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BEGINNING's  作者: 如月RIA
第1章
2/2

田舎町


1945年12月29日


2日前、教会からの指令を受けた。


指令内容はヨーロッパにある田舎町、アルトルノで起きているとされる異変の調査、並びに可能であればその解決。


アルトルノでは数ヶ月もの間行方不明者が相次いでいるらしく、現地の警察組織や軍が調査したものの誰一人として発見されず、むしろ調査した警官や軍人までも行方不明になる始末。


国はこれを人間の仕業ではない可能性を考慮し、教会に依頼したという経緯だ。


とはいえ、教会としてはあまりこの件の解決に今は乗り気ではないのだろうな。


つい先日、教会本部での魔法実験により異界の地に行くことができるというゲートを作成したとかで本部はその異界の地の調査に躍起になっている。


そこで日本人でありながら国を捨て、魔法を学ぶ道を選んだ俺に白羽の矢が立ったと言ったところだろう。


半年前に世界大戦が終わったとは言え日本人という肩書きのせいか、俺は教会から信用がないみたいだからな。


本部連中は田舎町での行方不明“程度”という認識なのだろう。


俺としてもあまり気乗りはしない。辺境の調査に“単身”で出向いて現地協力者と共に調査しろだなんてな。


通常は三人体制で派遣されるのだから、本部は余程異界にご執心なのだろう。


だが、全くやる気がない訳でもない。


正式な任務としてはこれが初めての指令だからな。


先に信用がないと書いたが、指令を受けられたということは一人前の魔導師としては仕事がこなせるだけで名誉とも言えるからだ。


願わくはこの件を通しーー








「……いや、ここは書かなくていいな」


刹那涼はそこで手帳に手記を取ることを止めた。


ふと、彼は荷車の後方からカーテンを少しズラして外を見た。


時刻はまだ昼、彼は馬車に乗り森を抜けていこうとしていたところだった。


「流石に少し緊張するな」


その言葉が聞こえたのか、馬車の馭者は涼に語りかけた。


「お客さん、アルトルノに用があるそうだけど緊張するような大人物でもあの町にはいんのかい?」


涼は馭者に顔を向け、答えた。


「あぁ、あの町の神父さんのところに会いに行けと勤務先の上司に言われてね」


「ほーお、あの神父さんかぁ」


「知ってるのか?」


「あぁ、シャルル・リゾットさんのことだな。あの人は誰に対しても親身になってくれる人らしくてな。町ではちょっとした有名人さ」


「そうなのか。良い人みたいで安心だな」


馭者の男は少し笑った。


「大人物ってほどではないだろうけど、緊張はするほどではないぜ、なにせあんたと同じくらいに若いみたいだからな」


「そうなのか?歳が近いなら確かに緊張は和らぎそうだ」


涼もそう冗談混じりで返しつつ笑っていた。


「しっかしお客さん、あんた日本人だろ?」


「あぁ、だが数年前に国を捨ててな。それからずっとアメリカ暮らしさ」


「ほぉー、国を捨てたねぇ。あの国の話はほとんど聴かないが、そんなに悪いところなのか?」


馭者は涼の顔を見た。


「あー、まぁなんというか。昔から国の為に戦って国の為に死ぬってのが性格に合わなくてな、俺の両親もそんな人で家族ぐるみで非国民扱いさ」


馭者は申し訳なさそうな顔をした。


「そらぁ、辛いこと聴いちまったな」


「いや、あんまり当時のことは気にしちゃいないんだ。ただ両親が流行り病で失くなってから親戚と一緒にアメリカに逃げたんだ。あそこは日本よりは理解しあえる友達とかもできたし、悪くはなかった」


涼は空を見上げた。


「まぁ、その第二の故郷とも呼べるアメリカである学問を学んでな。今はそこの研究室の所属さ」


「おぉ、学者さんなのか!何の学者だ?」


「……考古学だ。アルトルノの教会に歴史的価値のある遺物があるそうで、それで神父さんに会って確かめてこいって」


「ほう」


涼は馭者から少しだけ目線を反らした。彼は嘘をつくことに慣れてはいなかった。会話の中で考古学と町に行く理由で嘘をついてしまったことに、涼は少し後ろめたい気持ちになった。






それからも、涼と馭者は他愛ない会話を続けていた。


「お、そろそろ着くぞ」


その言葉を聴き涼は馭者の後ろから外に顔を出した。なんてことはない良くある田舎町。畑が多く、家がまばらに点在し、村と言われればそれで納得してしまいそうなほどだった。


「俺の目的地は町の中心部だが、途中の道に教会があるぜ。そこで降ろしてやろうか?」


「それはありがたい、感謝する」


「いいってことよ、金もらってるとはいえ楽しく話ができたからさぁ。いつも一人で運んでるからつまらなくて仕方ねぇのよ」


「それなら、数日は滞在する予定だから帰り道も頼みたいところだな」


馭者の男は笑った。


「アッハッハッ!あんたなら大歓迎だ!名前聴いてもいいかい?」


「リョウ・セツナだ。日本ではセツナ・リョウって言うけどな」


「ハハハッ!日本では姓と名前を逆に呼ぶのか!こりゃ息子の土産話がまた増えたぜ」


「ふっ、馭者さんの名前を聴いても?」


「おぉっと、名乗り忘れてたな。こいつは失敬。俺はエドモンド・バルガン。是非今後はエドモンド運輸をよろしくお願いいたしますぜ学者さん」


涼とエドモンドは笑いあった。






同時刻、アルトルノ教会。


「ふぅ……」


シャルル・リゾットは日課の教会内の掃除を終えて一息ついていた。


「小さい教会だけど、毎日の掃除はしっかりしないとな」


そう独り言を呟くと、彼は庭に向かった。




庭に出ると、彼はすぐに蔵に向かい、先っぽが羽でふさふさした少し長めのお手製の棒を取り出した。


「よーし」


そして彼はすぐ近くの茂みに向かってその棒の先を振った。上下左右にフリフリと。


すると、茂みから猫が飛び出してその棒を掴もうとしてきた。


「フッフッ……今日はそう簡単に捕まらないぞ猫ちゃんたち」


そう言って彼は更に棒をふると他の猫も数匹ほどお手製猫じゃらしにつられて茂みから飛び出してきた。


これもまたシャルルの日課で大好きな猫とこうして遊ぶのはとても楽しかった。


本来であればこの後は餌をあげてから昼食の準備をするのだが、今日は違った。


猫と遊ぶシャルルの耳に教会玄関の扉を開けるベルの音が聞こえた。


(誰か来たみたいだな)


彼のその一瞬を猫は逃さずお手製猫じゃらしを掴みとった。


「あ、やられたか。仕方ない、ご飯は少し待っててね」


猫じゃらしを取り返すことはせず、彼はそのまま礼拝堂へと向かった。




礼拝堂の扉を開けると、そこには顔を薄く黒い布で隠した貴婦人がいた。


「こんにちは」


シャルルはすかさず挨拶をした。婦人はそこで彼の方を向き静かに頭を下げて会釈をした。その時にシャルルは気づいた、婦人の右腕が無いことに。


(戦争の影響だろうか?)


シャルルは婦人に歩みよった。


「初めてお見かけしますが、私はこの教会の……」


「シャルル・リゾットさんですよね?」


シャルルは自己紹介を切られ少しだけ面を食らった。


「あなたのことは町の人から聞き及んでいます。私はあなた様にお願いしたいことがありましてここに来ました」


婦人はそう答えると礼拝堂の椅子のところに向かった。


「……座ってもいいでしょうか?」


「構いませんよ、この場に置いて座ることに私の許諾は必要ないのです」


「あ、いえ私は……いえ、なんでもありません」


婦人は何か言いたそうな仕草をしたが、少しの間を置いてゆっくりと座った。


「それで、お願いしたいこと……とは?」


「実は……」


そこで礼拝堂入口の扉が再び開いた。




エドモンドに教会まで降ろしてもらった涼は、教会入口の扉を開けようとしたが、すぐに開けることをしなかった。


(なんだ、この違和感?まるで……)


少し息を飲み、涼は扉を開けた。そこには神父と顔を薄い黒い布で隠した右腕のない婦人がいた。


(神父の方はシャルルとか言うやつか、だが……)


彼は婦人の方に一瞬だけ目をやると、シャルルの方に体を向け。


「……“教会”から派遣されて来た者だ、書状を預かっているが。取り込み中のようであれば外で待つことにするが」


「“教会”から?いえ、でしたら夕刻も近くなってきますし冷えるかもしれないので、そちらの扉を通ったところに牧師室がありますのでそちらでお待ちいただければよろしいかと」


シャルルと思しき男性が手で指した方向には扉があった。


「わかった、そこで待とう」


涼はシャルルの指した扉の方に向かい部屋に入った。扉を閉める寸前涼は二人を見ていた。


(……ここは内陸のはずだよな?)


涼はそう疑問に感じずにはいられなかった。




「すいません、突然の客人でお待たせしてしまって」


シャルルは婦人に対し頭を下げた。


「いえ、こちらも突然押し掛けたものですから」


婦人も立ち上がり頭を下げた。


どこか謝り合うことに耐え難いものを感じたシャルルは愛想笑いをし、本題に入ることにした。


「あはは…それでご用件とは?」


婦人は再び信徒席に腰を降ろし、シャルルを見た。


「私は最近この町に引っ越して来た者なのですが、怖い噂を聴きまして…、それで、少し夜を怖く感じてしまいまして、神父様にそのことを調べてほしいと」


それを聴いたシャルルは婦人の声は少し怯えているように感じられた。


「それは…どのような噂なのです?」


女性は見上げていた顔を少し下ろし、話出した。


「この町は、行方不明の方が続出しているという話があるのですがここ最近はそれも収まってきている…ということはご存知ですよね?」


シャルルがアルトルノの町に来て二年、彼も数ヶ月前から起きていたその事件は知っており、すでに200名以上の行方不明が出ていると警察の調書を彼も受けた時に聴いていた。


「えぇ、今も行方不明になった者は見つかっていないと…」


「実は、町の少し離れた古城で行方不明者達を見かけたという話を聴いたのですが…その…まるで怪物のようになっていたと…」


婦人の声が震えているようにもシャルルは取れた。


(古城……確か数百年前に領主が使っていたとされて中は危険だからと立ち入りが禁止されていた所だったな)


「警察や軍もそこは捜索したという話でしたが……私は、不安で……主人と娘も…行方不明に……」


婦人は泣きそうな声を出していた。


「そうでしたか……」


シャルルは少し考えた後、答えた。


「お話は分かりました。私の方でその古城を調査いたしましょう」


「本当ですか!」


「はい、仮にこれが悪魔絡みの事件であるなら、これは私の仕事でもありますので」


女性は立ち上がり、深く頭を下げた。


「どうか……お願いいたします」


「おまかせください、ご婦人どの」




その様子を、涼は扉越しに聴いていた。


(……なるほどな)

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