追跡 - 文月 慶③
現在時刻…、17時を過ぎた辺り。
7限目が終わり、吉波高校はちょうど放課後になるところだろう。
僕は看守の運転する車に乗って、学校に向かっている最中だ。
昨日のハッキングは最悪なタイミングだった。
お陰で全身から血が噴き出し、骨が粉々に砕かれる羽目になったが、何とか生きている。
ほぼ丸1日かかったが、左手に杖を持っている状態なら辛うじて歩ける程度には回復した。
中断されたせいで4%しか投与されていないにも関わらず、若干の再生能力は備わったようだ。
だが、不知火本家とは違って再生には時間がかかり、身体はかなり脆い状態にある。
すぐに損傷するが、死なずにいつかは完治するといった感じか。
“準不死身”…。この状態をそう名付けよう。
看守「そろそろ着きますよ」
運転している看守がバックミラー越しに僕をちらりと見た。
そろそろとは言っても、まだ学校は見えていない。後5分くらいはかかるだろう。
『これが外の世界…。画像で見るよりも趣がありますね』
そして、僕と看守以外にもう1人……いやもう1つ?乗っている奴がいる。
四六時中ネットサーフィンをしているGORGLE依存症、無能の人工知能“FUMIZUKI”だ。
左手にはまだ万全じゃない身体を支える杖、右耳にはこいつの声を聞き取るためのワイヤレスイヤホン。
そして、いつもよく使っている360°超高画質で映る球状の超小型カメラが1台、僕の肩付近を浮遊している。
今は“FUMIZUKI”にとっての目の役割を担っているといったところだ。
「で、何故、僕の頼みを承諾した?」
昨日、僕が傷だらけで倒れていると、看守が駆けつけてきた。
かなり焦った様子で安否を確認する彼に、学校へ送ってくれとダメ元で頼んでみたんだ。
看守の役目は僕が脱獄しないように見張ることだが、彼は僕の頼みを聞き入れた。
再びバックミラー越しに僕を一度見て、彼はこう答えた。
看守「ずっと貴方を近くで見てきて…。貴方が悪い人間とは思えなくなったのです」
やっとわかったか、政府の人間。
お前らが押収した“BrainCreate”。僕は悪事を働くためにそれを創ったわけじゃない。
危険性があると判断したのか知らないが、そんなことのために使う気は全くなかった。
看守「データを奪われたと聞いて居ても立ってもいられなくなった。政府を代表できる立場ではありませんが、小さなお詫びをさせてください」
「それはありがたいことだが……もし、外に出したことがバレたら消されるんじゃないのか?」
この看守に対して情があるとは言い難いが、殺されるとなると話は別だ。
互いに命を賭けて助け合うほど親密な仲でもない。看守と囚人、ただそれだけの関係だ。
彼はふっと笑い、車を校門の前に停めてエンジンを切った。
看守「着きましたよ。そんな大げさな…。ちょっと長めの始末書を書かされるくらいですよ。貴方が……何もしなければ」
そうか、それなら安心だ。
この国は何処であろうと平和が蔓延っているというわけか。
まぁ、表側はそうであっても、国民に隠してることはそれなりにありそうな気がするが…。
「心配するな。犯罪じみたことをするつもりはない。相手が何もしなければの話だが…」
僕は後部座席のドアを開け、杖を先に地面に着けてから車を降りる。
慎重に…。少しの衝撃で骨折する可能性がある。
昨日と比べるとまだマシだが、それでも本来の身体よりは脆い。
看守「くれぐれも気をつけてください」
「あぁ…」
看守の言葉に相づちを打ってドアを閉めた。
『さぁ、向かいましょう。犯人の元へ』
僕は足を若干引きずりながら、校門を潜って正面玄関へ向かう。
僕がここに来た理由。
“FUMIZUKI”が言ったように、ハッキングをした犯人が近くにいるからだ。
ハッキングに使った端末を特定するのは簡単だった。さすがは人工知能、こういう逆探知や追跡などをする際は役に立つ。
こういった端末の特定を回避する手段もあるが…。技術がなかったか、あえて痕跡を消さずに誘い出しているかのどちらかだろう。
どちらにしろ叩き潰す気でいるから問題ない。それ相応の対価は払ってもらう。
まぁ…ハッキングされる前の状態に戻してくれるなら、手荒な真似はしない。
一部のデータの破壊と、判明している特質や神憑の能力を書いている手帳のコピー。
ハッキングで受けた被害はこの2つ。
僕がホログラムを使わず生身で学校に赴くことになったのはこのためだ。
データを破壊されたせいで一部の機能が使えなくなっている。
正面玄関に入ると、ずらりと並ぶ下駄箱が目に入った。
ここに来るのは久しぶりだな。
鬼ごっこを起こすまでは、僕も毎日ここで上靴に履き替えて校内に入っていっていた。
まだ僕の場所も残っているみたいだが、身体が不自由な今は履き替えるのもひと苦労だ。
悪いが、土足で上がらせてもらう。
『この学校は…、建物全体の劣化具合からして、創立約70年ほどでしょうか?』
全く注意散漫な奴め…。そんなどうでも良いことを分析させるために帯同させたわけじゃない。
「集中しろ、犯人がすぐ近くにいるかもしれない。端末の位置は変わってないか?」
こいつを連れてきたのは、ハッキングに使った端末の位置を常に把握するためだ。
移動させてもリアルタイムで追跡できるため、破壊されない限り、見失うことがない。
『はい、昨日ハッキングされた後、追跡を開始してからいっさい移動していません』
なら、ここにあるということで間違いないだろう。
正面玄関に入り、下駄箱を通って右に曲がるとすぐにある部屋。
あまり使うことはないが、無ければ困りそうな保健室だ。
ハッキングに使われた端末はここにある。
保健室のドアに貼られている“使用不可”と大きく書かれた紙。どうしても人を引きつけたくなかったようだな。
ハッキングした人間もいてくれれば助かるが…。
「開けるぞ」
僕は“FUMIZUKI”に一言いってから、ドアに手を掛けて横に引く。
ガラガラガラ……。
なるほど、2人か。
かなり意外だが、奴らの表情から察するに犯人で間違いなさそうだ。
身体中が熱くなるほどの怒りを感じながらも、どういうわけか笑みが零れる。
「お前ら、報復を受ける覚悟はできているか?」




