視線 - 日下部 雅①
シューーーーー……。
僕のお尻から出続ける宙屁は止まる気配がない。
本当に最悪なことだよ。学校とは真反対の方向に僕の身体は飛び続けている。
今、木々が生い茂る森の上空を飛行中だ。
ここは何処なんだろうね…。見慣れない場所に来てしまった。
テスト期間中じゃなかったのが不幸中の幸いだけど、シリウスの暴走のせいで遅刻は確定さ。
神の君にはわからないかもしれないけど、みんなが前を向いて授業受けている中、1人教室に入っていくのは相当厳しいものがあるんだよ。
シューーー…………プスッ………。
ふっ……ちょっと待ってくれよ。こんな上空でガス欠なんて…。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
惨めったらしく叫ばずにはいられないじゃないか。
僕の身体は地球の重力に従い、森林へ吸い寄せられていく。
バキッ! バキッ! バキッ!
ドサッ………。
「ぐはっ!」
森の木がクッションになってくれたなんて言いたくないくらい、全身が痛いけど…。
木がなかったら死んでいたかもしれないね。
全身を打った痛みを感じながらも僕は踏ん張った。両手両足に力を入れ、うつ伏せになって倒れている自分の身体を起こす。
こんなところで伸びている場合じゃない。授業は既に始まっているんだから。
「シリウス、いったいどういうつもりだい?」
僕は何とか身体を起こし地面に座り込んだ状態で、正面にいるシリウスに声をかけた。
僕自身の姿をした彼は目を細めてこう言う。
シリウス「見てわからなかったのかい? あの女の明らかな敵意を…」
あの女…? 水瀬の隣にいたあの子のことを言っている?
彼女が敵意を? 僕には全く感じられなかったけど。
あぁ、そういうことか。
シリウスは本来、別の世界にいるはずの神。こっちの世界の文化を知らないんだね。
「シリウス、あれは手品や曲芸と言ってね。人を笑顔にさせるものなんだ」
シリウス「いや、違う」
僕が言い終えるのとほぼ同時に、彼は首を振って否定する。
即答だね…。あれが手品や曲芸じゃないのなら何だって言うんだい?
まさかとは思うけど…、
「神憑って言いたいのかい?」
まぁ、多分、違うだろうけどね…。確かに神の力を使った能力に見えないこともなかった。
だけど、彼女が神憑ならば、僕やシリウスに視えるはず。
彼女に憑いている神はいないし、気配も感じなかった。
シリウス「君もわかっていると思うけど、あの女に神は憑いていない」
彼は首を傾げて疑問に感じる素振りを見せながらも話を続ける。
シリウス「かと言って、君たちの言う特質とやらとも性質が異なる。僕らの知らない種類の能力かもね」
確かに…、あれは変わった体質から応用した特質とも違う。
そして、神憑でもないとなれば全く別の力と考えるのは妥当だ。
彼女の出現によって…、もしかしたら、この平和だった半年間に終止符が打たれるかもしれないね。
シリウス「奴はそれを使って、僕らに危害を加えようとしていた。鈍い君が気づいてない様子だったから、力を行使して君の身体を逃がしたんだ。それに………」
鈍いとは心外な…。まぁ、ただの凄腕マジシャンだと思っていたのは事実だから否定できないけど。
彼はまだ話を続けた。
神憑同士の戦いにおいて好戦的な姿勢だったシリウスがどうして今回逃げたのか。
シリウス「僕の直感だけど、あの女の能力は…、対神において絶大な力を発揮する。戦うのはまずいと思ったんだ」
言われてみれば、彼女の見た目は巫女のようなもので、除霊や御祓いに関係した能力の可能性が高い。
神憑を一掃するためだけの能力だとすると、いくら神の位が高いシリウスでも分が悪いだろうね。
自分だけ逃げるという手もあったのに僕を心配して助けてくれたんだね。
だったら、感謝しないと。遅刻が何とか言ってイライラしてたことが恥ずかしい。
「シリウス、ありがとう。さて、学校に戻ろうか。今は飛べないからタクシーでも使っ……」
シリウス「ダメだ。今日は休め」
即答だね。今度は遮ったね。
今日、1日休めと言いたいのかい?
進学校の授業についていくのがどれほど難しいのかわかってないようだね。
「それは難しいオーダーだね。止めると言うのなら…」
僕はシリウスにお尻を突き出した。
邪魔をするなら君を倒すまでだ。ガス欠だから無理だって? 気張ればちょっとは出るだろう。
お尻を向けた僕に対して、彼は大きく溜め息を吐いた。
シリウス「やめろ……。本家に勝てると思っているのかい? それも満身創痍な状態で。と言っても聞かないか…」
うん、僕は何と言われても戦うよ。
学校に行かなければならないんだ。
僕は臨戦態勢を解かずにシリウスにお尻を向けている。
踏ん張っている足が……全身が痛い。
「それでも、戦わなければならな……!」
シリウス「落ち着け。君を力尽くで止める気はないさ」
それを早く言ってくれよ。踏ん張った分、足が余計に痛くなったんだけど。
僕は臨戦態勢を解いて、シリウスの方へ身体を向けた。
シリウス「ただ、用心してほしい。場合によっては、僕は君を見捨てて逃亡するかもしれないことも念頭に…」
まぁ、それくらいの方が気楽で良いね。命を賭けて君を守るなんて言われたら、学校に戻るのを躊躇うところだったよ。
「わかった。危なくなったらいつでも逃げること。お互い自分の身は自分で守ろう。ところでここは何処だい? タクシーやバス停は?」
次にシリウスが発した言葉で、僕は絶望の淵に突き落とされることになる。
シリウス「わからない。ただ、ここは人気のない山奥だってこと」




