ったほうが身のためだと思うが」
直接、聞き出す以外に知る方法はなさそうだな。素直に答えるか微妙なところだが…。
2人は何か可笑しかったのか、クスクスと笑い始めた。
小林「ふふふっ…、来るのが少し遅かったね。昼休みまでに来れば間に合ったかも」
バキッ!
…………! クソッ!
辻本「はっはっは! このPCはなぁ、お前をおびき寄せるための餌。だからなぁ、もういらない。お前のデータはなぁ、もう別の場所に転送済みなんよなぁ!」
辻本は笑いながら、ハッキングに使われたPCを素手で叩き割った。
小林「先生2人の……」
辻本「目的はなぁ!」
小林・辻本「「お前 (君) たち“BREAKERZ”を殺すこと (なんよなぁ!) 」」
珍しく猟奇的な笑顔を見せる小林と、少し怒りのこもった声で叫ぶ辻本。
クソッ…、データを取り戻せなくなったことにイラついてるのはもちろんだが…。
さっきからのこの仲良しこよしは何だ? 小林が話した後に必ず辻本が口を開く。
どちらか1人が話せば良いだろう。地味に腹立たしいからやめろ。
それに殺すって何だ? この半年間、何か癪に障るようなことをあいつらがしたのか?
学校の先生らしからぬ発言。
村川先生が言うならまだ違和感はなさそうだが、この生徒想いな2人がそんなことを…?
「あいつらがお前らに何かしたのか?」
小林「何でもかんでもペラペラと喋ると思………ぐわあああぁぁぁぁぁ!」
これには流石に驚いて、身体が少しだけ跳ねる。それはいきなりの出来事だった。
耳が張り裂けるかと思うくらいの断末魔の声を上げながら蹲り、頭を抱える小林。
辻本「なっ…! こ、小林!」
小林「動くんじゃない!」
顔を引きつらせながら駆け寄ろうとする辻本に、奴は銃口を向けて制止する。
銃口を突きつけられた辻本は、両手を上げてその場で固まった。
何を見せつけられているんだ? さっきまでの親密な関係はどうした?
唐突な仲間割れ…。僕たちを殺す計画が破綻しそうな感じがして笑けて来るんだが。
小林は辻本に銃口を向けたまま、こちらに振り向いた。
小林「はぁ……はぁ……、文月くん、しっかり聞いてくれ」
奴は苦しそうな表情を見せながらも、真剣な眼差しで話を始める。
小林「3日後……。3日後に特質を使えるロボットが完成し、君たちを殺しに向かわせる」
おい、いったいどういう風の吹き回しだ? 頭を抱えるまで教える気なかっただろ。
仲間を制止してまで教える理由は何だ。
どういうわけかわからないが、奴は顔中に汗を滲ませ、肩で息をしながら説明を続けた。
奴の言った話をまとめるとこうだ。
2人は今日の昼休みに何人かの特質持ちを呼び出し、脳に関する2つのことを計測した。
脳波と脳のMRIだ。
それにより、特質を持っていない人間との違いを検出。
そのデータとハッキングで盗み出した僕の手帳を頼りに、特質を使える人型の機械を創り出そうとしているらしい。
一部のデータの破壊の目的は語られなかった。恐らくホログラム等を使えなくして直接、外におびき寄せたかったのだろう。
“文月特別少年刑務所”は政府が作った場所だ。そこで僕を殺せば国に追跡されやすくなると思ったわけか。
そして……、
小林「今日、保健室に呼び出して検査した生徒たちは能力が使えない。特質を司る脳の部分に電気を流して損傷させたから」
嘘の可能性もあるが、本当ならかなり最悪だ。こちらが有する特質を奪われたようなもの。
誰の特質を奪ったんだ? 何人呼び出した。特質の性能をそっくりそのまま使えるわけじゃないだろうな?
まさか、あいつの特質を……?
小林「今日、保健室に呼び出したのは……よ、呼び……出したの……は…………ぐわあああぁぁぁぁぁ!」
まだ何かを言いかけていた小林だったが、絶叫しながら蹲った。
いったい何なんだ…。自分の中の良心と闘っているのか?
大きく3回ほど肩で息をした後、奴は顔を上げる。悪魔のような形相でニヤけながら僕を見据えた。
もう皆の知っている優しい小林先生はどこにもいない。
小林「教えると思ったか? 危なかったよ。もう1人の僕が邪魔に入るとは思わなかった」
辻本「おぉ、結構ねぇ、それは危なかったですねぇ…」
もしや、こいつらは二重人格か? 裏の人格が僕らを殺そうとしている?
それなら一応、納得が行くわけだが…。
正気なこの2人が生徒を殺す理由なんて思い当たらない。テロリストである僕だけを狙うならまだありえるが。
小林「3日後……3日後だ」
奴は片膝を着いた状態で、指を3本立てて強くそう言った。
小林「3日後に特質を使う人型の機械、“EvilRoid”を完成させ、君たちを襲撃させる。今すぐにでも殺したいけど、直接手を下す訳にはいかないからね」
“Evil”か…。特質を悪だと言うのか。
“今、直接は殺せない”のは捕まらずに僕らを殺したいということだな。
謎の人型物体が生徒を殺害したと思わせたいのだろう。
向こうが宣戦布告してくるのなら、こちらもさせてもらう。
僕は人差し指で奴ら2人を指さした。
「良いだろう。そんな偽物の特質など、一瞬で壊してやる。その後の報復も覚悟しておけ。先生だからといって容赦はしない」
僕は奴らにそう言い放った後、足を引きずりながら保健室を後にする。
“BREAKERZ”、彼らにこのことを伝え、迎え撃つ準備を始めよう。
特質を少し奪った程度で、僕らを潰せると思うなよ。油断は絶対にしない。
総戦力をあげて徹底的に叩き潰してやる。
【金曜日、終了】




