第九十九話
第九十九話
勇者サイトウを中心に、カイトとジードの包囲網が造られた。
この布陣にダンジョンマスターマダラメも手が出ず、外馬は四連敗を喫していた。
マダラメは分割した四枚の呪文書だけでなく、コインを千五百枚以上も失い手持ちは千枚を切っていた。
「どうやら、これで長い因縁も決着がつきそうだな」
目の前に見えた勝利に、サイトウも客席に向けて満面の笑みを見せる。
「お前にギャンブルで勝利し、神剣ミーオンを取り戻す。そして転移の呪文書を手に入れ、今日にでもお前を殺してやる」
サイトウが勝利を誇り、マダラメの抹殺を宣言する。
「よもや負けたからといって、ミーオンを出さず、呪文書は偽物なんてオチはないよな?」
サイトウが改めて言質をとる。
「もちろんだ、賭けの払いは正確にするよ。そちらこそ、一度賭けた物を引っ込めるような真似はしないよな?」
マダラメが、テーブルに置かれた火神宝玉輪を見る。
「当たり前だろう。というか、そういう減らず口は勝ってから言え」
「なら、そうさせてもらおう」
サイトウの挑発に、マダラメは軽く応じてゲームを再開する。
カードが配られ、ベットラウンドに入る。
これまでカイトとジードは、序盤はサイトウを援護する形に回っていた。
しかし今回は早々に勝負から降りて、静観を決め込む。
因縁の決着をつけるというのなら、最後ぐらいは自分の力だけで勝てと言いたかった。
カイトとジードの意思表示に、サイトウは不愉快そうに鼻を鳴らしたが、何も言わずゲームを進めた。
マダラメとサイトウの対決が進む。だがカイトとジードの援護がなかったため、一回目のゲームはマダラメが勝負を制した。
外馬をかけた勝負が始まってから、初めてマダラメがサイトウを上回った瞬間と言えた。
だが獲得したコインは少額であり、大量リードとはいかない。
「ふん、初めてリードを取れたな。だがそのリードを守るために、勝負しないなんてことはしないよな?」
サイトウは前方を一瞥した後、マダラメを見て問う。
「もちろん、そんなことはしないよ」
マダラメが答えると、すぐにカードが配られて次のゲームが始まる。
マダラメは宣言通り守りには入らず、五十枚のコインを賭けた。カイトとジードは先ほどと同じように降りる。そしてサイトウのベットラウンドとなったが、ここでサイトウの手が止まった。
迷うような素振りを見せるサイトウの視線が、一瞬だけ前方に向けられる。
サイトウはすぐに視線をテーブルに下ろし、マダラメのレイズに応じてコールする。
ゲームが進み、ここでもマダラメが勝利した。
サイトウはマダラメのレイズに応じてしまったため、ここでもコインを失い、小さな差がさらに広がった。
まだまだ序盤の、ちょっとした敗北でしかないが、サイトウは苛立ち、眉を顰めて客席を睨む。
その仕草を見て、カイトは内心笑った。
この後半戦で、サイトウは明らかに賭け方が変わっていた。
相手の出方を見て賭け金を変化させ、吊り上げていく手管は、老練とも言えるものがあった。これは一朝一夕で身につけられる物ではなく、別人と言ってもいい変化だった。
しかし目の前にいるサイトウは、間違いなく本人である。
ではどうやったのか?
その答えは、勝負の最中にサイトウがチラチラと視線を送っていた客席にあった。
サイトウが視線を向けていた客席には、一人の男が立っていた。切れ長の顎を持つその男をカイトは知っていた。
彼の名はトクワン。東クロッカ王国の代表選手としてこのギャンブル大会に参加し、そして予選で敗退し、決勝の舞台に登れなかった男だ。
トクワンがここに残っていることは、別に不思議なことではない。彼もまた勝負師の一人。最高峰の勝負師が集うこの決勝を見ておこうと考えたのだろう。
しかし今はただの観客ではない、サイトウのアドバイザーだ。
サイトウの賭け方が変わった理由は、なんのことはない。サイトウが賭けていないだけなのだ。
スキルの中には、離れた相手と会話出来る、念話というものがある。
主に交渉や密会などで、効果を発揮するスキルだ。冒険者も仲間との連携を取るために使用する場合がある。
だが念話の使い道はこれだけではない。こう言ったギャンブルの場でも効果を発揮するスキルだ。
観客のふりをして後ろから相手の手札を覗き仲間に伝え、勝負の最中に仲間内で示し合わせて協力するなど使い道は多い。
サイトウは念話のスキルを使い、トクワンに全ての判断を委ねていたのだ。サイトウの癖が見抜けなくなったのも、自分で判断を下さず、ただ操り人形となっているからだ。
ネタがわかれば、どうということはないイカサマだった。
それから五回ゲームが行われたが、マダラメとサイトウの間ではコインが行きかうシーソーゲームとなった。
互いに勝ったり負けたりを繰り返し、決定的なリードをとれないでいた。
しかし八回目のゲームを前にして、コインの数はわずか十枚ほどマダラメが勝っていた。
外馬を駆けた勝負では、ある程度のリードがあれば終盤は降りて守りに入ることで、勝利を確定させることが出来る。十回目のゲームは消化試合となることが多いため、八回目、九回目の勝負が山場となる。
カードが配られ、ベットラウンドが開始される。
ジード、カイト、マダラメととりあえず十枚のコインを賭けていく。そして全員の視線がサイトウに集中する。
「サイトウ様、コールされますか? ドロップされますか? レイズされますか?」
ディーラーである聖女クリスタニア様が、サイトウに尋ねる。
サイトウはすぐには答えず、客席のトクワンに視線を向けた。
これまでと違って、トクワンはサイトウを序盤で勝たせることが出来ず、勝負が長引いていた。
すぐに勝利出来なかったことが不満なサイトウは、トクワンを睨むが、最終的にはトクワンに向かって小さく顎を引いた。
「……レイズ、九百四十枚だ」
サイトウはきりの悪いコインを賭けた。九百四十枚とは、マダラメが現在所持しているコインの数だ。
もしこれでマダラメが負ければ、脱落と言うことになる。
透視能力を持つサイトウがこれだけ強気なのだから、降りるのが普通だ。しかしこの勝負を降りた場合、コインの枚数でサイトウがマダラメを二十枚だけ上回る。
この外馬で負ければ呪文書が取られてしまうため、九回目か十回目では勝負を仕掛けなければいけない。
しかし透視能力を持つ相手に。絶対受けなければいけない勝負をするのは、あまりにも分が悪かった。
カイトとジードは早々にゲームから降り、行く末を静観する。そしてマダラメに視線が集中する。
カイトは視線を客席にいるトクワンに移した。
トクワンは決勝の舞台に上がれなかったが、なかなかの勝負師だ。特に八回目に勝負を挑んでくるあたりがいやらしい。
降りるべきか挑むべきか、普通の人ならここで迷い、そして降りることを選択する。なぜならここで降りても、九回目や十回目で挽回出来るかもしれないからだ。
しかしその考え自体が逃げの思考だ。一見合理的な思考をしているようで、その実つらい現実から目を背け、楽な方を選択しているだけだからだ。
では勝負に挑むべきなのかといわれれば、それも違う。
ポーカーに限らず、勝負事でもっとも重要なのは冷静さだ。感情に流されず、冷静に思考することが何よりも大事なのだ。
もちろんマダラメならば、その程度のことは理解している。だがここでトクワンの心理戦が効いてくる。
冷静に判断しても、実は逃げているだけなのではないか? あるいは負けん気で勝負しようとしているだけなのでは? と言う疑問がどうしても頭をよぎってしまう。
そして一度自分の判断に迷いが生じれば、あとは思考の底なし沼。考えれば考えるほど深みにはまり決断が下せなくなる。
マダラメはすぐに決断出来ず、じっとテーブルを眺めていた。
しばらくそのままでいた後、マダラメが前を見る。
全員の視線が集中する中、マダラメが決断を下した。
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