第七十三話
第七十三話
勇者サイトウがダンジョン攻略に失敗した翌日、カイトは居心地の悪い思いをしていた。
すべては昨日、ダンジョンマスターからもたらされた手紙が原因だった。
近日中に行われるであろう、神剣ミーオンが賭けられたイベント大会。その運営を四英雄と冒険者ギルドに委託したいという内容の手紙がもたらされたのだ。
そして今日はそのための話し合いの席が設けられた。
会談の会場は、貴族が会食に使う部屋に用意されていた。
一介の冒険者でしかないカイトには、絶対に縁のない部屋だった。だがカイトが緊張しているのは、部屋のせいではなかった。
カイトが右に視線を向けると、そこには不機嫌な顔を隠すことのない灰塵の魔女ことアルタイル嬢がいた。そのさらに右には、聖女クリスタニア様もいる。
聖女様は顔をしかめてはいなかったが、普段の柔和な微笑みがないだけで、不機嫌であることはわかる。
不機嫌な女性二人の背後には、剣豪シグルドと暗殺者夜霧が、空いている椅子に座らず、護衛のように佇んでいる。
自分も立っていればよかったと、カイトは後悔した。
カイトは誰よりも早く会場に入り、座って次の人が来るのを待っていたのだが、まさか四英雄の二人が席に着かないとは思わなかった。しかし今更立つわけにもいかない。
いたたまれない思いをしながらとにかく待つ。
待たされた時間はほんの数分だったはずだが、体感では一時間にも及んだ気がした。
じっと待ち続けていると扉が開かれ、二体のスケルトンが入ってきた。先頭に立つスケルトンは燕尾服を着ており、支配人スケルトンだと分かった。
以前の支配人スケルトンは、勇者サイトウに粉々に破壊されてしまったはずだから二代目だろう。だが再会できた気がしてうれしい。
背後に立つお供のスケルトンは、何か細長い木箱を抱えていた。
「お待たせしました、カイト様。アルタイル様。クリスタニア様。シグルド様。夜霧様。この度は……」
支配人スケルトン。いや、ダンジョンマスターマダラメが口上を述べようとしたが、烈火のごとき声が遮った。
「前振りはいいから、本題に入って。私たちをこんな手紙で呼び出して、一体何の用なの!」
アルタイル嬢が呼び出しの手紙を掲げながら、不機嫌さを隠すことなく言葉を発した。
灰塵の魔女が口を開けば、それだけで部屋の温度が上がった気がする。
アルタイル嬢は、手紙とその内容に不満の様だった。
確かに、ダンジョンマスターが英雄に仕事を依頼するなど、どうかしている。
「では、さっそく本題に入らせていただきましょう」
言葉を遮られたというのに、支配人スケルトンは怒りもせず椅子に座り、本題に入った。
「すでにご存じと思いますが、勇者サイトウは我がダンジョンで敗れました。その結果、神剣ミーオンは我が手の中にあります。ですが人類の至宝たる神剣ミーオンを私のものとするのは心苦しい。そのためこの度はギャンブルキングを決める大会の優勝賞品として、ミーオンを賭けることといたしました」
芝居がかった口調で、ダンジョンマスターマダラメがのたまう。
「そ・れ・で? 何故私達がその大会の運営に参加しなければいけないわけ?」
なかなか本題に入らない支配人スケルトンに、怒りを込めてアルタイル嬢がにらむ。
「私たちに、茶番の進行係をやれと言うの?」
冷え冷えとした声とは裏腹に、この部屋の温度は上がり続けるそばにいるカイトの肌を焼くほどだった。
アルタイル嬢は灰塵の魔女と呼ばれ、気に入らないものを全て焼くと恐れられている。
実際に会ったからわかるが、それは尾ひれのついた人物評だ。
少なくともカイトの知る限りでは、アルタイル嬢は自重という言葉を知っている。不必要に人を傷つけたりもしない。
だが決しておおらかな性質でもない。侮辱されていると分かれば、相手を消し炭にすることに、躊躇はない人だ。
「はい、四英雄の方々には、決勝トーナメントでは会場の警備と、そしてディーラーとして参加していただきたいのです」
この場にいないからか、悪びれもなく支配人はのたまう。
「そんなことをして、私たちに何の得があるわけ?」
一応最後まで話は聞いてやろうと、アルタイル嬢は魔法を放つのを手控えていた。ただ話が終わった直後、スケルトンたちは灰すら残さずこの世界から蒸発するだろう。
「特にありません。もしコインでよろしければ、相当額の……」
「いらない」
報酬の話を、アルタイル嬢は即座に蹴った。
当然である。貴族であるアルタイル嬢が金で動くわけがなかった。他の英雄たちも、金には困らない身分である。
「でしょうなぁ。四英雄とも言われる方々を、私も金で動かせるとは思っておりません」
支配人スケルトンも、言いかけた報酬の話をすぐにひっこめた。
「であれば、今回は無報酬で仕事を受けていただきたい」
英雄相手にタダで働けと言うのは、世界広しと言えどこのスケルトンだけだろう。
「そんな条件で、私たちに働けと?」
あまりにもひどい条件に、アルタイル嬢は笑みさえ浮かべていた。
普段見せることのないかわいらしい笑顔だったが、見惚れるなどとんでもなかった。
本当に怒っているときは、笑う人なのだとカイトは背筋が寒くなる思いだ。
「ああ、そうでした、これは報酬というわけではないのですが、これをご覧ください」
言いながら、支配人スケルトンは、背後に立っていたスケルトンに手で合図を送った。
合図を受けて、お供のスケルトンは手に持っていた長い箱をテーブルに置き、蓋を開けて中身を取り出す。
それを見て、カイトはおろか四英雄すら衝撃に度肝を抜かれた。
「し、神剣ミーオン」
カイトはテーブルに置かれたものを驚愕の目で見る。
そう、取り出されたのは、奪われた神剣ミーオンだった。
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