第八十六話
第八十六話
神剣ミーオンを賭けた決勝戦。
すでに開始から二時間が経過していた。
そしてなお勇者サイトウの独走を止められなかった。サイトウの戦術は変わらず、最初にコイン百枚をベットし、他の参加者をおろす作戦だった。
時折エクストやヴォイドが挑戦したが、勇者サイトウが最後まで勝負した時は、必ず勇者が勝利していた。
「馬鹿な、こんなことあり得ない」
学者ヴォイドが、汗を流しながら唸る。
計算に強いヴォイドは、独自の方程式を持って挑んでいた。しかし勇者サイトウに敗北して席を降りた。
これで脱落者は二人目。すでに四千万枚近いコインが、勇者サイトウのもとに集まっている。
決勝戦のテーブルに乗った総コインは一億二千万コインほど。三分の一がサイトウのもとに集まっている。
勇者の独走に、ワイズマン、エクスト、ダブリスといった名うての勝負師も表情が硬い。一方優勝候補と目されているジード。そして主催者でもあるマダラメは演技なのかそれとも本心か、余裕の笑みを浮かべている。
カイトは教会が擁立した候補者であるユーリスを見て、動くなとハンドサインを送った。
二人いる利点として、協力できるのがカイトとユーリスの強みだ。
カイト本来の役割としては、ダンジョンマスターマダラメを倒すか、ユーリスにわざと負けて、コインを譲渡することだと考えていた。しかしこうなっては、勇者サイトウを倒すこと。せめてその攻略糸口を見つけることが自分の役割といえた。
ただ実のところ、カイトは勇者サイトウの秘密がわかっていた。
おそらくだが、勇者サイトウは透視のスキルを持っている。その力を使い、こちらの手札を見抜いているのだ。
サイトウ以外答えようがないため、確認はとれないが、ほぼ間違いないだろう。理由もある。勇者が予選で見せた聖遺物、願いの卵だ。
願いの卵は手にした者に望みの力を与えると、伝説では語られている。
一度使用すれば数百年は使用できないらしく、真偽のほどは定かではない。だが望みの力というものが、願ったスキルを与えるという意味であるのなら、勇者サイトウが透視のスキルを保持していても不思議ではない。
だが種はわかっても、倒す方法が分からない。手札の中が見られているのだから、勝つ手段がない。手札はテーブルに置いておく決まりだし、勇者の透視を防ぐ手段はない。
カイトはワイズマン、エクスト、ダブリスたちを見た。
自分程度が気づいているのだから、他の面々も勇者のスキルには気づいているはずだ。
だが三人は動けないでいる。
当然だろう。いくら歴戦の勝負師でも、手札が見られていては戦いようがないからだ。
しかしダンジョンマスターマダラメとジード。この二人は違う気がする。
序盤のやり取りを考えると、二人は数回のやり取りで、勇者サイトウの透視に気づいていたはずだ。
しかしそれ以降は亀のように引っ込み、動きがない。手も足も出ないかのように見えるが、カイトは直感的に、二人の余裕がハッタリでないと感じていた。
では二人はどうやって勝つというのか? 先ほどからその方法を考えているが、まるでわからなかった。
悩んだ末、カイトは考え方を変えてみた。
自分がどうやって勝つのではなく、マダラメやジード。彼らならどうやって勝つか? 彼らが何を見ているのかを考えてみた。
マダラメに四英雄。これまで自分を超える人たちと出会い、気づいたことは、彼らと自分の違いは、能力の多寡やスキルのあるなしではない、ということだった。
もちろん才能や素質の違いはあれど、決定的な違いは力の大小などではない。自分と彼らの大きな違いは、見ている物が違うということだ。
マダラメや四英雄の視点は高く、自分には見えていないものが見えていた。
もちろん小物でしかない自分が、彼らと同じ視点に立つことはできない。背伸びをしようとしても、失敗するだけだ。
だがカイトは、はるか先を見る人達をずっと見てきた。
カイト自身には直接見ることが叶わないが、はるか先を見ている人を見ることはできる。
たとえ自分が見えずとも、見えている人を見ることで、彼らが何を見ているかを予想することは可能なはずだ。
翻って、ダンジョンマスターマダラメである。
彼が一体何を見ているのか?
マダラメを見るのではなく、彼が見ているものを見ればいいのだ。
カイトはマダラメを観察した。
マダラメは終始、リラックスした様子だった。
もちろん演技だろう。
これまでカイトは少なくない回数、ダンジョンマスターと接してきた。そこでわかったことは、彼はどんな時でも真剣にやるタイプということだった。
もちろんこのギャンブル大会は、彼にとってはお遊びだ。負けたところで死ぬわけではない。しかし遊びだからこそ、真剣にやることが重要だと考える人間だ。
リラックスした態度はただの演技。むしろ逆に全神経を集中させているはずだ。
では全神経を集中させて、何を見ているか? それはもちろん周りの参加者の仕草だろう。ポーカーは相手の手札を読むのではなく――
そこまで考えに至った時、カイトの頭の中で、何かが弾けるような閃きがあった。
そうか! そういうことか!
カイトは勇者サイトウを見た。
考えている最中もゲームは進み、勇者は高額をベットして勝利を重ねている。
最初は勇者の戦術に目を奪われ、そして今は透視スキルのことばかり考えていたが、よくよく見れば、何も考える必要などなかった。
「レイズ。百」
勇者サイトウが、またも百枚ベットする。
ダンジョンマスターマダラメもジードも、条件は整っているはずだが、まだ動かない。限界まで吸い上げるつもりだろうが、そうはさせない。
「コール」
カイトは百枚のコインを差し出し宣言した。
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おかげさまでロメリア戦記が発売されました。
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