第七十八話
第七十八話
アルタイル嬢に大会出場を要請され、カイトは少し戸惑った。
「それは構いませんが、なぜでしょうか?」
カイトとして初めから出場するつもりだったから、出場することは構わない。だが、四英雄直々に要請される理由が分からなかった。
カイトが問うと、アルタイル嬢は神剣ミーオンの展示と合わせて、壁に貼られたギャンブルキング大会の張り紙を指差した。
以前の開催告知のものとは違い、大会の詳細な日時や参加方法。予選の行われ方などが細かく書かれている。
「あんたもあれ知ってるわよね」
アルタイル嬢が問うので、カイトはもちろんだとうなずいておく。
あの張り紙が告知されたのは今日だが、運営委員会としてロードロックの冒険者ギルドは四英雄と同じく席を連ねており、内容は二日前に知っていた。
「アンタ、どこまで把握してる?」
「どこまで、とは?」
アルタイル嬢の言葉の意味が分からず、カイトは問い返すしかなかった。
「世界各国の情勢ってやつよ、張り紙には、予選で九人まで絞るって書いてあるでしょ?」
問われて、カイトはそのことかと理解した。
張り紙に書かれている大会の詳細によると、まず参加者は参加費用として千コインが必要とされている。そして一日かけてコインをカジノで増やし、予選終了時に最も多くコインを取得した上位九名が、決勝に進むことが出来るとある。
そしてシード選手として登録されている、ダンジョンマスターを交えた十人で競い合い、優勝者を決定する。
「この決勝に行ける九人だけど、もう八枠は決まっているの」
アルタイル嬢の言葉に、カイトは笑うしかなかった。
「告知されたのは今日だと言うのに、もう決まっているのですか?」
おそらく冒険者ギルドから漏れたのだろうが、すでに枠が決まっていると言われると、少し驚く。
すべては予選の在り方に問題があった。
予選期間中は、カジノの全フロアが貸し切りとなり、参加者はカジノにあるどのゲームをプレイしてもいいこととなっている。
このカジノには様々な遊びがあるが、大別すると二種類のゲームに分けられる。
スロットやルーレットなどのカジノ側と競い合うものと、ポーカーのようにプレイヤー同士と競い合うものだ。
「この大会は参加資格なしで、参加人数も無制限だから。世界各国が文字通り国家予算をかけてくるわよ」
アルタイル嬢の言葉に、カイトは顔をゆがめるしかなかった。
参加者同士の戦いもできるため、当然だがわざと負けて、勝たせたい選手にコインを譲渡することが可能となっている。
神剣ミーオンが手に入るとあって、名うてのギャンブラーや熟練の冒険者が参加を表明し、優勝すると公言している。彼らは本気で挑んでいるが、彼ら以上に国家は本気だ。高名なギャンブラーに接触して、さらに大勢の人を雇い、決勝に自らの手駒を送り込もうとしているのだ。
「それでもう八枠ですか」
組織力が強く働くため、似たようなことを考えている者は多いだろう。だが国家となれば規模が違うため、多少の組織力など、飲み込まれて終わりだろう。
「それで、どことどこが候補に挙がっているのでしょうか?」
カイトはアルタイル嬢に尋ねた。さすがに国家のことまで把握しきれていない。
「まずは五大強国ね。東のエスパーラ国に中原を支配するオルレア公国。ステイヴァーレ国と北海の覇者フィンドル連邦。そしてデーン帝国が動いている。この五つは間違いなく出てくる」
アルタイル嬢は大陸を支配している、五つの列強の名を挙げた。
「当然だけど、このロードロックの自治を認めている東クロッカ王国と、隣国のカッサリア帝国も人と資金を投入してきている。これで七つ」
「最後の一つは?」
カイトが問うと、アルタイル嬢は指先を聖女クリスタニア様に向けた。
「申し訳ありません。救済教は賭博を禁止しているのですが、神剣ミーオンを取り戻すために、動かないわけにはいかないのです」
聖女様が目を伏せるが、クリスタニア様が謝るようなことじゃない。
「それで八枠ですか。残り一枠を巡って、熾烈な争いとなりそうですね」
「他人事みたいに言うわね」
アルタイル嬢が目を細めて咎める。だがカイトとしては他人事というしかない。国家間同士の争いに、一介の冒険者が入り込む余地などないだろう。
「私たちとしては、できれば救済教会が擁立する候補に勝ってほしいけれど、さすがにそんなにうまくいかないでしょう。ただ、東クロッカ王国やエスパーラ国、オルレア公国かステイヴァーレ国あたりが勝ってくれれば、いいかと思っている」
アルタイル嬢の言葉にカイトもうなずく。
今あげた四つの国は、救済教会の教圏にある国々だ。親教会国ともいえるこれらの国がミーオンをとったとしても、おそらく教会に返還してくれるだろう。もちろん相応の見返りと引き換えに。
「問題は、信仰されている宗教が違うデーン帝国とカッサリア帝国。あとは救済教を信仰していても、戦争の野心があるフィンドル連邦。この三つの国のどれかが神剣を手にする事態は避けたい。第二次神剣戦争なんて御免だからね」
アルタイル嬢の言葉にカイトは冷や汗をかきながらうなずく。その可能性は零ではないのだ。
「ただ、最悪その三つの国がとっても仕方なしと、私たちは思ってもいる」
アルタイル嬢は、神剣戦争の可能性を是とした。
「出来れば避けたいところだけれど、何よりも避けたいのはここのダンジョンマスターが勝つこと。それだけは絶対に避けなければいけない。世界各国が足を引っ張りあって、気が付いたらダンジョンマスターが勝ちました、なんて笑い話にもならないからね」
「さすがにそれはない、と言いたいですが、勝負の行方はわかりませんからね」
アルタイル嬢の言葉に、カイト苦笑いをしながら答えた。
四英雄が運営に参加した最大の理由は、人類の手に神剣ミーオンを取り戻すことを確定させるためだ。教会勢力が勝てば最善、親教会国が勝てれば次善。だがダンジョンマスターの手から神剣を取り戻すのは当然なのだ。
「なるほど、それで俺に声がかかってきたわけですね」
カイトは自分が声をかけられた理由を理解した。
「そういうこと、最後の一枠をできれば教会派がとりたい。それも勝つことを目指さずに、ダンジョンマスターを倒すことを考えてくれる者がいい。でも国家の後援を受けた代表だと、勝利を目指すなとは言えないからね」
アルタイル嬢の話にうなずきながら、カイトは自分が出来ることを考えた。
国家間の力が吹き荒れる中で、自分が何か影響を与えられるとは思えない。自分の力など、暴風雨に吹き飛ばされる小石のようなものだろう。とはいえ、小石でも油断している相手の足を引っ掛けて転ばせることぐらいはできるかもしれない。
「わかりました、ロードロックの冒険者でもやれることをやってみましょう。でも期待はしないでくださいね」
「わかってる、こっちとしても、少しは確率上げたいだけだから」
アルタイル嬢も、さしては期待していないようだった。
とはいえ、カイトには秘策があった。
決勝に残れるかどうかはわからないが、少なくとも予選で存在感ぐらいは出せるだろう。
初めは普通に挑むつもりだったが、せっかくの機会だ。やれることをやってやろう。それにこのダンジョンで起きることは、できるだけ間近で目にしておきたい。
「やってみるか」
カイトは小さく笑った。
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