第七十二話
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第七十二話
神剣ミーオンが、優勝賞品として賭けられる。
そのイベントの告知に、聖女クリスタニア様は眉をひそめ。灰塵の魔女アルタイル嬢も不満に顔をしかめた。
人類の至宝である神剣が、賭けの対象になることに不快感を示しているのだ。
だが声を荒げて、中止を求めることはできなかった。
大会で優勝できれば、神剣をダンジョンから取り戻すことが出来るのだ。これはある意味ではよいこととも言えた。
「本当に神剣ミーオンが賭けられるのか?」
警備隊のガンツが疑問符を浮かべる。
「どうだろうな? この手のことでダンジョンマスターが嘘をつくとは思えないが」
カイトはこれまでのダンジョンを思い返した。
できてからというもの、このカジノはおおむね約束を守ってきた。ダンジョンマスターとはいえ、ある程度は信頼できる。
「でも神剣ミーオンだぜ、ほんとに渡すか?」
だがガンツの言葉ももっともだった。何せ賭けられているのはミーオンである。これが最初の嘘となるかもしれないのだ。
「確かにミーオンを渡すとは思えないけれど、だったらこんなことしなきゃいいだけだろ?」
カイトはポスターを指差した。
神剣を賭けると言い出したのは、他でもないダンジョンマスターの方である。渡すつもりがないのなら、初めからこんなことをしなければいいのだ。
「ここ。参加者の名前に、ダンジョンマスターの名前があるわね」
アルタイル嬢が、白い指先でポスターの一部を差す。
ポスターの一文には、ダンジョンマスターであるマダラメが、シード選手として決勝に参加するとあった。
「自分が出て、自分が優勝するつもりかしら?」
アルタイル嬢が、指先を細い顎に当てて思案する。
「優勝する自信があるのですかね? でもどんな種類のギャンブルか、まだ書かれていませんね」
ポスターには、大会の日時も、細かなルールやギャンブルの種類も書かれておらず、かかれていることの方が少ない。
ダンジョンマスターとしても急に決めたことで、まだ準備ができていないのだろう。
じっくりと時間を取り、自分の得意なギャンブルで挑んでくるのかもしれない
「「「イカサマ」」」
こだまする声を発したのは、仮面の暗殺者夜霧だった。
「そうか、イカサマを仕込めば、必ず自分が勝てるわね」
夜霧の言葉に、アルタイル嬢がうなずく。
確かに、それは十分あり得る。
だがだとするならなんとも拍子抜けだ。神剣ミーオンが賭けられているとはいえ、それでは大会も盛り上がらないだろう。
カイトが小さくため息をついていると、カジノの奥から地響きが聞こえてきた。
その場にいた全員が戦闘態勢をとり身構えると、カジノの奥に続く扉に変化があった。
奥へと続く扉は、勇者サイトウにより破壊されていた。その扉が大きく振動し、突如消え去った。
だが消えたと思った瞬間、新たな扉が生まれていた。切り裂かれた天井や床もいつの間にか穴が埋まり、元のカジノに戻っていた。
どうやらあの振動は、カジノを修復するためのものだったようだ。
カイトが警戒態勢を解くと、騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、なんだこれは! くそ、どうなっている!」
声の主は、カジノに捨て置かれた勇者サイトウだった。
どうやら先ほどの振動で目が覚めたようだ。その声に、誰もがため息をついた。
「おい、そこのお前、見てないで助けろ!」
手枷と足枷をはめられた勇者が、地べたに這いつくばりながら、こちらを見て命令する。
その場にいた全員が目を見合わせ、誰か行けよと目で言い合うが、カイトは絶対行く気がなかった。
「おい、こら、早くしろ!」
勇者が怒鳴ったが、返事をしたのは灰塵の魔女ことアルタイル嬢だった。
「それぐらい自分で外せるでしょ? それとも、ママがしてあげようか?」
アルタイル嬢の言葉に勇者サイトウは顔を怒りに染める。そして手枷を床にたたきつけ、強引に破壊し、足枷も剛力で破壊する。
さすが勇者と言いたい力だ。もっとも捕まる前に発揮すべきだったと思うが。
「くそ、なぜ僕の服がない。ミーオンもだ! 何があった」
「それは私も聞きたい。下で何があったの? 詳しく教えなさい」
ダンジョンでおきたことを教えろとアルタイル嬢が見るが、勇者は顔をゆがめて応えなかった。
「うるさい、お前達こそ何を見ている!」
勇者はポスターの前に立つカイトたちのところに歩み寄り、告知の内容を見た。
「なっ、優勝賞品がミーオンだと。ふざけるな、あれは僕のものだ」
勇者が叫び、ポスターを張ったスケルトンに詰め寄る。
「あれは僕のものだ。今すぐ返せ」
勇者サイトウはスケルトンにミーオンの返還を求めたが、これは滑稽だった。
だがそれは彼が下着姿だったからではない。
「ダンジョンに挑んで失敗したのに、そのダンジョンに奪われたものをダンジョンに返せって。アンタ馬鹿なの?」
アルタイル嬢は、その場にいる全員の内心を代弁した。
「う、うるさい。早くミーオンを返せ」
勇者サイトウはスケルトンに詰め寄るが、ポスターを張ったスケルトンは、ただ首を振るばかり。
「くそ、お前じゃ話にならん。マダラメ、出て来い!」
勇者はスケルトンを力任せに殴って破壊し、天井に向かって叫んだ。だがダンジョンマスターからの返事はなく、砕けたスケルトンの破片が散らばるのみ。
「今すぐ取り返しに行ってやる」
サイトウは息巻いて奥へと続く扉を見たが、すでに奥へと続く扉は修復されて閉まっている。
ミーオンがない今、扉を破壊することはできない。
「おい、お前。この扉を開けるシンボルは、お前たちが持っているんだったな。早く開けろ!」
勇者サイトウはカイトに詰め寄り、扉を開けるシンボルをよこすよう要請したが、間に入ってくれたのは、四英雄たるアルタイル嬢だった。
「そんな装備で行くつもり? 人の武装に口出しするつもりはないけれど、せめて服ぐらい着たら?」
下着姿である事を女性に指摘され、サイトウは顔を紅潮させる。
これには周りにいた冒険者たちも笑いを隠せず、吹き出した者もいた。
「ぐっ、お前ら! ゆる、こっ!」
勇者サイトウは恥辱に顔をゆがめ、何か言い返そうとしたが、恥ずかしさのあまり言葉になっていなかった。
「~っ! ええい! 服をよこせ!」
サイトウは怒鳴り、近くにいた冒険者を殴りつけた。そして身に着けていたマントを奪う。
勇者の暴行に全員が身構えたが、サイトウはマントを身にまとうと、そのままカジノを出て行った。
逃げるように立ち去る姿は、ただただ滑稽だった。
「大丈夫か?」
カイトは殴られ、マントを奪われた冒険者に声をかける。
勇者に殴られて痛い上にマントを奪われたが、本人は笑っていた。
「勇者様にマントを奪われるなんて、これは一生の語り草だ。酒を飲んだら毎回話すことにするよ」
笑い話が出来たという男の言葉は、また周りに笑いを誘った。
笑った後、カイトは周りにいる全員に声をかけた。
「よし、皆。いろいろあったが、とりあえずダンジョンからモンスターがあふれ出るという事態は避けられた。ならこれ以上厳戒態勢を維持する必要はないだろう」
カイトは、カジノに残った四英雄とロードロックの冒険者たちを見た。
「四英雄の方々も、よろしいですね?」
カイトが英雄たちを見ると、代表としてアルタイル嬢が顎を引いてうなずく。
「よし、それじゃぁ、手分けして避難した住民の誘導に当たってくれ」
全てが終わってこれで解散と行きたいが、後片付けはしなければいけなかった。
「ただし、この大会のことはしばらく伏せておいてくれ。噂に尾ひれがついて変に広まると困る」
勇者が敗北し、ミーオンが奪われたことは騒ぎとなるだろう。ミーオンが賭けられた大会はさらに問題となるだろう。
「ロードロックにも早馬を出してくれ。とりあえずは無事だと。あとは俺が出向いて直接話すよ」
カイトは頭の痛い問題に顔をしかめる。
それに今回は緊急事態とはいえ、かなり勝手をしてしまった。報告することを考えると気が重い。
「カイト、ギルド長には私からも話してあげる。クリスとシグは住民の誘導を。夜霧、今回のことを、できるだけ正確に街に流せる?」
アルタイル嬢がクリスタニア様と剣豪シグルドに指示を出し、夜霧には情報操作を命じる。
三人は顎を引いた。
「皆さんに手伝っていただけるならありがたい。では、早速ですが……」
カイトが善後策を協議しようとすると、どこから現れたのか、数体のスケルトンがカイト達に歩み寄ってきた。
スケルトンの数は五体。全員が銀の盆を持ち、盆の上には一通の手紙が置かれていた。
現れた骸骨の一体は、カイトの前で立ち止まり、銀の盆を掲げる。他にも四英雄の前には、それぞれスケルトンが立ち、手紙を乗せた盆を掲げていた。
「ダンジョンマスターが私たちに手紙を?」
アルタイル嬢が柳眉を跳ね上げる。
カイトも自分に手紙が来ていることに驚くが、とりあえず手紙を受け取り、封を開けて中身を見る。
「これは、本気か?」
カイトは手紙の内容を見て驚く。
『ギャンブルキング大会。その運営を、四英雄とロードロック冒険者ギルドに委託したい』
手紙にはそう書かれていた。
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