第八十一話
第八十一話
「リーベさんが脱落した? それは本当か?」
決勝戦に押し上げるべきリーベが脱落したことが信じられず、カイトは再度メリンダに問いただした。
「一体どんな賭け方をしたんだ」
この予選。よほど無茶な賭け方をしない限り、脱落する事は無いはずだった。
そしてカイトが知る限り、リーベは、無茶な賭け方をするような人物ではなかった。
リーベは教会が擁立した候補者だ。だが金で雇った勝負師ではない。教会に所属する本職の司教だ。
若いころに勝負師として名を馳せていたが、ギャンブルで身を持ち崩し、死にかけたところを教会に拾われて、身を持ち直したという異色の経歴を持つ司祭だ。
入信した後はきっぱりとギャンブルから足を洗ったと言っているが、金を賭けない遊びは今も大好きらしく、教会が時折開いている札遊びの大会では、常に優勝候補に名を連ねているらしい。
「いったいなぜ?」
リーベは勝負師としての経験が長い。加えて年齢を重ねて、人柄も温和といえた。勝負に熱くなり、引き際を間違えるような人ではないはずだ。
「それが、天秤ルールだったらしいの」
「天秤ルールだって? どうしてあんなルールで!」
メリンダが言いにくそうに答えたが、カイトは理解できなかった。
天秤ルールとは、この大会のために設けられた特別ルールだ。
参加者の一方が天秤にコインを乗せ、対戦相手は同額のコインを天秤に乗せなければならない。そして互いのコインが釣り合った後、天秤に乗せたどちらかのコインがなくなるまで、賭けを続ける。
ゲームそのものを降りる事が出来ないため、全額を天秤に乗せていた場合は、脱落するまでゲームを続けることになるデスマッチ方式。
勝てば所持コインが大きく増えるが、負ければ全てを失うハイリスクハイリターンの特別ルール。大会の終盤を盛り上げる、ちょっとした仕掛けの一つだ。
「リーベさんは何をやっているんだ! 天秤ルールはやらないと言う話だっただろう」
カイトは思わず叫んだ。
大会を盛り上げる天秤ルールだが、これはカイト達には関係のないものだった。
リターンよりもリスクが大きすぎるからだ。
予選では脱落しそうになれば、いつでもやめて仕切り直しができるのが大きな利点だ。チームを組んで勝ちを目指すカイト達にしてみれば、退路を断つ天秤ルールはリスクしかない。
「どうしてあんなものを!」
「それが……相手は勇者サイトウなの」
メリンダが対戦相手を教えてくれたが、それこそ最悪の組み合わせだった。
勇者サイトウは、絶対に勝負してはいけない相手だ。
人間的には信用できないが、その能力は本物だ。特にカジノのギャンブルは彼らの世界の物だ。知識も技術も俺たちより先んじている。
絶対に勇者と勝負してはいけない。
その情報は仲間内でも共有し、リーベにも伝えていたはずなのにどうして?
「それが、聖遺物が賭けられたらしいの」
「聖遺物が? そう言うことか」
メリンダの言葉にカイトは事情を理解し、勇者サイトウの元へ向かった。
勇者サイトウはまだ天秤ルールが行われる会場にいた。サイトウの前には新たな対戦相手が椅子に座りトランプを睨んでいる。
どうやらリーベを下した後、次の対戦相手を見つけたらしい。
カイトがテーブルを見ると、ゲームが行われている机には大きな天秤が置かれ、天秤の皿には大量のコインが乗せられていた。
そしてその天秤の前には、真っ白の卵の形をした置物が鎮座していた。
「聖遺物、願いの卵」
その品物を見てカイトは唸った。
遥か昔、神と人は共にあった。その時、神が人に与えた品々があったといわれている。それが聖遺物だ。
その多くは散逸し、歴史の中に消えていった。手にいれれば神々の恩寵を得られると言われ、売れば一生遊んで暮らせる大金が手に入ると言われている。
教会は聖遺物の回収を掲げているが、高価な品であるため転売され、上手くいっていないのが実情だ。
その失われた聖遺物が目の前にあった。いや、それどころか……
「どうした? 僕に勝てれば、コインだけでなくこれが手に入るんだぞ?」
勇者サイトウは手を伸ばし、聖遺物をぞんざいにつかむと、軽く振って向かいに座る対戦相手に向かって挑発の言葉をかけた。
相対する参加者は、自らのトランプにコイン。そして聖遺物を見比べる。
そう、勇者サイトウはよりにもよって聖遺物を賭け代にしているのだが。
「サイトウ様。貴方は、なんと言うことを!」
あまりに罰当たりな行為に、カイトはそれ以上言葉が紡げなかった。
リーベが天秤ルールの勝負を受けたのはこのためだ。聖遺物を回収し、いや、勇者の手から取り戻すためには挑むしかなかったのだ。
「うるさい。お前達に何かを言う資格は無い。ミーオンを賭ける大会に出ていて何を言う!」
勇者サイトウの言葉に、カイトは反論できなかった。
確かに神剣ミーオンを優勝賞品とするこの大会も、相当に罰当たりなものだ。しかしこの大会の主催者は、人類の敵であるダンジョンマスターだ。神に仇なす者に、神の遺物に敬意を払えとは言えない。だが神に選ばれた勇者が、神の敵と同じことをしていいわけがない。
「もういいか? 勝負の邪魔だ。それとも、お前も僕に挑むか? それなら前に座る権利をやるぞ?」
勇者の分別のない行動を苛立たしく思ったが、何も言えなかった。
「さぁ、もう十分迷っただろう? 早く決めてくれ」
勇者サイトウは、向かいに座る対戦相手を見る。
対戦相手は全身から汗を流していた。
すでに天秤は大きく勇者の側に傾き、勝負の趨勢は決まっていると言っていい。
だが対戦相手は諦められなかった。目の前にある小さな置物は、売れば信じられない大金となるのだ。
対戦相手は一発逆転を夢見て、残ったコインのすべてを賭けた。
そばで見ているカイトは、目を覆いたくなった。
見事に勇者の術中にはまっている。
ギャンブルでは冷静さが何より大事だ。欲にかられていては、勝てるものも勝てない。リーベもこれで負けてしまったのだ。
カイトは勇者に背を向けた。もはや結果は見るまでもない。
背後では対戦相手の嘆きの声が響き、その声に覆いかぶさるように、勇者サイトウの笑い声がこだました。
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これからも頑張りますのでよろしくお願いします。