視線 - 日下部 雅②
はぁ……はぁ………。
何とか着いた。
学校の校門の前に僕はいる。
誰だい? ご都合展開だと言ったのは?
マンガやアニメに対して言いたくなる気持ちはわかるけど、僕は死に物狂いで帰ってきたんだ。
何故か放屁の力を取り戻して飛んで帰ってきたとかではなくてね。
そんな僕に遅刻した理由とかを聞いてきて、ご都合展開だと言うクラスメイトがもし、いたら……今は放屁が使えない代わりにシバくかもしれない。
さて、今は午後の1時になろうとしているところ。もうすぐ昼休みが終わる。
校門の前で倒れている僕の自転車と荷物を回収してさっさと教室に向かおう。
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あぁ、気まずいね。
5限目がもうすぐ始まろうとしている中、僕はゆっくりと教室のドアを開ける。
そして、なるべく目立たないよう、教室の端を歩いて席に着こうとした。
だけど、このクラスになってからもう1年近く。クラスメイトとはある程度顔見知りで、僕は遅刻常習犯というわけでもない。
つまり、どんなに教室の隅を密かに歩こうと目立たないようにするのは不可能というわけさ。
それにこのクラスにはある知り合いがいる。
獅子王「日下部、大丈夫か?! そんな傷だらけの身体で…。いったい何があったんだ!」
僕と目が合うや否や、彼は駆けつけてきて大声を上げた。お陰で僕はクラスメイトから注目を浴びることになる。
獅子王、君にはデリカシーというものが全くないようだね。
こんな想いをするなら、保健室に籠もっていたかったよ。まぁ、ここ数日は何故か使用不可になってるんだけど…。
「心配することはないよ。寝返りを打った拍子に2段ベッドから転落しただけさ。朝は病院に行っていた、それだけのことだよ」
僕の部屋に2段ベッドはない。これは全て嘘。
お尻の制御ができなくなって、山奥に飛ばされたなんて口が裂けても言えないね。
僕の弁解に対して、獅子王は首を振る。
獅子王「でも、日下部……僕は知っている。君の自転車が…、荷物が校門前に転がっていたことを」
このゴリラ、本当に空気が読めないようだ。
それに僕の物だと知ってどうしてそのまま放置していたんだい?
自転車置き場に運んでくれても良かったじゃないか。生徒会長なのに見て見ぬ振りをしたっていうのかい…?
彼はこちらに何歩か近づき、僕にだけ聞こえるよう小さな声でこう言った。
獅子王「誤魔化さなくていい。何かあったのはわかる。そういうときは僕らに相談してほしい」
なるほど、君は何となく察していたんだね。
特質や神憑などの能力に関する事件か何かに巻き込まれたと思ったんだろう。
「放課後、話そう」
僕も同じく小声で返して席に向かった。これ以上、目立ちたくはない。
何人かに声をかけられたけど、どれも僕を案ずる暖かい声だった。皆に無事だという旨を伝えて着席する。
シリウス「気づいてるかい?」
“__ああ、気づいているさ”。
いつも隣か後ろにいるシリウスの問いに対して、僕は心の中でそう答えた。
どうやら、彼も感じていたようだね。
学校に着いてからずっと感じていたピリピリとした謎の視線。これもあの子の能力か何かだろうか。
シリウス「恐らく監視されているね。帰りはなるべく1人にならないように…。なった場合は、全力の立ち漕ぎで家に帰ること」
“__了解”。
家に着くまで立ち漕ぎは正直言って厳しいけど、彼女に捕まるわけにはいかない。
1つ心配なのが…、獅子王のような他の能力持ちたちに彼女が危害を加えないかということ。
彼女が僕を狙った理由はわからない。つまり、僕以外の能力持ちを狙う可能性も否定できないというわけさ。
「あの…………」
…………! いつの間に…?
僕の真横に、いつの間にか全く知らない女子生徒が立っていた。
いきなりの出現に驚き、僕の身体は反射的に飛び跳ねる。
上半身を丸々覆えるんじゃないかってくらい長く真っ直ぐな黒髪。
どこか儚げな垂れ目に薄い唇、細身で女性にしては背が高めの彼女はミステリアスな雰囲気を放っている。
一言で言えば綺麗な人だけど、目の下には隈ができていて疲れてそうな感じだね。
神憑…、ではなさそうだけど。朝会ったあの子の仲間かもしれない。
「我は……今日、転校してきた霊園 千夜。朝いなかったから一応挨拶をしておいてやろう。名は何と言う?」
彼女は少し低めで感情のこもってなさそうな声で淡々と自己紹介をした。
自分のことを“我”と言っている人と遭ったのは男女関係なく初めてだね…。
ただのクセのある転校生といった感じかな? シリウスも無反応だし、警戒する必要はあまりなさそうだね。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
5限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
僕のクラスの担任、小林先生が受けもつ数学の授業だ。
数学の教科書を鞄から取り出しながら、僕は霊園さんを見上げる。
「なるほど。慣れないこともあるだろうから、そのときは聞いてね。僕は日下部 み……」
ドサッ…
そして、名前を名乗ろうとしたそのときだった。
頭が少しフラついた彼女は、床へ豪快に倒れ込んでしまったんだ。
原因はわからない…。今日は保健室が使えない。
教室に入ってきた小林先生は、すぐ病院に電話を掛けて救急車を手配してくれた。
彼女が救急車に乗せられ、運ばれていったのを見送ってから5限目が始まる。
10分程度遅れて始まった数学の授業だったけど…。
“__シリウス、気づいているかい?”。
シリウス「僕が気づかないと思うのかい?」
どうやら今回は、あの女の子だけじゃないようだ。
組んでいるのか、はたまた別の派閥かは知らないけど。
後者だとすれば結構、ややこしいことになりそうだね…。
とりあえず、今日は獅子王と一緒に帰るとするよ。




